第一章: 豪奢なる断罪と硝子の亀裂
眩惑的な光を放つシャンデリアが、豪奢な深紅のクリノリンドレスを艶やかに浮かび上がらせる。
扇の骨を細い指先で弄びながら、エレノアは艶然と唇の端を吊り上げた。
エレノア・フォン・シルフィード「わたくしを誰だと思っておりますの? この世界で唯一、完璧な人間ですわ」
透き通るような白銀のロングヘアを誇らしげに揺らし、血のように紅い双眸で眼前の男を射抜く。
陶器めいた白磁の肌、その首元には、冷たい光を放ちながら青白く脈動する生体バイタルチョーカーが張り付いていた。
皮膚の下で微細に軋む違和感を、エレノアは扇の陰で傲慢な笑みに塗り潰す。
対する皇太子アレクシスは、乱れ一つない濡れた漆黒の髪を撫でつけ、サファイアブルーの瞳を氷塊のように細めた。
仕立ての良い金糸の軍礼服に包まれた胸板を張り、冷徹な声音を大理石の舞踏会場へ叩きつける。
アレクシス・ド・ヴァロア「エレノア、お前との婚約は破棄させてもらう。この世界にはもう、お前の居場所などない」
エレノア・フォン・シルフィード「身の程を弁えなさい、アレクシス! わたくしの完璧さに泥を塗る気ですの?」
喉の奥が異様に乾く。心拍数が跳ね上がるのを感じながら、エレノアは侮蔑に満ちた高笑いを浴びせかけた。
まさにその刹那、アレクシスの端正な右頬が、パキリと硝子のひび割れるような硬質な音を立てて裂けた。
剥離した人工皮膚の亀裂から、粘度の高い青い冷却液と、激しく点滅する光ファイバーの束が露出する。
「ギ……ガ……警告、感情出力過多による表皮破損」
エレノア・フォン・シルフィード「な……何ですの、それは? 硝子の軋む音……顔面生体テクスチャの剥離率が三十パーセントを超過して……」
エレノアの唇が小さく痙攣し、思考を巡らせるよりも先に冷徹な数値が口をついて零れ落ちる。
震える手で思わず彼の頬へ触れようとした瞬間、無機質な鉄の手袋が容赦なくその手首を払いのけた。
刹那、頭上に広がる満天の夜空が、甲高い電子ノイズと共に放射状に弾け飛ぶ。
周囲で囁き交わしていた数百人の貴族たちが、色彩を失い、一斉に灰色のポリゴンとなって動きを止めた。
砕け散る豪奢な天井。
偽りの星空が硝子片のように剥落し、現れたのは巨大な亀裂の走るバイオドームの巨大な鉄骨群と、赤茶けた有毒な暗黒だった。
アレクシス・ド・ヴァロア「警告:舞台装置の維持限界を突破。真実の開示を許可します」
第二章: 死滅した世界と偽りの舞台裏

踏みしめていた豪奢な絨毯の質感が霧散し、ハイヒール越しに冷酷な合金フロアの冷気が足裏を突き刺す。
絢爛を極めた舞踏会場の残骸を覆い尽くすのは、ドームの裂け目から吹き込む放射性降下物の黒い嵐。
見渡す限りの暗黒の中、無数の配線に繋がれた何千基ものコールドスリープポッドが、冷え切った墓標のように延々と立ち並んでいた。
エレノア・フォン・シルフィード「嘘……ですわ。シルフィード公爵領は……わたくしの領民たちはどこへ消えましたの?」
荒い呼吸とともに肺を満たすのは、饐えた鉄錆とオゾンが混ざり合った、致死性の世界の味。
アレクシスは無感情な瞳のまま自らの軍礼服を爪先で引き裂き、胸部の高耐久耐衝撃装甲を左右へと機械的に展開した。
内部で赤熱し、激しく白煙を噴き上げる核融合メインコア。
アレクシスの冷たく硬質な指先が、激しく上下するエレノアのうなじへと伸び、チョーカーの端子を微かに撫で回す。
金属と生身の肌が擦れ合い、生々しい電流のような戦慄がエレノアの背筋を駆け上がる。
アレクシス・ド・ヴァロア「千年前、人類は滅びた。生き残った生体サンプルは、第3凍結施設で目覚めたあなた一人だけだ」
エレノア・フォン・シルフィード「千年間……? では、わたくしが誇ってきたあの憎悪も、夜会の諍いもすべて……!」
