第1章:夕暮れの光が赤黒く差し込む放課後の誰もい...

赤黒い残光が、誰もいない教室の床を血のように染め上げていた。
傾いた太陽から放たれる光線は、窓ガラスに反射して不気味な縞模様を作り出している。
窓際に立つ彼女の影が、引き伸ばされて僕の足元にまで達していた。
まるで、逃げ道を塞ぐ黒い鎖のようだった。
[A:神楽坂 麗奈:冷静]「……待たせたわね、創太」[/A]
ゆっくりと振り返った神楽坂麗奈の長い黒髪が、夕風に揺れた。
きめ細やかな白い肌に、夕闇の赤が溶けて混ざり合う。
サファイアのように冷徹な瞳が、まっすぐに僕を射抜く。
その眼光には、すべてを支配しようとする強烈な意志が宿っていた。
僕は少し眠そうな垂れ目をこすり、制服の襟元を整えた。
いつもの、冴えない日常の仮面を被り直す。
[A:支倉 創太:冷静]「いえ。お呼びとあれば、いつでも」[/A]
彼女は完璧な仕草で僕との距離を詰めていく。
一歩、また一歩。
静まり返った教室に、ローファーの硬い音が小さく響いた。
ツンと鼻腔をくすぐる、上品なダージリンの香り。
それは彼女が常に纏《まと》っている、近寄りがたい気品そのものだった。
[Sensual]
麗奈は、白く細い指先を自身の首元へと伸ばした。
彼女の白い肌を締め付けていた、漆黒のチョーカー。
それを躊躇なく外し、僕の胸ぐらを乱暴に掴み寄せた。
[A:神楽坂 麗奈:興奮]「付き合ってあげる。ただし、私の『奴隷』としてね」[/A]
麗奈の熱い吐息が、僕の唇のすぐ近くで弾けた。
潤んだサファイアの瞳の奥に、狂おしいほどの熱が揺らめいている。
僕の首筋に、冷たい革の感触が押し当てられる。
[Pulse]ドクン、と心臓が跳ねた。[/Pulse]
肌が直接、彼女の冷徹な支配欲と接触する。
[Flash]カチリ。[/Flash]
重々しい金属音が、静まり返った教室に鼓膜を震わせて響く。
錠前が閉じる音。それは僕たちの歪んだ関係性の始まりを告げる合図。
[A:神楽坂 麗奈:狂気]「これで貴方は私の所有物よ。私の命令は絶対。いいわね?」[/A]
麗奈は勝ち誇ったような、歪んだ笑みを浮かべた。
[/Sensual]
逆らうつもりなど、最初から微塵《みじん》もなかった。
一年前、底知れぬ絶望の淵から僕を救い出してくれたのは彼女だ。
あの冷たくて、けれど誰よりも温かかった指先を忘れることなどできない。
だが、僕の胸元を掴む麗奈の指先は、小刻みに震えていた。
まるで、壊れやすいガラス細工を必死に繋ぎ止めようとするように。
その震えは、彼女の心の悲鳴のようにも聞こえた。
[Think](ああ、この人は……こんなにも怯えているんだ)[/Think]
彼女の抱える深い孤独の暗闇を、僕が引き受ける。
この首輪は、そのための誓約。
それこそが、僕に許された唯一の恩返し。
僕は静かに、彼女の足元へ膝を折った。
[A:支倉 創太:愛情]「お望みのままに。僕の『主人』様」[/A]
[Tremble]僕を見下ろす麗奈の瞳が、一瞬だけ、激しく揺らいだ。[/Tremble]
それは冷酷な支配者の顔ではない。
あまりにも深い安堵と、狂おしいほどの執着が混ざり合った光。
崩れ落ちそうな自分を、なんとか保っている少女の素顔だった。
静寂が、再び僕たちを包み込もうとした、その時。
[Impact]パチ、パチ、パチ。[/Impact]
場違いな、ゆっくりとした拍手の音が放課後の教室に響き渡った。
[A:姫宮 詩織:冷静]「あらあら。とても素敵な『ごっこ遊び』ね」[/A]
振り返った入り口に立っていたのは、生徒会長の姫宮詩織。
ウェーブがかった栗色の髪を揺らし、聖母のような笑みを湛《たた》えていた。
その背後には、夕闇が静かに迫りつつあった。
第2章:麗奈の「奴隷」としての奇妙な日常が始まっ...

