最果ての図書館と、君が遺した栞

最果ての図書館と、君が遺した栞

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第一章 灰色の召喚

「勇者様、どうかこの世界を……」

視界が滲む。

眩い光が収まると、そこは王城の謁見室ではなかった。

冷たい風。

鼻をつく錆びた鉄の臭い。

そして、見渡す限りの墓標。

「……ここが、異世界?」

呟いた声は、風にさらわれて消えた。

足元を見る。

古びた石畳の隙間から、青白い光を放つ花が咲いている。

俺、カズトには特異な力があった。

『触れたモノの記憶を読む』

俺は震える指先で、その花に触れた。

――痛い、帰りたい、お母さん。

脳内に流れ込んできたのは、花の声ではない。

この場所で死んだ、誰かの最期の慟哭。

「うっ……」

吐き気が込み上げる。

胃液の酸っぱい味が口の中に広がる。

「大丈夫ですか?」

鈴を転がしたような声。

顔を上げると、ボロボロのローブを纏った少女が立っていた。

銀色の髪は煤で汚れ、瞳だけが異様に澄んでいる。

「君は……」

「私は司書のリリエ。ここは『廃棄場』です」

「廃棄、場……?」

リリエは悲しげに微笑み、無数に並ぶ墓標を指差した。

「世界を救えなかった勇者たちの、終着点」

俺の心臓が早鐘を打つ。

チート能力? ハーレム?

そんな期待は、冷たい風と共に吹き飛んだ。

俺は、捨てられるために呼ばれたのか。

第二章 記憶のインク

リリエの住処は、巨大な図書館の廃墟だった。

天井は崩れ落ち、星空が見えている。

「この世界は、物語を燃料にして回っているんです」

リリエが差し出したスープは、泥のような味がした。

けれど、温かさだけは本物だった。

「物語?」

「ええ。勇者様の持つ『異界の記憶』……それが、この世界を蝕む『虚無』への唯一の対抗策」

彼女は古びた本を撫でる。

「でも、記憶を抽出すれば、勇者様は心を失う。抜け殻になって、あの墓場へ」

俺の手が震える。

スプーンが器に当たり、カチャリと乾いた音を立てた。

「じゃあ、俺も……」

「逃げましょう」

リリエが俺の手を握った。

冷たくて、細い指。

「私が、世界の果てにある『帰還の門』まで案内します。だから、記憶を渡さないで」

彼女の瞳に、俺の情けない顔が映っている。

「なんで……俺を助ける?」

「あなたの記憶が、とても綺麗だったから」

俺が花に触れた時、リリエにも少しだけ伝わっていたらしい。

ありふれた日本の風景。

コンビニの明かり。

蝉時雨。

「この世界には、そんな優しい色はもう残っていないんです」

その夜、俺たちは廃墟を後にした。

俺の背中には、リリエが大切にしていた一冊の『白紙の本』が入っていた。

第三章 虚無の足音

旅は過酷を極めた。

襲い来る『虚無』の化け物たち。

それらは黒い霧のような姿で、触れたものを色褪せさせ、消滅させる。

「カズトさん、右!」

リリエの声に反応し、俺は鉄パイプを振るう。

だが、物理攻撃はすり抜ける。

「くそっ!」

俺は無意識に、鉄パイプに『記憶』を込めた。

高校時代の、剣道部の厳しい稽古。

汗の臭い、床の踏み込む音、竹刀の重み。

バヂヂッ!

