第一章: 血塗られたファウンド・フッテージ
朝倉 涼「……レンズ、拭いて。ノイズ混じると、画角がブレるんだよね」
腐臭と湿気が重く立ち込める崩落した地下通路で、朝倉 涼はボソボソと呟いた。
目の下に濃い隈を張り付けたボロい黒パーカー姿の青年は、揺れる懐中電灯の光線の中で一切のブレを見せることなく、重厚なプロ仕様のカメラを握り締めている。
絞りリングを回す指先には一切の迷いがなく、無機質なレンズの眼光は薄暗い暗闇の奥を冷酷に射抜いていた。
鳴海 莉々香「ね、ねえ涼さん……もう引き返そうよぉ……。ここ、本当にヤバいって……っ」
白く透き通るような肌を死人のように青ざめさせ、黒髪ロングの姫カットを粘つく湿気で濡らした鳴海 莉々香が、白いブラウスの袖を固く握りしめて擦り寄ってくる。
ガチガチと鳴る歯の音が、湿り気のない通路の壁に不気味に反響した。
彼女はカメラの赤ランプが点灯した瞬間、引きつった口角を強引に引き上げ、アイドルとしての完璧な作り笑顔を張り付ける。
鳴海 莉々香「み、みんな〜! 今ね、ネットで噂の封印病棟の最深部に着いたよ……っ! チャンネル登録、お願いね……っ」
プロの笑みを浮かべる莉々香の背後、半壊したコンクリート壁には、乾いた赤黒い液体でびっしりと『見ないで』の文字が埋め尽くされていた。
文字の層は何重にも塗り重ねられ、壁そのものが黒ずんだ血の瘡蓋のように蠢いて見える。
莉々香の親指の爪が、肉に食い込むほど激しく歯に噛み立てられ、薄桃色の唇から一筋の血が滴り落ちた。
朝倉 涼「もっと怖い顔見せてよ。それだけじゃ、足りないんだ」
朝倉 涼の指先がズームリングを滑らかに回し、極限の圧力に歪む莉々香の拡大した瞳孔を最接近で捉える。
彼女の細い喉から漏れる「ヒッ」という震えた吐息がファインダー越しにダイレクトに伝わり、朝倉 涼の背筋に焼き付くような快感が駆け抜けた。
彼の胃の腑が歓喜で震え、カメラのグリップを握る手に一層の力が入る。
カチ、カチカチ、カチ……
通路の奥、濃密な闇の塊から、乾燥した人骨を打ち鳴らすような乾いた金属音が響いた。
カメラの液晶モニターが狂ったように明滅を繰り返し、走査線が凶悪な赤紫色に歪み始める。
鳴海 莉々香「いやあああッ!? なに、今の音……ッ!?」
ドクン、と鼓動が跳ね上がる。
パチッ!懐中電灯の光線が弾けて消えた瞬間、足元の泥水から泥に塗れた無数の黒い手足が弾け飛ぶように伸びた。
粘着質な細い指先が莉々香の白い脚に絡みつき、地下の暗闇へと力任せに引きずり込もうと爪を立てる。
皮膚が裂け、鮮血が泥水を赤く染め上げた。
鳴海 莉々香「足がッ! 涼さん助けッ、引っ張られ——ッ!!」
朝倉 涼「いいね……そのまま。最高の画が撮れてる」
朝倉 涼は救いの手を伸ばす代わりに、絶叫し狂い咲く彼女の顔面にレンズを限界まで突きつけ、録画ボタンを深く押し込んだ。
第二章: 禁忌の儀式と暴かれた共犯関係

鵜飼 雅也「ヒヒッ! 見事ですなァ、実に素晴らしい! この映像の波形、ただの心霊現象ではありませんぞ!」
雑居ビルの一角、カビた古書と濁った液体に浸された怪しい呪物が溢れる部屋で、鵜飼 雅也が分厚い眼鏡の奥の目を怪しく光らせた。
白髪交じりのボサボサ頭をバリバリと掻き毟り、時代遅れのヨレヨレのスーツの袖で液晶画面のノイズを舐めるように見つめる。
彼の口角から垂れた唾液が、モニターの表面に小さな点を作った。
朝倉 涼「……で、この映像の怪異は何なわけ」
パイプ椅子に深々と腰掛けた朝倉 涼が、無精髭を擦りながら安タバコの紫煙を吐き出す。
その傍らで、足首に赤紫色の凶悪な手形をくっきりと残した莉々香が、ガタガタと全身を震わせながら親指の爪を噛みちぎっていた。
鵜飼 雅也「これは『子孕み様』の呪詛……! 生贄に選ばれた生身の女性を、異形の怪異を産み落とす母体へと変成させる古の秘術!……いやあ、見事なハメ込み技ですなァ、朝倉君?」
鵜飼 雅也のねっとりとした濁った視線が朝倉 涼に注がれ、部屋の空気が一瞬で凍りつく。
部屋の隅で揺れる裸電球が、ジジジと不気味な音を立てた。
鳴海 莉々香「……え……? ハメコミって……何の話……?」
