第一章: 終わりの始まり
黄金色の雨が、朽ちた鉄塔の骨組みを叩き続ける。
這い上がるのは、錆びた鉄と湿った土の匂い。
粗く編まれた獣の毛皮を雨水が重く濡らす。無造作に伸びた黒髪から滴る雫。それが、リクの深く澄んだ翡翠色の瞳を縁取った。
脈打つような奇妙な結晶の痣が這う左腕。無意識に庇うように、彼はそこを力強く押さえ込む。
視界の先。巨大な鉄屑の陰にうずくまる、ひとつの影。
光を透かしたような白髪が泥にまみれ、青白い肌に張り付いている。
旧文明の意匠が残る色褪せた白いワンピースは所々が擦り切れ、もはや雨風を防ぐ役目を果たしていない。
右足から腰へ。痛々しくも息を呑むほど美しい瑠璃色の結晶が、彼女の柔らかな肌を無残に喰い破り、鋭い突起となって空を睨む。
[A:シズク:恐怖]「私に触れないで……あなたが壊れてしまうから」[/A]
枯葉を踏み砕き近づくリクに、少女――シズクが震える唇で紡ぐ拒絶。
青ざめた薄い唇。小刻みに跳ねる華奢な肩。彼女は自身の傷を庇うどころか、鋭利な結晶の根本に爪を立て、自傷めいた力で狂ったように掻き毟っていた。
[A:リク:愛情]「大丈夫。森はきっと教えてくれる」[/A]
しゃがみ込むリク。ひび割れた彼女の視界を遮るように、狂おしいほどの優しさを込めて微笑んだ。
雲の切れ間から、空が割れる。
雪のような星の胞子。黄金の雨に混じって降り注ぐ光。
シズクの震えるまつ毛から零れ落ちた一滴の雫が、枯れ果てた灰色の泥に染み込む。
瞬間、脈動する大地。無機質な泥土を突き破り、鮮やかな瑠璃色の小さな花が芽吹いた。
[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン。[/Pulse]
左腕の痣が焼け焦げるように熱を放つ。
限界まで見開かれた、リクの瞳孔。
[Flash]天を焦がす赫怒の炎。炭化して崩れ落ちる巨樹。逃げ惑う人々の絶叫。[/Flash]
[Impact]絶対に、忘れてはならない誰か。[/Impact]
[A:リク:狂気]「あ……ああ……ッ」[/A]
喉の奥から漏れる、乾いた不協和音。
膝から力が抜け、泥水の中に両手をつく。強烈な眩暈。すべての音を奪い去る激しい耳鳴り。
網膜に焼き付く業火の残滓が、彼の脳髄を容赦なく犯し始めていた。
◇◇◇
第二章: 廃墟と星空の子守唄
万物の記憶が眠る『神座の樹』。そこへ至れば、シズクの身を蝕む星の病を治す手立てが見つかるかもしれない。
仄暗い森の奥深く。湿った腐葉土の匂いに混じる、濃密な獣の体臭。
銀色に輝く硬質な毛並みが、木漏れ日を反射して鈍く光る。全長二メートルを超える巨狼。額から左目にかけて深く刻まれた刀傷。それは過去の凄惨な記憶の証明だ。
シズクの絶対的な保護者、ガロ。
彼は鋭く光る金色の双眸で、リクの首筋を噛みちぎらんばかりに睨み下ろしていた。
[A:ガロ:怒り]「人間の言葉など、風に散る枯葉より軽い」[/A]
地響きのような低い唸り声。
空気がピリピリと張り詰め、リクの首筋に冷や汗が伝う。
それでも視線を逸らさず、深く澄んだ風の匂いを嗅ぎ分けるリク。
[A:リク:冷静]「西から、血の匂いがする。狂暴化した精霊の群れだ。迂回しよう」[/A]
静かな提案。ガロの鼻先が一瞬だけ動き、僅かに目を細める。
数日間に及ぶ道中。過酷な自然の脅威をリクのサバイバル術が退けるたび、巨狼の牙に込められた殺気は、ほんの少しずつだが影を潜めていた。
[Sensual]
