第1章:108回目の終焉

肺を内側から焼くような熱気が、王都の空を舐め回している。
舞い散る火の粉が頬の皮膚を焦がし、焼け焦げた肉と鉄の匂いが鼻腔の奥へべっとりと張り付いた。
色素の薄い銀髪が、吹き荒れる熱風に煽られて荒々しく揺れる。
アルス・ヴァンガードは黒を基調とした軍服のコートを翻し、足元の石畳を濡らす赤黒い水溜まりを冷徹に見下ろした。
[A:ルナ・セレスティア:絶望][Tremble]「なぜ……アルス……どうして……」[/Tremble][/A]
波打つような長い金髪は泥と血に塗れ、白と青の神聖な騎士装束は無惨に引き裂かれている。
アルスの手にある漆黒の魔剣が、彼女の胸の奥深く、心臓を避けた急所を正確に貫いていた。
ゴボリ。
ルナの桜色の唇から、泡立った紅い飛沫が零れ落ちる。
アルスは虚無を宿した氷のような金眼で彼女を見据え、刃をわずかに捻った。
[A:アルス・ヴァンガード:冷静]「お前たちの命など、俺の盤上の一齣に過ぎない。用済みの駒は捨てる、それだけだ」[/A]
平坦で、温度を持たない声。
傍らでは、かつての親友であるシオンが、右腕を肩から斬り落とされて血の海に沈んでいる。
[Pulse]ドクン、ドクン。[/Pulse]
アルスの心臓が、肋骨を内側から叩き割るほどの勢いで跳ねた。
コートの襟元に隠した銀のペンダント——かつてルナから贈られたそれが、皮膚に冷たく食い込む。
[System]『条件達成:対象者を世界の破滅から隔離しました。仮死状態の封印へ移行します』[/System]
アルスの視界の端にだけ、無機質なシステム音声が鳴り響く。
彼らを殺したのではない。やがて訪れる確定された破滅から逃がすため、仮死の術式を施した。
直後、天蓋がガラスのように割れた。
世界を喰らい尽くす『虚無の王』の厄災の炎が、地を埋め尽くすように降り注ぐ。
[Impact]熱。圧倒的な痛み。[/Impact]
自らの皮膚が急速に炭化し、血管内の血液が沸騰し、骨髄が灰へと変わっていく。
喉が裂けるまで絶叫したくなる激痛の中、アルスは薄れゆく意識でただ天を仰ぐ。
[Think]……108回目。また、駄目だった。[/Think]
[Think]今度こそ、俺だけが悪役になって、すべてを……[/Think]
[Flash]視界が激しい光の明滅に飲まれる。[/Flash]
全身の感覚が吹き飛び、激痛と共に見開いた目は、見慣れた木造の天井を映し出していた。
第2章:泥を啜る道化

窓から差し込む朝の陽光が、白いシーツを眩しく照らしている。
ここは3年前。士官学園の学生寮の一室。
アルスはベッドから這い出し、這うようにして洗面台の鏡を見た。
そこには、頬が痩せこけ、目の下にドス黒い隈を作った19歳の己の顔がある。
これまでの107回。共に手を取り合い、強大な敵に立ち向かう道を選んできた。
その度に、ルナの首が宙を舞い、シオンの胴体が両断される光景を眼球に焼き付けてきた。
胃の奥から酸っぱい胃液がせり上がる。
洗面台の縁に両手を強く押し当て、アルスは何度も激しい乾嘔を繰り返した。
喉の奥が焼け、涙が滲む。
蛇口を捻り、彼は氷のように冷たい水を頭から被った。
[A:アルス・ヴァンガード:狂気]「……変える。全部、根底から」[/A]
水滴が滴る顔を上げ、鏡の中の自分を睨みつける。
もう、誰も信じない。誰にも頼らない。
数日後、学園の裏手にある訓練場に、[Shout]血みどろの絶叫[/Shout]が響き渡った。
[A:シオン・ブレイブ:絶望][Shout]「が、ああああぁぁっ!!」[/Shout][/A]
無骨な革鎧を着たシオンが、大量の血を噴き出す右腕の断面を押さえ、地面をのたうち回っていた。
土煙が舞い、血の匂いが立ち込める。
アルスの手にある訓練用の剣は、いつの間にか真剣にすり替えられており、
その切っ先から、ぽたぽたと赤黒い雫が落ちる。
[A:アルス・ヴァンガード:冷静]「隙だらけだ、シオン。そんな腕前で戦場に出るつもりか」[/A]
見下ろすアルスの瞳には、一切の感情が浮かんでいない。
[A:シオン・ブレイブ:怒り][Tremble]「目を覚ませ、アルス! お前はこんな外道じゃなかったはずだ!」[/Tremble][/A]
血走った琥珀色の瞳が、激しい怒りと共にアルスを睨みつける。
これは、後の死の呪いを回避するための計画的な切断。あのまま右腕を残せば、シオンは一年後に呪毒に侵されて死ぬ。
