第一章: 落下の審判と金の首輪
冷たい金属の重みが喉仏を圧迫している。
神宮寺 蓮は意識を覚醒させた。引き裂かれた黒いスーツの隙間から、凍てつく高高度の烈風が剥き出しの肌を容赦なく刺す。乱れた漆黒の髪を激しく揺らし、右頬に刻まれた生々しい爪痕を親指の腹で乱暴に拭った。瞳の奥底で渦巻く冷徹な光のなか、首に巻かれた黄金の鈴が、死を告げるようにチリンと乾いた音を立てる。
足元は白亜の大聖堂の傾いた屋根。眼下に広がるのは、果てなどどこにも存在しない虚無の雲海だ。境界線の消え失せた白銀の絶望が、全方位の視界を圧迫している。
バステトXIII世(白猫神)「にゃはっ! ようやく目が覚めたかニャ、罪深き惨めな子猫ちゃんたち!」
巨大な積乱雲の玉座から響き渡ったのは、ガラスの鈴を転がすような、残酷極まりない幼女の甘い声。
頭上に神々しい光輪を浮かべた純白の長毛仔猫――バステトXIII世が、右目を氷の青、左目を燃える金に輝かせ、見下ろしている。その首元には、無数の人間の魂が閉じ込められた極小の鈴が、不気味な光を脈打たせていた。
バステトXIII世(白猫神「天上界キャットタワー落としの始まりにゃ! ボクの気まぐれな肉球が触れたブロックは、まるごと奈落の底へ消滅するニャ。最後まで落ちずに生き残った良い子だけ、頭を撫でてあげる!」
大地を揺るがす轟音と共に、巨大な光の肉球が大聖堂の尖塔を薙ぎ払った。
悲鳴を上げる暇すら与えられず、十数人の人間が破砕された石材諸共、虚無の裂け目へと吸い込まれていく。
神宮寺 蓮「……見苦しいな。有用性のない駒から順に間引かれる仕組みか」
蓮が靴底で瓦礫を踏みしめて立ち上がると、首輪から伸びた黄金の鎖がジャラリと鈍く鳴った。その鎖の先には、血と煤に汚れた純白の聖歌隊ドレスを纏う女が繋がれている。腰まで届く波打つプラチナブロンドの髪を乱し、エメラルドグリーンの瞳を妖しく潤ませた女――天道 エミリアだ。
天道 エミリア「神様にお祈りを捧げましょう……こうして鎖で繋がれたのも、すべて主のお導きですわ」
神宮寺 蓮「祈りなどという何の役にも立たないゴミは今すぐ捨てろ。足手まといになるなら、その首の皮ごと引きちぎる」
天道 エミリア「ふふ……凍えるほど冷たい手。でも、死ぬ時はご一緒ですわね? 地獄の底まで、永遠に」
エミリアの紅い唇に、一瞬だけぞっとするほど残酷な笑みが浮かんだ。
頭上から、空を覆い尽くすほどの白い前足が再び振り下ろされる。
蓮は迷うことなくエミリアの腰を抱き寄せ、崩落する白亜の石柱を蹴って、数十メートル隣の屋根へと跳躍した。
背後で、安息の地と思われた巨大な聖堂の頂が、真っ二つに叩き割られ、粉塵となって四散していく。
第二章: 気まぐれな爪痕と暴かれた本性

天と地が不規則に反転を繰り返す白亜の回廊を、二人は駆け抜けた。
壁面には深々と神の爪痕が抉り取られ、重力が狂うたびに足裏へ伝わる衝撃が平衡感覚を狂わせる。
猛烈な突風が吹き抜ける逃走の最中、エミリアは蓮の首輪から伸びる黄金の鎖を、強引に自らの胸元へと引き寄せた。
豊満な双躯が蓮の硬い胸板に強く押しつけられ、甘い毒を含んだ生温かい吐息が、蓮の耳朶を濡らすように掠める。
天道 エミリア「ねえ蓮様……ここであなたを突き落として、私だけが助かることもできますのよ? その首、もっと締め付けてあげましょうか」
蓮の視線は一切揺らがない。即座に鋼のように硬い右手を伸ばし、エミリアの白く細い喉元をギリと万力のように締め上げた。
神宮寺 蓮「試してみろ。お前の細い首の骨が粉々に砕け散るのが先だ」
気道を塞がれ、激しく咳き込みながらも、エミリアの瞳は熱狂的な陶酔に濡れそぼっていく。
天道 エミリア「ああっ……もっと、もっと強く……あなたのその冷たい殺意、たまらなく素敵ですわ……」
皮膚越しに伝わるドクドクとした頸動脈の脈動。息が詰まるたび、エミリアの口元が快楽に歪んでいた。
突如として、反転した回廊の先から、規則正しく優雅な靴音が響き渡った。
軍服風の黒コートを翻し、左目に銀のモノクルを装着した銀髪の男――クロード・レヴィが、黒革の手袋を打ち鳴らして姿を現す。
クロード・レヴィ「実に滑稽な愛の戯れだね。だが芸術点が絶望的に足りない」
クロードの手から投げ放たれたのは、妖しい紫色の濃煙を噴き出す真鍮の香炉だった。
