第一章: 飢えた刃と生贄の鎖骨
レオン・ヴァルハイト「もっと深く刺せよエルステラ!お前が飢えて死ぬくらいなら、俺の骨まで削り取れ!」
祭壇の冷え切った大理石に、生温かい鮮血が容赦なく噴きこぼれる。滴る赤い雫が石の窪みを満たし、鉄の錆びた匂いが淀んだ地下聖堂の空気を塗り潰していく。
乱れた黒髪の下、右目を粗末な包帯で塞いだレオンは、充血した紫紺の左目を剥き出しにして嗤っていた。全身の毛穴が開き、皮膚が粟立つ。斬撃痕で裂け落ちた革鎧の隙間、むき出しの鎖骨の窪みに、冷酷な白銀の爪が深々とめり込んでいた。
エルステラ「いい啼き声よ、レオン……♥ 硬い骨を裂く感触、たまらないわ」
透き通る白銀の長髪を淫らに揺らし、真紅の瞳孔を獣のように細めたエルステラが妖艶に舌なめずりをする。ゴシック調の黒と銀のドレス鎧が、滴る赤黒い飛沫で濡れそぼっていく。
レオン・ヴァルハイト「……好きに削れよ。俺の血で足りるなら、内臓ごと啜ればいい」
乾いた喉から絞り出す声は掠れていたが、その響きには狂信的な執着が宿る。荒い息が彼女の陶器のような青白い頬を撫でた。
エルステラ「ふん、脆い肉塊風情が生意気な。お前は私の飢えを満たすだけの鞘よ」
鎖骨の裏を這う神経節を、氷のように冷たい指先が無造作になぞる。瞬間、全身の筋肉が痙攣し、急速に力が抜けていく。激痛の奥底から立ち上る甘美な痺れが、逆流する熱泥のように全身の血管を灼き尽くした。
肉が裂ける冷たさだけが、俺が生きている証拠だ。この痛みが途絶えたら、俺はただの死体に戻ってしまう。
エルステラ「……ちっ、足りないわね。今日の血はひどく不味い。外に、神殿の犬どもが嗅ぎ回っている悪臭が混じっているわ」
エルステラが不快そうに眉をひそめ、爪を抉り込むように捻る。骨が軋む鈍い音が鼓膜を震わせ、レオンの喉から獣じみた呻きが漏れた。
レオン・ヴァルハイト「……あいつらか」
遠く、幾重もの重厚な鉄靴の足音が石畳を叩き、静寂を乱暴に踏み荒らす気配。レオンは微動だにせず、ただエルステラの凍てつく指先を見つめた。
ステンドグラスが轟音とともに粉々に砕け散る。
頭上から降り注ぐ、鋭利な銀の破片の嵐。
神殿の聖銀の鎖が宙を裂いて飛来し、レオンの四肢を貫いて石の祭壇へ深々と縫い止めた。骨を粉砕する衝撃が全身を突き抜ける。
第二章: 偽善者の鉄槌と歪んだ共犯

ヴァルガス聖騎士長「魔剣の呪いに冒された哀れな迷い子よ。神の名において救済してやろう」
硝煙の霧を払い、金髪のオールバックを撫でつけたヴァルガスが進み出る。背の巨大な聖十字盾を掲げ、純白の典礼鎧を踏み鳴らす足取りには傲慢さが満ちていた。手にした聖銀の杭が、濁った灯火を反射して鈍く光る。
レオン・ヴァルハイト「救済だと?……俺を地下牢に縛り付け、魔剣の実験台にした貴様が何を言うか!」
四肢を鎖で磔にされたまま、レオンは血反吐を吐き散らして吠えた。鎖が肉を食い破り、祭壇に新たな血だまりを広げていく。
ヴァルガス聖騎士長「勘違いするな。お前の不死は神の奇跡ではない。神殿が魔剣の餌として配合した人造呪物だからに過ぎん」
嘲弄の笑みを浮かべたヴァルガスが、躊躇なく腕を振り下ろした。
