無魔力の泥虫が、世界を滅ぼす聖女の呪いを叩き斬るまで

無魔力の泥虫が、世界を滅ぼす聖女の呪いを叩き斬るまで

主な登場人物

アルス・ラインハルト
アルス・ラインハルト
18歳 / 男性
泥と返り血に汚れた黒い軽装鎧を身に纏う。無数の戦傷が刻まれた逞しい体躯を持ち、逆境にあっても決して光を失わない燃えるような琥珀色の瞳が特徴。髪は無造作に伸びた癖のある黒髪で、常に戦場の風に揺れている。背中には魔力を帯びない肉厚の大剣を背負い、その佇まいは泥臭くも圧倒的な存在感を放つ。
ルクレツィア・フォン・エステル
ルクレツィア・フォン・エステル
17歳 / 女性
神聖な光を放つ純白の聖女の巡礼衣を纏っているが、その裾は引き裂かれ、泥と激しい戦闘の痕跡で汚れている。手首には冷たい鉄枷の跡が痛々しく残る。背中まで届く絹糸のように細く美しいプラチナブロンドの髪と、吸い込まれそうなほど澄んだ深淵なサファイアブルーの瞳。儚げだが、その奥には決して折れない強い意志を宿している。
ヴァルハイト・フォン・エステル
ヴァルハイト・フォン・エステル
24歳 / 男性
帝国軍最高魔導帥の地位を示す、金糸の刺繍が施された漆黒の重厚な魔導外套を身に纏う。一分の隙もなく整えられたアッシュグレーの短い髪に、すべてを見透かすような冷徹に光る血色の深紅の瞳。一切の感情を表に出さない彫刻のように美しい顔立ちをしており、その手には禍々しい黒石の魔導杖を携えている。

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第1章:反逆の咆哮、泥に塗れた救済

Scene Image

ゴォン、ゴォン、と重苦しい鐘の音が、低く垂れ込めた鉛色の空に反響する。

逃げ場のない石造りの広場。そこに充満しているのは、錆びた鉄の生臭さと、押し寄せた群衆が吐き出す淀んだ吐息だ。

帝国聖府中央大聖堂。

その荘厳にして冷酷な処刑台の、冷え切った石畳の上に、彼女は屈辱的に跪かされていた。

絹糸のように細く、どこまでも美しいプラチナブロンドの髪。それが凍てつく冬の風に乱され、痛々しく白皙の頬を打つ。

かつて純白を誇った聖女の巡礼衣は、無惨にも裾が引き裂かれていた。泥と、苛烈な戦闘が残した焦げ跡で真っ黒に煤けている。

細い手首に容赦なく食い込んだ、魔導の鉄枷。

擦れた傷口からじわりと滴る鮮血が、吸い込まれるほど深淵なサファイアブルーの瞳に、暗い影を落としていた。

「罪人ルクレツィア! 世界を滅ぼす邪竜の器め!」

「神罰を下せ! 穢れた血を今すぐ流せ!」

浴びせられるのは、盲目な正義に酔いしれた民衆の罵声。

千人規模の帝国魔導兵が、まるで鋭利な槍の穂先のように、冷酷な魔導の照準を彼女の心臓へと定める。

ギィ、と不快な軋みを上げて、断頭台の鈍色に光る刃が持ち上がった。

それは今まさに重力に従い、すべてを断ち切るために落下しようとした――その刹那。

[Shout]ガシャンッ!!![/Shout]

天を覆う大聖堂の、重厚なステンドグラスが、けたたましい音を立てて粉砕された。

きらきらと降り注ぐ色とりどりのガラス片。その極彩色の雨を突き破り、一つの黒い影が、地を穿つ弾丸のように落下してくる。

[A:アルス・ラインハルト:興奮][Shout]「そこをどけェェッ!!!」[/Shout][/A]

