第一章: 奈落の底に散る生贄の血
ガルツ・バルド「おい、奴隷!さっさと歩け、罠にかかって死ぬのがお前の仕事だろ!」
乾いた衝撃が、背中を容赦なく打ちのめす。
重厚な大剣の鉄錆びた柄で背骨を強打され、冷たい石畳へと無様に這いつくばった。
細身の体躯が激しく跳ね、砂埃にまみれた灰色のボロ布がビリビリと音を立てて裂ける。
無造作に伸びた漆黒の前髪が乱れ、過去の虐待で潰された右目の痛々しい傷跡が牙を剥く。
唯一残された琥珀色の左目だけが、闇の中でかすかに発光し、赤黒く変色した祭壇を凝視した。
……やはり、最初から俺を捨て駒にするつもりだったな。
ガルツ・バルド「ハハハ!死ね、役立たずが!お前の命など金貨一枚の価値もないんだよ!」
肉を引き裂き、骨を削る鈍い衝撃。
鋭利なナイフが、躊躇なく左胸の奥深く、心臓のすぐ傍へとねじ込まれた。
レン・クロウ「が、はっ……あ、あ……っ」
どろりと熱い鉄の味が喉元までせり上がり、薄い唇の端から容赦なく溢れ出す。
粗野な金色の顎髭をねじ曲げて笑う巨漢、ガルツ・バルドが、ナイフを肉の中で抉るようにして引き抜いた。
彼の太い指には、略奪の歴史を物語る無数の宝石がぎらぎらと下品な輝きを放っている。
泥靴による容赦のない蹴撃が、血を流す体を奈落の暗黒空間へと突き落とした。
際限なく、冷たい奈落の底へと落ちていく。
感覚が急速に剥がれ落ちる無限の闇、上空から届く下卑た高笑いだけが鼓膜を不快に震わせる。
どくん、どくんと、胸の傷口から溢れ出る熱い命の灯火が、虚空を濡らしていく。
帝国に拉致され、ただ過酷な遺跡の案内人として酷使された日々。
どれほど泥水をすすり、屈辱に耐えようとも、最後は生贄を捧げるための鍵としてあっけなく捨てられた。
凍てつく暗闇を、沸騰する漆黒の憎悪が赤く染め上げていく。
殺す。絶対に。あの脂ぎった肉を、嘲笑を、魂ごと引き裂いてやる。
その瞬間、身体が冷たい石の床へと叩きつけられた。
床に刻まれた巨大な魔法陣が、レン・クロウの流した鮮血を吸い込み、不気味な脈動を始める。
奈落の底、壁面に並ぶ巨大な猫の石像の双眸が、怪しく発光しだした。
闇そのものが凝縮され、一匹の形を成していく。
それは首元に古代の緻密なルーン文字が刻まれた、重厚な純金の首輪をはめた漆黒の獣。
艶やかな毛並みを揺らし、黄金色と翡翠色のオッズアイが闇を射抜く。
その小さな猫の口元が、脳髄を痺れさせるような、艶やかで冷徹な少女の声でささやいた。
バステト「無念か、人間よ。お前を裏切ったあの者たちに、我が爪で引き裂かれる絶望を与えてやりたいか?」
第二章: 甘美なる神獣の甘い契約

胸の傷から流れ出た温かい鮮血が、黒曜石の床に広がる魔法陣をじわじわと侵食していく。
数千年の埃と、濃厚な血の香りの隙間を縫って、甘く痺れるような未知の香草の匂いが漂ってきた。
音もなく、影が滑るように歩み寄る。
黄金と翡翠の双眸を怪しく細め、漆黒の極上な毛並みを持つ小さな神獣が、血塗れた胸元へそっと前足を乗せた。
ふにっとした、信じられないほど柔らかく温かい肉球の感触が、皮膚を通して心臓を揺らす。
バステト「無念か、人間よ。お前を裏切ったあの者たちに、我が爪で引き裂かれる絶望を与えてやりたいか?」
鼓膜を直接愛撫されるような、耳の裏側がゾクゾクと泡立つ甘美な響き。
