第一章: 剥奪の断罪台と濁った瞳
凝固しかけた血液と湿った錆の臭気が、地下牢の濁った空気を重く淀ませている。
削り出しの粗い花崗岩へ、額と頬を無慈悲に押し付けられていた。
かつて聖なる奇跡と称えられた白銀の長髪は、今や黒ずんだ汚泥と凝血にまみれ、無残な有様を晒す。
粗末な麻布の囚人服は胸元を無造作に引き裂かれ、露出した白磁の肌に刻まれた無数の皮下出血が、青紫の斑紋を描いていた。
エレオノーラ・フォン・ロシュフォール「見なさい! これが神聖なる光の核……選ばれし者に宿る、至高の輝きよ! ついに私の手に入ったのよ!」
豪奢な金髪のツインテールを誇らしげに揺らし、胸元を限界まで開いた典礼用祭服に身を包むエレオノーラ・フォン・ロシュフォールが、血に濡れた宝玉を頭上高く掲げた。
その碧眼は嗜虐の喜びに濁り、床に転がるイリス・エルシアンを、汚物でも見るかのように睥睨する。
肉を抉る鈍い音。
銀のメスで胸郭を押し広げられ、核をもぎ取られた胸の中央から、絶え間なくどす黒い血液が溢れ出していた。
しかし、両の眼窩に収まる乳白色に濁り切ったイリスの瞳は、一切の光を失いながらも、静寂を湛えた水面のように揺らがない。
手首に噛みつく黒鉄の拘束具が、微かな身動ぎに反応して骨を軋ませ、擦れた皮膚から新たな朱を滲ませる。
エレオノーラ・フォン・ロシュフォール「光を奪われた盲目の出来損ないが! 泥水を啜りながら、地べたを這い蹲りなさい!」
尖った金細工の靴底が、イリスの後頭部を踏みにじる。
頭蓋を床石へ擦りつけられる鈍い重圧と激痛。
吐き出された呼気が、床の血溜まりを僅かに揺らした。
背後で佇む巨躯の影が、微動だにせず冷たい威圧感を放っている。
漆黒の短髪に、左頬の半分を醜く覆い尽くすケロイドの火傷痕。
黒革と鈍色に光る銀の重甲冑で武装した筆頭粛清卿ゼノ・クロムウェルが、怜悧な金色の双眸を冷淡に細めていた。
ゼノ・クロムウェル「……儀式は完了した。この異端者を、生きて戻れぬ呪われし『灰の森』へ永久追放に処す」
低く響く声音は、研ぎ澄まされた鋼の刃そのもの。
反響する冷徹な宣告が、血吸い石の壁をビリビリと震わせる。
胸の生々しい欠損部から熱い血潮を垂れ流しながら、イリスの薄い唇が、歓喜を噛み締めるように弧を描いた。
イリス・エルシアン「ふふ……とても温かいですわ。どうぞ、その光を残さず召し上がれ」
毒を含んだ心音が、暗がりの中へ静かに溶けて消えた。
第二章: 黒き番犬の膝行と共犯の誓い

骨髄まで凍てつかせる猛吹雪が、崩落した廃礼拝堂の吹き抜けから吹き荒れる。
白磁の肌を紫に変色させ、イリス・エルシアンは瓦礫の影で膝を抱えていた。
荒い足音が雪を踏み砕き、重厚な甲冑の擦れ合う金属音が鼻腔をかすめる。
現れたのは、黒き粛清卿。
ゼノ・クロムウェルは腰の大剣を抜くことすらなく、イリスの前に勢いよく膝を突き、冷え切った石畳へ額を擦り付けた。
ゼノ・クロムウェル「我が主……迎えに上がった。貴女の身体を、これ以上冷気に晒させはしない」
鍛え抜かれた無骨な掌が、イリスの傷だらけの華奢な足首を包み込む。
熱い吐息が凍えた皮膚を濡らし、ゼノの唇が爪先の乾いた血痕を貪るように吸い上げた。
イリス・エルシアン「まあ……ゼノ。あなたの熱、とても濃密ですわ」
イリスは乳白色の瞳のまま、震える指先をゼノの左頬へ伸ばす。
かつて自らの放った極光が焼き爛れさせた、醜悪なケロイドの隆起を爪で愛撫する。
ゼノ・クロムウェル「貴女の残した傷痕だけが、俺を生かす痛覚だ。皇都の連中など、貴女の糧に過ぎん」
イリス・エルシアン「ええ、知っています。だからあの女の体内に、たっぷり植え付けてあげたのですから」
イリスは自らの指先を噛み破り、滴る鮮血をゼノの渇いた唇へと押し当てた。
鉄の味を貪り合う二人の頭上を、遠く皇都の方角から轟く魔力の激震が引き裂いた。
第三章: 人体自然発火と偽りの戴冠式

数万の信徒で埋め尽くされた大聖堂の天蓋から、正午の陽光が降り注ぐ。
黄金の祭壇の中央で、エレオノーラ・フォン・ロシュフォールは歓声を浴びながら両手を広げた。
エレオノーラ・フォン・ロシュフォール「跪きなさい愚民ども! 私こそが至高の奇跡、真なる聖女ですわ!」
胸元の『神光の種』へ魔力を流し込んだ瞬間、異変は起きた。
青白い血管が首筋に浮き上がる。
エレオノーラ・フォン・ロシュフォール「あ、熱い……!? なに、これ……体内が……!?」
皮膚の内側から純白の極光が噴き出し、高級な絹の祭服を瞬時に炭化させる。
肉が沸騰する異臭。
エレオノーラ・フォン・ロシュフォール「止まらない! 光が……私を食べているのぉぉぉっ!?」
悲鳴を上げるエレオノーラの前に、大聖堂の重い扉を破って影が歩み出た。
大剣を下げたゼノ・クロムウェルの腕に抱かれ、粗末な布を纏った盲目のイリス・エルシアンが佇んでいる。
イリス・エルシアン「神の光とは救済ではなく、すべてを焼き尽くす慈悲なき白熱です」
イリスが白く細い指先を、軽やかに打ち鳴らした。
《神罰の極光》
エレオノーラの内臓が臨界に達し、純白の超高熱焔となって弾け飛んだ。
叫び声すら残さず、黄金の髪も豊かな肉体も、一瞬にして乾いた白い灰へと霧散する。
騒乱と煙が満ちる玉座へ、ゼノがイリスを恭しく腰掛けさせた。
跪くゼノの首元を、イリスの華奢な腕が絡め取る。
♥脈打つ頸動脈[/Heart]に、イリスは陶器の如き冷たい唇を沈め、歯を立てた。
イリス・エルシアン「ねえ、ゼノ……もっと私を熱く焦がしてくださる?」
ゼノ・クロムウェル「魂ごと、貴女に差し上げよう」
燃え落ちる天蓋の下、黒き番犬と盲目の聖女は、灰の雨の中で狂乱の体温を重ね合っていた。
震える信徒たちの絶望的な平伏を足蹴にし、二人は血と灰の混ざり合う玉座で、決して解けぬ共犯の抱擁に溺れていく。