黒煙を上げて割れた石畳。

そこに立っていたのは、泥と、敵の返り血にまみれた黒い軽装鎧を纏う男だった。

無造作に伸びた癖のある黒髪が、吹き荒れる戦場の風に荒々しく揺れる。

髪の隙間から覗くのは、燃え盛る篝火のような琥珀色の瞳。獲物を絶対に逃さないという狂気的な光を孕み、ぎらぎらと周囲を睨みつけている。

アルス・ラインハルト。

魔力を一切持たないがゆえに、神に棄てられたと忌み嫌われた、辺境開拓村の不適合者。

背負った巨大で、あまりにも肉厚な大剣を両手で引き抜く。

彼は、その鉄塊をただの腕力だけで振り下ろし、迫る処刑台の刃を石畳ごと微塵に粉砕した。

「な、なんだ貴様は! どこから入り込んだ!」

「魔力反応なし! ただの泥虫だ! 構わん、塵一つ残さず焼き尽くせ!」

指揮官の怒号。

四方八方から、殺意を帯びた業火と、空間を凍らせる氷槍がアルスへと降り注ぐ。

だが、彼は、理不尽極まる死の物量にも微塵も怯まない。

ニィ、と凶悪に唇を歪め、爆発的な脚力で地を蹴った。

[Impact]体内の魔力、完全ゼロ。[/Impact]

それは魔導を至高とするこの世界の理に逆行する、極限の異端。

大剣が空気を鋭く引き裂く。

魔力を完全に遮断する漆黒の鋼刃が、迫り来る炎の壁を、まるでありふれた紙切れのように一刀両断に叩き斬った。

「ば、馬鹿な! 魔法が、消された……!?」

どよめく兵士たち。

防ぎきれなかった熱風がアルスの皮膚を焦がし、浅く裂けた傷口から熱い血が噴き出す。

それでも、彼の歩みは止まらない。

這いつくばり、泥水を啜ってでも進む野獣のように。一直線に、祭壇の頂へと突き進む。

[Pulse]ドクン、ドクン。[/Pulse]

全身を駆け巡る血液の、熱い脈動。

口内に広がる鉄の味を噛み締めながら、アルスはルクレツィアを戒める太い魔導の鎖へ、渾身の力で大剣を叩きつけた。

[Flash]金属が弾け飛ぶ甲高い破壊音が、広場全体を震わせる。[/Flash]

[A:アルス・ラインハルト:興奮]「迎えに来たぞ、ルクレツィア!」[/A]

砕け散る魔導の破片。

崩れ落ちる少女の、折れそうなほど細い肩を、アルスはがっしりと抱き留めた。

そして、周囲を包囲する数多の魔導兵たちを、狂犬のごとき眼光で睨めつける。

琥珀色の瞳に宿る、狂気的なまでの執念。

それは、対峙する千の軍勢を、束の間、恐怖によって完全に沈黙させた。

だが、突如として、その熱狂の空気が凍りつく。

ぐにゃりと空間が歪んだ。

世界そのものが鋭く削り取られるような、圧倒的な圧迫感。

ハサッ、と金糸の刺繍が施された漆黒の重厚な魔導外套が、風もないのに静かに翻る。

アッシュグレーの短い髪。

すべてを見透かし、支配するかのような、冷徹に光る深紅の瞳。

帝国軍最高魔導帥、ヴァルハイト・フォン・エステル。

[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:冷静]「……不条理を嘆く時間があるなら、その無価値な命を世界のために差し出せ」[/A]

絶対強者の、一切の感情を排した声。

禍々しい漆黒の魔導杖が、容赦なく、アルスの眉間へと向けられた。

第2章:死を望む聖女と、呪いを背負う男

Scene Image

太古の静寂が支配する森には、白く深く、重苦しい霧が立ち込めていた。

肺に吸い込む空気は、湿った腐葉土の匂い。そして、アルスの傷口からとめどなく流れ落ちる、生臭い血の匂い。

ヴァルハイトが放った一撃。その絶対的な死の軌道を辛くも掻い潜り、命からがら逃げ込んだ樹海の奥深く。

大樹の根本にドサリと崩れ落ちたアルスの姿を見て、ルクレツィアは息を詰まらせ、声にならない悲鳴を上げた。

黒い軽装鎧は胸元から脇腹にかけて半ばから裂けている。

その裂け目から、どす黒い血液が、絶え間なく溢れ出て地面を汚していた。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:悲しみ][Tremble]「どうして……どうしてここまでして、私なんかを……!」[/Tremble][/A]

