第一章: 言葉なき獣と禁断の背脂
イリス・ドラグニル「グルルルルァァァッ!!」
大食堂のステンドグラスが爆音とともに粉砕され、夕闇の空へと紅蓮の火花が飛び散る。
尖った硝子片が降り注ぐ中、純白の長髪を血のように染め上げた皇女の頭から、ねじくれた真紅の角が露わになっていた。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「万死に値するぞ、言葉も解せぬ野蛮なトカゲめ! 衛兵、その凶獣を取り押さえろ!」
床には蹴り飛ばされた金縁の白磁皿が転がり、冷めきった澄ましスープが泥水のように汚らわしく広がっている。
オールバックの金髪を乱れさせ、純白のマントを冷たい風に翻した生徒会長が、腰の豪奢な細剣を抜き放つ。
黒鉄カナタ「うるせえな生徒会長。その澄まし汁、ただ薄っぺらいだけで魔力密度がスカスカじゃねえか」
煤と油で薄汚れた調理白衣の裾を揺らし、黒髪の下から昏い三白眼を眇めたカナタが、重い足取りで前へ出る。
カナタが素手で鷲掴みにした漆黒の丼からは、暴力的な熱気と、鼻腔を鋭く刺し貫くすりおろし生ニンニクの刺激臭が立ち上っていた。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「不快極まりない! 貴様、落ちこぼれの分際で何を持ち込んでいる! その悪臭を放つゴミを今すぐ下げろ!」
黒鉄カナタ「飢えて死にかけの獣に、霞を食わせる気かよ。……ほら、受け取れ」
ドダンッ! と石造りの卓へ、地響きを伴って無造作に叩きつけられる丼。
飴色の濃厚醤油ダレに絡みつく極太ちぢれ麺、その上に雪崩のごとく鎮座する魔導豚の純白の背脂が、ジュワジュワと泡を立てて沸き立っている。
イリス・ドラグニル「グルルッ……? クゥ……ッ」
縦長に裂けた琥珀色の瞳孔がわずかに揺れ、鋭利な八重歯を剥き出しにするイリスの喉仏が、暴力的な脂の芳香を前にしてごくりと跳ね上がった。
黒鉄カナタ「言葉なんて飾るなよ。喉が鳴って、涎が垂れてんなら……それがお前の全部だろ。噛んで、飲み下せ」
イリス・ドラグニル「ガァッ!!」
牙を剥いたイリスが丼へ顔面を突っ込み、熱湯のごとき湯気が渦巻く中、タレに染まった極太麺を口腔へと豪快に啜り上げる。
ズズッ、ジュルリと響く野蛮な水音とともに、煮えたぎる濃厚醤油ダレと凝縮された豚脂の油滴が、白磁の頬を濡らして顎へと伝い落ちる。
イリス・ドラグニル「グ……ッ!? カフ……ッ、ン、クゥ……!」
歯を押し返してくる極太麺の凶悪な弾力、噛み締めるたびに爆発する濃厚な脂の熱量が、凍てついていた竜の血潮を芯から沸騰させていく。
イリス・ドラグニル「ハッ、ンンッ……! クルルゥッ!」
華奢な喉が痙攣するように激しく波打ち、銀の毛先が激しい呼気で乱れ飛ぶ。
黒鉄カナタ「いい嚥下音だ。全部胃袋に流し込め。脂も、塩も、ニンニクも、一滴も残すな」
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「な、なんだと……!? あの怪物が、あんな下賎な油の塊を貪り食っているというのか……!?」
イリス・ドラグニル「クゥ……ン」
空になった丼の底を名残惜しそうに舌先で舐め尽くしたイリスは、ギラつく油にまみれた細い手でカナタの白衣の裾をぎゅっと掴む。
真っ赤に潤んだ瞳孔を真円へとほどき、胸の奥底から喉を震わせて甘やかな唸り声を漏らした。
第二章: 舌先で結ぶ絶対契約

黒鉄カナタ「おい、離せって。明日の仕込みが終わらねえだろ」
イリス・ドラグニル「……クゥン、グルル」