レン・クロウ「あ、あいつらを……復讐できるなら、俺のすべてを、魂ごとくれてやる」
喉の奥から絞り出した掠れた誓いは、熱い殺意を孕んで暗黒を塗り潰す。
バステト「ふふ、実によい。その濁った瞳、我が最愛の玩具にふさわしいぞ」
爆発的な影が吹き荒れ、視界を塞ぐ。
黒猫の姿が急激に膨らみ、極めて妖艶で肉感的な、黒い肌を持つ半人半獣の美女へと変貌を遂げた。
長い黒髪の隙間から尖った猫耳がピクリと動き、しなやかな尻尾がレン・クロウの頬を愛撫するように這う。
身に纏う薄い絹布が、彼女が微動だにするたびに擦れ合い、金の鈴がシャラシャラと妖しく鳴り響いた。
バステト「我が愛しき毛のない下僕よ。永遠の服従を、その肉体に刻もうぞ」
彼女は横たわるレン・クロウの細い身体を軽々と抱き起こし、豊かな胸元へとその顔を深く沈めさせた。
甘い香草の香りと柔らかな温もりに包まれ、呼吸が完全に塞がれる。
バステトの冷たくて柔らかい指先がレン・クロウの顎を持ち上げ、むき出しの首筋を優しくなぞった。
濡れた吐息が皮膚を撫で、次の瞬間、鋭い牙が契約の紋章を刻むべく首筋へと容赦なく突き刺さる。
レン・クロウ「あ、ぐっ……あ、あぁぁあああ!」
全身の血管を灼熱の泥が駆け巡るような、苛烈な激痛。
牙から注ぎ込まれる影の魔力が、レン・クロウの細胞をひとつずつ融解させ、再構築していく。
《神獣の血肉》
首筋に複雑な猫の肉球を模した黒い紋章が浮かび上がり、心臓が爆発的な鼓動を再開した。
塞がっていく左胸の致命傷、手足に刻まれた奴隷の枷の傷痕までもが熱を帯びて激しく疼く。
バステトは薄い唇の端に付着した血を長い舌で舐めると、再び小さな黒猫の姿へと戻った。
しなやかな躍動でレン・クロウの漆黒の髪を蹴り、その頭の上を自身の王座とする。
バステト「今日からお前は我の所有物、愛しき下僕だ。さあ、あの薄汚いネズミどもを駆除しに行くぞ」
左目の琥珀色が、闇の中でも獲物を捉えて離さない獣のように、鋭く冷徹な光を放ち始めた。
第三章: 血肉を切り刻む影の爪撃

シャラシャラと金貨の擦れ合う乾いた音が、静まり返った宝物庫に響き渡る。
豪奢な毛皮のコートを羽織ったガルツ・バルドが、宝石の指輪がはまった手で金貨を貪欲にかき集めていた。
ガルツ・バルド「ハハハ!見ろ、この輝きを!これさえあれば帝国ごと買い取れるぞ!」
「それは、死後の世界でお使いください」
黄金の輝きが揺れる背後の闇から、音もなく滑り出た人影がある。
砂埃にまみれた灰色のクロークから覗くのは、冷徹に発光する琥珀色の左目。
ガルツ・バルド「な、なぜお前が生きている!?胸を確かに貫いたはずだ!」
レン・クロウ「……あの御方のお望み通り、あなた方にはここで消えていただきます。命乞いは、彼方にいる死神にでもお聞きください」
首筋の肉球の紋章から、どろりとした影の魔力が立ち上り、周囲の空間を侵食していく。
ガルツ・バルド「化け物め、殺せ!そいつをミンチにしやがれ!」
残党たちが一斉に抜刀し、レン・クロウへと殺到した。
《黒猫の爪痕》
レン・クロウの足元から広がった漆黒の影から、無数の猫の幻影が牙をむいて飛び出す。
凄まじい肉の裂断音と、骨が砕ける重い音。
「ぎゃあああああああっ!?」