震える指先が、彼の生々しい傷口に触れようとしては、躊躇うように空を切る。

彼女にかけられた呪い。

それに対抗する自身の最高位治癒魔法は、発動するたびに使い手の寿命を著しく削る。

アルスがそれを、命に代えても絶対に許さないと知っているからこそ、手を出せない。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:絶望]「私を置いて逃げてください! 私の心臓には、世界を滅ぼす呪いが眠っている。生きているだけで、私はあなたを殺し、この世界を壊してしまう!」[/A]

ポロポロと、大粒の涙が彼女の頬を伝い、プラチナブロンドの髪を濡らしていく。

光の届かない冷たい牢獄で、ただ死を待つために感情を殺し続けてきた彼女。

その胸の奥底から搾り出された、痛切な、悲痛な叫び。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:悲しみ][Shout]「だから、お願い……私をここで殺して!」[/Shout][/A]

[Sensual]

その悲痛な叫びを遮るように、力強い、しかし酷く不器用な腕が、ルクレツィアの細い体を強引に引き寄せた。

[Pulse]ドクン。[/Pulse]

血に濡れた、焼けるように温かい胸板。そこに無理やり顔を埋められる。

鼻腔を貫くのは、濃密な鉄の匂い。

そして、全身を狂おしく包み込む、むせ返るようなアルスの熱気。

あまりの熱量に、ルクレツィアの背筋が、びくりと小さく痙攣した。

[A:アルス・ラインハルト:愛情][Whisper]「……馬鹿野郎」[/Whisper][/A]

すぐ耳元で響く、低く掠れた、だがどこまでも優しい声。

痛みを必死に堪えるようなその息遣いが、彼女の首筋に触れ、全身の産毛を逆立たせる。

[A:アルス・ラインハルト:愛情]「世界がどうなろうと、そんなこと知ったことか。俺は神様を救うためにこの剣を振ってるんじゃねえ」[/A]

泥にまみれ、傷だらけになったアルスの大きな手が、彼女の華奢な背中を、まるで壊れやすいガラス細工を扱うように愛おしく撫でる。

ドクドクと伝わる彼の激しい心音。

その圧倒的な生の鼓動が、ルクレツィアの胸の奥で、頑なに凍りついていた氷をじわりと溶かしていく。

[A:アルス・ラインハルト:愛情]「泣いているお前という、たった一人の、不器用で泣き虫な女の子を救うために俺はここにいるんだ。お前の命が呪いだっていうなら、その呪いごと、俺が一生背負ってやる!」[/A]

骨が軋むほどの、情熱的な抱擁。

熱を帯びた琥珀の瞳にまっすぐ見つめられ、ルクレツィアの瞳から、堰を切ったように涙があふれ出た。

生まれて初めて、他者の温もりに触れた。

生きたい。この人と、一秒でも長く――。

生まれて初めて、そんな許されない贅沢を願ってしまった。

[/Sensual]

だが、そのささやかな、あまりにも美しい願いが芽生えた、その瞬間だった。

ガサ、と音がしたかと思うと、二人の周囲にある巨大な古木が、音もなくサラサラと黒い砂に変形して崩れ落ちていく。

[Impact]すべてを無に帰す、「虚無」の黒い輝き。[/Impact]

上空から、重力に逆らうように静かに舞い降りる漆黒の外套。

ヴァルハイト・フォン・エステルが、その深紅の瞳に氷のような冷徹さを湛え、慈悲の欠片もなく二人を見下ろしていた。

第3章:虚無の刃、歪んだ愛の真実

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[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:冷静]「無駄な足掻きだ、泥虫。それ以上、その汚れた手で我が妹に触れるな」[/A]

