第一章: 最深部の生贄宣告
バルト「おいレオン、てめぇの命なんざ銀貨一枚の価値もねぇんだよ!」
背骨をへし折る勢いで、硬質な鉄靴が背中へ深々とめり込む。
軋みを上げた古びた革鎧がひび割れ、肺腑の空気が無残に吐き出された。
レオン「バルトさん、嘘だろ……俺、罠解除も野営の飯番も、荷物持ちだって全部……!」
バルト「うるせぇ! この扉の奥に眠る古代の破壊神に喰われて、俺たちの囮になれ!」
ねじ曲がった優越感を瞳に宿し、金髪の勇者は歪んだ嘲笑を浮かべた。
容赦なく振り抜かれた大剣の分厚い柄頭が、レオンの鎖骨を乱暴に強打する。
巨大な石扉のわずかな亀裂へと、レオンの身体が滑落していく。
背後でゴゴゴと地鳴りのような重低音が轟き、唯一の退路であった石扉が冷酷に閉ざされた。
バルト「せいぜい無残に食い殺されろ、役立たずのクズ肉が!」
嘲笑が石の向こうへ消え、残されたのは完全なる漆黒。
肺を刺す湿った冷気。激痛の走る膝に触れると、生温かい血液が手のひらに広がる。
……痛ぇな。でも、この匂い……どこかで嗅いだような香ばしさだ。
鼻孔をくすぐるのは、焦げた骨の臭気ではない。陽だまりで干した毛布、あるいは焼きたての香ばしいトウモロコシのような匂い。
突如、虚無の闇を切り裂くように、双眸がエメラルド色に発光した。
ドクン、と心臓を鷲掴みにする圧倒的な圧迫感。
巨大な質量が空気を震わせながら、ゆっくりと蠢く。
姿を現したのは、爪の一撃で山を両断すると神話に刻まれた、白銀の毛並みを誇る巨獣。
琥珀色の瞳を見開いたレオンの視界を、神話そのものの圧倒的な神気が満たしていく。
第二章: 神の咆哮と至高のゴッドハンド

バステト陛下「グルルル……愚かな人間め。我が眠りを妨げた罪、万死に値するのじゃ!」
洞窟全体を激震させ、頭骨の芯まで直接揺さぶる神託の如き美声。
体長三メートルを超える白銀の巨猫が、そびえ立つ大理石の柱にも似た前足を天高く振り上げた。
死の濃密な影が、身じろぎもできないレオンの全身を覆い尽くす。
しかし、レオンの喉から漏れ出たのは悲鳴ではなかった。
レオン「待ってくれ……なんて素晴らしい毛並み、それにこの芳醇なポップコーンのような肉球の香り……っ!」
バステト陛下「な、何じゃと貴様……余を前にして何を抜かすか!」
振り下ろされる必殺の爪。その刹那、レオンは懐から使い込まれた特製の豚毛ブラシを抜き放った。
死角へ身を沈め、振り下ろされた巨大な肉球の付け根へ、流れるような動作で滑り込む。
神域の秘孔とも呼ぶべき耳の裏、そして喉元から顎下にかけて、的確な角度で指先を滑らせていく。
レオン「あ、すいません俺ただの雑用なんで……でも顎の下撫でていいっすか? ここ、凝ってますよね」
バステト陛下「にゃっ!? な、なんじゃこの指先は……!」
指先で毛並みを微細に逆立て、絶妙な力加減で皮膚の緊張を解きほぐす。
指腹の熱を伝えながら、凝り固まった腱を巧みに揉み解していく。
レオン「ここをこうして、耳の裏をグリグリと……よしよし、いい子だ」
バステト陛下「そ、そこは駄目じゃ……そんな強さでカリカリされたら……ふにゃああぁんっ!」
背骨を駆け上がる激しい快感に、巨獣の瞳が完全に蕩けきった。
全身の筋肉から急速に力が抜け落ち、神の威厳など一瞬で雲散霧消する。
地響きを立てて、バステト陛下が豪快に仰向けへと転がった。
四肢を天井へ向けてピーンと伸ばし、洞窟全体を震わせる勢いで喉をゴロゴロと鳴らして悶絶している。
ピンク色の巨大な舌が口元からだらしなく垂れ下がり、至福の痙攣を繰り返す。
バステト陛下「うぅ……抗えぬ……。貴様を余の終身モフモフ係長に任命するのじゃ……!」
第三章: 勘違い勇者の突入と絶対支配

ドカーン!
