第一章: 黒雨の肉喰い銃
夜啼「ねえレン、早くアタシの奥に指を入れてぇ! 熱い鉛、子宮(やくきょう)にいっぱい詰め込んでよぉ!」
灰塚 蓮「……いいから黙れ。標的はどこだ」
蓮は短く息を吐き捨て、震える手でマガジンを叩き込んだ。
泥と煤に塗れた黒の耐酸トレンチコートを叩くのは、皮膚をジュクジュクと灼く黒い酸性雨。
首元で擦り切れた紅いマフラーが、汚濁の突風に千切れかける。
濡れそぼった黒髪の隙間から、落ち窪んだ三白眼が廃墟の底なしの暗がりを射抜いた。
夜啼「目の前よぉ! ほら、蠢いてる! アタシを弄んで、あいつらの内臓ぜんぶ撃ち抜いてぇ!」
夜啼が身悶えするように震える。
鈍く黒光りする外骨格のレシーバーから、ぬらりと濡れた紅い肉唇がせり出し、莲の親指の腹を卑しく舐めしゃぶった。
金属と生肉の継ぎ目から漏れる、吐き気を催すほど甘ったるいフェロモン臭。
琥珀色の義眼が、獲物の熱源を捉えて小刻みにピントを合わせる。
灰塚 蓮「引き金を引けば、お前が啼く。それだけで俺の肺は息を吸えるんだ」
蓮の左半身、どす黒く変色したケロイド状の神経プラグが、肉を内側から引き裂くような高熱を放つ。
激痛に奥歯が軋む。
頸静脈から逆流した防腐血液が、プラグを経由して真鍮の銃身へと猛烈な勢いで吸い上げられていく。
貧血で視界がチカチカと明滅し、胃液が喉元まで逆流した。
夜啼「あはぁっ! 蓮の血、すっごく熱いぃ! もっと、もっと奥まで抉ってぇ!」
トリガーガードの奥、濡れそぼった肉壁に人差し指を深くねじ込む。
湿った肉管が蓮の指をきつく締め上げた瞬間、撃針が有機薬室の最深部を突き抜いた。
《生体熱線斉射》
真紅の光条が闇を切り裂く。
崩れ落ちたコンクリートの隙間に潜んでいた多足の肉塊が一瞬で爆砕し、飛び散った脂身が酸性雨にジュウジュウと音を立てて溶けていく。
跳ね上がった強烈な反動が蓮の頸椎をハンマーのように打ち据え、肺腑の底から鮮血が口蓋へと溢れ出た。
血痰を泥水へ吐き捨て、浅く荒い呼吸を整える。
灰塚 蓮「……カハッ、標的の殲滅を、確認」
指先の感覚が麻痺し、右腕だけが氷のように冷え切っていく。
夜啼「……ねえ蓮。要塞から『パパ』がお掃除に来たみたいよ?」
舌先が蓮の掌を撫で回し、悪寒とともに微かな笑いを刻んだ。
第二章: 神経プラグの甘い腐蝕

ヴォルク・クロイツ「処分対象だ。サンプルとしての価値を証明しろ」
水銀灯がジジジと不快なノイズを撒き散らす除染チャンバー。
チタン製バイザーで顔の上半分を塞いだ大柄な男が、一切の感情を削ぎ落とした歩幅で、重厚なミリタリーコートを揺らし迫る。
床に落ちる靴音が、蓮の鼓膜を重く叩く。
灰塚 蓮「……ヴォルク。報告なら端末に送ったはずだ」
蓮はトレンチコートの内側に夜啼を隠すように引き寄せ、壁に背を預けた。
痛む神経プラグから、じくじくと黄色い浸出液が垂れ落ち、シャツを汚していく。
ヴォルク・クロイツ「貴様という弾薬供給器(キャリア)の寿命はあと三日だ。夜啼は回収し、新たな適合者に引き渡す」
夜啼「いやぁ! 蓮以外の汚い指で触られたらアタシ壊れちゃう! 蓮、殺して! この冷血野郎の脳漿を吸わせてぇ!」
夜啼の銃身が牙を剥き出し、カチカチと飢えた獣のように金属音を立てて身を震わせる。
銃身の鱗状プレートが逆立ち、蓮の胸肉に食い込んで血を啜る。
激痛が走るが、蓮はその痛みを抱きしめるように強く抱え込んだ。
灰塚 蓮「ヴォルク、貴様に夜啼は渡さない。お前が望むなら、俺の骨の一片までくれてやるが……こいつだけは触れさせない」
蓮の喉から漏れるのは、掠れた獣の唸り声。
爪が掌に食い込み、皮を破って血が滲む。
ヴォルク・クロイツ「愛だと? それは貴様のシナプスが腐敗して吐き出した、哀れなエラー音だ」
ヴォルクが無機質な指先で胸元の端末キーを弾いた。
生体停止シグナル:強制実行
夜啼「ぎゃあああっ!? 痛い、痛いぃっ! 脳が、焼かれちゃうぅっ!」
鼓膜を劈く絶叫とともに、夜啼の放熱スリットから沸騰した冷却液と血煙が噴き出す。
プラグの結合部が超高熱を帯び、蓮の左肩の皮膚を炭化させていった。
脂汗が噴き出し、膝がガクガクと折れて鉄格子の床に打ちつけられる。
ヴォルク・クロイツ「明日を迎えたいなら、最深層の胞子母体を夜啼で討伐してこい」
