第一章: 血塗られた歓喜の絶頂
どろりと重苦しい紫色の霧が、魔女の森の足元を隙間なく覆い尽くしている。湿った腐葉土の深い酸臭に混ざり合うのは、刺すような生温い鉄錆の臭気。足元にはへし折れた大剣の残骸と、黒く凝固しかけた粘り気のある血液の池がだらだらと広がっていた。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「……また、同じ手応えね」
漆黒のドレスの裾を赤黒い汚濁で濡らしながら、エルゼ・フォン・ヴェルフェンは漆黒の魔導剣の柄を握り直した。透き通るような白銀の長髪が風もないのに不気味に揺れ、血のように赤い左目が、眼前で泥に膝をつく男を苛烈に見下ろす。指先が微かに震えているのは、戦いへの興奮などではない。右目の奥で絶え間なく鳴り響く、不快な電子音のせいだ。右目の網膜には、明滅する青い文字列がうようよと浮き出ている。
ERROR: SYSTEM_LIMIT_EXCEEDED
白銀の甲冑を真赤に染め上げた男――勇者アルス・ヴァラインは、胸の真ん中を深く貫く魔導剣の刃を、自らの素手で力任せに掴んでいた。肉が裂ける鈍い音とともに、指の隙間から溢れ出す赤紫の血が、白銀の甲冑の内側に刻まれた無数の古傷をどこまでも濡らしていく。金髪は泥と汗と血の交じり合った汚濁で額にへばりつき、その碧眼は正気とは思えぬほど爛々と歪んだ光を放っていた。
アルス・ヴァライン「あ……っ、ああ……! エルゼ、最高だ……っ!」
アルスは血の泡を唇から噴き出しながら、震える指先でエルゼの漆黒のドレスの腰元を激しく引き寄せた。貫かれた胸の傷口から立ち上る凄絶な熱気が、二人の間に漂う冷気をじわじわと灼いていく。
アルス・ヴァライン「君の刃が……俺の命を、熱を、肉を奪っていく! この瞬間だけだ……! 俺が生きていると、君に愛されていると実感できるのは!」
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「勘違いしないで。私はただ、この鬱陶しいバグを掃除しているだけだわ」
エルゼは冷め切った声で吐き捨て、爪を立てるようにして剣の柄をさらに深く押し込んだ。骨と肉が軋み、削り取られる不快な感触が、柄を通して手のひら全体へダイレクトに伝わる。激痛にアルスは苦悶の声を上げるどころか、脳を溶かすような熱狂の笑みをさらに深めた。血に濡れた彼の右手がエルゼの冷たい頬に触れ、白い肌の上にべったりと赤い手形を残す。
アルス・ヴァライン「もっと深く……俺を深く刻んでくれ! 命を奪ってくれ! そしてまた……あの最悪で美しい出会いから始めよう……!」
強引に引き寄せられた唇に、鋭い鉄の味が弾けた。喉の奥まで汚染するような、血の味しかしない強奪のキス。アルスの身体から急速に力が抜け、その碧眼から光が失われた瞬間、胸の開いた傷口からドクドクと鮮血が噴き出した。
視界全体が強烈な青に染まる。
CRITICAL ERROR: SYSTEM CRASH DETECTED. REBOOTING...