重厚な衝撃音。聖銀の太い杭が胸骨を両断し、レオンの心臓を無残に抉り抜く。激痛に顎が跳ね上がり、紫紺の瞳から光が失われかける。肺胞が破れ、口から泡立った赤黒い血が溢れ出した。
エルステラ「私の鞘に泥靴で触れるな、下等生物がァ!」
エルステラの背中から呪詛の黒炎が爆炎となって噴出する。
ヴァルガス聖騎士長「大人しく檻に入れ、人食いの鉄屑め」
冷淡に言い放つ聖騎士長の手甲が、神聖光を宿してエルステラを威嚇する。だが、その視線の先で、死んだはずの肉塊が不気味に蠢いた。
レオン・ヴァルハイト「は……ははっ!そうかよ……最初から、俺はあいつ専用の鞘だったってわけだ!」
あいつの飢えを満たすためだけに、俺の命はある。なら、この命の使い道を決めるのは神でも貴様でもない。
レオン・ヴァルハイト「どうせ壊れねえよ。もっと深く突き刺せ!」
レオンは自らの胸に刺さった聖銀の杭を素手で握り締め、筋肉を断ち割りながら力任せに引き抜いた。砕け散る銀片。吹き飛ぶ肉片。彼は血まみれの胸腔を晒したまま、前へと身を乗り出した。エルステラの切っ先へ向かって、己の心臓をさらに押し通す。
第三章: 白銀の断罪と鞘の契約

肉が裂け、骨が砕ける鋭利な響きが堂内にこだまする。
神呪による激痛と、超高速の肉体再生がせめぎ合う。
傷口が塞がろうとしてはエルステラの刃に削り取られ、二つの相反する呪縛が火花を散らす。意識の境界が溶け落ち、激痛は極限の悦楽へと転化していく。
エルステラ「逝きなさいレオン!私の最上の鞘!お前の命、極上よ!」
レオン・ヴァルハイト「エルステラ、俺の命を喰い尽くして、あの偽善者を塵一つ残さず刻めええええッ!」
二人の狂気が共鳴した瞬間、魔剣が万物を両断する紫黒の巨刃へと膨張する。溢れ出る呪力の大河が神殿の柱を次々と圧し折っていく。
ヴァルガス聖騎士長「馬鹿な……神聖なる障壁が、ただの呪詛に……!?」
《概念断裂》
空間そのものが裂断される。
黄金の聖光障壁は紙屑のように破断し、十字盾ごとヴァルガスの肉体を無数の肉片へと解体した。悲鳴すら刃の残響に掻き消える。
ヴァルガス聖騎士長「化け物どもが……互いを呪い合って滅びるがいい……ッ!」
飛び散った肉片が床を叩き、やがて消滅の灰となって散っていく。
白銀の閃光が消え去り、静寂が崩壊した廃墟を包み込む。瓦礫の山の中、荒い呼気だけが響いていた。
膝をついたレオンの首筋へ、人間の少女の姿に戻ったエルステラがそっと牙を立てる。愛おしむように舌で傷口の血を拭った。
エルステラ「……死んだら許さないわよ、レオン」
レオン・ヴァルハイト「死なねえよ……お前の鞘は、世界で俺だけだ」
血だまりのなか、二人は濡れた唇を重ね合わせる。鉄の味と、死の冷たさが混ざり合う濃厚な口づけ。
しかし、レオンの冷え切った胸元に手を当てたエルステラの指先が、ぴたりと止まった。
エルステラ「……ねえ、レオン。あなたの心臓、もう一度も動いていないわ?」
微動だにしない胸の中央。再生の呪詛すら停止した冷たい肉体。それでも男の唇は、狂おしい笑みの形に歪んだままだった。エルステラの真紅の瞳に、初めて底知れぬ動揺の波が走る。静寂のなか、動かない心臓を抱いた魔剣の魔女は、ただ凍てつく闇を見つめていた。