黒石の魔導杖から放たれる、光すら吸い込む黒い閃光。

アルスは反射的にルクレツィアを背後に庇い、大剣を両手で泥の中から振り上げる。

魔力を完全に無効化する鋼の刃が、消滅の黒き光と激突した。

バリバリと、空間を焼き裂く凄まじい火花と、すさまじい衝撃波が周囲の森を容赦なく吹き飛ばしていく。

だが、接触した物質を分子レベルで分解する虚無魔術は、防御の上からアルスの肉体を侵食し、じわじわと削り取っていく。

腕の皮膚が焼けただれて消滅し、その下にある赤い筋肉の線維が剥き出しになる。

激痛。脳を揺らすほどの苦痛に、アルスの奥歯がみしり、と不快な音を立てて砕けそうになる。

それでも、彼の足は一歩も後ろへ引かない。

[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:冷静]「お前は何も分かっていない。ルクレツィアの心臓に眠る『終焉の蛇』は、彼女が激しい感情を抱き、幸福を、つまり生への執着を実感した時にこそ完全な覚醒を迎える。お前が彼女に希望を与え、生きたいと願わせる行為そのものが、世界を崩壊させる最悪の引き金なのだ」[/A]

一切の揺らぎのない冷徹な声が、不気味に静まり返った森に響き渡る。

ルクレツィアはハッと息を呑み、自らの胸元を、爪が皮膚に食い込むほど強く握りしめた。

兄はずっと知っていたのだ。

自分が希望を抱くこと、誰かを愛することこそが、世界に破滅をもたらすトリガーであることを。

[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:悲しみ]「ゆえに、私はこの手で、最愛の妹を殺し、世界を救う。それこそがエステル家に課せられた義務であり、この哀れな生贄に対する、唯一の兄としての救済だ」[/A]

一分の隙もない、鉄仮面のようなヴァルハイトの顔。

それが、ほんの一瞬だけ、引き裂かれるような苦痛に歪んだように見えた。

だが、杖から容赦なく放たれる、視認すら不可能な、空間を削る消滅の魔力刃。

その鋭利な死の標的は、アルスではなく、まっすぐにルクレツィアの心臓へと定められていた。

彼女は絶望に喉を詰まらせ、静かに、その運命を受け入れるように目を閉じ――。

だが。

[Shout]グチャッ!!![/Shout]

肉が裂け、骨が砕ける生々しい音が響く。

刃が彼女の胸を貫く、その寸前。

アルスが吠えながら左手を突き出し、素手でその不可視の消滅刃を、強引に鷲掴みにしていた。

[Impact]消滅の魔力が手のひらの肉を削り、骨を軋ませ、赤い鮮血が派手に爆散する。[/Impact]

血を噴き出し、骨が見えようとも、アルスは決してその手を離さない。

[A:アルス・ラインハルト:怒り][Shout]「希望を持つことが、誰かを愛することが罪だと、一体どこのどいつが決めた! そんな狂ったルールごと、俺がこの世界を叩き斬る!」[/Shout][/A]

血まみれの口元を釣り上げ、アルスは狂った野獣のように咆哮した。

その琥珀色の瞳の奥に、消えることのない不屈の光がギラギラと輝く。

ヴァルハイトの、感情を排していた深紅の瞳が、驚愕に初めて微かに見開かれた。

その刹那。

完全に虚を突かれた死角から、空間を無理やり引き裂くようにして、異形の影が現れた。

泥のように黒く、這いずるような呪詛の腕。

それが、ヴァルハイトの胸を、背後から躊躇なく貫いていた。

第4章:血濡れの涙、託された未来

Scene Image

「ギィヤァァァハハハハッ!!! 傑作だ! 実に傑作だなァ!」

耳をつんざくような、神経を逆撫でする狂笑。

姿を現したのは、暗黒の魔導結社「深淵の使徒」の神官。

世界を神の予言通りに滅ぼそうと企む狂信者たちにとって、ルクレツィアが安楽死を遂げることなど、甚だ都合が悪かったのだ。

胸からどす黒い呪いの腕を生やされ、ヴァルハイトはゴフッと大量の鮮血を吐き出す。

漆黒の魔導外套が、自らの血で、より深い闇の色に染まっていく。

そのまま、崩れるように膝から折れた。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:恐怖][Shout]「お、お兄様っ……!!」[/Shout][/A]

思わず手を伸ばそうとするルクレツィア。

だがその瞬間、彼女の脳内に、使徒が放ったおぞましい精神汚染の泥が津波のように流れ込む。

[Glitch]ザザッ……ガガガッ……[/Glitch]

