第一章: 星屑のフェルマータ
錆びた鉄の臭気と、まとわりつくような潮風。
海鳴市の寂れた展望台。
頭上を覆うのは、漆黒の天蓋を暴力的に切り裂く異常な数の流星群だ。
光の尾が幾重にも交錯し、凍てつく冬の夜空を白く焦がしていく。
夜風に弄ばれる前髪をそのままに、俺は冷え切った手すりへ背を預けた。
海色を帯びた三白眼を細め、落ちては消える星の軌跡をただ漫然と追う。
[Think]何か大切なものを、忘れている気がする。[/Think]
空虚な穴。
胸の中央でぱっくりと口を開けたそれは、寄せては返す波の音を頭蓋の奥で鈍く反響させていた。
[FadeIn]「――きれい」[/FadeIn]
不意に鼓膜を揺らした、鈴の転がるような声。
振り返った先にいたのは、幻影のように儚い佇まいの少女だった。
透き通るような銀髪に、星屑のようなアッシュのハイライトが夜風に流れる。
色素の薄い瞳が、降り注ぐ流星の光を反射して揺らめいていた。
[A:星野 栞:愛情]「泣かないで。これは、一万回目の『初めまして』だから」[/A]
微笑む口元。
その瞳の奥に湛えられているのは、果てしない水底のような諦念と、どこか懐かしむような知己の色。
[A:夏目 燈:驚き]「俺は……泣いてなんかない。あんた、誰だ?」[/A]
指先で無意識に目元を拭うが、濡れてはいなかった。
[A:星野 栞:冷静]「ふふ、そうかもしれないね」[/A]
彼女は視線を外し、小さく息を吐く。
擦り切れた靴音を響かせ、背を向けた。
引き止める言葉を探すより早く、彼女の姿は闇に溶けるようにして夜の底へと消え去った。
冷たいコンクリートに残されたのは、一冊のスケッチブック。
[A:夏目 燈:冷静]「おい、落とし物だろ」[/A]
返事はない。舌打ち交じりにそれを拾い上げた。
分厚い表紙を捲る。
途端に、氷へ触れたかのように指先がこわばった。
ページの中央に踊る、見覚えのある乱雑な筆跡。
『君を殺させない』
血のように赤いインクで描かれていたのは、展望台から身を投げる少女の凄惨なスケッチ。
明日の日付が、ページの隅へ深く刻み込まれている。
[Impact]全身の産毛が逆立ち、心臓が警鐘のように鳴り響いた。[/Impact]
この筆跡は、間違いなく俺自身のもの。
鳴り止まない波の音が、脳髄を浸食していく。

第二章: 忘却の海鳴り
凍てつく朝。
指先が悴むような寒気の中、駅前のロータリーで待つ人影があった。
活発な印象を与える栗色のショートボブが、冷たい風に揺れている。
琥珀色の瞳を丸くして、秋月蒼空がこちらへ駆け寄ってきた。
[A:秋月 蒼空:驚き]「あんた、こんな朝早くからどうしたのよ。顔色、真っ青じゃん!」[/A]
[A:夏目 燈:冷静]「蒼空。これ、見てくれ」[/A]
押し付けるようにスケッチブックを差し出す。
蒼空の眉間が険しく寄った。
[A:秋月 蒼空:冷静]「なにこれ……あんたの字でしょ? 暗号みたい」[/A]
記された座標と、奇妙な数列。
それらは街の至る所に隠された「過去の遺物」への道標だった。
古いバス停の裏や、錆びたポストの底。
ひび割れたレンガの隙間から見つかったのは、どれも俺の筆跡で書かれたメモと古びた手紙の束ばかり。
そこには、銀髪の少女――星野栞の横顔を正確に捉えたデッサンが添えられていた。
無意識に筆を走らせて描いていた風景画と、メモの座標が完全に一致している。
[A:夏目 燈:冷静]「まただ。俺は、ずっと君を探していた気がする」[/A]
放課後の図書室。
窓際で本を読む栞を見つけるたび、胸の奥が軋む。
深煎りのブラックコーヒーに似た、ほろ苦い痛みが喉を焼いた。
夕暮れの海辺。
朱に染まる水面を見つめる栞の横顔。
風が彼女の銀髪をさらい、色素の薄い瞳から一滴の雫が零れ落ちる。
[A:星野 栞:悲しみ]「燈の描くスケッチ、好きだよ。……ずっと、変わらないでね」[/A]
その笑顔の裏側に張り付いた、世界から剥がれ落ちるような虚無。
[Pulse]ドクン、と脈が跳ねる。[/Pulse]
彼女が抱え込む底なしの静寂が、破滅の足音を連れてやってくる予感。
逃れられない運命の歯車は、すでに静かに回り始めていた。

