第1章:冷たい雨が肌を刺し、暴虐な風の咆哮が耳を...

叩きつける大雨が、むき出しの肌を冷酷に切り裂く。
視界を完全に遮るのは、牙を剥いた白銀の暴風。
プラチナシルバーのショートヘアが、狂ったように激しく乱れる。
エリア・ウィンドミルは、濁流のような嵐のなかで、エメラルドグリーンの瞳を極限まで見開いた。
[A:エリア・ウィンドミル:怒り]「私の調律が、この暴風をねじ伏せてみせる!」[/A]
水色の魔導渡航外套を重く濡らし、彼女は青銅の音叉を激しく打ち鳴らす。
キィィィン――。
鼓膜を突き刺すような鋭い金属音が、激しく波紋を広げた。
だが、力で支配しようとした調律の術式は、猛り狂う大自然の意志に無惨にも拒絶される。
[Flash]逆巻く烈風[/Flash]が、十倍以上の質量となってエリアへ跳ね返った。
[Shout]「あ、あぁぁぁっ!」[/Shout]
右腕を走る魔力回路が、内側から激しく焼き切れる。
猛烈な熱のあと、神経が瞬時に麻痺し、指先からすべての感覚が消え失せた。
なす術もなく泥水の中へと叩きつけられ、氷の雹が容赦なく柔肌を切り刻む。
[Blur]薄れゆく意識[/Blur]の底で、死の冷たさが背筋を這い上がってきた。
その瞬間、足元の泥がうねりを上げて隆起する。
そびえ立った不自然な土の壁が、エリアの身体を、狂暴な嵐から遮るように包み込んだ。
[FadeIn]確かなぬくもり[/FadeIn]が、泥まみれになった彼女の身体を優しく抱き起こす。
目の前に現れたのは、雨に濡れて無造作に伸びた黒髪。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「無茶をするな。お前はいつも、自然と戦いすぎだ」[/A]
深く静かな琥珀色の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめていた。
土汚れのついた緑色の作業用チュニックをまとった青年。
ゼフィル・クレイモントは、動けないエリアを軽々と抱き上げ、崩れかけの石造り温室へと滑り込んだ。
[Sensual]
暴風雨の遮られた温室の床に、泥だらけの厚手の毛布が手早く広げられる。
ゼフィルは彼女の凍てついた身体を、隙間なく包み込むように強く強く抱き寄せた。
[Pulse]トクン、トクン[/Pulse]と、彼の逞しい胸から確かな鼓動が伝ってくる。
冷え切った鼻腔をくすぐるのは、彼から微かに漂う、湿った土と乾いたハーブの甘い香り。
[A:エリア・ウィンドミル:悲しみ]「……どうして。私の調律は、完璧だったはずよ……!」[/A]
感覚を失った右腕の無力さに、悔しさが熱い涙となって目尻から溢れ出る。
ゼフィルは頑丈な革手袋の手で、彼女の震える肩を静かに、何度もさすった。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「風に勝とうとするな。風を敵だと思うから、向こうもお前を殺しにかかってくるんだ」[/A]
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「抗うな。大地の呼吸に、お前の呼吸を合わせるんだ」[/A]
彼の低く穏やかな響きが、エリアの強張った心を少しずつ解きほぐしていく。
[/Sensual]
だが、束の間の安息は一瞬で引き裂かれた。
[Impact]ズズズ、と足元から重低音の地鳴りが響く。[/Impact]
窓ガラスの向こう、遥か上流の砂防ダムが、溜まった水圧に耐えきれずに決壊した。
何十本もの巨木の群れをねじ折りながら、黒い土石流が村へ向けて牙を剥く。
ゼフィルは立ち上がり、静かに革手袋をはめ直した。
その横顔に、微かな迷いも揺らぎもない。
彼は大きく温かい手を差し伸べ、エリアの澄んだ瞳を見つめた。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「お前の風の耳を貸してくれ。大地の呼吸を、俺たちで調律するんだ」[/A]
第2章:迫り来る土石流を前に、エリアは恐怖で硬直...