視界が狂う。

己の無力さ。そして、たった一人の肉親である兄が、目の前で無残に血に染まり、崩れ落ちていく光景。

ルクレツィアの心拍数は限界を突破し、その胸の奥底で、黒い心臓がドクン、ドクンと爆発的な膨張を開始する。

「素晴らしい! 最低のドブネズミと、最高の暴走だ! 終焉の蛇よ、今こそその這いずる体を現し、世界を喰らい尽くせ!」

使徒が歓喜に身体を震わせる中。

死の淵に立たされたヴァルハイトが、震える、血に染まった指先を動かした。

[Impact]「……我が前で、我が妹を汚すな、下郎が」[/Impact]

彼が最後の一瞬。己の命そのものと、残された全魔力を限界まで燃やし尽くし、放った究極の魔術。

《虚無の結界》。

圧倒的な、光すら歪める重圧が空間を支配し、狂喜していた使徒の動きを一時的に完全に封じ込めた。

アッシュグレーの髪を泥と血に汚しながら、ヴァルハイトは、血に濡れた涙を零し、アルスを静かに見上げた。

冷酷な仮面が剥がれ落ちたそこにあったのは。

ただ一人の、妹の幸せを誰よりも願っていた、無力な兄としての素顔だった。

[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:悲しみ][Whisper]「……私は、ルクレツィアに生きてほしかった。だが、私には……世界を敵に回してまで、彼女を守る勇気が、力がなかった……」[/Whisper][/A]

弱々しい吐息と共に、その深紅の瞳から、急速に光が失われていく。

[A:ヴァルハイト・フォン・エステル:愛情]「お前なら……魔力を持たぬお前なら、その不条理を越えられるかもしれない。ルクレツィアを……私の、たった一人の可愛い妹を、頼む……!」[/A]

帝国最強と謳われた魔術師は、最後に、不器用な、酷く優しい微笑みを浮かべ。

そのまま、二度と動かなくなった。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:絶望][Shout]「あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!! お兄様ぁぁっ!!!」[/Shout][/A]

ルクレツィアの口から、張り裂けんばかりの、悲痛な絶叫が放たれた。

同時に、彼女の全身から、世界を丸ごと呑み込む黒き終焉の嵐が猛然と吹き荒れる。

天を衝くほどの巨大な「終焉の蛇」が、ついにその禍々しい鎌首をもたげた。

第5章:残響の聖剣、赫焉の聖女

天がガラスのようにひび割れ、大地が断末魔のような悲鳴を上げて激しく揺れる。

世界を滅ぼす、文字通りの厄災の化身。

それがルクレツィアの心臓を依代として、今、完全にこの世に顕現しようとしていた。

「ハハハ! 終わりだ! すべては無に帰るのだ!」

結界の中で狂喜乱舞する使徒。

その嵐の真っ只中で、アルスはゆっくりと、折れかけた両足で立ち上がった。

右足の骨は砕けかけ、全身の毛穴という毛穴からは、どす黒い血が噴き出して泥に混ざっている。

だが、その琥珀色の瞳は。

世界を滅ぼす破滅の竜巻を前にしても、微塵の揺らぎも、絶望の色も浮かべていなかった。

ただ静かに、愛用の無骨な大剣を、ボロボロの両手で握りしめる。

[Pulse]ドクン……ドクン……![/Pulse]

彼は自身の肉体のリミッターを完全に破壊し、体内の「無魔力」という名の絶対的深淵を暴走させた。

周囲に渦巻くあらゆる濁った魔力、呪い、そして終焉の破壊エネルギーすらも。

魔力を持たない異端の肉体へと、強引に、ブラックホールのように吸引し、中和していく。

[A:アルス・ラインハルト:狂気][Shout]「ガァァァァァァッ!!! おおぉぉっ!!!」[/Shout][/A]

全身の細胞が瞬時に焼き切れ、内臓が破裂しそうになる、地獄のような激痛。

ルクレツィアから溢れ出る、すべてを消し去る破壊の奔流を、アルスはその身一つで、すべて受け止め、肩代わりしていた。

[A:アルス・ラインハルト:愛情][Shout]「痛むか、ルクレツィア!? だが安心しろ、お前の痛みも、呪いも、全部俺が半分持ってってやる! だから、勝手に死ぬんじゃねえ! 生きて、俺の隣で笑え!」[/Shout][/A]

