星屑の墓守と、嘘つきな王

星屑の墓守と、嘘つきな王

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第一章 硝子の心臓

「いらっしゃいませ。今日は、どんな『過去』をお探しで?」

路地裏の湿った石畳。その突き当たりにある小さな骨董店。

店主のエララは、薄汚れた布巾で、陳列棚の「商品」を磨いていた。

客の男が、落ち着かない様子で周囲を見回す。

「あー……その。幸せなやつを頼む。とびきりの」

「幸せ、ですね」

エララは無表情のまま、棚から小指の先ほどの琥珀色の石を取り出した。

「こちらは『五歳の夏の海辺』です。母の腕の温もり、波の音、甘い西瓜の味。……いかがでしょう」

男が喉を鳴らす。

「いくらだ」

「金貨は要りません。代価は、あなたの『後悔』を一つ」

男は一瞬ひるんだが、震える手で自身のこめかみに指を当てた。

ズルリ。

男の頭から、黒く粘つく糸のようなものが引き抜かれる。

エララはそれを慣れた手つきで空の小瓶に詰め込んだ。

男は琥珀を受け取ると、逃げるように店を出ていく。

店内に、静寂が戻る。

エララは小瓶の中で蠢く黒い霧を眺めた。

「……まずそう」

彼女には味覚がない。痛みもない。

なぜなら彼女自身が、誰かが捨てた記憶の寄せ集めでできた、紛い物の人間だからだ。

カラン、コロン。

再びドアベルが鳴る。

今度は、場違いなほど豪奢な鎧をまとった騎士たちが、店になだれ込んできた。

「記憶の墓守、エララだな」

騎士の一人が告げる。

「国王陛下がお呼びだ。城へ来い」

第二章 空白の玉座

王の間は、死臭と薬草の匂いが混じり合っていた。

玉座に沈み込むように座っているのは、かつて「賢王」と謳われた老王、アルドリッチ。

今はただの、死に怯える老人に見えた。

「……近づけ」

枯れ木のような声。

エララは膝をつかず、淡々と歩み寄る。

「無礼者!」

近衛兵が剣に手をかけるのを、王が手で制した。

「よい……。墓守よ。余には、どうしても思い出せぬ記憶がある」

王は震える手で、自分の胸を叩いた。

「余が王位に就く前……まだ王子だった頃のことだ。余は何かを愛していた。とても大切で、美しい何かを。だが、その顔も、名前も、何一つ思い出せんのだ」

「ご自身で、売ったのでは?」

「馬鹿な! 大切な記憶を売るわけがない!」

王が激昂し、激しく咳き込む。

エララは王の濁った瞳を覗き込んだ。

彼女には「視える」。

人の心には記憶の棚がある。王の棚は、あまりにも綺麗すぎた。

整理整頓され、埃一つない。

不自然なほどに。

「……探してみましょう。ただし、私の代価は高いですよ」

「国でも何でもやる。……余が死ぬ前に、もう一度だけ、あの温もりに触れたいのだ」

王の目尻から、涙が一筋伝った。

エララはゆっくりと、王の額に冷たい手を触れた。

「では、失礼します」

視界が反転する。

エララは、王の精神世界へとダイブした。

第三章 忘却の地下牢

王の精神世界は、美しい図書館のようだった。

輝く本、整理された巻物。

「賢王」の人生そのものだ。

だが、エララは知っている。本当に重要なものは、表には置かれない。

彼女は迷わず、図書館の床板を剥がし、地下へと続く階段を降りていった。

暗い。

寒い。

地下深くに進むにつれ、空気は重くなり、壁からは悲鳴のような音が響く。

『戻レ……』

『知ルナ……』

怨嗟の声。

エララは無視して進む。

彼女自身が「悲しい記憶」の集合体であるため、恐怖を感じないのだ。

最深部。

そこには、厳重に鎖で巻かれた、真っ黒な扉があった。

「ここね」

エララは扉に手を触れる。

「開けて。あなたの声を聞かせて」

彼女の特異な才能。

記憶の結晶と対話する力。

扉が軋み、鎖が弾け飛ぶ。

中から溢れ出したのは、眩い光……ではなかった。

それは、圧倒的な「絶望」と「血の臭い」。

そして、映像が流れ込んでくる。

若い頃のアルドリッチ。

その腕に抱かれているのは、美しい女性……ではなく、異形の怪物だった。

黒い泥のような身体。赤い瞳。

だが、アルドリッチはそれを愛おしそうに撫でている。

『愛しているよ、アリア』

怪物は、人の言葉を話せない。

ただ、嬉しそうに身をよじる。

次の場面。

国中に疫病が流行る。

原因は、その怪物「アリア」が撒き散らす瘴気だった。

『殿下、殺してください! 国が滅びます!』

側近たちの懇願。

アルドリッチは泣き叫び、拒絶する。

しかし、アリア自身が、アルドリッチの剣を掴み、自分の胸に突き立てた。

『……!』

アリアの身体が崩れ、黒い結晶となる。

アルドリッチはその結晶を飲み込んだ。

『忘れぬ。お前の罪も、穢れも、全て余が背負う』