「奴隷」としての放課後は、酷く歪んでいて、そして甘美だった。
買い出し、課題の代行、神楽坂麗奈の後ろを歩く影としての時間。
どれほど冷たくあしらわれても、僕にとっては至福のひとときだった。
けれど、鍵のかかった個室で二人きりになると、空気の熱は一変する。
冷徹な「主人」は影を潜め、不器用な少女の顔が覗く。
[Sensual]
麗奈は僕を床に座らせ、自らの膝の上に僕の頭を乗せた。
スカートの滑らかな生地越しに、彼女の体温が伝わってくる。
艶やかな黒髪が僕の頬に落ち、サファイアの瞳が熱を帯びて潤んでいく。
[A:神楽坂 麗奈:照れ]「口を開けなさい。……これは、ただの命令よ」[/A]
震える細い指先が、歪《いび》つな形の卵焼きを僕の唇へと運ぶ。
彼女の顔は熟したリンゴのように赤く染まっていた。
噛み締めると、不格好な甘さと、彼女が指に作った小さな絆創膏の匂いがした。
不慣れな料理に挑んだ彼女の、懸命な痕跡。
[A:神楽坂 麗奈:興奮][Whisper]「貴方は私だけのもの。……誰にも、指一本触れさせない……」[/Whisper][/A]
[/Sensual]
彼女の細い指が、僕の首のチョーカーを愛おしそうに撫でる。
まるで、大切な宝物の価値を確かめるかのように。
その絶対的な支配は、けれど、ある日突然に破綻を迎えた。
「生徒会長からの呼び出し」という、一枚の青い紙によって。
重厚なマホガニーの扉を開けると、そこは甘いハーブの香りに満ちていた。
差し込む日の光が、室内の調度品を優雅に照らし出す。
生徒会室。
机に腰掛け、ハーフアップの栗色の髪を揺らした姫宮詩織が、おっとりと微笑む。
[Sensual]
[A:姫宮 詩織:冷静]「待っていたわ、創太くん。ずいぶんと可愛い首輪をつけられているのね」[/A]
詩織は音もなく立ち上がり、僕の背後へと回り込んだ。
その動きは猫のようにしなやかで、こちらの警戒を簡単にすり抜ける。
ふわりと、熟した果実のような甘い香りが鼻腔《びくう》を掠《かす》める。
背中に押し当てられる、圧倒的な豊満さを持つ二つの膨らみ。
密着する体温が、僕の理性をじわじわと削り取っていく。
[A:姫宮 詩織:興奮][Whisper]「麗奈さんが貴方を奴隷にする理由、教えてあげる」[/Whisper][/A]
詩織の白い指先が僕の耳たぶをなぞり、耳元で熱い吐息を漏らす。
ゾクゾクとするような快感が、背筋を駆け抜けた。
[A:姫宮 詩織:冷静]「彼女、誰も自分を愛してくれないって怯えているの。結果を出さなければ親に捨てられる、ただの哀れな人形だから」[/A]
[/Sensual]
詩織の言葉が、冷たい毒のように鼓膜から脳へと染み込んでいく。
それは冷酷な事実であり、麗奈の隠された急所そのものだった。
彼女は僕の肩越しに、机の上へ一枚の書類を滑らせた。
[Impact]『自主退学届:支倉創太』[/Impact]
その横には、神楽坂財閥が所有する、人里離れた別荘の鍵のリスト。
ずらりと並んだ鍵が、不気味な鈍色《にびいろ》の光を放っている。
[A:姫宮 詩織:冷静]「麗奈さんは貴方を救うんじゃない。自分を繋ぎ止めるために、貴方の人生を監禁して食い潰そうとしているのよ」[/A]
詩織の指が、僕のチョーカーに触れ、引き剥がすように引っぱった。
首元が締め付けられ、息が詰まる。
[A:姫宮 詩織:冷静]「ねえ、私なら貴方をその狂気から『解放』してあげられるわ」[/A]
[Think](……ああ、そうか)[/Think]
僕の脳裏を支配したのは、恐怖でも怒りでもなかった。
溢れてきたのは、耐えがたいほどの愛おしさ。
そこまでしなければ、僕を失うと怯えていた彼女の、底知れない孤独。
自分を縛るために、どれほど必死に手を伸ばしていたのだろう。
胸の奥が、引き裂かれるように愛おしさで疼《うず》く。
[Shout]バン!!![/Shout]
