第一章: カメラは回り、神話は始まる
「ジジ、ジジジジジッ――!」
不気味な紫の光が不規則に明滅する『奈落の水晶洞』の最深部で、鼓膜を抉るような金属摩擦音が鳴り響いている。
冷たい泥と砕けた魔水晶の瓦礫の上に倒れ伏すのは、透き通るような銀髪のツインテールを濡らした白雪みあだ。
可憐な白い魔法衣は、化物の暴力によって無残に引き裂かれ、露出した白い肩が恐怖で小さく震えている。
彼女の大きな青い瞳は光を失い、完全に閉ざされていた。
そのすぐ側で、辛うじて稼働を続ける配信用ドローンカメラの液晶画面には、赤黒い警告が狂ったように点滅する。
【同接数1200万人突破:警告・未確認災害指定生物の接近を検知】
画面の向こう側、数百万を超える視聴者の絶叫が、濁流のようなコメントとなってスクロールを埋め尽くしていく。
『嘘だろ……みあちゃんが死ぬ!?』『誰か、誰でもいいから助けてくれ!』『Sランクの救助隊はまだ到着しないのか!?』
視聴者たちの視線の先には、空間そのものを歪めるほどの膨大な魔力を放ち、世界を滅ぼしかねない巨大な球体が浮かんでいた。
それは人類の歴史上、誰も討伐したことのない、天災の具現たる伝説の裏ボス『深淵の魔眼』。
球体の中心に宿る悍ましい単眼が赤黒く燃え上がり、全てを塵へと還す超絶破壊光線のチャージを開始する。
圧倒的な絶望の前に、世界が完全に沈黙した。
……うわあ、なんかすごく大きいハエが飛んでる。
静寂を切り裂いて現れたのは、無造作に伸びた黒髪に、眠たげな黒い瞳を眠そうにこする青年、黒鉄迅。
いつもFランク探索者向けの、着古されてあちこちがヨレヨレになった灰色のジャケットを着ている。
右のポケットに安売りスーパーのチラシをねじ込み、もう片方の手には、ギルドで支給された初心者用の錆びかけたナイフを握る。
地面にへばりつく薬草の青臭い匂いを嗅ぎつけ、おずおずと指先を伸ばすだけの、しがない底辺探索者だ。
黒鉄 迅「おや、白雪みあさんじゃないですか。こんなに冷たい地面で寝ると風邪をひきますよ?」
迅はおどおどした足取りで近づき、泥に汚れた銀髪の少女を覗き込んで、戸惑ったように声をかけた。
しかし返事はなく、代わりに巨大な魔眼が、突如現れた邪魔者へとその邪悪な焦点を合わせる。
大気がパチパチと悲鳴を上げ、極大の破壊光線が解き放たれようとした、その刹那。
黒鉄 迅「うわっ、汚い虫だな。あっちに行ってください、シッ、シッ!」
迅は、鬱陶しそうに手元の錆びかけたナイフを、ただ軽く、ハエでも追い払うように一振りした。
――その瞬間、因果律そのものが音を立てて崩壊する。
ただの風圧のつもりで放たれた一振りが、空間そのものを一刀両断する真空の絶対刃へと変貌を遂げていた。
刃は『深淵の魔眼』をその絶対防御障壁ごと一瞬で分子レベルまで分解し、背後の巨大な岩山をも真っ二つに両断する。
地鳴りのような轟音すら、視覚的な破壊から遅れて鼓膜に叩きつけられた。
綺麗に二つに裂けた岩山の隙間から、差し込むはずのない本物の陽光が射し込み、暗闇を黄金色に染め上げる。
画面の向こう側の視聴者たちは、あまりに現実離れした光景に呼吸を忘れ、コメントは完全にフリーズした。
『は?』『今、何が起きた?』『山が消えたんだが……?』『ナイフを一振りしただけで、神話級のボスが塵になったぞ!?』