だが、真実を語る口は持たない。
アルスは剣の血糊を払い、無言で踵を返した。
その日の夜、アルスはルナの故郷である辺境の村を訪れていた。
すでに村のあちこちから火の手が上がり、夜空を赤く染めている。
これは、地下に巣食う魔物の大群が地上へ溢れ出す前に、村人たちを秘密裏に避難させ、巣窟ごと焼き払うための偽装工作。
燃え盛る炎を背に、アルスはどしゃ降りの雨の中を独り歩く。
[A:ゼクス・オブシディアン:興奮]「傑作だな。お前、世界で一番イカれた道化だよ」[/A]
雨音を裂いて、闇の中から声が響いた。
燃えるような赤髪をオールバックにした男。敵対国である帝国の皇子、ゼクス・オブシディアン。
豪奢な装飾が施された深紅の軍服を着崩し、鋭い三白眼を三日月のように細めている。
アルスはぬかるんだ土の上で立ち止まり、剣の柄に静かに手をかけた。
[A:ゼクス・オブシディアン:冷静]「殺気立つなよ。俺はただの観客だ。……だが、お前、本当はなにを護っている?」[/A]
雨の冷たさが、アルスの体温を容赦なく奪っていく。
誰にも理解されない暗黒の道を、彼は一人で歩み始めた。
第3章:刃に宿る怨念

聖都の礼拝堂。
ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光が、冷たい石の床に歪な影を落とす。
ルナ・セレスティアは、巨大な女神の像の前に膝をついていた。
白と青の騎士装束を身に纏い、凛とした空気を漂わせているが、組まれた指先は白くなるほど強く握りしめられている。
[A:ルナ・セレスティア:悲しみ][Tremble]「どうして……どうして、彼が……」[/Tremble][/A]
絞り出すような声が、広大な堂内に虚しく吸い込まれていく。
初恋の相手だった。誰よりも優しく、不器用で、夜には星空を眺めるのが好きだった少年。
それが今や、大陸中を恐怖に陥れる「裏切りの魔導騎士」として悪名を轟かせている。
故郷を理不尽に焼かれ、親友の腕を奪われた事実が、彼女の胸を八つ裂きにしていた。
[A:シオン・ブレイブ:怒り]「ルナ。行くぜ、準備はできた」[/A]
重い足音が響き、背後から声がかかる。
短く刈り込んだ茶髪のシオンが立っていた。
失った右腕には精巧な鋼鉄の義手が装着され、鈍い機械音を立てながら光を放っていた。
琥珀色の瞳には、かつての友への激しい憎悪が燃え盛る。
[A:シオン・ブレイブ:怒り][Impact]「あいつは俺たちが斬る。……絶対にだ」[/Impact][/A]
[A:ルナ・セレスティア:冷静]「……はい。彼の罪は、私がこの手で断ち切ります。……かつて愛したアルス自身の、魂の救済のために」[/A]
細剣の柄を強く握り締め、ルナはゆっくりと立ち上がった。
二人が率いる討伐軍が、堂外で地を揺るがすような出陣の鬨を上げる。
その頃、世界の裏側。
アルスは暗く湿った地下室の魔法陣の中央で、真っ黒な泥のような『呪い』を自らの血管へと直接流し込んでいた。
[A:アルス・ヴァンガード:狂気][Glitch]「ごふっ……げ、は……っ」[/Glitch][/A]
黒い血と吐瀉物を床にぶち撒ける。
肉が腐り落ち、骨が軋みを上げる激痛。
世界の破滅を担う『虚無の王』の因子を、少しずつ己の肉体に取り込むための儀式。
命の灯火が削り取られていく感覚に耐えながら、彼は血まみれの口元で自嘲気味に嗤う。
[Think]……あと少しだ。これで、あいつらは生き残れる。[/Think]
第4章:歪な共犯者

アルスの居城、最上階の執務室。
蝋燭の火が揺れる薄暗い部屋で、チェスの駒が盤上を滑る硬質な音が響いた。
[A:ゼクス・オブシディアン:興奮]「チェックメイトだ。……で、いつまで一人で泥を被るつもりだ?」[/A]
ゼクスは黒のナイトを指先で器用に転がしながら、挑発的な笑みを浮かべる。
アルスは喉元まで込み上げた血の味を無理やり飲み込み、盤面から視線を上げない。
[A:アルス・ヴァンガード:冷静]「何の話だ」[/A]
[A:ゼクス・オブシディアン:狂気]「とぼけるなよ。お前のその異常な先読み、自傷すら厭わない動き。……時間を繰り返してるな?」[/A]
[Pulse]場の空気が凍りついた。[/Pulse]
ゼクスは椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、アルスの顔を覗き込むように身を乗り出す。