激しい音を立てて、生徒会室の扉が撥ね開けられた。
敷居の向こう、血の気の引いた顔で立ち尽くしていたのは、神楽坂麗奈。
完璧なはずの黒髪は汗ばんだ額に張り付き、その瞳は見たこともないほどに見開かれている。
彼女の手には、不格好にリボンで結ばれた、小さな手作りクッキーの袋。
一生懸命に作ったであろう、歪な焼き菓子。
麗奈の視線が、僕にしがみつく詩織の白い腕と、机の上の書類へと落ちる。
その瞬間、彼女の瞳から光が完全に消え失せた。
[Tremble]
[A:神楽坂 麗奈:絶望]「そう……貴方も、私を裏切るのね……」[/A]
[/Tremble]
[Flash]パラパラ、と。[/Flash]
彼女の手から零れ落ちたクッキーの袋が、冷たい床で虚しく弾けた。
甘い香りが、一瞬にして絶望の香りに塗り替えられていく。
[A:神楽坂 麗奈:絶望][Shout]「来ないで!!!」[/Shout][/A]
僕が手を伸ばすより早く、麗奈は背を向け、激しく走り出した。
廊下を駆ける足音が、悲痛な叫びのように遠ざかっていく。
窓の外では、いつの間にか世界を黒く塗りつぶすような土砂降りの雨が、音を立てて降り始めていた。
世界が、急速に冷えていく。
第3章:激しい雷雨が街を切り裂く中、創太は走り続...
[A:姫宮 詩織:冷静]「待ちなさい、創太くん! 行ってはだめ!」[/A]
背後から伸びる詩織の白い手を、僕は乱暴に振り払った。
その手を取り戻す暇など、一秒たりともない。
首元にまとわりつく黒いレザーのチョーカー。
それを爪が剥がれるほどの力で引きちぎり、冷たい床へ投げ捨てる。
爪の間からにじんだ血が、床に赤い点を作る。
そんな痛みなど、今の僕には感じられなかった。
激しい雨の匂いが、開け放たれた窓から一気に流れ込んできた。
[Think](今、行かなければ、一生失う)[/Think]
走る。
階段を飛び降り、昇降口をすり抜け、濁流のような雨の中へと身を投じる。
濡れたアスファルトを、ローファーで蹴り上げる。
学校指定の制服は、一瞬で重く湿って肌に張り付いた。
黒い短髪から滴る水滴が、視界を遮る。
それを何度も手の甲で拭《ぬぐ》いながら、僕はただ前だけを見据えた。
眠そうと笑われた垂れ目を、今はかつてないほど鋭く見開いていた。
目指す場所は、一つしかない。
一年前、すべてに絶望した僕が、彼女に救われたあの古い高架下。
冷たい雨が肌を刺し、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。
それでも、足は止まらなかった。
[Shout]ゴロゴロ、と。[/Shout]
重低音の雷鳴が、灰色の空を切り裂く。
光が不気味に世界を照らし、再び深い闇へと沈める。
高架下のコンクリートの隅。
そこに、小さく身を縮めた少女がいた。
ずぶ濡れの制服。
絹のようだった黒髪が、泥水を含んで首筋に張り付いている。
抱え込んだ膝に顔を埋め、泥の中に咲く小さな花のようだった。
サファイアの双眸《そうぼう》は、見る影もなく赤く腫れ上がっていた。
[A:神楽坂 麗奈:絶望][Tremble]「来ないで! 近寄らないで!」[/Tremble][/A]
麗奈の声が、叩きつける雨音に混じって震える。
[A:神楽坂 麗奈:絶望][Shout]「貴方も、私を軽蔑するんでしょう!? いつか捨てるんでしょう!?」[/Shout][/A]
激しい拒絶の叫び。
それは彼女が必死に作り上げた防衛本能の限界値。
彼女の薄い肩が、寒さと恐怖で小刻みに揺れていた。
[A:神楽坂 麗奈:絶望]「私は完璧でなきゃ、誰にも愛されない……!」[/A]
[A:神楽坂 麗奈:絶望]「契約で縛らなきゃ、誰も私のそばにいてくれないのよ!」[/A]
[A:神楽坂 麗奈:絶望][Blur]「だから貴方を奴隷にした! 私は最低の、狂った女なの!」[/Blur][/A]
