第一章: 終わりの始まり
天蓋を埋め尽くす、圧倒的に美しく致命的な金色の流星群。
大気を切り裂き大地へ降り注ぐそれは、命を透き通るクリスタルへと変貌させる死の雨。
吹き荒れる風に重く翻る、煤けた漆黒の防塵外套。フードから零れ落ちる銀髪が、金色の光を乱反射する。アルトは深く息を吐き、重厚な機工剣のグリップを握り直した。
深い疲労の滲む琥珀色の瞳。その視界が、前方から迫る結晶化した獣の群れを鋭く射抜く。
アルト「……三十、いや、三十五か。鬱陶しい数だ」
今日こそ、この身も砕け散るか。
舌打ちとともに、機工剣のシリンダーを弾き飛ばす。星石の魔力が抽出され、グリップから腕へと駆け巡る灼熱の波動。
ドクン、ドクン
血管の中で血が沸騰するような錯覚。ひび割れた唇から滲む鉄の味が、口の中に広がっていく。
踏み込んだ石畳が砕け、弾丸のように宙を舞うアルトの体。
《機工抜刀・星砕き》
銀の軌跡が夜空に閃き、獣の頭部を両断する。
硝子が砕け散るような甲高い破砕音。それは灰色の廃都に虚しく響き渡った。
ノヴァ「アルト! 右からデカいのが来る、気をつけな!」
通信機越しに鼓膜を打つ、燃えるような赤毛を揺らす先輩の怒声。左腕の機械義手を軋ませ、遠距離から支援砲撃を放つノヴァの気配が背後にあった。
アルト「分かっている。……だが、上だ」
視線を上げた先。金色の雨を切り裂くように真っ直ぐに落ちてくる、ひとつの眩い光。
隕石ではない。
足首まで届く光を孕んだ金の髪。白亜の質素なワンピース。
少女だった。
光の奔流
無意識に地を蹴り、落下するその小さな体を抱きとめる。衝撃で肺から酸素が押し出され、背中から瓦礫に叩きつけられた。
舞い上がる土煙。薄布越しに伝わってくる、腕の中に収まる少女の鼓動。
ルミナ「……あ、あなたは……?」
星空そのものを映し出したような深い群青の瞳。彼女の目尻からこぼれ落ちる透明な雫。
その涙が、死に絶え灰に覆われた大地に触れる。
淡い翠緑の芽吹き
息を呑むアルトの目の前。結晶化した土塊から、青々とした草花が波紋のように広がっていく。泥の匂いと瑞々しい命の香りが、死の雨の臭気を完全に打ち消した。
アルト「嘘だろ……。星石が、還っていく……?」
瞳孔が極限まで開き、喉仏が震えるように上下する。
失われたはずの希望。それが、腕の中の小さな体温とともに、彼の中で確かに脈を打っていた。
第二章: 灰と瑠璃の道程
分厚い雲に覆われた空。世界の境界線は曖昧な藍色に沈んでいる。
見渡す限りの青い森。かつて樹々だったものたちは全て瑠璃色の結晶に変わり、微かな風に吹かれるたび、風鈴のような冷たい音色を奏でていた。
ルミナ「綺麗……。まるで、星の海を歩いているみたいですね」
アルト「触るな。縁で指が切れるぞ」
ぶっきらぼうに言い捨てながら前を歩くアルト。だが、その足取りは以前の機械的なそれとは違う。後ろをついてくる足音のテンポに、無意識に合わせてしまう自分がいる。
焚き火の炎が爆ぜる。
凍てついた空気に溶け出していく、火の通った温かいスープの香り。アルトが手渡した木組みの椀を、ルミナは両手で包み込むように受け取った。
「ありがとうございます、アルトさん。……とても、温かい」
彼女の細い指先が、椀を受け取る瞬間にアルトの手に触れる。氷のように冷たい彼女の指。対照的に、戦闘の熱を帯びたアルトの無骨な掌。
アルトの眉間が一瞬だけ跳ねる。不意にルミナが顔を上げ、群青の瞳と琥珀の瞳が交差した。
薪がパチリと鳴る。
アルトは無言のまま手を伸ばし、彼女の金色の髪に付着していた灰の欠片を、そっと指の腹で拭い去った。その瞬間、ルミナの白い頬が微かに朱に染まる。二人の間に落ちた沈黙は、不思議なほど柔らかく、甘い熱を孕んでいた。
……どうして俺は、こんなにもこいつを失うのが怖い?
