第一章: ギロチンの冷雨と飢えた鎖
土砂降りの雨が、泥と血に汚れた純白のドレスを容赦なく濡らし、透き通る白銀の長髪を肌に貼りつかせる。冷酷な水滴が鎖骨を伝い、重厚な鉄の枷へと吸い込まれていく。
レオンハルト・フォン・アウグスト「聞き苦しい言い訳は終わりか、稀代の悪女エレオノーラ! お前の首が落ちる瞬間を民に見せしめとして捧げてやる!」
豪奢な金糸をあしらった軍服を雨で濡らしながら、レオンハルト・フォン・アウグストが歪んだ唇の端を吊り上げて見下ろす。喉元の鉄輪に締めつけられながらも、エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイトは群青の双眸を眇める。視線の切っ先は微塵も揺るがない。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「言い訳など一度も申しておりませんわ、無能な殿下。私の作った法と国庫の蓄えを食い潰す豚に、私の首の価値が計れるかしら?」
乾いた侮蔑を込めた声音が、雨音を切り裂いて処刑場に響き渡る。激昂で肌を朱に染めたレオンハルトが、腰のサーベルの柄を軋むほど握り締め、壇上の大男へ顎をしゃくった。
レオンハルト「この期に及んで私を愚弄するか! 執行人! その生意気な首を今すぐ刎ねろ!」
処刑台の中央、巨大な断頭刀を握る大男が乱暴に黒布を剥ぎ取る。濡れた漆黒の短髪の下から、飢えた野獣そのものの金色の瞳が剥き出しになる。
……あの男。王太子の影武者にして、帝都の暗殺者ギルベルト……。
男の刃が閃く。切っ先が裂いたのは木柱ではない。王太子の喉笛を守るはずの護衛兵の頸動脈だった。
肉を断つ鈍い音とともに鮮血が噴き上がり、処刑台が絶叫の渦に呑み込まれる。血煙が雨と混ざり合い、生温い鉄の臭気が満ちていく。
レオンハルト・フォン・アウグスト「な、何を血迷ったのだ執行人! 殺す相手が違うぞ!」
ギルベルト「あぁ? 雑魚が耳元で喚くなよ。てめえの指図で動く耳なんざ、最初から持ち合わせちゃいねえんだよ」
返り血を浴びた革の装束を軋ませ、ギルベルトは処刑台の泥を蹴立ててエレオノーラの前に膝をつく。獲物を品定めする眼差しが、彼女の白銀の髪をじっと舐める。
血塗れの無骨な指先が、彼女の細い喉元を拘束する冷酷な鉄の首輪を乱暴に引き寄せた。
ギルベルト「探したぜ、俺の飼い主。……てめえの首を落としていいのは、世界中で俺の歯だけだ」
首輪が気管を圧迫し、息が詰まる。窒息の苦痛に背筋が粟立ち、エレオノーラは熱い呼気を零した。肌が粟立ち、心臓が肋骨を強く叩く。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「……私を屈服させたいのなら、息の根を止めてからになさい、野良犬」
ギルベルト「へッ、殺してやるよ。だがその前に……てめえを丸ごと喰い尽くすのが先だ」
怪力が鉄の枷を強引に引きちぎる。
火花が散り、砕けた鉄片が石畳を跳ねる。ギルベルトは懐から取り出した黒煙の魔導爆弾を足元に叩きつけると、立ち込める黒煙と混乱の中、彼女の華奢な腰を乱暴に抱き上げた。
第二章: 崩壊した聖堂、咬痕の契約

割れたステンドグラスから青白い月光が差し込み、埃と血の匂いが立ち込める。荒れ果てた礼拝堂の奥、祭壇の冷たい石壁に背中を乱暴に叩きつけられ、エレオノーラは乱れた白銀の髪を払う。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「何の真似ですの、野良犬。私を殺す任務を放棄して連れ去るなど、殿下がお前を許すはずがないでしょう」
ギルベルト「殿下だと? あのクソ野郎の命令なんざ最初からどうでもいいんだよ」
ギルベルトの厚い胸板が押し当てられ、逃げ場を完全に塞ぐ。無骨な大きな手がエレオノーラの細い喉元をギリギリと締め上げる。
気管が狭まり、激しい拍動が頭蓋を打つ。
血流が耳の奥で激しく鳴り響く。酸素を求めて肺腑が痙攣し、冷徹な仮面を被っていた群青の瞳が、抗えない熱に濡れそぼる。
ギルベルト「俺はお前が処刑台で見せた、あの冷たくて死を求めてるようなツラを……俺だけのものにしたかっただけだ」
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「んっ……ふふ、なら、ここで殺せばよろしくてよ。私を喰い殺す覚悟もない癖に、触れないで……ッ」
ギルベルト「言ったな、てめえ」
ギルベルトの剥き出しの犬歯が、無防備な白い項へと深く突き立てられる。
「あぁっ……!」
痛切で甘い悲鳴がエレオノーラの唇から溢れ、陶器のような肌に深紅の血が滲み出す。男の舌先が傷口を執拗に抉り、生温い鉄の味を貪り尽くす。
ギルベルト「痛いか? 死にそうか? これが生き延びた味だ、エレオノーラ。お前の身体も命も、全部俺が平らげてやる」