深夜の地下実習厨房、ひび割れた高窓から差し込む青い月明かりの中、巨大な寸胴から吹き上がる白濁の蒸気が二人の輪郭をぼんやりと滲ませる。
イリスは背後からカナタの腰へ細い両腕を回し、熱を帯びた額と小さな赤い角を、少年の背骨へすり寄せるように押しつけていた。
地下監禁室の鋼鉄格子を怪力で引きちぎり、ニンニクと煮豚の匂いだけを頼りにここまで辿り着きやがった。
黒鉄カナタ「言葉が通じないってのは楽でいいな。言い訳も、くだらない講釈も聞こえねえ」
分厚い木製まな板の上、鉄鍋から引き上げたばかりの巨大な魔獣バラ肉へ、カナタが無骨な包丁の刃先を深く沈める。
ジュワッと溢れ出る透明な肉汁と熱い脂の滴に、カナタの肩口から覗き込むイリスの喉が大きく上下した。
黒鉄カナタ「ほら、口を開けろ。噛むなよ、舌の上で脂を溶かせ」
イリス・ドラグニル「ア……ッ、ガブッ!」
煮えたぎる肉片とともに、カナタの荒れた指先が熱く湿った口腔の奥深くへと乱暴に押し込まれる。
剥き出しの牙が親指の腹を浅く裂き、滲み出た赤黒い血が一筋、濃厚な煮汁と混ざり合って滑らかな舌先へ滴り落ちる。
イリス・ドラグニル「ン……ッ、ジュ、クゥ……!」
黒鉄カナタ「ハッ、血と脂の味がすんだろ。お前のその高貴な竜の喉、俺の下品な味で全部汚してやるよ」
イリス・ドラグニル「ン、フゥ……ッ♥」
イリスの濡れた睫毛が細かく震え、カナタの手首に爪を食い込ませたまま、肉塊に絡む血と脂を貪欲に吸い上げていく。
細い首筋が波打つように脈動し、吐き出される熱い吐息が、火傷痕だらけのカナタの腕をじっとりと包み込んだ。
ドガァァァンッ!!
厨房の分厚い鉄扉が凄まじい衝撃とともに蝶番ごと吹き飛び、白銀の甲冑を纏った騎士たちが怒声とともに雪崩れ込む。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「見つけたぞ、下賎な調理生! 貴様、禁忌の魔獣肉で皇女殿下を薬物中毒にしたな!?」
抜き放たれたレイピアの切先を真っ直ぐ突きつけ、生徒会長が蔑みの笑みを浮かべる。
黒鉄カナタ「中毒? こいつが鳴らしてる喉の音が、お前には毒に苦しんでるように見えるのかよ」
イリス・ドラグニル「ガルルルルァッ!!」
背中の角を赤熱させ、イリスが牙を剥いてレオンハルトへ跳びかかろうとするのを、カナタが無造作に首根っこを掴んで引き戻す。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「調理資格の剥奪と公開処刑を望むか、それとも厨房闘技場で私の神聖料理にひれ伏すか……選ぶがいい!」
第三章: 貴族の芸術VS下剋上の劇薬

円形闘技場を埋め尽くした数千人の貴族生徒から、耳を劈く歓声と野次が沸き起こる。
中央に据えられた冷徹な石舞台、豪奢な純銀食器の前に、太い魔力封じの鎖で拘束されたイリスが座らされていた。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「我がヴァルハイト公爵家が誇る至高の神聖料理を見よ! 《光輝幻獣のコンソメジュレ・極上トリュフの薫香添え》!」
銀のドーム蓋が高らかに開かれた瞬間、眩い黄金色の光彩とともに、澄み渡る高貴な香味が闘技場全体を満たしていく。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「さあ皇女殿下、あのような下民の毒餌を忘れ、この至高の芸術で穢れた舌を浄化なさい」
恭しく差し出された銀のスプーン。
イリスは鼻先をわずかに動かし、道端に転がる汚物を見るような眼差しを向けた。
バキィッ!!