一瞬にして喉元を噛みちぎられた部下たちが、血の噴水を吹き上げて石畳に崩れ落ちる。
金貨の山が、みるみるうちに生温かい赤色に染まり、鉄の匂いが充満していった。
ガルツ・バルドは両刃の大剣をがたがたと震わせ、後退りする。
影を伝う超高速の移動。
ガルツ・バルドが瞬きをした瞬間には、レン・クロウがその眼前に立っていた。
レン・クロウ「裏切りの代償は、お前たちの命では到底足りない。魂ごと、あの方の爪研ぎにしてやろう」
暗黒の影の刃が、ガルツ・バルドの四肢の腱を正確かつ冷酷に切り刻む。
ガルツ・バルド「あが、ああああああっ!?」
大剣を取り落とし、脂ぎった巨体が無様に床へと崩れ落ちた。
這いつくばってのたうち回るガルツ・バルドの頭を、レン・クロウは冷徹に靴底で踏みつける。
その頭上で、レン・クロウの漆黒の髪を揺らしながら、小さな黒猫が退屈そうにあくびを漏らした。
バステト「苦しめ、我が愛しき玩具を傷つけた報いだ。お前たちの悲鳴は実によい調べだな」
レン・クロウ「お前の命など、このお方の爪研ぎの柱にも劣る」
バステトのオッズアイが怪しく光り、その細い前足から、金属のように鋭い影の爪が伸びる。
肉を引き裂き、眼窩を抉る冷酷な一閃。
ガルツ・バルド「ぎゃあああああ!眼が、俺の眼がああああああ!」
のたうち回る裏切り者の生温かい血飛沫を浴びながら、レン・クロウは至上の恍惚に身を浸していた。
第四章: 毛玉に捧ぐ甘美なる隷属

冷たい外の世界に、帰る場所など最初から存在しなかった。
天井から降り注ぐ星空のような魔法の光が、黒曜石で作られた壮麗な玉座の間を青白く照らし出す。
死臭に満ちた遺跡の奥、こここそが、唯一無二の揺り籠だ。
玉座の上でしなやかに脚を組み、半人半獣の姿に戻ったバステトがレン・クロウを見下ろしている。
なめらかな黒い肌に、薄い絹布が這うように巻き付き、動くたびに金の鈴がシャラリと鳴った。
バステト「よくやった、我が愛しき毛玉よ。もう外の世界に未練はあるまい?」
レン・クロウ「はい、仰せのままに。あの退屈で醜い二本足の群れなど、どうでもよいのです」
レン・クロウは自ら進んで玉座の下にひざまずき、冷たい床に額を擦りつけた。
首元で重厚な輝きを放つ、彼女の所有物であることを示す金の首輪。
その硬い冷たさを愛おしそうに指先でなぞり、己の隷属を深く噛みしめる。
バステト「ふふ、従順なことだ。我が身も心も、お前を離しはせぬぞ」
バステトが玉座からしなやかに滑り降り、レン・クロウの頬を冷たくて柔らかい手で包み込んだ。
彼女の喉の奥から、低くゴロゴロという甘い震えが響き渡る。
バステト「お前のすべてを我が庭に、我が支配に捧げよ」
レン・クロウの頭を引き寄せ、豊かな胸元へとその顔を深く抱き抱える。
包み込む圧倒的な温もりと、濃厚な香草の甘い香りが、鼻腔を満たした。
♥理性をとろけさせるような至上の安らぎ。[/Heart]
レン・クロウ「俺の魂は、永遠にあなただけのものです。あの方々の喉を撫で、お仕えすることだけが、俺のすべてだ」
琥珀色の左目からは人間の理性の光が消え去り、ただ一匹の忠実な飼い猫のような、美しく濁った光が宿る。
暗闇に閉ざされた遺跡の奥深く、二人の狂った幸福が静かに溶け合っていく。
ゴロゴロと鳴り響く甘美な音が、永遠の闇に響き渡る。