だが、瘴気は王の体を蝕んだ。

耐えきれなくなった王は、魔術師に命じたのだ。

『この苦しみを……記憶ごと、切り離せ』

切り離された「アリアの記憶」と「疫病の瘴気」。

それらは廃棄され、長い年月をかけて人の形を成した。

エララは、ハッと息を呑む。

精神世界の中で、彼女は自分の手を見つめた。

黒い泥。

「……私?」

探していた「大切な人」とは。

王が愛した怪物。

そして、王が捨てた「愛したという事実」そのもの。

それこそが、エララ、あなただったのだ。

第四章 愛の代価

現実世界へと引き戻される。

エララは床に倒れ込んでいた。

玉座では、王が期待に満ちた目で身を乗り出している。

「どうだ!? 見つかったか!?」

エララはゆっくりと立ち上がる。

身体が、端から砂のように崩れ始めていた。

記憶の封印を解いたことで、彼女を形作っていた魔力が解け始めたのだ。

「……ええ。見つけました」

エララは微笑んだ。

生まれて初めて浮かべた、心からの笑みだった。

「とても美しくて、悲しい人でした」

「そうか……! 会わせてくれ! どこにいる!」

エララは首を振る。

真実を告げれば、王は再び絶望し、国は混乱するだろう。

自分が、かつて国を滅ぼしかけた疫病の器だなどと知れば。

「彼女は、ずっとあなたのそばにいましたよ」

エララは、崩れかけた指先で、王の頬に触れた。

その瞬間、王の目が見開かれる。

流れ込む記憶。

愛した怪物。自らの手で殺した感触。そして、切り捨てた己の弱さ。

「あ……あぁ……」

王の目から、大粒の涙が溢れ出した。

「お前……だったのか……」

王の声は震えていた。

恐怖ではない。

愛おしさで。

「すまなかった……。ずっと、一人にして……」

王は、崩れゆくエララの身体を、強く抱きしめた。

泥で服が汚れようとも構わずに。

エララの胸に、温かいものが広がる。

それは借り物の記憶ではない。

彼女自身の、最初で最後の「感情」。

「王様。……代価を、頂きますね」

エララの声が透き通っていく。

「あなたの『後悔』を、全て私にください」

「……ああ。全部やる。余の命も、魂も」

「命はいりません。ただ……」

エララの身体が、光の粒子となって弾けた。

「私のこと、もう二度と、忘れないで」

最終章 優しい雨

城の外へ出た近衛兵たちは、空を見上げて呆然としていた。

国を覆っていた灰色の雲が晴れ、優しい雨が降り注いでいる。

その雨は、不思議と温かく、ほんのりと甘い香りがした。

玉座の間。

老王の腕の中には、もう誰もいない。

ただ、一粒の美しい宝石だけが残されていた。

それは、どんな宝石よりも澄んだ、涙色の石。

王はそれを愛おしそうに握りしめ、窓の外を見る。

「……ああ、覚えているとも」

雨が、王の頬を濡らす。

それはまるで、誰かが優しく撫でているかのようだった。

路地裏の小さな骨董店は、その日を境に姿を消した。

だが、人々の間では奇妙な噂が流れた。

雨の日だけ、どこからともなく少女の声が聞こえるのだと。

『いらっしゃいませ。今日は、どんな幸せをお探しで?』

王はその後、国を立て直し、最期までその宝石を肌身離さず持っていたという。

歴史書には記されていない。

これは、星屑になった墓守と、嘘つきな王だけの、永遠の秘密。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エララ: 記憶の売買を行う「墓守」。感情を持たず、痛みも感じない。他人の記憶を「商品」として扱うが、その正体はアルドリッチ王が切り離した「悲しみの記憶」と「疫病の呪い」が人の形を成したもの。
  • アルドリッチ王: かつて賢王と呼ばれた老王。過去に国を救うため、愛した怪物(アリア)を殺し、そのトラウマに耐えきれず記憶を自ら封印した。

【考察】

  • 記憶とアイデンティティ: 本作は「記憶こそが人格を形成する」というテーマを扱っている。エララは他者の記憶の寄せ集めでしかなかったが、王との対面を通じて「自分自身の感情」を獲得し、皮肉にも消滅することで完全な存在(愛された記憶)へと昇華された。
  • 「嘘」の二面性: タイトルの「嘘つきな王」は、国民に対して「賢王」を演じ続けたこと、そして自分自身に対して「愛する人を忘れた」と嘘をつき続けたことを指す。しかし、その嘘があったからこそ国は守られたというジレンマが、物語に深みを与えている。
  • 雨のメタファー: 最後に降る「温かい雨」は、エララ(元は疫病の源)が浄化され、国全体を愛する存在へと変わったことを示唆している。呪いが祝福へと転じるカタルシスを表現している。
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