血反吐を盛大にぶち撒けながら、アルスは爆音と共に大地を蹴った。

虚無の結界から抜け出そうとあがいていた使徒の顔が、驚愕と絶望に染まった。

ただの泥虫が、なぜ動けるのか。なぜ、この終焉の嵐の中で笑っているのか。

[Flash]一瞬。文字通りの、神速の一撃。[/Flash]

魔力を一切帯びない、ただの薄汚れた分厚い鉄の塊が。

使徒の防護障壁ごと、その胴体を斜めに、袈裟懸けに一刀両断した。

悲鳴すら上げる間もなく、霧散する肉体。

そのまま、アルスは一切視線を逸らすことなく、黒い竜巻の中心に捕らわれているルクレツィアへと飛び込んだ。

猛烈な風に抗い、彼女の胸の真ん中に、大剣の柄を力強く押し当てる。

狙うのは、彼女の命ではない。

その心臓の奥深くに寄生している、「終焉の蛇」の核、ただ一点のみ。

[A:アルス・ラインハルト:興奮][Shout]「これで……全部終わりだァァァッ!!」[/Shout][/A]

[Impact]魔力を完全に遮断する、異端の刃。

その特異性が、彼女の心臓を傷つけることなく、魂に絡みついていた「終焉の呪い」だけを完璧に引き剥がし、虚空へと切り裂いた。[/Impact]

キィィィィィンッ! と、耳を劈くような断末魔の絶叫。

終焉の蛇の巨大な影が、光の粒子となってサラサラと崩壊していく。

吹き荒れていた死の嵐は一瞬で霧散し、厚く世界を覆っていた鉛色の雲が、真っ二つに割れた。

差し込む、まばゆい陽光。

そこに広がっていたのは、言葉を失うほどに美しく、果てしなく澄み渡った、本物の青空だった。

光に満ちた世界の中。

全ての力を使い果たし、糸が切れたように倒れ込もうとするアルスの体を。

細い、温かい一対の腕が、今度はしっかりと抱き留めた。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:喜び][Whisper]「……アルス……アルス……っ」[/Whisper][/A]

純白の巡礼衣は泥だらけで、プラチナブロンドの髪もボロボロだったけれど。

サファイアブルーの瞳からこぼれ落ちたのは。

もう、絶望の涙ではなかった。

自分の意思で、この人と共に生きたいと強く願う、温かな、光を反射する涙。

[A:ルクレツィア・フォン・エステル:愛情]「私も……あなたと一緒に、生きたい……っ。どんなに苦しくても、生きていたい……!」[/A]

[A:アルス・ラインハルト:喜び]「ああ……当たり前だ。そのために、俺はここに来たんだからな」[/A]

アルスは血まみれの、それでも温かい手で、彼女の頭をくしゃくしゃと不器用に撫でた。

冷たい大聖堂の神殿でも、血塗られた処刑台でもない。

本物の、どこまでも優しい光が差し込む地平線を見つめて。

理不尽な世界をその手で打ち砕いた二人は、決して離れることのない手をしっかりと繋ぎ、新たな一歩を力強く踏み出した。

クライマックスの情景

【物語の考察】

本作の根底に流れるテーマは、「自己犠牲という美しい呪いからの脱却」である。大義のために個人の幸福を搾取する世界(システム)に対し、徹底した「エゴイズムの愛」で反逆する主人公の姿が、痛快なカタルシスを生み出している。世界全体の救済よりも、目の前で泣いているたった一人の少女を救うことを選ぶ主人公の姿勢は、極限状態における個人の尊厳と自由への渇望を鮮烈に描き出している。

【メタファーの解説】

「魔力」はこの世界における絶対的なルールや宿命の象徴である。主人公が「無魔力」であることは、彼が運命の枠組みから外れた特異点であり、自らの手で未来を切り開く自由意志の体現者であることを示している。また、ルクレツィアを縛る「終焉の呪い」は、社会から押し付けられた役割そのものであり、それを異端の刃が物理的に叩き斬る結末は、あらゆる抑圧からの完全な解放と新しい夜明けを意味している。

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