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「なっ……!? わ、私の芸術を……貴様、叩き落としたのか……!?」
無慈悲に振り抜かれた鋭い爪が、銀器ごと黄金のジュレを冷たい石畳へ叩き潰し、汚泥のように飛び散らせていた。
黒鉄カナタ「言ったろ。お前の料理は『見てくれを褒められたい自分』しか入ってねえんだよ」
背後で加熱された巨大な中華鍋から、臨界点を超えた湯気と熱風が爆発する。
すり鉢状の巨大丼へ叩き込まれたのは、山のように聳え立つ極太麺ともやし、そして雪崩のように降り注ぐ真っ白な魔導豚の背脂塊。
黒鉄カナタ「食えよイリス! 《天地崩壊全マシニンニク爆弾麺》だ! お前が世界から拒絶されてんなら、この学園ごと全部喰い尽くせ!」
イリス・ドラグニル「ガァァァッ!!」
イリスは拘束の鎖を力任せに引きちぎり、煮え滾る丼へ素手を乱暴に突き入れた。
大量の背脂と濃口醤油ダレをねっとりと絡めた極太麺を、剥き出しの口腔の奥深くへ一気に流し込んでいく。
イリス・ドラグニル「グゥ、ンンッ……! ガルルッ……ハアッ、ハアッ!」
白磁の喉が上下するたび、竜の心臓が激震し、細い背中を突き破るようにして真紅の巨大な魔力翼が展開する。
吹き荒れる暴力的な突風と熱波に、最前列で着飾っていた貴族たちが悲鳴を上げて尻もちをつく。
黒鉄カナタ「そうだ、もっと鳴らせ! 喉の奥まで脂で満たして、お前の全部を俺に見せろ!」
イリス・ドラグニル「ン、クゥゥ……ッ!!」
丼の底にこびりついた脂の最後の一滴まで舐め上げたイリスが、天を仰いで歓喜の咆哮を轟かせる。
大気が激震し、闘技場を支える堅牢な石壁に無数の亀裂が一瞬で走る。
レオンハルト・フォン・ヴァルハイト「ば、化け物……私の料理を一口も口にせず……あんな下品な油屑に屈するというのか……!」
絶望に震え、膝から崩れ落ちたレオンハルトの眼前で、イリスはカナタの首筋へ飛びつき、その喉元へ容赦なく鋭い八重歯を突き立てた。
第四章: 言葉なき共犯者の食卓
黒鉄カナタ「痛えよ。だから噛むなって言ったろ」
冷たい夜風が吹き抜ける学院の屋上、欠けた石造りのベンチ。
足元に広がる街の灯りを背に、イリスはカナタの首筋に刻みつけた赤い歯形を、慈しむように熱い舌先で丁寧に拭い取る。
イリス・ドラグニル「……クゥ、グルル……」
銀の長い髪がカナタの煤けた胸元へ滑り込み、真紅の瞳孔がとろけるように細められる。
かつて宿していた猛獣の警戒心は跡形もなく消え去り、底知れぬ熱情を帯びた光だけが瞳の奥で揺らめいていた。
黒鉄カナタ「言葉なんて、最初からいらなかったな。愛してるとか、信じてるとか、そんな安っぽい音並べなくたってよ」
カナタが煤けた白衣のポケットから、くしゃくしゃになったアルミホイルの包みを取り出す。
指先で包みを割ると、香ばしいニンニク醤油と炙りたてのチャーシューの濃密な湯気が、夜気の中へと一気に解き放たれた。
イリス・ドラグニル「ン……ッ」
差し出された巨大な肉巻きおにぎりへ、イリスがカナタの指ごと無防備に食らいつく。
黒鉄カナタ「お前が世界中のすべてを嫌いになっても、俺の飯だけ食ってりゃ生かしてやる。……次は何が食いたい? 脂マシか? それとも激辛か?」
イリス・ドラグニル「ガウッ!」
イリスは少年の油まみれの手を両手で掴み、自らの薄い胸元へと力任せに押し当てた。
衣服の布地越しに、爆発せんばかりに狂い打つ竜の心臓の脈動が、カナタの火傷痕だらけの掌へ直接叩きつけられる。
言葉なんていらない。この喉の渇きと、狂ったような飢餓感こそが、二人のすべてだ。
イリスはカナタの手首を強く抱きしめ、二度とこの男を逃がさないという絶対の確信を宿した捕食者の笑みを、その赤い唇に刻みつけた。