世界的な大混乱など露知らず、迅は初心者用ナイフに付いた埃を、ふぅ、と息で吹き飛ばす。
黒鉄 迅「危ない虫でしたね。あ、みあさんに僕のジャケットをかけておきます。薬草の納品が遅れたらギルドに怒られちゃうな」
迅はジャケットをそっとみあの細い肩に掛けると、目にも留らぬ速さの駆け足で、風のようにその場から立ち去った。
配信カメラは生き続け、去りゆくジンの後ろ姿と、彼が残したボロボロの『Fランク』の刻印があるジャケットを映し続ける。
世界が静かに、しかし抗いようのない勢いで激震を開始した。
ネット上には、言語を失った人類の叫びが満ち溢れ、未曾有のお祭りが幕を開ける。
【トレンド1位:Fランクの神】
【トレンド2位:山斬りジン】
【トレンド3位:人類最強の男】
翌朝、世界を救ってしまった本人が、まったく異なる理由で恐怖に震えることになるとは、誰も知る由がなかった。
第二章: 絶対的勘違いと、世界最強の日常

黒鉄 迅「え、何これ。僕の顔、なんでこんなにネットに晒されてるの?」
スマートフォンが異様な熱を持ち、ひっきりなしに震えながら不気味な通知音を鳴り響かせている。
無造作に伸びた黒髪を両手で掻き毟りながら、黒鉄迅は古びた畳の上で跳ね起きた。
液晶画面をスクロールする指先が、冷たい脂汗でじっとりと濡れていく。
画面には、自身の眠たげな黒い瞳と、ボロボロの灰色ジャケットを着た後ろ姿が、これでもかと拡散されていた。
……ああ、そっか。昨日の配信で、みあさんが倒れちゃったからだ。
みんな、彼女のことを心配してインターネット上で大騒ぎしているのだろう。
僕みたいな最底辺のFランクが画面に映り込んで、配信の邪魔をしてしまった。絶対に殺される、怒ったファンに抹殺されるんだ!
自分の犯したかもしれない大失態に、胃の腑が雑巾のように雑に絞られる。
その時、昭和の香りが残るボロアパートの、建て付けの悪い木製ドアが凄まじい勢いで叩かれた。
ドンドンドン!
窓ガラスがビリビリと悲鳴を上げて震え、ちゃぶ台の上に立て掛けてあった初心者用ナイフが床に転がり落ちる。
迅が怯えながらドアノブを回すと、そこには凄まじい威圧感を放つ巨大な影が立ちはだかっていた。
逆立った鮮烈な赤髪、全身の露出した皮膚に刻み込まれた数々の死闘の傷跡。
身の丈を超える漆黒の重甲冑を纏い、背中には大岩をも断ち切りそうな大剣を背負う、身長百九十センチ超の巨漢。
日本最強と名高い、Sランク探索者――荒鬼剛その人であった。
黒鉄 迅「ひえっ……!」
荒鬼 剛「お願いです! 俺を弟子にしてくださいッ!」
間髪入れずに、荒鬼は床に額を激突させるほどの凄まじい勢いで土下座を敢行した。
古びたアパートの廊下がみしりと沈み込み、隙間から埃が盛大に舞い上がる。
迅の脳裏には、カツアゲという最悪の二文字が、恐ろしいほどの鮮明さで浮かび上がっていた。
やっぱり怒っているんだ! 配信を汚した生意気なFランクを、ボコボコに踏みにじりに来たに決まってる!
恐怖のあまり、迅の膝から完全に力が抜ける。
黒鉄 迅「あ、あの、荒鬼さん! 僕、本当にお金なんて持ってないんです! このナイフも初心者用の安物ですし! 許してください!」
涙目で懇願する迅の言葉を聞いた瞬間、荒鬼は弾かれたように顔を上げた。
その鋭い眼光に、言葉にしがたい畏敬の色が走り抜ける。
な, 何という底知れなさだ……!
