第一章: 終わりの始まり
舞い散る灰の雪。透き通るような儚い銀髪に絡みつき、静かに溶けていく。
凍てつく錆びた線路の上。泥に塗れた薄い麻のドレスを引きずりながら、重い足を進める。憂いを帯びた紫の瞳に映るのは、色彩を完全に喪失した退廃都市の骸。
クロード・アシュフォード「お前のような薄汚れた女は、私の隣に相応しくない。永久に追放する」
脳裏にこびりつく、氷のように冷たい青い瞳。
豪奢な貴族の正装を着崩した彼の残忍な声。耳の奥で何度も反響する。
ガチガチと、奥歯が激しく鳴った。
剥き出しの足裏から伝わる鉄の冷徹な感触。急速に体温を奪っていく。
膝から力が抜け、冷たい石畳の上に崩れ落ちた。
擦りむいた掌から、生温かい赤色がゆっくりと滲み出す。
もう、歩けない……
睫毛に積もった灰。視界を白く染め上げる。
その時、硬い軍靴の足音。静寂を切り裂いて近づいてきた。
濃霧の中から現れたのは、仕立ての良い黒の軍服。
漆黒の髪を風に揺らし、獲物を狙うような黄金の瞳。地面に這いつくばる姿を見下ろしている。
革手袋に包まれた大きな手が、泥まみれの頬にそっと触れた。
レオン・クロウリー「こんなに冷え切って……可哀想に、僕の神様」
ドクン。
心臓が大きく跳ね上がる。
かつて邸宅から姿を消した幼馴染。今や都市の軍を統べる冷徹な司令官。
彼の腕が背中と膝裏に回り、ふわりと宙に浮く。
エリス・ヴァレンタイン「レ、オン……? 私なんかのために、どうしてそこまで……」
レオン・クロウリー「君は何も考えなくていい。僕の腕の中だけで生きていればいいんだから」
彼の胸に顔を埋める。微かな硝煙の匂いと、冷たい香水の香りが鼻腔をくすぐる。
抗う気力すら残っていない。
軍靴が向かった先。世界のすべてから隔絶された、美しいガラス張りの温室。
重厚な扉が軋みを上げて開き、中へと足を踏み入れる。
ガシャンッ!
背後で、分厚い鍵が永遠に閉ざされる重い音。世界との断絶を告げる。
第二章: 甘美なる窒息
外界の灰色の景色を遮断する、色鮮やかな熱帯植物と湿度。
極めて薄い上質なシルクの白いネグリジェ。それが、今の私に許された唯一の衣服。
透けるような生地越しに、首筋から鎖骨にかけて、レオンの熱を帯びた吐息が這う。
レオン・クロウリー「綺麗だね、エリス。この透き通る肌も、震える唇も……全部、僕だけのものだ」
革手袋を外した長い指先が、耳の裏の薄い皮膚をなぞる。
ビクッと、背中が弓なりに跳ねた。
♥
直接的な行為はない。
ただ、何時間も続く粘着質な視線と、髪を梳く優しい手つき。
それだけで、脳髄が甘く痺れ、理性がドロドロに溶かされていく。
エリス・ヴァレンタイン「あ、んっ……レオン、そこは……」
レオン・クロウリー「どうしてごらん? もっと触ってほしい? それとも……」
彼の顔が近づく。軍服に染み付いた冷たい香りが肺の奥まで侵入してくる。
指先が背中の中心をゆっくりとなぞり下りていく。
足の指がシーツを掻き毟る。呼吸が浅く、激しく乱れた。
かつて与えられなかった絶対的な肯定と、狂気じみた溺愛。
それは、致死量の甘い麻薬。
夜半。彼が部屋を出た後も、残されたシャツを強く抱きしめる。
毛布の中で息を殺す。布地に染み付いた彼の匂いを深く吸い込みながら、熱く火照った敏感な花芯を、自らの震える指で執拗に慰める。
「レオン……はぁっ、レオン……っ」
蜜壺からとめどなく溢れる熱い雫。白いシーツを濃く染め上げていく。
窓の外を見ることは固く禁じられている。
温かな紅茶の香りが部屋を満たす中、ただ彼を待つだけの生活。
完璧で、息苦しくて、圧倒的に美しい鳥籠。
だが、その平穏は突如として破られる。
ピーーーーーッ!
けたたましい警報音。温室のガラスを激しく震わせる。
第三章: 狂気の炎と結界
夜空を焦がす、猛烈な紅蓮の炎。
硝子越しに見える退廃都市。黒煙と業火に包まれ、無惨に崩壊していく。
焼け焦げた肉の臭気と、噎せ返るような煤の匂いが、微かな隙間から侵入してくる。
喉仏が上下し、大きく息を呑む。
レオン・クロウリー「見ない方がいい。外の世界は、もうすぐ終わるからね」
黄金の瞳は微塵も揺らがない。ただ私の髪を優しく撫でている。
邸宅を包囲する無数の松明。
その先頭に立つのは、華やかな金髪を振り乱した狂気の貴族。
クロード・アシュフォード「お前は私のものだ! 誰にも渡さん……絶対にだ!」
血走った青い瞳が、硝子越しに私を射抜く。
失って初めて自らの歪んだ執着に気づいた男の、凄絶な咆哮。
レオンは冷笑を浮かべ、白刃を抜く。
レオン・クロウリー「エリスを傷つける世界に、存在価値などない」
彼が両手を広げると、足元の魔方陣が眩い光を放つ。
《絶対絶望の檻》
都市の地下に張り巡らされた生命線を一気に切断。莫大な魔力を温室の周囲だけに集中させる。
大地が悲鳴を上げ、建物の崩落する轟音が響き渡る。
まさか、私のために……何万人もの命を?