バステトXIII世(白猫神)「フニャアアッ! 極上のマタタビの匂い! もっと寄越すニャアアッ!」
香りに狂乱した神猫の巨爪が虚空を切り裂き、回廊全体がガラス細工のようにバラバラに爆砕する。
クロード・レヴィ「その聖女殿は地上で自らの家族を全員、嬉々として精神崩壊へ追い込んだ希代の怪物だよ、蓮君。信じるに値しない汚物だ」
足場が一瞬にして消滅した。クロードの罠により浮遊岩が真っ二つに裂け、エミリアの身体が重力を失って虚空へと投げ出される。
天道 エミリア「蓮様ぁっ!」
エミリアの指先が蓮の二の腕を掴み、二つの身体は絡み合ったまま、奈落の虚無へと真っ逆さまに落下していった。
第三章: 神の喉を鳴らす逆転の調教

鼓膜を破らんばかりの暴風が耳元で絶叫する。
視界が上下左右へと回転しながら落下する極限状態のなか、蓮の瞳に宿る狂気の光が鋭く閃いた。
感情を殺せ。重力加速度、鎖の張り、奴の重心――すべて計算しろ。
蓮は首輪に繋がれた黄金の鎖を自らの右腕に幾重にも巻き付け、上空の足場に残るクロードの足首めがけて、閃光の如く投擲した。
硬質な金属音が大気を震わせ、鎖の先端がクロードの右脚を寸分の狂いもなく絡め取る。
クロード・レヴィ「なっ……馬鹿な、この高さから……!?」
蓮は鎖を一気に全身の力で引き絞り、引きずり下ろされるクロードの身体を踏み台にして、空中を蹴り玉座の間へと跳躍した。
星々が渦巻く天上界の最奥。純金のマタタビの樹の前で、理性を失い暴走するバステトXIII世が、牙を剥き出しにして咆哮する。
神宮寺 蓮「エミリア、歌え。お前のその狂った声で、神の耳を完全に塞げ」
天道 エミリア「喜んで……私たちの主の破滅を、盛大に讃えましょう!」
エミリアが喉を裂かんばかりに張り上げた澄み渡る美声が空間を満たし、神猫の研ぎ澄まされた聴覚を一瞬で麻痺させる。
その刹那、蓮は死線など歯牙にもかけず、一直線に巨大な懐へと飛び込んだ。
神の鋭利な爪が蓮のスーツを切り裂き、鮮血の飛沫が宙を舞う。だが蓮の指先は微塵もブレず、バステトの急所――顎の真下と、耳の付け根のツボへと深々と滑り込んだ。
神宮寺 蓮「気まぐれに命を弄ぶ神など、ただの獣に過ぎない。跪いて服従しろ」
命懸けの正確無比な力加減で、蓮の指先が白銀の毛並みを深く、的確に、容赦なく撫で下ろす。
バステトXIII世(白猫神)「フニャ……ッ、ゴロゴロゴロ……ッ、ニャ、あ……ッ」
絶対捕食者の瞳から狂暴性が瞬時に霧散した。純白の身体が完全に力を失い、蓮の掌の上で無防備な腹を晒し、喉を激しく鳴らし始める。
クロード・レヴィ「神を……ただの指先一つで手懐けただと……!?」
神宮寺 蓮「落ちろ、無能な道化師」
蓮が冷淡に指を鳴らした瞬間、バステトの巨大な尻尾が一閃し、クロードは無様な悲鳴を上げながら奈落の暗闇へと叩き落とされた。
第四章: 天上界の玉座と新たな飼い主
白亜の大聖堂に、静寂が訪れた。
黄金の玉座の中央に深く腰を下ろした蓮の膝の上では、バステトXIII世が満足げに丸まり、安らかな喉の音を響かせ続けている。
かつて蓮の首を縛り付けていた黄金の首輪は粉々に砕け散り、その無残な破片が冷たい大理石の床に転がっていた。
血に汚れた聖歌隊ドレスの裾を引きずりながら、エミリアが膝を折り、蓮の足元へと這い寄る。
聖女の仮面などとうに剥ぎ取られたその双眸には、狂気的な忠誠と熱情が渦を巻いていた。
神宮寺 蓮「選べ。地上へ這い戻るか、ここで私の道具として朽ち果てるか」
天道 エミリア「ふふ……決まっておりますわ。私を縛る首輪の鎖は、あなたの手の中にしかありませんの」
エミリアは蓮の革靴に濡れた額を恭しく擦り寄せ、差し出された蓮の血塗られた指先に、熱い唇を吸い付くように重ねた。♥触れ合う肌から、歪みきった絶対服従の熱が脈打って流れ込む。[/Heart]
呼吸が乱れ、エミリアの背筋が歓喜の悪寒に震えていた。
エミリアの首に残された黄金の首輪が妖しい光を放ち、蓮の魔力と深く結びついた、決して解けぬ隷属の刻印へと変質する。
神を膝に乗せ、聖女を足元に跪かせた蓮の薄い唇が、冷酷な弧を描いた。
神宮寺 蓮「次なる罪人共を招き入れろ。この天上界の理は、すべて私が書き換える」
チリンと、蓮の掌の中で黄金の鈴が乾いた音を鳴らし、世界を支配する新たな血の遊戯の幕が上がった。