荒鬼の目には、ガタガタと震える迅の姿が、牙を隠した絶対的強者の佇まいに見えていた。
空間そのものを切り裂いたあの神の如きナイフを、平然と「安物」と言い切る傲慢さの無さ。
富も、名声も、世界最強の座すらもゴミのように扱い、ただ一人の凡人として静かに暮らそうとしている。
これこそが、真の覇者が到達する「虚無の境地」なのだ。
荒鬼の目から、感動と畏敬の涙が熱く溢れ出す。
荒鬼 剛「師匠の教え、身に染みました! 己の力を誇らず、ただの初心者として歩み続ける高潔な精神……! 俺もその深淵に達するまで、修行に励みます!」
黒鉄 迅「え? し、師匠? 修行……?」
荒鬼 剛「まずはこの神聖な庵の清掃から始めさせていただきます! お任せください!」
荒鬼は勝手に部屋へ上がり込むと、猛烈な勢いで雑巾がけを開始した。
あまりの理不尽な展開に迅が呆然と立ち尽くしていると、スマートフォンの画面が再び激しく明滅する。
【白雪みあ様よりダイレクトメッセージ:『ジンさん、昨日はありがとうございました! もしよろしければ、今夜、私と一緒に公式コラボ配信をしていただけませんか?』】
最悪のタイミングで届いた、美少女配信者からの光り輝くオファー。
それは、平穏を愛する迅にとって、あまりにも容赦のないデスゲームの開始を告げるファンファーレであった。
第三章: 世界を救うお散歩、そして涙の真実

「グオオオオオオォォォッ!」
灼熱のマグマが激しく噴き出す『深淵の煉獄大監獄』に、世界を引き裂く絶叫が轟いた。
漆黒の鱗から放たれる圧倒的な魔力が、洞窟全体の空気をごうごうと引き締めている。
眼前で鎌首をもたげるのは、かつて人類が誰も討伐できなかった伝説の災厄『冥府の黒竜』。
白雪 みあ「あ、ああ……なんというプレッシャー……。魔力が、体を縛り付けて動けない……!」
銀髪のツインテールを激しく揺らし、白雪みあはへたり込んだ。
青い瞳には恐怖の色が滲み、自慢のドローンカメラも黒竜の威圧感で通信ノイズを走らせている。
荒鬼 剛「ぐうっ……さすがはS級最深部。だが、俺が、師匠の盾となって散ってみせるッ!」
重甲冑を軋ませ、荒鬼が身の丈を超える大剣を構えるが、その手は小刻みに震えていた。
視聴者コメント欄も、数千万の「逃げて!」という阿鼻叫喚の嵐で完全に埋め尽くされている。
その極限状態のなか、一歩前に進み出たのは、ヨレヨレの灰色ジャケットを羽織った黒鉄迅。
あわわわ! あんなトカゲに睨まれたら、僕みたいなFランクは一瞬で消し炭だ!
でも、ここで僕が逃げたら、みあさんたちが真っ先に食べられてしまう!
よし、僕が肉壁(デコイ)になって攻撃を受け止めている間に、みんなを逃がそう!
死を覚悟した迅は、無造作に伸びた黒髪を振り乱しながら、涙目で両手を前方へ突き出した。
黒鉄 迅「危ないですから! みなさん、早く後ろへ下がってくださいいぃぃ!」
とにかく自分の起こす風圧で、二人を後方へ吹き飛ばして避難させようと、全開で両手を振る。
――突如、大気そのものが超質量となって圧縮された。
迅の「全開」の動作は、因果を粉砕し、地球の自転すら狂わせかねない特異点の嵐を生成する。
ゴオォォォォォォォッ!