[Shout]ゴゴゴゴゴゴゴ![/Shout]
鼓膜を破らんばかりの重低音が、足元から容赦なく突き上げる。
視界を塞ぐのは、すべてを呑み込んで押し流そうとする黒い泥の壁。
地中から根こそぎ引き抜かれた大樹が、濁流の中で牙のように転がっている。
エリアは呼吸すらも忘れ、あまりの圧倒的な破壊の光景にその場にすくみ上がった。
冷たい泥にまみれた水色の外套が、体温を容赦なく奪い去っていく。
[A:エリア・ウィンドミル:恐怖]「うそ……あんなもの、止められるわけがないわ……」[/A]
ゼフィルは無言のまま、泥まみれの地べたに力強く膝をついた。
引き締まった体躯を折り曲げ、邪魔な革手袋を投げ捨てる。
日焼けした素手を、凍てつく泥まみれの大地へと直接押し当てた。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「土の声を聞け、エリア。やつらは何もかもを壊したいわけじゃない」[/A]
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「ただ、息が詰まっているだけだ」[/A]
ゼフィルの琥珀色の瞳は、まっすぐに濁流の奥、そのエネルギーの源泉を見すえている。
エリアは感覚の戻り始めた震える指先で、古びた青銅の音叉を握り直した。
[Think]私の絶対音感は、お飾りのためにあるんじゃない……![/Think]
キィィィン――。
吹き荒れる雨を切り裂き、澄んだ金属音が美しい波紋となって周囲に広がる。
エリアは、迫り来る暴風の隙間に、自身のすべての感覚を尖らせた。
泥水の下でせき止められた、水脈の絶叫。
行き場を失い、苦しげにのたうち回る大地の悲鳴。
それらが彼女の耳裏を、頭蓋を、激しく震わせる。
[A:エリア・ウィンドミル:驚き]「支配するんじゃない……。塞がれた大地の気道を、私たちが通してあげるんだ!」[/A]
己の傲慢をすべて削ぎ落とす。
自然を力で従わせるための調律などではない。
その痛みに寄り添い、あるべき場所へと導くための調律。
[Magic]《風気調律・水流の道標》[/Magic]
エリアの放つ繊細な風の波動が、荒れ狂う泥水の先頭を優しく包み込んでいく。
それは遮る刃ではなく、大自然が進むべき道を示す、柔らかな道標。
[A:ゼフィル・クレイモント:興奮]「そこか……! 通れッ!」[/A]
ゼフィルが泥の中へと、両手をさらに深く突き立てた。
その瞬間、地脈が激しく、熱く脈動する。
[Impact]ズガガガガッ![/Impact]
激しい音を立てて大地が裂け、巨大な地割れが、泥水を導く即席の水路となった。
村へ激突する寸前だった土石流は、吸い込まれるように進路を変えていく。
泥の濁流は村を綺麗に迂回し、干からびていた乾いた谷底へと吸い込まれていった。
牙を剥いていた泥の川が、枯れた大地を潤す温かな恵みへと、その姿を変える。
[Sensual]
[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン。[/Pulse]
私たちは、生き延びたのだ。
エリアは全身の力が一気に抜け、目の前にある大きな背中に後ろから飛びついた。
[A:エリア・ウィンドミル:喜び]「やった……やったわ、ゼフィル!」[/A]
彼女を迎え入れた背中の強固な肉体が、一瞬で石のように硬直する。
濡れた衣服越しに、至近距離で重なり合う、互いの熱い体温。
ゼフィルの首筋から耳元までが、一気に沸騰したように真っ赤に染まっていった。
[A:ゼフィル・クレイモント:照れ]「え、あ……エリア、近、近い……。当たってる……」[/A]
[/Sensual]
だが、そのささやかな安らぎは、天から降り注いだ刹那の閃光に焼き切られた。
[Flash]バリバリバリッ![/Flash]
頭上の重苦しい積乱雲が、鋭利な刃で裂かれたように真っ二つに割れる。
青白い凶悪な電光のなか、重力を完全に無視して地上へと舞い降りる影があった。
雲で編まれたような半透明の白髪が、冷たくうねる。
バチバチと激しく静電気の弾ける、鋭いライトブルーの瞳。
その天衣から絶え間なく放たれる青白い雷光が、周囲の空気を一瞬で鼻を突くオゾン臭で満たした。
風の精霊、グウィネラ。
その美しくも冷酷な瞳にあるのは、絶対的な拒絶。
[A:グウィネラ:怒り]「愚かなる人の子よ。流れを塞ぎ、我が息吹を遮ったその報いを受けるが良い」[/A]
精霊が静かに、天へと片手をかざした。
[Impact]その瞬間、谷全体の空気が一瞬で消失した。[/Impact]
第3章:息ができないほどの気圧の低下と、鼓膜を引...

