第一章: 血の契りと甘美な囁き
アルス「ハッ……ガハッ……っ、あ……!」
喉の奥からせり上がった赤黒い吐瀉物が、氷のように冷え切った黒ずんだ岩肌を激しく濡らす。
最難関ダンジョン『奈落の底』。渦巻く紫煙の瘴気が、肺胞のすみずみまで焼き尽くす勢いで侵食していた。
無造作に伸び切った髪は乾いた泥と腐臭を放つ血液でへばりつき、かつては光を宿していた漆黒の瞳は完全に死んでいる。
使い古された傷だらけの革鎧はあちこちが破れて肉に食い込み、肩に羽織ったボロ布同然のマントは、かつて自分が流した血を吸い込んで鈍く重く垂れ下がっていた。
グシャリ、と骨の砕ける不快な歪みが全身から絶え間なく脳の髄へ届く。
切り捨てられた。あの女に。雑用として、使い捨ての生贄として。
途切れかける意識の輪郭。
視界の端、血だまりの広場の中央に突き刺さる圧倒的な異形が映る。
漆黒の地に鮮血のような赤の紋様がドクンドクンと脈打つ大剣。剣身の中央では、妖しく爛々と光る巨大な魔眼がぞっとするほど滑らかに蠢いていた。
冷え切って感覚の失われた指先を岩肌に這わせ、泥を舐めるように前進し、かすかに震える手でその柄頭へとしがみつくように手を伸ばす。
氷のように鋭い金属の冷たさが掌に触れた瞬間、刃の表面から赤黒い肉の触手が勢いよく跳ね出た。
ズボッ、と肉を穿つ鈍い音とともに両腕の皮膚を容赦なく貫き、太い血管の中へと貪欲に喰い込んでいく。
アルス「あ……っ、あぐ……ッ!? ひ、あぁぁぁっ!」
『ふふ……甘い。なんて甘く、狂った血なのかしら……!』
脳の最奥、頭蓋骨の裏側に、粘り気のある蜜のように甘く、鼓膜を直接撫で回すような女の声が響き渡る。
脳内に溢れ出すのは、黒革のドレスを纏い、こぼれ落ちそうな豊満な胸を強調させた銀髪赤瞳の妖艶な美女の幻影。
ルドヴィカ「ねえ坊や、私を選びなさい。私にその命も血も全部捧げれば、貴方を蔑んだ奴らを一人残らず噛みちぎってあげるわ」
うなじから手首にかけて、灼熱の針を千本同時に刺されるような激痛が駆け抜ける。
同時に、背筋を甘く痺れさせる濃密な快感が、脳の細胞ひとつひとつを強烈に侵食していく。
アルス「俺の……血で……君が満たされるなら……いくらでも、吸っていいよ……っ!」
ルドヴィカ「もっと頂戴、私の愛しいアルス……貴方の肉も、血も、全部私だけのものよ」
♥鼓動が狂ったように跳ね上がる。[/Heart]
魔眼が鮮血の光を爆発させ、全身の折れ曲がった骨がメキメキと激しい音を立てて強引に繋ぎ合わされていく。
肉体の再生とともに、溢れ出す未知の破壊衝動。
アルスは血塗れの地面を強く蹴り上げ、自分を突き落とした者たちが待つ地上へと、逆行を開始した。
第二章: 逆転の惨劇と偽りの聖女

光り輝く大聖堂。絢爛豪華なステンドグラスから差し込む彩光の下、民衆の狂熱じみた歓声が地鳴りのように響いていた。
輝く金髪を隙のない縦ロールに仕立てた少女――聖女エリスが、可憐な聖女装束の裾を優雅に揺らしている。
エリス「皆様の祈りが、私に勝利をもたらしたのですわ!」
高潔な笑みを張り付けながら、エリスの瞳の奥には見下しと歪んだ優越感が渦巻いていた。
その時、大聖堂の重厚な大門が、爆発的な衝撃とともに内側へ向かって吹き飛んだ。
轟音と煙の中から現れたのは、返り血と瘴気を纏った黒い影。
無造作な黒髪の合間から覗く漆黒の瞳が、壇上のエリスを逃がさぬよう真っ直ぐに射抜く。
使い古された革鎧の上から、禍々しい漆黒の大剣を片手で軽々と下げていた。
エリス「な……アルス!? 生きていたの……?」
驚愕は瞬時に醜い嘲笑へと変わり、エリスは金髪を乱暴になびかせて引きつった笑みを浮かべた。
エリス「相変わらずしぶといゴミね! あの奈落で大人しく死ねばよかったものを!」
エリスの掲げた杖から、高位の神聖光線が放たれ、大気をドロドロに焼いてアルスへ迫る。
だが、アルスが魔剣を軽く一閃した瞬間、極大の光は紙切れのように切り裂かれ、消滅した。
ルドヴィカ「ふふ、あの生意気な雌豚の顔を、恐怖で歪ませてあげましょうね……私のアルス」
脳内に直接届くサディスティックな囁きに促され、アルスは足を踏み出す。
視界がブレるほどの速度で間合いを詰め、エリスの右腕を柄頭で叩き折った。
エリス「いやあああぁぁぁっ! 私の腕が、腕がぁぁぁっ!」
豪奢なドレスを泥と自分の鼻水で汚し、壇上に崩れ落ちる聖女。
かつてのプライドは完全に砕け散り、可憐な顔面を涙でぐしゃぐしゃに歪めて命乞いを始める。
アルスは冷ややかな光を宿した瞳でそれを見下ろし、ゆっくりと魔剣の切っ先を自分の胸元へと向けた。
第三章: 狂愛の永遠と永遠の鎖

砕け散ったステンドグラスの隙間から、妖しい赤い月光が滑り込むように差し込む。
静寂が戻った大聖堂の中央で、アルスは呆然と立ち尽くしていた。
復讐を果たしたはずの胸の中には、冷たい空洞だけが広範囲に広がっている。
ルドヴィカ「いいのよ、アルス。誰も貴方を評価しなくても……世界中が貴方を敵に回しても」
魔剣の鞘から伸びた無数の赤黒い蔓が、アルスの全身を優しく、逃れられない強さで包み込む。
精神世界が深く重ね合わされ、銀髪赤瞳の美女が全裸の姿でアルスの背後に揺らめき現れる。
豊満な胸が背中に押し付けられ、妖艶な唇がアルスのうなじに触れた。
ルドヴィカ「私だけは貴方の血を、痛みを、愛を貪り続けてあげる……私から離れられない体にしてあげるわ」
アルス「ああ……ルドヴィカ……俺を、君だけで満たしてくれ……」
アルスは躊躇うことなく、魔剣の鋭利な刃を自らの手首に深く押し当てた。
鮮血が勢いよく噴き出し、剣身の魔眼が歓喜に震えて血を吸い上げていく。
脳内へとなだれ込むのは、理性を完全に焼き尽くすほどの濃厚な甘美と、魂の直接的な結合感。
ルドヴィカ「甘い、甘いわアルス……! 永遠に私の愛玩として、私にその全てを捧げなさい!」
アルス「俺の命も、魂も……全部、君のものだ……」
二人は深く、二度と解けない絆で結ばれた。
絶望の底で芽生えた狂愛は、世界を喰らい尽くす新たな魔王の産声をあげ、静かに闇へと溶けていった。