[A:ゼクス・オブシディアン:興奮]「世界の裏に潜む『虚無の王』。お前はそれを自分の身に宿し、ルナたちに殺されるつもりだろ? 彼女たちを限界まで憎悪で強化して、自分ごと厄災を斬らせるために」[/A]
図星だった。
107回の死の果てに見つけた、唯一の打開策。
己を絶対悪として君臨させ、彼らの剣の錆となること。
ゼクスは腹を抱え、狂ったように大笑いし始めた。
[A:ゼクス・オブシディアン:狂気][Shout]「あははははっ! 最高だ! お前、本当に世界で一番イカれた道化だよ!」[/Shout][/A]
[A:アルス・ヴァンガード:冷静]「笑いたければ笑え。だが、盤面は俺の思い通りだ。……手伝うか、ゼクス」[/A]
金眼が、赤髪の皇子を真っ直ぐに射抜く。
[A:ゼクス・オブシディアン:興奮]「乗ったぜ。この退屈な世界で、お前のその狂った舞台ほど面白いものはねぇからな」[/A]
二人の視線が交差する。
善悪の概念を持たない観測者と、すべてを捨てる覚悟を決めた魔王。
歪な共犯関係が成立した瞬間だった。
城の外から、地響きのような鬨の声が聞こえてくる。
討伐軍が、ついに城の正門を突破したのだ。
第5章:血塗られた玉座

[Impact]ガアアアァァン!![/Impact]
玉座の間の巨大な扉が、鋼鉄の義手による一撃で粉々に吹き飛ばされた。
舞い上がる土煙の中、ルナとシオンが殺気を纏って姿を現す。
[A:シオン・ブレイブ:怒り][Shout]「アルスゥゥゥッ!!」[/Shout][/A]
獣のような咆哮と共に、シオンが身の丈ほどある大剣を振り下ろす。
アルスは玉座からゆっくりと立ち上がり、黒いコートを翻してその一撃を片手で受け止めた。
激しい火花が散り、足元の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。
[A:アルス・ヴァンガード:冷静]「遅い。その程度の力で、俺の首を取るつもりか」[/A]
[A:ルナ・セレスティア:怒り]「はぁぁぁっ!」[/A]
シオンの死角から、ルナの細剣が目にも留まらぬ速度で迫る。
[Flash]銀の軌跡が空を裂く。[/Flash]
アルスは体を捻り、刃を紙一重で躱しながら、彼女の重心のズレを剣の峰で軽く弾き飛ばす。
[Think]……いいぞ。速くなった。前のループよりも、遥かに洗練されている。[/Think]
彼が放つ剣撃は、すべてが緻密な計算の上に成り立ち、致命傷を避けていた。
防戦に見せかけた、苛烈極まる戦闘指導。
限界を超え、極限状態に置かれた二人の潜在能力を、アルス自身の残された命を削って引き出していく。
[A:シオン・ブレイブ:怒り]「舐めるなよ……俺のすべては、お前を殺すためにッ!」[/A]
鋼鉄の義手から高圧の蒸気が噴き出す。
シオンの渾身の横薙ぎが、アルスの展開した多重防壁を紙屑のように粉砕した。
アルスの体勢が、ほんのわずかに崩れる。
そこに、神聖な光を極限まで圧縮したルナの剣が、流星のように迫った。
[A:ルナ・セレスティア:悲しみ][Impact]「これで終わりです、アルス!」[/Impact][/A]
[Pulse]ドシュッ、と。[/Pulse]
肉を裂き、骨を砕く鈍い音が玉座の間に響き渡る。
ルナの放った刃が、アルスの胸を深々と貫いていた。
第6章:記憶の濁流

時間が、完全に凍りついたように感じられた。
アルスの口から大量の血が溢れ、大理石の床に真っ赤な染みを広げていく。
魔剣から手を離したルナが、荒い息を吐きながら彼を見上げる。
その瞬間だった。
[Flash]カッ! と眩い光が弾ける。[/Flash]
アルスの肉体に溜め込まれていた『107回分の記憶』が、触れたルナとシオンの脳髄へと濁流のように流れ込んだ。
[Glitch]ルナの首が跳ね飛ぶ光景。[/Glitch]
[Glitch]シオンの胴体が無惨に引き裂かれる光景。[/Glitch]
[Glitch]血肉の塊を抱きしめ、喉を枯らして絶叫するアルスの姿。[/Glitch]
[Glitch]そして108回目、嫌われるために自らの心を殺し、血の涙を流しながら一人暗闇を歩く背中。[/Glitch]
[A:ルナ・セレスティア:絶望][Tremble]「あ……え……? なに、これ……」[/Tremble][/A]