神の呼吸の如き暴風が吹き荒れ、冥府の黒竜は咆哮を上げる暇すらなく、分子レベルで消滅した。
それだけに留まらず、嵐の刃は監獄の頑強な岩盤天井を丸ごと削り取り、彼方の美しい青空を露出させる。
一瞬にして静まり返るダンジョン。
黒鉄 迅「あれ? トカゲ、どこかへ飛んでいっちゃったんですかね……? あ、みんな無事でよかった!」
迅は、ぽかんと口を開けたまま、青空を見上げて安堵の息を漏らした。
隣でへたり込んでいたみあは、自分を守るために立ち塞がったジンの頼もしい背中を見つめる。
強さを鼻にかけず、ただ人を救うためだけにその神の如き力を行使する、高潔な男の背中。
白雪 みあ「ジンさん……あなた、そこまでして私を……。本当に、いつも、私を救ってくれるんですね……」
みあの瞳から、熱い涙がポロポロと零れ落ち、泥だらけの頬を濡らしていった。
配信画面には、あまりの格好良さに魂を奪われた視聴者たちの絶賛コメントが、光の速さで流れる。
『泣いた。こんなの全人類が惚れるわ!』『本物のヒーローだ!』『ジン様一生ついていきます!』
荒鬼 剛「流石は師匠! 暴風の一撃、この荒鬼、魂の深部に刻み込みましたァァッ!」
世界中が彼を新たなる「救世主」と崇める中、当の本人は明日の薬草の価格だけを心配していた。
うう、風が強くて風邪をひきそうだな。安売りスーパーで、もやしを買って帰ろう……。
第四章: 終焉のカウントダウンと、最強の主婦力
世界が、真の終焉に向けて軋み始めていた。
『冥府の黒竜』が討伐されたことで、地球に存在するすべてのダンジョンの魔力バランスが崩壊。
世界各地の未踏破ゲートが同時に開き、そこから溢れ出した超高密度の瘴気が空をどす黒く染め上げていく。
そして、日本の中央に位置する超巨大ゲートから、人類の歴史が始まって以来の最大にして最悪の災害が顕現した。
【緊急事態:ワールドボス『終焉の王・テラ・ハザード』の完全覚醒を確認】
【人類存続確率:0.0001%】
大気を腐食させる紫の霧をまとい、数千メートルの巨躯を誇る多頭の異形神。
その一歩ごとに大地は割れ、山々は溶け、海水が沸騰する。
世界中のSランク探索者たちが国境を越えて集結し、決死の特攻を試みるも、触手の一振りでことごとく一掃されていく。
白雪みあは、生中継を続けるドローンカメラの傍らで、傷だらけになりながら荒鬼剛と並び立っていた。
彼女の青い瞳は恐怖ではなく、ある「確信」に満ちた強い光を宿している。
白雪 みあ「諦めないで、みんな! 私たちが時間を稼げば、あの人が……私たちの『神』が、必ず来てくれる!」
荒鬼 剛「そうだ! 俺たちの師匠、黒鉄迅がこの程度の泥人形に遅れをとるはずがないッ!」
配信画面のコメント欄は、絶望の淵にありながらも、一筋の希望に飢えた視聴者の祈りで埋め尽くされていた。
『ジン! 頼む、ジン来てくれ!』『俺たちのFランクの神!』『世界を救ってくれ!』
その頃、世界の中心と化した決戦場からわずか数百メートルの路地裏。
ヨレヨレの灰色ジャケットを羽織った黒鉄迅は、青い顔をして全力疾走していた。
まずいまずいまずい! 今日はお一人様一点限りの『特売もやし1円セール』の日なのに!
なんでこんな時に限って、街中で変な暴走族の集会みたいなのがやってるんだ!
急がないと、主婦の皆さんの恐ろしい争奪戦に負けてしまう!
迅の眼前に、不運にも『終焉の王』の巨大な足が踏み下ろされようとしていた。
踏み潰されれば、もやしどころか、彼の命自体が文字通り微塵切りになる。
立ちふさがるのは、高さ数百メートルに及ぶ、漆黒の魔力で編まれた「絶望の障壁」。
触れるものすべてを腐食し消滅させる、神の結界だ。
黒鉄 迅「うわあああ! 邪魔です! そこを通らないとスーパーの閉店時間に間に合わないんですうぅぅ!」
パニックに陥った迅は、ポケットから初心者用ナイフをむんずと掴み出すと、行く手を遮る結界に向かって、狂ったように滅茶苦茶にナイフを振り回した。
――瞬間、世界から「色」が消失した。
迅の「特売もやしへの執念」から放たれたデタラメな乱撃。
それは、時間と空間、さらには生と死の概念すらも幾重にも切り刻む、超多次元の因果律切断刃となっていた。
触れただけで国を滅ぼす絶望の結界は、ガラス細工のようにあっけなく木っ端微塵に砕け散る。
それどころか、乱撃の余波は『終焉の王』の巨大な肉体を十重二十重に包み込み、その存在そのものを歴史の年表から消去するかのように、一瞬で消滅させた。
ドオォォォォォォォンッ!