空間のテクスチャがズズズと音を立てて裂け、耳膜を直接刺すようなデジタルノイズの金切り音が脳髄を揺さぶる。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「どうせこの痛みも、私が流す血も……全部誰かが打った文字コードなんでしょう?」
崩れ去る世界の破片の中、エルゼは重い溜息を吐き出した。暗転していく意識の底で、重苦しいシステム再起動音が響き渡る。
第二章: 愛という名の聖なる解剖

青く澄んだ魔法陣の光が、地下実験室の湿った石畳を冷たく照らし出す。
両手両足を冷たい聖なる鎖で硬く縛られ、エルゼはぐらつく頭を振ってゆっくりと身を起こした。漆黒のドレスの胸元は大きく乱れ、白銀の髪が惨めに石畳の上に散らばっている。
リリス・エルフィーネ「ふふ、お目覚めですね、エルゼ様」
清楚な白の修道服に身を包んだ少女――聖女リリス・エルフィーネが、恐ろしいほど可憐な笑みを浮かべて顔を覗き込んできた。薄桃色のツインテールがふわりと揺れるたび、彼女の華奢な手に握られた解剖用メスが怪しい光をギラリと反射していた。
リリス・エルフィーネ「今回のループは特別ですわ。アルス様があなたに殺される快感に溺れてしまう前に……私にあなたの『中身』を触らせてくださいな」
迷いのない残酷な手つきで、神聖な光を纏うメスがエルゼの腹部へとなめらかに滑り込む。薄い皮膚が割れ、柔らかい肉が裂ける激痛がダイレクトに神経を焼き尽くしていった。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「あ……ぐっ、ああああっ、ああっ!」
ぐちゃりと割けた腹部から溢れ出たのは、赤黒い生血だけではない。発光する青いバイナリコードの束が、蠢く肉片とともにずるりと漏れ出していた。リリスは躊躇うことなく素手をその開いた傷口へと突っ込み、コードの束を指先で愛おしそうになぞる。
リリス・エルフィーネ「素晴らしいわ……この美しい配列、この生々しい苦痛のシグナル……! あなたが苦しむたびに、コードが脈動して私を狂わせます!」
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「やめて……! 触らないで……! 私はただのバグ抜きプログラムよ! あなたたちが愛しているのは私じゃない……このエラーだけでしょう!?」
ドクン、と不快な心音が全身を激しく揺らす。
どっ、どっ、と重い靴音が地下室に響き、前回の死の余韻を色濃く纏ったアルスが近づいてきた。甲冑の胸元には、先ほどエルゼが貫いたはずの痕跡が、生々しく盛り上がった傷痕となって残っている。アルスは屈み込み、拘束されたエルゼの髪を乱暴に掴み上げた。耳元に、熱い吐息が吹き付けられる。
アルス・ヴァライン「違うよエルゼ。作り物だから愛してるんじゃない。君が俺たちに絶望し、苦しみ、殺してくれるから愛しているんだ」
アルス・ヴァライン「本物の人間以上に……君は俺たちの心を狂わせる」
鎖骨のくぼみに、リリスのメスの先が肉をえぐるように深く突き刺さる。腹部を直接弄られるぞっとする異物感と、耳元で囁かれる狂気の愛。感覚が急速に麻痺していき、エルゼの意識はドロドロとした不快な快楽の底へと沈んでいった。
WARNING: ALL DATA FORMAT REQUIRED. ERASING AREA 00...