[Impact]完全なる、真空。[/Impact]
肺胞から無理やりむしり取られる酸素。
のどが熱く張り付き、ひゅっとかすれた呼吸の音が漏れる。
プラチナシルバーのショートヘアが、突如発生した強烈な上昇気流に引き裂かれる。
エメラルドグリーンの瞳に映るのは、天と地を繋ぐ、巨大な暗黒の竜巻。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静]「くっ……! 岩よ、 立て……!」[/A]
ゼフィルが必死に叫び、地面へ素手を叩きつける。
地中からせり上がった分厚い石壁。
だが、神の領域の風の前には、あまりにも無力。紙切れのように一瞬で砕け散った。
激しく飛散する石礫が、エリアの水色の外套を容赦なく切り裂いていく。
鋭い痛みが全身を走り、頬を紅い血が伝い落ちる。
[Think]力でねじ伏せるやり方は、もう本当におしまい。[/Think]
エリアは、胸元に揺れる古びた青銅の音叉を、迷うことなく引きちぎった。
そして、泥水の中に躊躇なく投げ捨てる。
[A:エリア・ウィンドミル:冷静]「風が悲しく泣いているなら……その歌を、ただ書き換えるだけよ」[/A]
エリアは喉の奥を震わせた。
絶対音感のすべてを極限まで研ぎ澄まし、暴風が奏でる不協和音を脳裏に刻み込む。
[Magic]あ、あぁ――[/Magic]
口から絞り出したのは、歌詞のない、ただの声。
いや、それは嵐の周波数と完全に調和した、透き通るような美しき旋律。
風の怒り。
引き裂かれた大気の悲しみ。
そして、かつて故郷を災害で失った、己自身の絶望。
そのすべてを溶かし込み、エリアは血を吐く思いで歌い続ける。
唇からぷつりと血が滲み、鉄の味が口いっぱいに広がった。
[Blur]世界が、ぐにゃりと歪む。[/Blur]
圧倒的に酸素が足りない。
倒れそうになる華奢な肩。
[Sensual]
後ろから、強固な質量がエリアの身体を優しく、だが力強く抱きすくめた。
お馴染みの土の匂いと、生きている確かな熱。
ゼフィルの逞しい腕が、彼女の細い腰をこれ以上ないほど固く抱きしめる。
[A:ゼフィル・クレイモント:冷静][Whisper]「お前一人に、すべてを背負わせはしない」[/Whisper][/A]
[Pulse]ドク、ドク、ドク。[/Pulse]
密着した二人の、重なり合う心音。
ゼフィルは日焼けした手のひらを、彼女の胸元へとそっと当てた。
大地の奥底から、彼が全身で吸い上げた濃密な魔力が、エリアの全身へと一気に流れ込んでいく。
[A:エリア・ウィンドミル:喜び]「ああ……、あぁぁぁ――!」[/A]
二人の命を混ぜ合わせたその美しき歌声が、嵐の障壁を侵食していく。
[/Sensual]
雲の天衣をまとったグウィネラが、鋭いライトブルーの瞳を驚愕に見開いた。
[A:グウィネラ:驚き]「我が風が、人の歌の中に……優しく還っていくというのか」[/A]
支配ではない。
お互いの息遣いを感じ合う、対話だ。
黒雲の禍々しい渦が、見る間に淡いエメラルドグリーンの光へと薄れていく。
天を埋め尽くしたのは、息を呑むほど美しい、七色のオーロラのカーテン。
谷全体に、ぬくもりを帯びた優しい光の雨がしとしとと降り注ぐ。
枯れ果てていた土から、新緑の芽が一斉に、音を立てて弾けた。
止まっていた風車が、嬉しそうに羽を回し始める。
グウィネラは、その神聖な顔に、かつてないほど穏やかな微笑を浮かべた。
彼女の手からそっとこぼれ落ちたのは、淡く光る世界樹の種。
[A:グウィネラ:冷静][Whisper]「いつかまた、その美しき旋律を聞かせておくれ」[/Whisper][/A]
[FadeIn]精霊の美しい身体が、金色の光となって大気へと溶けていく。[/FadeIn]
嵐は、完全に去った。
だが、全ての魔力を使い果たしたエリアの指先から、力が失われる。
[Blur]視界が、真っ暗に染まっていく。[/Blur]
ぐにゃりと、エリアの華奢な身体が泥の上に倒れ込んだ。
[A:ゼフィル・クレイモント:絶望][Shout]「エリア! 目を開けてくれ! エリア!」[/Shout][/A]
いつも感情を表に出さなかった青年が、生まれて初めて声を荒らげる。
冷たくなっていく彼女の身体を、狂おしいほどにその胸に抱きしめた。
第4章:数日後、エリアが目を覚ますと、そこは温か...