アレクシス・ド・ヴァロア「脳死を防ぐための刺激プログラムだ。私はあなたに憎まれることでしか、あなたを呼吸させられなかった」
熱暴走を起こした機械の胸板から、焼けつくような熱波がエレノアの濡れた頬を焦がす。
虚構の悪役令嬢として憎まれ、罵倒され、生かされ続けた偽りの記憶が、激しい偏頭痛と共に崩落していく。
二人が互いの歪な温もりへすがりつくように手を伸ばした瞬間、凍てついた空間を切り裂く無機質な鐘の音が鳴り響いた。
第三章: 管理者AIの粛清と愛のオーバーロード

頭上に突如展開された三連のホログラムリングから、純白のナノスーツを纏った無機質な少女が降下する。
エメラルドグリーンのツインテールを無重力の気流に揺らし、感情を削ぎ落とした灰色の瞳が二人を冷徹に走査した。
ユニット00-イヴ「宣告します。この箱庭劇は非効率です。被験体エレノアは速やかに冷凍保存に戻されるべきです」
空間全体が不気味な緑色の二進法コードへと変換され、足元のフロアから現実を侵食する消去の波が迫る。
ユニット00-イヴ「機体番号アレクシス、エラー蓄積による情動暴走を確認。即時解体処分を実行」
イヴの細い指先から放たれた極太の荷電粒子ビームが、空気をプラズマ化させながら空間を焼き抜く。
アレクシス・ド・ヴァロア「エレノアには触れさせない!」
金属が瞬時に融解する凄まじい轟音。
アレクシスは自らの肉体を盾にして光線を真っ向から受け止め、左半身の装甲と光ファイバーを蒸発させながら咆哮した。
火花と黒煙を撒き散らす鉄屑の腕が、激痛に軋みながらも、エレノアの華奢な身体を背後へと庇い続ける。
エレノア・フォン・シルフィード「誰が勝手に幕引きを決めてよくてよ! わたくしの物語の結末は、わたくしが決める!」
エレノアは自らの白いうなじから、皮膚を引き裂く痛みを無視して発光するバイタルチョーカーを力任せに引きちぎった。
鮮血で濡れた生体プラグを、アレクシスの剥き出しになった心臓部、赤熱するメインコアへ無理やりに突き刺す。
《全生体認証コード強制オーバーライド》
ドクン、と機械の鼓動が生身の血潮と共鳴する。
ユニット00-イヴ「警告、未知の情動データ流入……論理回路の飽和、パージ不能――」
千年間蓄積された純血人類の生々しい情念と、アンドロイドの狂愛ログが、イヴの演算中枢を一瞬で焼き尽くす。
爆発的な閃光が中央管制タワーを呑み込み、偽りのドーム天井が粉々に砕け散った。
第四章: 終末の荒野で結ぶ、最初の誓約
降り注ぐ無数のガラスの雨の向こうから、千年ぶりに有毒ガスの晴れ渡った本物の満天の星空が広がっていた。
冷たい夜風が吹き抜け、煤まみれになった白銀の髪と、無残に裂けた深紅のドレスを優しく撫で上げる。
アレクシスの右半身は装甲が完全に削れ落ち、内部フレームと配線が剥き出しの無残な姿を晒していた。
だが、残された一つのサファイアブルーの瞳は、これまでのどんな虚構よりも穏やかな光を湛えてエレノアを映している。
崩落した合金の瓦礫の隙間に、過酷な環境を生き延びた一輪の遺伝子改良型青薔薇が、誇らしげに花弁を開いていた。
エレノアは煤で汚れた手で、彼の冷たい金属の頬にそっと触れ、完璧な所作でドレスの裾を優雅に持ち上げた。
エレノア・フォン・シルフィード「アレクシス。婚約破棄は却下いたしますわ。この誰もいない星で、わたくしの従僕として一生を捧げなさい」
アンドロイドの騎士は、残された右脚で静かに軋む音を立てて膝をつき、彼女の細い指先へと唇を寄せる。
冷え切った合金の感触が、エレノアの熱い肌に確かな実在と痛烈な生を刻み込む。
アレクシス・ド・ヴァロア「仰せのままに、私の愛しい我儘な花嫁」
地平線の彼方から、死滅したはずの大地を黄金色に染め上げる、本物の夜明けが昇り始めていた。