彼が歩んできた血塗られた道。
謀略と暗殺の果てに手に入れた力。すべては、この鳥籠を完成させるためだけ。
冷酷な司令官の仮面の下に隠された、神聖視するほどの盲目的な愛。
ドンッ! ドンッ!
結界が完全に閉ざされる直前。クロードが血塗れの剣を振りかざし、温室の壁面に体当たりを繰り返す。
亀裂の入る硝子。
破滅のカウントダウンが、静かに時を刻み始める。
第四章: 鮮血の選択
ガシャァァァァンッ!!
鋭い破砕音と共に、分厚いガラスが砕け散る。
冷たい夜風と、濃密な血の匂い。温室になだれ込む。
砕けた破片が白いシルクを引き裂き、頬に赤い線を描く。
クロード・アシュフォード「エリス……あぁ、エリス! 私が悪かった、戻ってきてくれ!」
傲慢だった面影はとうに消え失せた。涎と涙に塗れた顔で這いずるように手を伸ばす。
その手首を、黒い軍靴が容赦なく踏み砕く。
レオン・クロウリー「気安く呼ぶな、ゴミ屑が」
ドクン、ドクン、ドクン。
三つの歪んだ執着。狭い空間で激しく衝突する。
クロードが隠し持っていた短剣を、下から上へと狂ったように振り抜く。
鈍い肉の裂ける音。
エリス・ヴァレンタイン「レオンッ!!」
彼の腹部から溢れ出す赤黒い液体。純白の床を汚していく。
口の中に広がる、ひどく鉄錆びた血の味。
膝を突きながらも、レオンは痛みに顔を歪めることなく、ただ真っ直ぐに私を見つめる。
その口元に浮かぶのは、酷く優しく、狂気的な微笑み。
レオン・クロウリー「君が望むなら……僕を置いて逃げてもいい」
胸を締め付ける、自己犠牲の宣告。
彼を置いて外に出れば、待ち受けるのはクロードの狂った束縛と、灰に沈む世界。
彼の手をとれば、私は永遠にこの鳥籠から出られない。
震える指先。早鐘を打つ鼓動。
私なんかのために、全てを投げ打ってくれた……。
選択の時は、とうに過ぎている。
第五章: 永遠の春に溺れて
エリス・ヴァレンタイン「あなたと一緒に、堕ちてあげる」
伸ばされたクロードの血塗れの手。冷酷に払い除ける。
私は躊躇うことなく、血を流すレオンの胸へと飛び込む。
驚きに見開かれた黄金の瞳。
その唇を、自らの唇で深く塞ぐ。
背後に手を伸ばし、結界の要である魔力核を思い切り握り潰す。
クロード・アシュフォード「やめろぉぉぉ!! エリスゥゥゥ!!」
圧倒的な光の奔流。
外界から完全に切り離された瞬間。外の都市は巨大な炎の渦に呑まれ、完全に灰と化して崩壊していく。
断末魔の叫びも、崩落の轟音も。もはやこの鳥籠には届かない。
温室の中だけは、季節を無視した春の花々が狂い咲く。
血と汗の匂いが、甘い花の香りに溶けていく。
エリス・ヴァレンタイン「レオン……っ、あぁっ」
レオン・クロウリー「エリス、エリス、エリス……!」
傷口から滴る血も厭わない。彼の手が白いネグリジェを完全に引き裂く。
露わになった肌を、熱を帯びた唇が執拗に這い回る。
微かな硝煙の匂いと、男の濃密な雄の匂い。鼻腔の奥を焼き尽くす。
ガクガクと、両足が痙攣を繰り返す。
レオン・クロウリー「もう……絶対に離さない。君のすべてに、僕を刻み込む」
熱く硬い欲望の楔が、濡れそぼった花弁の入り口に押し当てられる。
♥
逃げ場のない圧倒的な質感。最も深い濡れた洞窟へと、ゆっくりと、しかし容赦なく貫いていく。
エリス・ヴァレンタイン「あ、ぁぁっ! い、いやっ……ひぃっ!」
かつてないほどの巨大な熱量。体の芯を強引に押し開く。
視界が白く明滅する。白目を剥きそうになるほどの快楽が背髄を駆け上がった。
彼の首に腕を回し、指先を漆黒の髪に深く絡ませる。
エリス・ヴァレンタイン「もっと……私を、壊して……っ」
レオン・クロウリー「あぁ……君の中、すごく温かい……狂いそうだ……っ!」
パンッ! パンッ!
肉と肉が打ち付けられる卑猥な音。静寂の温室に響き渡る。
理性が完全に吹き飛ぶ。獣のような喘ぎ声だけが止めどなく溢れ出した。
彼が深く打ち付けるたび、全身の細胞が歓喜に震える。
極彩色の火花が脳裏で弾ける。
エリス・ヴァレンタイン「レオン……好き、大好き……っ、あぁぁっ! あ、あ、だめ、壊れる、真っ白になる!」
互いの境界線が溶け合う。魂の底から絞り出すような絶叫。
最も深い最奥で、彼が白き熱の生命を熱く注ぎ込む。
全身を貫く絶対的な熱量。背中が激しく弓なりに反る。
目の前が真っ白に弾け飛び、無限の絶頂の中へと沈んでいく。
微かな痙攣の余韻。彼と深く抱きしめ合う。
外の世界は死に絶えた。明日などもうどこにも存在しない。
痛みも悲しみもない、永遠に開かない花々の檻。
血に濡れた胸の中。私はただ静かに微笑み、彼と共に深く、果てのない微睡みへと溶け込んでいく。
二度と戻れない、狂気的で美しい永遠の中で。