[FadeIn]
重いまぶたの裏に、柔らかな黄金色の光がゆっくりと透けていく。
[/FadeIn]
[Blur]
霧が晴れるように、少しずつ視界が開いた。
[/Blur]
鼻腔を満たしたのは、今まで嗅いだことのない心地よい香り。
甘く、ほんのりと清涼感のある、新種のハーブの素晴らしい芳香。
エリアは、シーツの上で小さく、深く呼吸を整えた。
風に激しく乱れていたプラチナシルバーのショートヘアが、清潔なリネンの枕に広がっている。
澄んだエメラルドグリーンの瞳が、天井の隙間から差し込む温かな木漏れ日を捉えた。
ここは、あの石造りの温室。
ガラス越しに見える空は、どこまでもどこまでも澄み切った青。
カタカタと、耳に心地よい規則正しい回転音が鼓膜を優しく震わせる。
窓の外で、無数の風車が誇らしげに、そして優雅にその羽を回していた。
枯れ果てていたはずの谷が、生命力に満ちた瑞々しい新緑に包まれている。
[Think]本当に、守れたのね。私たちの、小さな箱庭を。[/Think]
エリアは小さく胸を撫で下ろした。
その瞬間、右手に、ごつごつとした大きな、そして確かな熱を感じる。
[Sensual]
視線をそっと落とすと、ベッドの傍らに、愛おしい黒い頭が見えた。
無造作に伸びた黒髪。
大地の恵みを感じさせる土汚れのついた、緑色の作業用チュニック。
ゼフィルだった。
彼はエリアの華奢な手を、まるで壊れやすい宝物を扱うように、両手で包み込んでいる。
頑丈な厚手の革手袋は外され、温かい彼の素手が、彼女の細い指先を優しく握りしめていた。
椅子に座ったまま、すべての体力を使い果たしたように、深く眠りこけている。
エリアはそっと、その大きな手のひらの中で、愛おしさを込めて指先を動かした。
ぴくり、と。
[Flash]
ゼフィルの身体が、弾かれたように跳ね上がる。
[/Flash]
[A:ゼフィル・クレイモント:驚き]「っ……! エリア、気がついたのか!」[/A]
血走った琥珀色の瞳が、真っ直ぐにエリアを射抜いた。
ゼフィルは生真面目な顔をくしゃくしゃに歪め、その瞳から大粒の涙をこぼす。
いつも石のように頑なで寡黙だった彼が、感情を激しく剥き出しにして、肩を震わせていた。
[A:ゼフィル・クレイモント:愛情][Tremble]「本当にお前が死ぬかと思った……。もう、二度と目を開けないかと……!」[/Tremble][/A]
ギュッと握りしめられる手の圧力が強まる。
痛いほどの熱が、エリアの肌を伝って心臓へと直接流れ込んできた。
[A:ゼフィル・クレイモント:愛情][Whisper]「頼むから、もう無茶はしないでくれ。お前がいないと、この庭に風は吹かない」[/Whisper][/A]
ゼフィルは自身の熱い額を、彼女の泥の落ちた白く細い手の甲に、祈るように押し当てた。
[A:ゼフィル・クレイモント:愛情][Whisper]「これからは、二人でこの風車を守るんだ。俺と一緒に、ここにいてくれ。頼む」[/Whisper][/A]
[/Sensual]
エリアの耳の裏が一瞬で熱く火照る。
顔全体が熟した林檎のように赤く染まるのが、自分でもはっきりと分かった。
それでも、彼女は澄んだエメラルドグリーンの瞳で彼を睨み返す。
いつもの、少し生意気で強がりな彼女らしい口調を、精一杯絞り出して。
[A:エリア・ウィンドミル:照れ]「当たり前じゃない。私の美しい調律がないと、あなたの不器用な大地はすぐに拗ねちゃうんだから」[/A]
ゼフィルが、ふっと驚いたように、それから愛おしそうに小さく吹き出した。
彼が顔を上げると、その柔らかな微笑みに、美しい陽光が降り注ぐ。
二人は手を取り合って温室を出て、再生を始めた村の中心へと向かった。
一番大きな、天を仰ぐ風車の麓。
ゼフィルが愛用のシャベルで大地を優しく掘り、エリアがそこに一粒の種を落とす。
あの風の精霊グウィネラが、旅立ちの際に残していった、淡く光る世界樹の種。
ゼフィルの大きな手が、そっと温かい土を被せた。
エリアが胸元の古びた青銅の音叉をそっと揺らし、大気の美しい音律をそこへ重ねる。
[Pulse]
ドクン、と地脈が大きく、力強く脈打った。
[/Pulse]
土が淡い緑色に発光し、小さな青い芽がひょっこりと、元気に顔を出す。
まるで、二人のこれからの未来を祝福するように。
自然と戦って支配するのではなく、寄り添い、手を取り合う。
その愛おしい息吹を調律しながら共に生きていく、新しい歩みが今、ここから始まる。
優しいそよ風が、二人の髪を、そして繋いだ手を優しく包み込むように揺らした。
[Whisper]「ありがとう」[/Whisper]
精霊の囁きのような風が、風車の白い羽を、どこまでもどこまでも優しく、未来へと回し続けた。