第一章: 銀の予告状と紅蓮の侵入
地上数千メートル、成層圏に突き刺さるアイギス・タワー最上層。外界の凍てつく冷気を遮断する透明障壁の向こうで、ホログラムの防壁が青白く脈動している。
紺碧のサイバー軍服を隙なく着こなした桐谷氷華は、微塵の揺らぎも見せずレイピアの柄を握り締めた。引き絞られた防護スーツの繊維が、激しい呼吸に合わせて硬質な布擦れの音を軋ませる。
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「貴方の悪行もここまでです。直ちにコードを初期化しなさい」
青い光彩の結界が、突如として硝子のように歪み、渦を巻く。舞い散る光の粒子の中から現れたのは、夜風を纏う白銀の燕尾服。黒のドミノマスクの奥から、夜宵蓮の冷徹な紫の双眸が静かに氷華を射抜いた。
夜宵 蓮(アルセーヌ・ゼロ)「君の命のコード、確かに頂戴したよ」
挑発に応じる猶予などない。氷華の爪先が床を蹴り、神速の迎撃プログラムを宿した銀刃が空を鋭く両断する。だが蓮は眉一つ動かさず、白手袋に包まれた長身の指先を微かに鳴らした。
《完全論理掌握》
展開された幾重もの防壁が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。
視界を奪う銀の残像。蓮の影が、氷華の背後へと滑り込むように肉薄した。
冷たい指先が、黒髪のポニーテールを乱暴にかき分け、無防備に晒されたうなじの接続ポートを強引にまさぐる。直接触れる金属の冷たさと、そこから流し込まれる刺すような熱気。
トクン、と異常な跳ね上がりを見せる生体ログ。
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「あ……っ、な、にを……!」
脊髄を猛烈な過剰電流が駆け抜ける。膝から力が抜け落ち、氷華の身体が床へ崩れ落ちる。その刹那、蓮は金庫の最深部へと手を伸ばし、脈打つ紅の光球『プロメテウス・コア』を無造作に引き抜いた。
目的を果たし、出口へと踵を返す蓮。だが、その足元で突如として床面が黒と黄金の禍々しい格子模様へと変色し、異様な駆動音を立て始めた。
警告:外部接続遮断。絶対零度結界を固定化。
第二章: 裏切りの檻と最悪の真実

データバンクの空間全体が、悲鳴のような軋み声を響かせる。黄金のデジタルな檻が幾重にも立ち上がり、二人を逃げ場のない閉鎖空間へと閉じ込めた。
豪奢な黒金のスーツを纏った金髪の男が、空中に浮かぶホログラムの階段を悠然と踏みしめながら降りてくる。琥珀色の瞳を醜く歪め、ヴィクター・クラウンが喉の奥で嗤った。
ヴィクター・クラウン「ククク、我が友よ。哀れな囮に釣られてネズミが掛かったな」
床に手をつき、荒い息を吐き出していた氷華が、血の気の引いた顔を跳ね上げる。
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「ヴィクター理事……? 囮とは、どういうことです」
ヴィクターは答えず、手にしたデジタルセプターを冷酷に振り抜いた。氷華の身体を包む軍服へ激しいデータノイズが奔流となって襲いかかり、黒いプログラムの鎖がその四肢を床へ無残に縫い止める。
ヴィクター・クラウン「お前の生体データは都市の燃料として焼却処分だ。公安の駒などいくらでも補充が利く」
「ERROR: 生体ログ強制上書き中」
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「あぁぁっ……! ぐ、あぁっ!」
骨を軋ませる激痛に、氷華の細い背が弓なりに反り返る。涙に濡れるその瞳を冷たく見下ろし、膝をついていた蓮がゆっくりと立ち上がった。黒のマスクの奥、紫だった瞳が底冷えする真紅の輝きへと変色していく。
夜宵 蓮(アルセーヌ・ゼロ)「他人の玩具に勝手に手を出すなよ、ブタ野郎」
第三章: 全権掌握のプレリュード

天蓋が割れ、仮想空間の星々が渦を巻いて逆流を始める。圧倒的な情報量の圧迫に、空間の四隅が歪曲していく。
ヴィクター・クラウン「な、なんだこのトラフィックは……! ウロボロス、即座に対象をデリートしろ!」
空間を裂いて現れた巨大な防衛竜の群れが、咆哮とともに蓮へと殺到する。だが、蓮は一瞥をくれただけで、そのすべてを光の塵へと粉砕した。
絶対的権限の行使。
ヴィクター・クラウン「わたしの資産が……権限が、消えていく……やめろぉ!」
泡を吹き崩れ落ちるヴィクターの意識コードが、深淵のゴミ箱へと消去される。
権限を奪われ、消滅プログラムに侵食された氷華の身体は、青い粒子となって輪郭を失いかけていた。蓮は躊躇なくその腰を強く抱き寄せ、自らの額を彼女の冷たい額へと押し当てる。
生と死の境界線で、二人の生体データが激しく混ざり合う。
夜宵 蓮(アルセーヌ・ゼロ)「繋がれ。僕の心拍をくれてやる」
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「ん……っ、熱い……胸が、焼ける……」
ドクン、ドクンと重なり合う心音。
精神の最深部、情報の奔流の奥底で、氷華は見てしまう。銀髪の仮面を剥ぎ取られた、現実世界の白い病室で無数の管に繋がれた、あまりにも無防備で儚い黒髪の青年の姿を。
第四章: 月下の共犯者
夜明けの薄紫が静かに広がるビルの屋上。仮想都市のホログラムの桜が、冷たい朝風に吹かれて淡く散っていく。
蓮は盗み出した『プロメテウス・コア』を自らの胸へと沈め、深く息を吐き出した。青ざめていた肌に微かな血色が戻り、延命のための心臓が力強く鼓動を刻み始める。
立ち上がった蓮は燕尾服の裾を翻し、氷華に背を向けた。
夜宵 蓮(アルセーヌ・ゼロ)「追うなら今だ。公安の誇りを取り戻せ」
冷徹な声。だが、氷華の胸にはもう以前のような迷いはなかった。握り締めていたレイピアをカランと足元へ落とし、ゆっくりと蓮の背中へと歩み寄る。
震える指先で、自らの首の後ろにある接続コードを蓮の手の中へと押し込んだ。
桐谷 氷華(公安ヴァルキリー)「貴方を逮捕するのは……私の命が尽きる時だけよ、私の怪盗」
蓮が冷笑を浮かべ、氷華の顎をすくい上げて深く唇を奪う。♥荒い吐息[/Heart]が朝の空気に溶けていく。
夜宵 蓮(アルセーヌ・ゼロ)「さあ、次は現実世界の君の心臓を盗みに行こうか」