鵜飼 雅也「ヒヒ! 彼女のライバルである大手配信者を失墜させ、なおかつ彼女自身を二度と表舞台に戻れぬ『最高の作品』にするため、朝倉君がこのロケ地を仕組んだのですよ!」
重苦しい静寂が部屋を支配する。莉々香の引きつった瞳が、ゆっくりと朝倉 涼に向けられた。
朝倉 涼は煙草の火を灰皿にじわじわと押し付け、冷め切った眼差しで彼女を見つめ返す。
朝倉 涼「お前が一番輝いてるのは、恐怖で狂いそうな時だ。綺麗なハッピーエンドなんて、誰も求めてないんだよ」
鳴海 莉々香「許さない……許さない許さない許さないッ!! 私を利用したの……!?」
莉々香の白い肌が朱に染まり、目の縁が血のように鮮やかに滲む。
彼女は狂ったような力で朝倉 涼のボロいパーカーの胸ぐらを掴み上げ、その顔面に鋭い爪を立てた。
頬から薄い血が伝い落ち、朝倉 涼の唇に届く。
鳴海 莉々香「私だけを見ててね? 他の女の子を見たら呪うから……絶対、一人で死なせてなんてやらない……っ!」
激しい怒気と狂悪な愛着が混ざり合った熱い吐息が朝倉 涼の唇を力任せに塞ぐ。
荒々しく歯と歯がぶつかり合い、鉄の味が口内いっぱいに広がっていく。
朝倉 涼の喉が酷く鳴り、カメラを握り締める指先に一層の強い圧力がこもった。
脊髄を駆け抜ける猛烈な悪寒。熱い粘膜が絡み合い、互いの呼吸を貪り尽くす。
鵜飼 雅也「見事だ! 人間の執着と呪詛が交差する最高峰の芸術だッ!」
鵜飼 雅也が歓喜の叫びを上げた瞬間、部屋の蛍光灯が一斉に破裂した。
乾いた破片が飛び散り、闇に包まれた雑居ビルの壁一面から、莉々香と全く同じ顔をした女たちの狂気の呻き声が、地鳴りのように響き渡り始める。
第三章: 画面越しに侵食する生放送の終わり

緊急生配信開始:同接数 542,100人突破
赤黒い未知の液体で足元が満たされた異空間のスタジオで、朝倉 涼は三脚にレンズを固定した。
コメント欄は弾丸のような速度でスクロールし、数え切れないほどの困惑と狂喜の言葉で埋め尽くされていく。
『なんだこれ映画?』『莉々香ちゃん顔ヤバい』『本物のアウト動画だろこれ』。
鵜飼 雅也「うおおおッ! 素晴らしい! 肉体が、我が存在が概念へと昇華していくッ!」
壁から蠢き出た無数の黒い触手に胴体を強く締め上げられ、鵜飼 雅也の骨が「バキバキ」と鈍い音を立てて砕け散る。
分厚い眼鏡が液体に落ちて沈み、彼は顔面を全開に破顔させたまま肉塊へと潰れ、赤黒い泥へと溶けて消え去った。
鳴海 莉々香「みんなぁ……見てる? これが、私の本当の姿だよ……ッ!」
カメラの真っ直ぐ前に立つ莉々香の背中から、無数の黒い腕が翼のように蠢きながら生え広がっていく。
黒髪ロングの姫カットがくねくねと生き物のように蠢き、白いブラウスを内側から裂いて溢れ出す皮膚は、陶器のような異常な白光を放っていた。
彼女の口から漏れ出る言葉は、重いノイズ混じりの呪文となってマイクを伝い、画面の向こうにいる数十万人の視聴者の耳元へと直接響き渡る。
朝倉 涼「いいぞ……莉々香。最高だ。全世界がお前だけに釘付けだ」
朝倉 涼の腕もまた、黒い泥状の物質へと急速に変質し、カメラの筐体と完全に融合していた。
視界が赤く染まり、自らの生命が削り取られていく激痛の中で、脳内には未だかつてない快楽の物質が溢れ出す。
異形と化した莉々香が朝倉 涼の体に倒れ込み、冷たい触手が朝倉 涼の首筋を優しく撫で回す。
二人の皮膚がくっつき、境界線がどろどろと溶けて混ざり合っていく。
鳴海 莉々香「ずっと、ずっと撮り続けてね……私とあなただけの世界で……」
二人の肉体は完全に原型を失い、赤黒い泥の渦の中で一つに溶け合っていく。
指先が、眼球が、心臓が重なり合い、絶頂の波が二人の意識を激しく貫いた。
ザザッ……ザザザッ!
配信画面が激しく乱れ、カメラのレンズが完全に血の赤で覆い尽くされた。
十万人を超える視聴者のスマートフォンの画面が、一斉に暗転する。
視聴者の部屋の照明がフッと消え、暗闇の中で画面だけが白く光る。
ご視聴ありがとうございました。次は、あなたの番です
暗黒の画面の中、白文字のメッセージだけが、永遠に、不気味に明滅を繰り返していた。
画面に映る自分の顔。その背後で、黒い腕が静かに開く。