空間を切り裂く轟音が、はるか雲の上で遅れて爆発する。
一瞬にして雲が吹き飛び、世界中に太陽の光が降り注ぎ、暗黒の瘴気が完全に浄化されていく。
第五章: 神話の終わり、そして伝説のFランク
世界中が、息を呑んで静まり返った。
ドローンカメラが映し出したのは、世界の終末をもたらすはずだった『終焉の王』が、チリ一つ残さず消え去った光景。
そして、その中心にぽつんと立ち尽くす、ヨレヨレの灰色ジャケットを着た一人の青年の後ろ姿だった。
【未確認災害指定生物の完全消滅を確認。脅威度:ゼロ】
【世界救済完了。功労者:黒鉄 迅(Fランク)】
世界中の端末に、無慈悲なまでの「奇跡」のログが刻み込まれる。
コメント欄は、もはや言語としての形を保っていなかった。
『うおおおおおおおおおおおおおお!』『ジン! ジン! ジン!』『神だ……本当に、僕たちの神だったんだ……!』
そんな大騒ぎをよそに、迅は自分の時計を見て、血の気が引いていた。
あっ……あと3分でタイムセールが終わる! 急がなきゃ!
黒鉄 迅「す、すみません! 僕、用事があるのでこれで失礼します!」
迅は、まるで恐ろしいモンスターから逃げるかのような凄まじい速度で、文字通り光の壁を突破して走り去った。
その場に残された白雪みあと荒鬼剛は、彼が走り去った軌跡に、光輝く粒子が舞うのを見つめていた。
白雪 みあ「ジンさん……世界を救ったというのに、名誉も、報酬も、何一つ求めずに立ち去るなんて……。本当に、どこまで高潔な人なの……」
みあの青い瞳には、崇拝と、言葉にできない熱い感情が溢れていた。
荒鬼 剛「これぞ師匠の『無瓶の境地』! 世界を救うことすら、師匠にとっては日々の散歩のついでに過ぎんのだ! 一生ついていきます、師匠!」
荒鬼は感極まって号泣し、大地にひれ伏した。
数日後。
世界中のニュース、SNS、探索者ギルドの最高会議は、すべて「黒鉄迅」という不世出の英雄の話題で持ちきりだった。
彼を国家元首以上の待遇で迎えようという法案が可決され、世界最強の『SSSランク』の称号を与えることが決定された。
しかし、当の黒鉄迅は、いつものボロアパートの畳の上で、丸まった背中をさらに小さくして震えていた。
手元にあるスマートフォンには、探索者ギルドからの【緊急召喚・特級英雄認定のお知らせ】という文字が躍っている。
黒鉄 迅「な、なんで……? なんで僕みたいなFランクのゴミが、こんなに怒られてるの……?」
迅の「底辺思考」は、どこまでも健在だった。
きっと、あの時、勝手にもやしを買いに戦場を突っ切ったからだ。
世界中のすごい人たちが戦っている神聖な場所を、ボロボロのナイフを持った不審者が横切ったんだ。ギルドの偉い人たちが怒って、僕を極刑にするために呼び出しているんだ……!
ガタガタと震えながら、迅はちゃぶ台の上に置かれた1円の特売もやしを、愛おしそうに見つめた。
ああ、でも、最後にもやし炒めを食べられてよかった。僕のFランク人生に、悔いはない……かな。
自分が世界を完全に救ってしまったこと。
今や、世界の王さえも自分の一言で動くこと。
そして、自分が全人類から「生ける神」として崇められていること。
そのすべてに、黒鉄迅は一生、気づくことはないだろう。
今日も世界は、彼の一挙手一投足に震え、勘違いし、そして救われ続ける。
最強のFランク探索者が紡ぐ、絶対的勘違いの神話は、今、ここから永遠に続いていくのだった。