フラッシュバックする過去の記憶。青い結晶に呑まれて砕け散った、家族の顔。
もう二度と、大切なものは作らないと決めたはずだったのに。
ルミナ「アルトさんの手は、大きくて……とても優しいですね」
アルト「……勘違いするな。武器の手入れでタコだらけなだけだ」
顔を背けるアルトの耳朶は、微かに赤い。
だが、その平穏は突突として破られる。
パチン、パチン、パチン。
静寂の森に響いたのは、冷酷なまでに等間隔な拍手。
シリウス「美しい光景だ。不完全な命が寄り添う姿も、標本にするには悪くない」
濃霧の中から静かに現れた、一切の汚れがない純白の騎士甲冑。銀縁眼鏡の奥で、氷水のような水色の瞳が二人を見下ろしている。
アルトの全身の毛穴が粟立ち、機工剣の柄を握る手に致命的なまでの力が入った。
第三章: 狂った救済
アルト「……シリウス。なぜ、あんたがここにいる」
低く、地を這うような殺気を帯びたアルトの声。かつて剣を教え、背中を追った男。だが今の彼からは、血の通った人間の温度が完全に欠落している。
シリウス「迎えに来たのさ。全人類を永遠の静寂へと導く、その美しい『起爆剤』をね」
シリウスの言葉に、ビクッと跳ねるルミナの肩。群青の瞳が、恐怖と罪悪感に激しく揺れる。
アルト「起爆剤……? ふざけるな! こいつは星石病を浄化する――」
シリウス「浄化? 愚かだね、アルト。彼女の力は浄化ではない。世界中の星石を一瞬で臨界点に達させ、すべての命を結晶化させる『星の心臓』だ。彼女が聖都の祭壇で命を散らすとき、この醜く足掻く世界は、永遠の美しき静寂を手に入れる」
ルミナは救世主ではない。世界を滅ぼす引き金。
ルミナ「……ごめんなさい、アルトさん。私、知っていたんです。自分が、なんのために降ってきたのか」
震える唇から紡がれる自白。ルミナは両手で顔を覆い、自らの細い指に爪を立てながら慟哭した。血が滲むほどに。
アルト「黙れ!!」
吠え猛り、機工剣を上段から振り下ろすアルト。だが、シリウスの白刃がそれを羽虫でも払うかのように容易く弾き返す。
悲鳴を上げる金属。散る火花。
《星極・絶対零度》
空気を凍らせるシリウスの剣閃が、アルトの腹部を強打。肋骨が軋む音とともに、石柱へと叩きつけられるアルトの体。
がはっ……!
口から吐き出された鮮血が、純白の石畳を赤く汚す。焼け付くように痛む肺。霞む視界の先で、シリウスがルミナの髪を掴み、強引に光の陣へと引きずり込んでいく。
ルミナ「アルトさん! もう、いいんです……! 私のために、これ以上傷つかないで!」
アルト「ルミナ……ッ! 待て、行くな!!」
伸ばした手。だが、指先は届かない。弾ける光とともに、二人の姿が空間から完全に消失する。
残されたのは静寂と廃墟。
這いつくばりながら、石畳を狂ったように殴りつけるアルト。その時、己の右腕に走る異常な熱に気づく。
ガギ、ギ……ピキッ
引き裂かれた袖口から現れたのは、人間の皮膚ではない。
美しい瑠璃色に透き通る、星石の結晶。病魔はすでに、彼の右腕を完全に蝕んでいた。
絶望的な喪失感。そして、肉体を突き破る激痛。
アルトの瞳から、光が失われていく。
第四章: 砕け散る命の残響
ドクン、ドクン、ドクン。
鼓動を打つたびに右腕のクリスタルが脈動し、肉を裂きながら肩へと浸食していく。ガラスの破片を血管に流し込まれているような、絶え間ない激痛。
天に浮遊する聖都。その螺旋階段を、アルトは血と結晶の欠片を撒き散らしながら登り続ける。
ノヴァ「アルト! 聞こえるか! もう限界だ、戻れ! それ以上魔力を回せば、アンタの体が木っ端微塵になる!」
通信機から響くノヴァの悲痛な叫び。だが、アルトは足を止めない。
アルト「……ノヴァ。今まで、世話になった。俺の命は、俺が使い方を決める」
守る。今度こそ。俺の全てを削り尽くしてでも。
一方、天を突く祭壇の最深部。
巨大な星石の核に縛り付けられたルミナ。足元から徐々に、彼女の体が光の粒子へと分解され始めている。
ルミナ「アルトさん……。あなたが生きる世界が、どうか温かいものでありますように」
彼を生かすために、自らの命を捧げる。その思い込みの呪縛が、彼女の顔に痛々しいほどの安らぎを与えていた。
ガァァァァァァッ!!