噛み跡を舐め取られる灼熱の刺激に、エレオノーラは男の漆黒の髪へ爪を立て、恍惚と囁いた。指先が男の頭皮に食い込み、呼吸を乱す。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「ええ、いいわ……帝国のすべてを焼き尽くして、最後に私を貪り尽くしなさい……」
ドォン! と聖堂の重厚な扉が蹴破られた。
砕けた蝶番が耳障りな金属音を立て、夜の静寂を無惨に踏みにじる。
レオンハルト・フォン・アウグスト「そこまでだ、裏切り者共がッ!」
第三章: 反転の断罪、泥に塗れる王冠

数十名の私兵部隊を背後に従え、レオンハルトが抜剣して叫び散らす。松明の赤黒い光が、祭壇に立つ二人を露骨に照らし出す。
レオンハルト・フォン・アウグスト「見つけたぞ売女! 卑しい暗殺者と肌を重ねて逃げ延びられると思ったか!」
首筋に真紅の血を滲ませたまま、エレオノーラは壊れた祭壇の上から冷酷に見下ろした。乱れた白銀の髪を優雅に撫でつけ、一切の動揺を見せない。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「哀れな殿下。ここへ手勢を集めたということは、手薄になった帝都宮殿の国庫と軍部が今どうなっているか、ご存知ないのですか?」
レオンハルト・フォン・アウグスト「な……何の話をしている!?」
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「処刑台に登る前に手配を済ませておきましたわ。北部貴族連合と裏社会のギルドが、あなたの汚職と反逆の証拠を全世界にばら撒き、今頃クーデターの鐘を鳴らしているはずです」
レオンハルト・フォン・アウグスト「ば、馬鹿な……そんな真似、貴様一人の手で……!」
ギルベルト「お喋りは終わりだ、豚野郎」
影が奔る。
石畳を蹴る音すら残さず、漆黒の刃が一閃する。ギルベルトの凶刃が一瞬で私兵たちの頸動脈を切り裂き、血飛沫が回廊を赤く染め上げる。
間髪入れず、男の鋭い蹴りがレオンハルトの膝の裏を容赦なく砕いた。骨の砕ける鈍い感触が堂内に響く。
レオンハルト・フォン・アウグスト「ぎゃあああっ! 足が、私の足がぁっ!」
床に這いつくばる王太子の後頭部を、ギルベルトの泥に塗れたブーツが無慈悲に踏み抜く。鼻骨が割れる嫌な音が混ざり合う。
ギルベルト「おいおい、誰に剣を向けてんだ? 俺の飼い主はな、てめえみたいな豚が触れていい女じゃねえんだよ」
レオンハルト・フォン・アウグスト「た、頼むエレオノーラ! 悪かった、お前を正妃にしてやる! 帝国はお前のものだ、命だけは!」
エレオノーラは泥水を啜る男の頭上に、氷の視線を落とす。一滴の慈悲も宿さぬ青が、王太子の絶望を凍てつかせる。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「ギルベルト。豚の鳴き声は耳障りですわ。その汚らしい舌を切り落として、二度と私を呼ばせないようにして頂戴」
ギルベルト「仰せの通りに、俺の冷酷な悪女様」
刃が肉を抉る音と、くぐもった絶叫が炎上する聖堂の闇へと溶けていった。
第四章: 焦土に咲く二人の怪物
北の城塞の尖塔。冷たい夜風が吹き抜け、眼下に広がる帝都は紅蓮の炎に沈んでいた。崩れ落ちる王宮の瓦礫、逃げ惑う民の叫びが遠く地鳴りのように響く。
黒と銀の豪奢なドレスを翻すエレオノーラの背後に、血の匂いを纏った腕が伸びる。
ギルベルトは彼女の細い腰を強引に引き寄せ、露わな首元の咬痕へと熱い舌を這わせた。
ギルベルト「全部ぶっ壊したな、エレオノーラ。これで満足か? それとも次は世界中を灰にするか?」
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「ええ、満足よ。……でも、私の心臓はまだこんなに飢えているの」
ギルベルトの硬い掌が、再び彼女の白い喉元を包み込み、窒息寸前の圧迫を加える。痛覚と快感が混濁し、背筋を熱い電流が駆け巡る。
息苦しさに視界が明滅し、エレオノーラの群青の瞳が蕩けるような熱を帯びる。吐息が重なり、理性の残滓を焼き焦がしていく。
エレオノーラ・フォン・ヴァイスハイト「ねえ、ギルベルト……私を飼い慣らすと約束したでしょう? 今夜も私を壊れるほど愛して……そして、決して私を一人にして殺さないで」
ギルベルト「言われなくても骨の髄まで愛し尽くしてやるよ。お前が死ぬ時は……俺の胃袋の中だ」
奪い合うように重なる唇から漏れる吐息が、夜の冷気に白く溶ける。絡み合う舌先から溢れる鉄の味が、二人の契約をさらに深く刻みつける。
炎上する帝国の光に照らされ、互いの喉を締め合う二つの影は、ただ深淵の夜へと堕ちていった。