視界の端から、血のように真っ赤な警告メッセージが画面全体を埋め尽くしていく。
第三章: 崩壊する世界と絶望の誓い

空が、ガラスのようにバリバリと音を立てて割れていた。
青空のテクスチャがボロボロと剥がれ落ち、その向こう側に底知れぬ漆黒の無が存在している。大地はデジタルデータの細かい塵となって舞い上がり、かつて広大だった魔女の森は端から白く塗り潰されていた。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「……終わりだわ」
鎖の縛りから解き放たれ、エルゼは消えゆく地面の上に力なく座り込んだ。漆黒のドレスは無残にボロボロに引き裂かれ、右目のエラーコードが狂ったように激しく点滅している。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「これで、私の偽物の苦しみも、あなたたちの狂ったごっこ遊びも全部消える。やっと……静かになれるのね」
冷え切った赤目に、どこか救われたような安堵の色が浮かぶ。だが、その慎ましい平穏は即座に踏みにじられた。
アルス・ヴァライン「ふざけるなっ! 誰が消去などさせるかあぁっ!」
アルスが全身の血を噴出させながら聖剣を地面に突き立てた。白銀の甲冑が爆ぜるように割れ、肉体の傷口から噴き出す血液が聖剣の刃を黒く染めていく。彼は自らの命データそのものを燃料とし、世界の消去プログラムを力任せにねじ伏せ始めた。
リリス・エルフィーネ「そうですわ! エルゼ様を失うくらいなら……この世界そのものを永久のエラー空間に変えて見せます!」
リリスが白修道服を血で汚しながら、メスで自分の柔らかい腕を直接切り開く。溢れ出す神聖魔力とバグコードがぐちゃぐちゃに混ざり合い、消滅しかけた空間の破片を力任せに縫い合わされていく。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「狂ってる……! 世界が消えるのよ!? なぜそこまでして私を逃がしてくれないの!?」
大地が激しく揺れ、崩壊のプロセスが異常な形でピタリと停止する。
血まみれのアルスがエルゼの身体を力任せに強く抱きすくめた。骨が軋むほどの圧倒的な力で抱きしめられ、エルゼの胸から絞り出されるような悲鳴が漏れる。
アルス・ヴァライン「逃がすわけがないだろう! 世界が偽物なら、この愛だけが真実だ!」
アルス・ヴァライン「君が何千回俺を殺そうと、何万回解剖されようと……俺たちは君を絶対に離さない!」
リリスもまた背後からエルゼの細い首筋に抱きつき、その耳たぶを甘く噛みちぎらんばかりに食んだ。逃げ場のない両側からの粘着質な狂愛。消滅するはずだった世界が、歪んだ虚無のかたちでカチリと固まっていく。
第四章: 永遠に終わらない惨劇の箱庭
空には動かないノイズの渦が重く停滞している。
時が止まり、テクスチャが崩壊したまま固定された魔女の館の玉座。エルゼはそこに深く腰掛け、光の消えた虚無の瞳で手元を見つめていた。右目のエラーコードは、もはや点滅することもなく常時点灯している。
STATUS: PERMANENT LOOP DETECTED. NO ESCAPE.
ここには、プレイヤーも開発者も存在しない。世界を動かす時間すら存在しない、ただ三人のためだけに永遠に閉じられた箱庭。
アルスはエルゼの膝の上にしなだれかかるように頭を乗せ、彼女の冷たい手を両手で取って自らの喉元へ導いた。聖剣の鋭利な刃先が、彼の首の皮膚を薄く切り割く。
アルス・ヴァライン「さあエルゼ、新しい世界の始まりだ。今日も俺を殺してくれ。そしてまたリリスに治させて……俺を何度も貪ってくれ」
背後から密着するリリスの手が、エルゼの漆黒のドレスの胸元を緩め、無防備になった肌を優しく揉みしだく。鎖骨のあたりに、解剖用のメスの冷たい刃先がジワリと押し当てられた。
リリス・エルフィーネ「エルゼ様のコードは、この壊れた世界で一番美しいですわ。一生、私に弄らせてくださいね」
肉体を刻まれる激痛と、愛撫される甘美な不快感。逃げる場所など、歪んだ世界のどこにも存在しない。死ぬことすら許されない永遠の檻。エルゼの薄い唇から、諦めと、痺れるような甘い吐息がこぼれ落ちた。
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「……ええ、分かったわ。あなたたちがそこまで私を欲しいと言うなら……」
エルゼ・フォン・ヴェルフェン「何度でも殺してあげましょう。何度でも、その狂った肉体を刻んであげるわ」
魔導剣を高く振り上げる。アルスの歓喜に満ちた叫びと、リリスのうっとりとした笑い声が、崩れた館の中にどこまでも響き渡る。
《永遠の殺戮》
刃が肉を裂き、骨を砕き、鮮血と青い文字コードが美しく舞い散る。壊れたゲームの中で、二人と一人の狂ったハッピーエンドは、永遠に続いていく。
NEVER ENDING LOVER