爆煙と破片を撒き散らし、分厚い石扉が外側から無残に粉砕された。
白煙を突き破り、ギラギラとした欲望に満ちた黄金の鎧が姿を現す。
バルト「ハハハ! 化け物が雑魚を食い散らかして満腹で寝てやがるぜ! 首を刎ねて英雄になってやる!」
勝利を確信した笑みを浮かべ、身の丈を超える大剣を両手で構えて突進してくるバルト。
レオンはブラシを動かす手を微塵も休めることなく、やれやれと浅い吐息を落とした。
レオン「おいバルトさん、やめたほうがいいっすよ。陛下はいま、お昼寝の邪魔をされるのが一番嫌いなんで」
バルト「あぁん!? なんで生きてやがる! 貴様もまとめて真っ二つだ!」
間抜けな怒声を張り上げる侵入者へ、白銀の巨獣の瞳が据わった。
バステト陛下「うるさいハエめが。余とレオンの至福の時間を邪魔するとは万死に値するのじゃ!」
《霊猫の神威》
空気が軋み、絶対的な神の威圧が空間を支配する。
バステトが前足をわずかに、羽虫を払うかのように一振りした瞬間、真空の爆風が炸裂した。
バルト「ぎゃああああっ!?」
自慢の黄金鎧は紙細工のように粉砕され、金属片となって四散する。
吹き飛んだバルトは壁面に激突し、白目を剥きながら生々しい喀血を吐き散らした。
バルト「喋った……? バ、化け物……レオン、お前どうやって……助けてくれ、仲間だろ!?」
恐怖で震え上がるバルトが、床を這いずりながら情けなく縋り付いてくる。
レオンは冷淡な視線を投げ下ろし、ブラッシングのリズムを保ったまま鼻で笑った。
レオン「仲間? 追放したのはそっちっすよね。それに俺、いま手が離せないんで」
バステト陛下「ふむ、この愚民の処遇、良き使い道を思いついたぞ」
第四章: 帝国の労働者たちと至福の戴冠
バルト「ひぃぃっ! 勇者の俺に何をさせる気だぁぁ!」
バステト陛下「黙って回すのじゃ愚民! 貴様は今日から全自動巨大猫じゃらし回転器の動力係じゃ!」
身ぐるみを剥がされ下着一枚となったかつての勇者が、涙と鼻水を撒き散らして巨大な木製車輪を走る。
歯車が軋む音を立てて激しく回転し、その先で揺れる極上の羽根飾りに向かって、数百匹もの古代霊猫たちが歓喜の声を上げて飛び跳ねる。
バルト「うわぁぁん! 足が千切れるぅぅ! 止まったら爪で引っ掻かれるぅぅ!」
耳障りな悲鳴など届かない玉座の上で、極上の温もりと静寂がレオンを包み込んでいた。
バステト陛下「うむ、レオンの指先はやはり宇宙一じゃ。もう絶対に離さぬぞ」
極上の毛並みに顔を深く埋め、胸いっぱいに甘やかな芳香を吸い込む。
レオン「はい陛下、一生ここでブラッシングさせてください。この肉球の匂い、マジで最高っす……」
バステト陛下「ほほ、好きなだけ嗅ぐがよい! 余の全てをそなたに許そうぞ!」
熱っぽい吐息を漏らしながら、バステト陛下は大きな前足でレオンの頭を抱き寄せた。
神殿の奥深い闇から、無数のエメラルド色の瞳が次々と浮かび上がってくる。
『我も』『我もその神の指で撫でてくれ』と、巨躯を誇る古代猫たちが喉を鳴らし、列をなしてレオンへと擦り寄ってきた。
押し寄せる圧倒的なモフモフの津波。贅沢すぎる温もり。
レオン「うわっ、待って、順番に撫でるから! ここは天国かよ……っ!」
神殿を満たす地鳴りのようなゴロゴロ音の嵐の中で、元雑用係による、世界で最も甘美で終わりなき至福の労働が幕を開けた。