鉄パイプが青く発光し、黒い霧を切り裂いた。

「今の、は……」

「記憶を具現化したんですね! すごい……」

リリエが駆け寄ってくる。

だが、俺は気づいてしまった。

霧を斬るたび、俺の中から『剣道の記憶』が薄れていくことに。

「……代償か」

進むほどに、俺は自分を削ることになる。

それでも、リリエの笑顔を見ると、立ち止まれなかった。

焚き火の前で、彼女はよく歌ってくれた。

歌詞のない、優しい旋律。

「ねえカズトさん。元の世界に戻ったら、一番に何をしたい?」

「ラーメンを食う。特盛で」

「ふふ、ラーメン。どんな味?」

「しょっぱくて、脂っこくて……最高に美味いんだ」

俺は必死に説明した。

その味を忘れないように。

リリエに、その温かさを伝えるように。

彼女は、俺の話を聞きながら、その白紙の本に何かを書き留めていた。

でも、インクなんて持っていないはずなのに。

第四章 最期の栞

世界の果て。『帰還の門』。

そこは、断崖絶壁の上に浮いていた。

だが、門の前には絶望が待っていた。

『虚無』の王。

かつてこの世界を救おうとした、最強の勇者の成れの果て。

「……カエ……レ……」

王が腕を振るうだけで、大地が削れる。

リリエが吹き飛ばされ、瓦礫に打ち付けられた。

「リリエ!」

駆け寄る俺の足が止まる。

彼女の体が、透けていた。

「……ごめんなさい、カズトさん。私、もう……」

「嘘だろ? なんで……」

「私は、この世界に残った『最後の物語』の化身。あなたが記憶を消費して戦うたび、その余波で私の存在も……」

知らなかった。

俺が戦えば戦うほど、彼女を殺していたなんて。

「行って。門はもうすぐ閉じる」

虚無の王が迫る。

俺にはもう、戦うための記憶がほとんど残っていない。

家族の顔も、友人の名前も、霞んでいる。

帰れば、思い出せるのか?

それとも、空っぽのまま生きていくのか?

俺は門を見た。

向こう側に、懐かしい夕焼けが見える。

そして、リリエを見た。

消えかかった体で、俺に微笑んでいる。

「君を忘れて、生きたくなんてない」

俺は『帰還の門』に背を向けた。

「カズトさん!?」

俺は、懐からあの『白紙の本』を取り出した。

リリエが書き込んでいたページ。

そこには文字ではなく、美しい絵が描かれていた。

俺が語った、日本の風景。

ラーメン。

そして、焚き火の前で笑い合う二人の姿。

「これが、俺の全部だ」

俺は残った全ての記憶――名前も、自我も、命さえも――を、その本に注ぎ込んだ。

『記憶の具現化』。

俺が作るのは武器じゃない。

この世界を支える、新しい『柱』だ。

「ダメ……イヤぁぁぁ!!」

リリエの叫び声が遠ざかる。

身体が光の粒子になって崩れていく。

不思議と、怖くはなかった。

ただ、最後に思った。

(ああ、リリエ。君の歌、もっと聞きたかったな)

最終章 司書と新しい物語

灰色の空が、嘘のように晴れ渡っている。

かつて『廃棄場』だった場所は、一面の花畑に変わっていた。

その中心に、一本の巨木が立っている。

虹色の葉を茂らせ、世界中に生命のインクを供給する大樹。

リリエは、その根元に腰掛け、本を開いていた。

「今日はね、海の話をするわ」

彼女の声に、葉がざわめき、応えるように揺れる。

リリエはもう、消えることはない。

大樹が、彼女を『物語の語り部』として定義し、守り続けているから。

「カズトさん。あなたの世界は、とても綺麗ね」

彼女はページをめくる。

そこには、不器用な笑顔の青年が描かれた栞が挟まっていた。

風が吹く。

まるで、頭を撫でてくれるような、温かい風が。

「また明日ね」

彼女は本を閉じ、青空を見上げた。

その瞳には、決して消えることのない光が宿っていた。

AIによる物語の考察

【リリエの深層心理】 彼女は当初、カズトをただの「次の燃料」として見ていたわけではないが、救うことも諦めていた。しかし、カズトが自分のためではなく「リリエに教えるため」に思い出を語る姿に、彼女は「システムの一部」から「個」としての自我を確立させていく。カズトが消滅した瞬間、彼女の絶望は世界を壊しかけたが、彼が遺した大樹(カズトそのもの)が放つ温かさに触れ、生きる意味を再定義した。彼女が毎日大樹に話しかけるのは、彼がまだそこに「いる」と確信しているからである。
この物語の「続き」を生成する

あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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