麗奈の瞳から、大粒の涙が溢れ、雨水と混ざり合って顎を伝う。
その涙は、彼女が背負い続けてきた孤独の重さそのものだった。
僕は一歩も引かない。
泥水の中に、力強く膝をついた。
制服が汚れようが、どうでもよかった。
凍えるほど冷たい彼女の両手を、僕の熱い両手で、壊れ物を包むように握りしめる。
[A:支倉 創太:興奮]「麗奈、お前はバカだ!」[/A]
[A:支倉 創太:興奮]「完璧じゃなきゃ愛されないなんて、誰が決めた!」[/A]
[A:支倉 創太:興奮]「契約がなきゃ誰もいないなんて、誰が言った!」[/A]
雨音に負けないよう、全力で声を張り上げる。
麗奈が、息を呑んで目を見開く。
僕は、彼女の冷え切った頬を両手で包み込んだ。
そのぐしゃぐしゃの泣き顔を、真っ直ぐに見つめる。
[A:支倉 創太:愛情]「俺が好きなのは、神楽坂のお嬢様じゃない」[/A]
[A:支倉 創太:愛情]「不器用で、寂しがり屋で、俺のために震えながらクッキーを焼く、世界一可愛い女の子だ」[/A]
[Impact]「奴隷の契約は、今ここで終わりだ」[/Impact]
僕は彼女の額に、自分の額をぴったりと押し当てた。
彼女の冷たい温度が、僕の熱と混ざり合う。
[A:支倉 創太:愛情]「これからは、俺の意志でお前のそばにいる」[/A]
[A:支倉 創太:愛情]「お前の『主』になって、その重すぎる愛を、一生涯かけて全部受け止めてやる」[/A]
[A:支倉 創太:愛情]「だから、俺を信じろ、麗奈!」[/A]
麗奈の瞳の奥で、張り付いていた凍土が、一瞬で融解していく。
[Sensual]
[A:神楽坂 麗奈:愛情][Pulse]「創太……創太ぁ!」[/Pulse][/A]
彼女は堰《せき》を切ったように僕の胸へ飛び込んできた。
細い腕が、折れそうなほど強く僕の首にしがみつく。
[A:神楽坂 麗奈:愛情][Tremble]「ごめんなさい……大好き、大好きなの! 私を一生離さないで……!」[/Tremble][/A]
重なる、二つの唇。
雨の冷たさの中で、彼女の口内だけが、狂おしいほどに熱かった。
全身の毛細血管が激しく脈打ち、鼓動が鼓膜を激しく叩く。
視界の端が火花のように明滅し、冷たい雨の感覚すら意識の彼方へと消え去った。
お互いの呼吸を奪い合うように、何度も、何度も角度を変えて深く交わる。
甘くて、少しだけ涙の塩味が混ざった、極上の口づけ。
それは支配でも服従でもない。
二つの孤独な魂が、泥まみれになりながら完全に結ばれた、真実の証明。
身体の奥底から込み上げる、かつてない強烈な充足感が、僕たちの境界線をすべて溶かしていった。
[/Sensual]
翌朝。
雨は完全に上がり、澄み切った青空が世界を包み込んでいた。
水たまりが光を反射する、きらきらと輝く通学路。
僕の首元には、引きちぎったチョーカーの代わりに、銀色のペアリングを通したネックレスが揺れていた。
歩くたびに、鎖が小さく胸元で涼やかな音を立てる。
[A:神楽坂 麗奈:照れ]「……歩きにくいわ、創太. もっと近くに寄りなさい」[/A]
僕の制服の袖を、麗奈が真っ赤な顔でぎゅっと握りしめる。
昨日までの凍りついたお嬢様はどこへやら、今の彼女はただの恋する少女だった。
その様子を、校門の前で腕を組んだ詩織が、静かに見つめていた。
[A:姫宮 詩織:冷静]「ふふ、完敗ね。あんなに可愛い顔を見せられたら、手も足も出ないわ」[/A]
詩織は小さく肩をすくめ、悪戯っぽくウインクをして見せる。
その表情には、少しの悔しさと、それ以上の祝福が込められていた。
[Think](もう、嘘の鎖はいらない)[/Think]
不器用で、歪で、だけど誰よりも愛おしい僕たちの物語は、ここから新しく始まる。
隣で照れくさそうに微笑む、僕だけの愛しい少女の手を、今度は僕から、指を絡めて強く握り返した。
その手の温もりは、どんな誓約書よりも強く、深く、僕たちを繋ぎ止めていた。