ルナの碧眼が限界まで見開かれ、瞳孔が激しく揺れる。
シオンも義手を震わせ、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
彼らが憎んでいたすべての行動。
故郷を焼いたのも、腕を奪ったのも。
ただ、自分たちを死の運命から遠ざけ、生かすためだけの、狂気的なまでの愛だった。
[A:ルナ・セレスティア:悲しみ][Shout]「あ……ああぁぁぁぁっ!!」[/Shout][/A]
[A:シオン・ブレイブ:絶望][Shout]「アルス……お前、ずっと、一人で……!」[/Shout][/A]
ルナが自身の喉を掻き毟るような絶叫を上げ、崩れ落ちるアルスの体を咄嗟に抱きとめた。
彼女の美しい顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、純白の騎士装束がアルスの血で赤黒く染まっていく。
[A:アルス・ヴァンガード:愛情][Whisper]「泣く、な……。お前、たちは……」[/Whisper][/A]
アルスの視界はすでに真っ暗に塗り潰されていた。
急速に冷たくなっていく指先で、ルナの涙に濡れた頬を不器用に撫でる。
[A:アルス・ヴァンガード:愛情][Whisper]「笑って……生きろ……」[/Whisper][/A]
すべてをやり遂げた、満足げな微笑み。
その言葉を最後に、アルスの肉体は世界を蝕んでいた呪いと共に、無数の光の粒子となって空へ溶けていった。
冷たい石の床には、かつてルナが贈った銀のペンダントだけが残されていた。
第7章:109回目の反逆
空はどこまでも青く、吹き抜ける風は穏やかだった。
『虚無の王』が消滅し、世界に真の平和が訪れた。
だが、主を失った玉座の間に座り込むルナの瞳には、一切の光が宿っていない。
[A:ルナ・セレスティア:絶望]「あなただけがいない世界なんて、何の意味もない……」[/A]
虚ろな声が床を這う。
彼女はゆっくりと立ち上がり、握りしめていた聖騎士の剣を膝に叩きつけ、真っ二つにへし折った。
[Impact]金属が砕ける鋭い音。[/Impact]
自らの指先を歯で噛み切り、流れる血で床に巨大な魔術陣を描き始める。
神の教えに背く、禁忌の時間逆行の術式。
[A:ゼクス・オブシディアン:興奮]「ハッ、まさか聖騎士様が神を裏切るとはな。面白ぇ、手伝ってやるよ」[/A]
[A:シオン・ブレイブ:怒り]「当然だ。あいつだけ置いていくなんて、俺が許さねぇ」[/A]
玉座の影から現れたゼクスが膨大な魔力を注ぎ込み、シオンが義手を陣の要石として突き立てる。
強大なエネルギーが渦を巻き、空間がガラスのようにひび割れ始めた。
[A:ルナ・セレスティア:狂気]「今度は私たちが、あなたを救う番です」[/A]
[Magic]《クロノス・リヴァーサル》[/Magic]
血に濡れた手が術式を発動させた瞬間、世界が逆回転を始めた。
光がすべてを飲み込み、色彩が完全に反転する。
そして——。
[Sensual]
背中に触れる、柔らかなベッドの感触。
アルスがゆっくりと重い目を開けると、そこは学園の寮の一室だった。
状況を脳が理解する前に、細くしなやかな腕が彼の首にきつく巻き付く。
[A:ルナ・セレスティア:愛情][Pulse]「……捕まえました」[/Pulse][/A]
耳元で、甘く震える吐息が触れた。
波打つ金髪がアルスの顔をくすぐり、彼女の豊かな胸の膨らみが、彼の胸板に押し潰されるほど強く当てられる。
アルスの服越しにでもはっきりと伝わる、火傷しそうなほどの異常な体温と、狂おしいまでの激しい心音。
[A:アルス・ヴァンガード:驚き][Tremble]「ルナ……? お前、なぜ……」[/Tremble][/A]
[A:ルナ・セレスティア:愛情][Whisper]「もう、絶対に一人にはさせません。地獄の底まで……あなたを愛し抜きますから」[/Whisper][/A]
泣き笑いのような、酷く歪んだ表情。
ルナはアルスの唇を塞ぐように、深く、何度も貪るように口づけた。
その瞳の奥には、かつての清廉な光など微塵もない。
ただ彼を永遠に逃がさないという、暗く、重く、底なしの執着の泥が渦巻いていた。
[/Sensual]
窓の外では、新しい朝の光が世界を照らし始めている。
未知なる『109回目』の幕が、今、上がった。