第三章: 巻き戻る秒針
暗室に充満する、酸っぱい薬品の匂い。
赤色灯の下、現像液の中でゆっくりと像が結ばれる。
蒼空の息を呑む音が、狭い空間に響いた。
[A:秋月 蒼空:驚き]「嘘でしょ……こんなの、撮った覚えない」[/A]
印画紙に浮かび上がったのは、存在しないはずの記憶。
俺と栞。
背景には夏の向日葵畑。あるいは、秋の紅葉。
季節の辻褄が合うはずもない、あり得ない二人の記録。
[A:夏目 燈:驚き]「これは、いつの……」[/A]
[Flash]脳裏に閃光が走る。[/Flash]
バラバラだった暗号の欠片が結びつき、一枚の巨大なモザイク画を完成させる。
『一万回目の夜。流星が降る時、特異点は崩壊する。代償は星野栞の存在』
文字が、歪な真実を突きつけてきた。
最初の世界で、俺が彼女を庇って死んだこと。
彼女が俺を救うため、記憶を保ったまま一万回もの時間を巻き戻し続けてきたこと。
そのたびに、彼女自身の存在確率が削り取られているという事実。
[A:夏目 燈:絶望]「俺の、せいなのか……?」[/A]
喉の奥へ、血の錆びた味が広がる。
膝から力が抜け落ち、俺は冷たい床へ崩れ落ちた。
声にならない嗚咽が漏れる。
[A:秋月 蒼空:悲しみ]「あんたは昔から、いっつも一番大事なとこが見えてない!」[/A]
[Tremble]蒼空の手が、俺の胸倉を掴む。彼女の琥珀色の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。[/Tremble]
[A:秋月 蒼空:怒り]「栞はね! あんたが生きてる明日を作るために、自分を殺し続けてるの! これ以上、あの子を苦しめないでよ!」[/A]
親友への愛。秘めた恋心。
板挟みで引き裂かれた蒼空の叫びが、暗室に木霊する。
[Think]俺が幸せになることを拒絶していた理由。救えなかった罪悪感。[/Think]
[Impact]違う。救われていたのは、俺の方だった。[/Impact]
時計の針が、破滅の時刻を刻み始める。

第四章: 崩落する流星群
再びの流星群。
夜空が白むほどの、降り注ぐ光の雨。
心臓が破裂しそうなほどにアスファルトを蹴り上げた。
肺に突き刺さる冬の空気が痛い。
[A:夏目 燈:絶望]「栞ッ!!」[/A]
展望台の頂上。
虚空に身を投げようとする華奢な背中。
吹きすさぶ風が、彼女の髪を大きく翻す。
[A:星野 栞:愛情]「ごめんね。これで、燈は幸せになれる」[/A]
[Shout]「やめろぉぉぉ!!」[/Shout]
伸ばした指先が、彼女の服を掠める。
しかし、確かに触れたはずの彼女の腕は、音もなく砂のように崩れ落ちた。
[Glitch]世界が、反転する。[/Glitch]
視界がノイズに覆われ、足元の重力が消失した。
[A:星野 栞:悲しみ]「ずっと、大好きだったよ」[/A]
光の粒子となって散っていく銀髪。
[Tremble]その星屑の冷たさが、頬を掠める。[/Tremble]
絶叫が喉を引き裂いた。
直後、視界が乱暴に明転する。
静まり返った冷たい朝。
耳鳴りだけが残る展望台。
足元に転がっていたのは、あの一冊のスケッチブックだった。
震える指で拾い上げ、胸に抱き寄せる。
ページを開く。
何もない。
ただの白紙だ。
彼女の存在した痕跡ごと、世界から完全に消し去られていた。
[A:夏目 燈:絶望]「嘘だろ……なあ、嘘だって言ってくれよ……!」[/A]
孤独な咆哮が、朝焼け前の海へと吸い込まれていった。

第五章: 君が落とした一万回目の手紙
栞のいない世界。
色のない街。
波の音すら、ひどく遠く感じる。
手元に残されたのは白紙のスケッチブック。
[Blur]滲む視界の中、ページに水滴が落ちる。[/Blur]
その瞬間、紙面に淡い光が走った。
[Magic]《クロノス・レコード》[/Magic]
白紙の裏側から炙り出されるように、無数の文字が浮かび上がってくる。
何千、何万という「過去の俺たち」が遺し続けた、狂気にも似た解読の痕跡。
『時間をこじ開けろ』『特異点への楔を打て』『彼女を一人にするな』
[Think]ああ、そうか。俺たちは一万回、この瞬間のために敗北し続けてきたんだ。[/Think]
[A:夏目 燈:狂気]「ふざけんな。俺だけ生き残って、何が明日だ」[/A]
強く歯を食いしばる。
スケッチブックから眩い光の奔流が放たれた。
[Flash]記録の集積が、時空の壁に亀裂を入れる。[/Flash]
ガラスが砕け散るような轟音。
俺は迷わず、生じた次元の狭間へと身を投じた。
[FadeIn]無重力の空間。[/FadeIn]
眼前に広がるのは、降るような光の雪。
それは、栞がこれまでに綴り、俺に渡せなかった一万通の手紙だった。
一枚一枚に刻まれた、彼女の孤独と祈り。
[A:星野 栞:驚き]「燈……? どうして、ここが……」[/A]
空間の中心。
消滅しかけている彼女の身体は、微かに透けていた。
[A:夏目 燈:愛情]「迎えに来た。もう、終わりにしよう」[/A]
[Sensual]
俺は、崩れゆく彼女の腕を強く引き寄せた。
色素の薄い瞳が見開かれ、俺の胸に額を押し当てられる。
細い肩が震え、彼女の柔らかな体温が、光の雪の暖かさとともに俺の全身へ伝わっていく。
互いの息遣いが混ざり合った。
[A:夏目 燈:愛情]「俺が生きる明日は、君がいる明日だけだ」[/A]
絡み合う指先。二人の鼓動が、一つに重なる。
[/Sensual]
[Impact]空間が、凄まじい光と共に砕け散る。[/Impact]
頬を撫でる、柔らかな風。
ゆっくりと目を開ける。
そこは海鳴市の展望台だった。
水平線の向こうから、清冽な朝陽が昇り始めている。
隣には、栞がいた。
その銀髪が、黄金色の光を弾いてきらきらと輝いている。
[A:夏目 燈:照れ]「……眩しいな」[/A]
[A:星野 栞:喜び]「うん。とっても、きれいな朝」[/A]
もう、何かを忘れている気はしない。
繋いだ手から伝わる確かな熱が、ここにいるという証明。
果てしないループを抜け出し、二人は初めて、同じ明日へと足を踏み出した。