夜空の下、はぜる焚き火の煙が甘く香る。
シズクが火の側に座り、意味の持たない古い文明の子守唄を、途切れ途切れに口ずさむ。
リクは拾った木片にナイフを這わせ、不格好な狼の木彫りを仕上げた。
「これ……」
そっと差し出す指先が、シズクの白く冷たい手に触れる。
[Tremble]ビクッ[/Tremble]と、シズクの肩が跳ねた。
「ご、ごめん……」
リクが手を引こうとした瞬間、シズクの両手が、執着にも似た強い力で彼の温かい指を包み込むように引き留めた。
右足の瑠璃の結晶が、炎の光を吸い込んで妖しく瞬く。
彼女の熱を帯びた吐息がリクの手に触れ、微かな震えが、互いの体温を通じて甘く溶け合っていく。
ひりつくような濃密な静寂が、二人を包み込んでいた。
[/Sensual]
[A:シズク:照れ]「あたたかいの……。リクの、手」[/A]
瞳を潤ませ、恍惚とした微笑み。
だが、その平穏は唐突に破られる。
風が、止んだ。
木々の隙間から姿を現す巨大な岩壁。いや、岩ではない。
天を突くほどに巨大な、白骨化し、化石と化した『神座の樹』の無惨な亡骸。
足元に転がる無数の頭蓋骨が、彼らを嘲笑うかのように月光に照らされている。
◇◇◇
第三章: 暴かれた破壊の罪
神座の樹の中枢。
肌を刺す、ひんやりとした冷気。硝子状に硬化した樹液の壁に、三人の影が歪んで映り込む。
リクが一歩を踏み出した瞬間。左腕の結晶が、赤黒く、禍々しい光を放ち始めた。
[Pulse]ドクンッ!![/Pulse]
[System]生体コード認証。封印プロトコルを解除。機体番号ゼロ・ノヴァ。旧文明破壊兵器、制限解除。[/System]
無機質な機械音声。神聖な空間を切り裂く絶望の宣告。
リクの視界が[Glitch]激しくバグり、ノイズにまみれた[/Glitch]。
頭蓋骨を素手でかち割られるような激痛。
[Flash]白銀の巨狼の群れを、熱線で焼き尽くす自分。[/Flash]
[Flash]星座の樹を根元から灰に変え、シズクの故郷を焦土と化したのは――。[/Flash]
[Impact]自然に愛された人間などではない。俺自身が、全てを奪った元凶。[/Impact]
[A:リク:絶望]「嘘だ……嘘だ、嘘だ!! 俺じゃ、ない……ッ!」[/A]
喉を掻き毟り、自らの皮膚を爪で引き裂く。胃液を床にぶちまけた。口の中に広がる鉄と血の味。
極限まで収縮する、ガロの金色の瞳。
喉の奥から湧き上がる、地鳴りのような咆哮。
[A:ガロ:狂気]「貴様ァァァッ!!」[/A]
銀色の閃光。リクの胸元を、巨大な爪が容赦なく切り裂く。
宙を舞う鮮血。石畳に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される音。
[A:シズク:絶望]「やめて……っ、どうして……ッ!」[/A]
よろめき、後ずさるシズク。
愛し始めた人の正体が、自らの家族と故郷を奪った悪魔だったという残酷な真実。
耐えきれない感情の奔流が、彼女の体を内側から破壊し始める。
パキッ、ピキキキッ。
右足の瑠璃色の結晶が、凶悪な速度で増殖する。腰から胸へ、首筋へ。
瞬く間に彼女の半分が、冷たく美しい鉱物へと変貌を遂げていく。
絶望の底で、シズクは自身の肉体が奪われる快感にも似た痛みに、瞳を固く閉ざした。
その時。神座の樹の根元から、世界を終わらせるほどのどす黒い瘴気が噴き出す。
森の防衛機構。全てを無に還す『巨大な祟り神』が、ゆっくりと泥の海から這い上がってきた。