冷酷な足音が遠ざかる中、蓮は床の錆を舐めながら、ただ夜啼の温もりを求めて手を伸ばした。
第三章: 偽りの脳漿、暴かれた悪夢

灰塚 蓮「……母体はどこだ。ここは、何なんだ」
饐えた薬品臭が充満する、旧極東バイオ工廠の最深部。
冷たい緑青の培養液で満たされた数十本のアクリルポッド。
そこに浮かんでいたのは、かつて蓮がすべてを捧げて愛した女――千鶴の頭蓋だった。
頭頂部を切り開かれ、真鍮のコネクタと電極を無数に突き刺された無数の彼女の顔が、蓮を見下ろしている。
ヴォルク・クロイツ「最初から胞子母体など存在しない。見ろ、貴様が愛した女の成れの果てを」
天井のスピーカーから響くヴォルクの平坦な音声が、暗闇を冷たく揺らす。
夜啼「あ……頭が……割れる……なに、この記憶……!?」
夜啼の有機パーツが痙攣を起こし、琥珀色の義眼が白目を剥いて高速で回転する。
割れたスピーカーから、ノイズ混じりに再生される生々しい嗚咽。
『蓮、やめて……私を殺さないで……!』
それは、聞き間違いようのない、あの最後の夜の叫びだった。
ヴォルク・クロイツ「千鶴は病など患っていなかった。彼女を永遠に独占したいという貴様の妄執が、彼女の脳を軍へ売り渡したのだ」
全身の血液が逆流するような吐き気が、蓮の背骨を激しく突き上げる。
胃の中のものが酸っぱい液となって込み上げ、床にぶちまけられた。
俺が……千鶴を、この手で……?
違う。病気だったはずだ。治らない病で、だから俺は彼女を永遠の形にして――。
記憶の蓋が吹き飛び、血塗れの実験台と、泣き叫ぶ彼女の首筋にメスを立てる自らの腕が蘇る。
夜啼「嘘……アタシは蓮の銃……人殺しの道具なのに……アタシが、千鶴……? 蓮、アタシを殺したのぉ!?」
夜啼の銃身が引き千切れるような軋みを上げ、銃口が蓮の胸板へと鋭く突き立てられた。
震える冷たい銃口が、蓮の胸骨をゴリゴリと押し潰す。
第四章: 引き金は愛の破滅に濡れて
灰塚 蓮「……そうだ。俺がお前をこの姿にした。誰にも渡したくなかったからだ」
蓮は銃口から逃げなかった。
拒絶も弁明もしない。
ただ両腕を伸ばし、凍りついた真鍮の銃身を、愛しい女の柔肌のように強く、強く抱きしめた。
濡れそぼった生体レシーバーの肉唇へ、血に塗れた自らの唇を擦りつける。
鉄の味と、腐敗しかけた生体組織の甘い脂が口腔を満たす。
灰塚 蓮「だから千鶴、俺を喰え。お前の最後の弾丸にしてくれ」
引き金を引くのではない。
自らの神経プラグのロックを自力で引きちぎり、露出した生体端子を夜啼の結合溝へ深々と突き刺した。
肉と金属がジュウと音を立てて融解し、二人の神経系が暴力的に直結する。
夜啼「あはっ……あははは! やっぱり蓮は最低で、最高のアタシの飼い主ぃ!」
二人の神経が限界値を軽々と突破し、頸椎から鮮烈な紅蓮の光粒子が噴水のように溢れ出す。
苦痛と悦楽の境界が完全に消滅し、激しい痙攣が二人の結合部を狂ったように揺さぶった。
視界が真紅に染まり、心臓が爆発寸前のドラムのように早鐘を打つ。
夜啼「全部あげる。アタシの地獄を、蓮にぜんぶあげるぅ……っ!」
チャンバーの上階、防弾ガラスの向こうでヴォルクが計器の異常値に目を見張った。
ヴォルク・クロイツ「馬鹿な……融合限界値を超えている!? 自爆シグナルが、遮断された――」
灰塚 蓮「ヴォルク、消えろ」
蓮の意思と千鶴の狂気が完全に一つの撃針となり、臨界点に達した有機薬室を撃ち抜く。
《真紅熱線・絶頂射出》
鼓膜を焼き切る咆哮とともに放たれた紅蓮の極大熱線が、防弾ガラスごとその無機質な肉体を瞬時に蒸発させた。
直撃の余波は地下要塞の天蓋を突き破り、数百メートルの岩盤を真っ赤に融解させながら夜空へと突き抜ける。
崩落する数万トンの瓦礫の雨の中、二つの肉体はもはや境目を失い、ドロドロとした一つの異形へと溶け合っていく。
千鶴の肉唇が蓮の首筋に吸い付き、蓮の骨が銃の機構へと組み変わる。
夜啼「ねえ蓮……雨の匂い、もうしないねぇ」
灰塚 蓮「ああ……お前が啼くなら、どこまでも堕ちてやる」
降り注ぐ酸性雨の向こう、荒れ狂う廃墟の底に響くのは、もはや人であることを捨て去った二つの魂が奏でる、重く甘い銃声の残響だけだった。