爆発とともに吹き飛ぶ鋼鉄の扉。
土煙と閃光の中から現れたのは、半身を青き結晶に侵されながらも、目を爛々と燃やす死神。
すでに刃こぼれした機工剣。クリスタルと化し、剣と完全に融合した右腕。
シリウス「驚いたな。その体でここまで来るとは。だが、遅すぎた。システムはすでに起動している」
アルト「御託はいい。その首、もらうぞシリウス!!」
おおおおおおお!!
剥き出しの咆哮。感情を殺してきた青年が、初めて己の魂の底から絶叫する。
地を蹴るアルト。クレーターのように陥没する床。一瞬にしてシリウスの懐へと潜り込む。
時間が、止まる。
振り被られる剣。迎え撃つ白刃。
二つの相反する祈りが、祭壇の中心で激突した。
第五章: 君が遺した夜明け
《機工抜刀・星極破断》
白銀の爆発
散る幾千もの火花。限界を超えて軋む鋼と鋼。
シリウスの冷酷な瞳に、初めて微かな驚愕が走った。アルトの機工剣が、シリウスの純白の甲冑ごと、その胸を斜めに両断する。
シリウス「……ああ。君の、その醜くも熱い命の輝き……。悪く、ないな……」
微かに唇の端を引きつらせ、ガラスのように砕け散るかつての恩師。
だが。
祭壇の光は止まらない。空に浮かぶ巨大な魔法陣が、金色の死の雨を限界まで増幅させていく。光に溶けかけるルミナの体。
アルト「ルミナ!」
剣を投げ捨て、光の奔流の中へと手を伸ばす。
彼の手が、ルミナの透き通るような頬を包み込む。
「アルトさん……だめです! あなたまで、消えてしまう!」
泣き叫ぶ彼女の唇に、アルトは自分のそれを静かに重ねた。血と灰の匂いが混じる、不器用で、ひどく切ない口づけ。
ルミナの目から溢れた温かい涙が、アルトの完全に星石化した右頬を伝い落ちる。
「……俺の命の使い道は、俺が決めるって言っただろ」
アルトはゆっくりと彼女を抱き寄せる。彼の体温が、ルミナの冷え切った魂を溶かしていく。
アルト「希望なんてものは、とうの昔に砕け散ったと思っていた。……でも、違った。お前が、俺の希望だったんだ」
極限の眩い光を放ち始めるアルトの体。クリスタル化した肉体の奥底で暴走する、彼自身の命の炎。狂ったシステムを破壊するための「爆弾」に、彼自身がなるために。
ルミナ「いや……嫌です! アルトさん! 行かないで!!」
ルミナ、笑って生きろ!!
世界が、真っ白に染まる。
巨大なクリスタルの槍と化し、祭壇の核を根元から打ち砕くアルトの肉体。
爆風とともに天へと舞い上がる、幾億もの光の粒子。
その輝きは空を覆う金色の死の雨と衝突し、相殺し、分厚い雲を完全に吹き飛ばした。
風が止む。
沈黙。
灰色の世界に差し込む、一条の強い光。
地平線の彼方から、本物の太陽が昇り始めていた。世界を焼く金色の雨ではなく、命を温める黄金の朝焼け。
祭壇の中心に崩れ落ちたルミナ。その腕の中には、彼が遺した瑠璃色の欠片がひとつ、静かに光を放っていた。
ルミナ「ああ……あああぁぁっ……!」
喉の奥から漏れる、声にならない嗚咽。欠片を胸に強く抱きしめ、朝日の中、ルミナは声の限りに泣き叫んだ。
しかし、その瞳に宿る光は、もう死を望むものではない。
彼の残した温もりを胸に。この痛みと共に、生きていく。
吹き抜ける風。
星が砕け、夜が明け、世界は再び呼吸を始めていた。