◇◇◇
第四章: 業火と瑠璃の決意
空が腐肉の色に染まる。
数百の触手を持つ泥の巨人が、天を引き裂くような咆哮を上げた。
触れるものすべてを腐敗させる瘴気の嵐。
[A:ガロ:恐怖]「シズクから離れろ、化け物ォッ!」[/A]
風を操り、無音の跳躍で祟り神の首元へ喰らいつくガロ。
だが、泥の触手が巨狼の腹を容赦なく打ち据える。銀色の体躯がボロ雑巾のように地面へ叩きつけられた。
ガロの口から溢れ出す、おびただしい血の泡。
リクは、胸の傷から夥しい血を流しながら、よろよろと立ち上がる。
全身の骨が軋む。肺が焼けるように痛い。
視線の先。完全に結晶化し、美しい彫像のように動かなくなったシズクの姿。
[Think]俺が奪った。俺が壊した。……なら、俺が、繋ぐ。[/Think]
翡翠色の瞳に宿る、狂気にも似た静かな決意。
ガロの制止を振り切り、リクは祟り神の真正面へと歩み出る。
左腕の痣を、自らの右手で力任せに握り潰した。骨の砕ける乾いた音が響く。
[A:リク:興奮]「二度と……大事なものを、失ってたまるかァァァッ!!」[/A]
[Shout]限界を超えろォォォッ!![/Shout]
[Magic]《臨界突破・オーバーロード》[/Magic]
肉体のリミッターを強制解除する。
細胞のひとつひとつが沸騰し、毛細血管が次々と破裂して血の霧を噴き上げる。
熱い。痛い。息が詰まる。
視界が[Blur]赤黒くぼやけ[/Blur]、己の肉体が内側からドロドロに崩壊していくのがわかる。
それでもリクは、血まみれの口元を歪めて嗤った。
かつて世界を焼いた力を、今はただ一人の少女を守るために解き放つ。
[A:リク:愛情]「シズク……君の、未来だ」[/A]
すべてを飲み込もうと迫る祟り神の巨大な顎。
そこへ向かって、リクの全身から星を砕くほどの圧倒的な光の奔流が迸った。
◇◇◇
第五章: 瑠璃の朝焼けに溶ける
白。
ただ、果てしない白だけが視界を埋め尽くす。
鼓膜を破るような轟音は嘘のように消え去り、絶対的な静寂が世界を満たしている。
光の奔流が祟り神を貫き、大地の深淵へと還元されていく。
破壊の力ではない。命の核そのものを注ぎ込んだ、星への祈り。
暴走した森の怒りは、優しい光の波に抱かれ、静かに溶けて消え去った。
パキンッ。
澄んだ音。
シズクの全身を覆っていた瑠璃色の結晶が、細かな光の粒となって空へ舞い上がる。
閉ざされていた白いまつ毛が震え、ゆっくりと開かれる瞳。
そこに、リクの姿はなかった。
代わりに広がっていたのは、焼け焦げた荒野の果てまで続く、見渡す限りの瑠璃色の花畑。
星の大地が、彼の命を吸い上げて咲かせた奇跡の証明。
[A:シズク:悲しみ]「あ……ぁ……」[/A]
膝をつき、両手で顔を覆う。
指の隙間から大粒の涙がとめどなく零れ落ち、足元の瑠璃色の花弁を濡らす。
自身の血が出るほど指を強く噛み、声を上げて泣き崩れる彼女。その背後に満身創痍のガロが静かに歩み寄り、銀色の頭をそっと擦り寄せた。
ふと、一陣の風。
それはどこまでも優しく、暖かく、焚き火の夜に触れた彼の手のひらと同じ温度を持っていた。
風がシズクの頬の涙を拭う。白髪を揺らし、空の彼方へと駆け抜けていく。
[A:シズク:愛情]「……ありがとう、リク」[/A]
東の空。息を呑むほどに美しい朝焼けが、世界を染め上げ始める。
喪失の痛みに胸をかきむしりながらも。
少女は、瑠璃色の風が吹く新しい世界へ向かって、ゆっくりと歩き出した。