第一章: 終わりの始まり
空が砕けた。無残に割れたステンドグラスの破片さながらに。
極彩色の尾を引く致死の流星群が、轟音とともに大地を抉る。美しい暴力が街を飲み込む。焦げた鉄の匂い。世界を滅ぼす星屑のひどく甘い香りが、容赦なく肺の奥を灼いた。
瓦礫に膝を突く少年の肩を、氷点下の風が叩きつける。
擦り切れた灰色のコートを纏うアルト。彼の首元で揺れる銀の懐中時計が、荒い息遣いに合わせて鈍い音を立てていた。煤けた黒髪の隙間から覗く、深い夜の底のような暗青の瞳。限界まで収縮した瞳孔は、腕の中で硬直していく少女の輪郭だけを捉え続けている。
澄んだ水面のような銀髪が、足元から這い上がる無機質な星の結晶に侵われていく。白い修道服はすでに硬質な輝きに覆い尽くされ、彼女の体温を容赦なく奪い去っていた。
[A:ルミナ:悲しみ]「これが、私の運命ですから。泣かないでください」[/A]
冷えゆく指先が、空をさまよう。微かに震える唇が、不器用な弧を描いた。
紫水晶を思わせる瞳から、ふっと光が抜け落ちる。
声にならない悲鳴。アルトの喉がひきつる。彼の胸ぐらを握りしめていた手が唐突に力を失い、彼女は冷たい石畳へと崩れ落ちた。
[A:アルト:絶望]「……問題ない。まだ、やり直せる」[/A]
震える指で、首元の懐中時計を鷲掴みにする。
リューズを深く押し込み、忌まわしい時の針を強引に逆回しにした。
[Impact]ガチンッ、と歯車が悲鳴を上げた。[/Impact]
[Magic]《クロノス・リヴァーサル》[/Magic]
[Flash]視界が極彩色に反転する。[/Flash]
頭蓋の奥で、無数のガラスが砕け散るほどの激痛が爆ぜた。代償だ。脳髄から『ルミナの好きな花の名前』が、砂と化してこぼれ落ちる。吐き気を催すほどの喪失感。己を形作る記憶の糸が一本、また一本と千切れる感覚に歯を食いしばり、アルトは時間が逆流する奔流のただ中へ身を投げ出した。
[FadeIn]静寂。[/FadeIn]
鼻をつく錆びた鉄の匂い。
ゆっくりと目を開ける。そこは、冷たい白夜に照らされた廃天文台だった。
まだ彼女と出会う前の、埃まみれの光景。掌には確かに抱きしめていたはずの温もりの残滓と、得体の知れない胸の空洞だけが残されている。
[A:ルミナ:驚き]「あの、大丈夫ですか……? 酷くうなされて」[/A]
背後から降ってきたのは、澄んだ鈴の音にも似た声。
振り向いた先では、星の光を背に受けた見知らぬ——いや、アルトだけが知っている少女が、戸惑うように首を傾げていた。
地獄の螺旋が、みたび幕を開ける。

第二章: 忘却の螺旋
古びた観測ドームの天窓から、白々とした光が差し込んでいる。
ルミナの細い銀髪が、微風に揺れた。彼女の左腕はすでに微小な星の結晶に侵食されており、包帯の隙間からぞっとするほど冷たい輝きを放っている。
[A:アルト:冷静]「君は、ここで待っていろ。すぐに戻る」[/A]
[A:ルミナ:驚き]「えっ? でも、外は星の毒が……」[/A]
言葉を背中で遮り、アルトはコートの裾を翻して天文台を後にした。
分かっている。彼女が己の命を犠牲にして星の毒を浄化し、世界を救おうとしていることは。その残酷な運命を断ち切るには、元凶である星の使徒を屠るしかないのだ。
瓦礫の山と化した旧都の広場。
そこにはすでに、息もできないほどの死の気配が満ちていた。
[A:カシウス:狂気]「何度繰り返しても、結末は同じだ。絶望だけが真理なのだから」[/A]
黒曜石の重装甲を纏う長身の男、カシウス。
右半身が星の結晶に侵食され、毒々しい光を放っている。哀愁と狂気の混じる三白眼が、這い寄る虫でも眺めるようにアルトを見下ろした。
[Shout]死闘の幕が上がる。[/Shout]
カシウスの剛剣が、空気を断ち割る勢いで振り下ろされた。
異常なまでの予測回避。幾万の死と時間の逆流によって脳髄に刻まれた経験則が、紙一重で死線を躱させる。だが、圧倒的な力量の差はいかんともしがたい。
[Impact]直後、足元から隆起した星の結晶がアルトの腹部を貫いた。[/Impact]
口の中に広がる、生温かい鉄の味。
肺から強制的に空気が搾り出され、体はくの字に折れ曲がった。
[A:アルト:絶望]「がっ……、あ……」[/A]
[A:カシウス:冷静]「無駄な足掻きだ。すべてを永遠の静止に沈める。それが彼女への唯一の救済だ」[/A]
その眼差しには、まるでかつての己を見るかのような深い憐憫が宿っていた。
視界が急速に黒く塗り潰されていく。アルトは血まみれの指で、懐中時計をきつく握りしめた。
[Magic]《クロノス・リヴァーサル》[/Magic]
[Glitch]記憶が崩れ落ちる。ルミナの声の響きが失われた。[/Glitch]
[Glitch]記憶がまた一つ消え去る。ルミナが微笑んだ理由すら思い出せない。[/Glitch]
[FadeIn]天文台。[/FadeIn]
[A:アルト:冷静]「……問題ない。まだ、やり直せる」[/A]
三十七回目の死。
首を刎ねられ、焼かれ、無惨に刻まれる。その度に彼は時間の針を逆戻しにした。
代償として、大切な『何か』が確実に摩耗していく。
眼の前で心配そうに微笑むルミナ。その顔を見た瞬間、背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走った。
なぜ、命を削ってまで彼女を守らねばならないのか。
その一番大切な『芯』の記憶が。
真っ白に、欠落していたのだ。

第三章: 硝子の祈り
[Sensual]
滅びゆく世界の中で、星降る湖畔だけが異常なほどの静寂を保っていた。
凍りついた水面が、空から降り注ぐ銀色の星屑を鏡のように反射している。
青白い月光の下、ルミナは静かにアルトの隣へと腰を下ろした。
[A:ルミナ:愛情]「アルトさん。あなたの手、とても冷たいですね」[/A]
彼女の細い指先が、傷だらけの右手にそっと触れる。
伝わる微かな温もり。アルトの肩がびくりと跳ねた。彼女の左腕を侵食する結晶が擦れ合い、微かに硬質な音を立てる。
[A:アルト:冷静]「……気にするな。大したことじゃない」[/A]
強がる少年の頬へ、彼女のもう片方の手がゆっくりと伸びてくる。
肌を刺すような夜気の中、その掌の熱だけが、輪郭を確かめるようにそっと彼を撫でた。至近距離で見つめてくる紫水晶の瞳が、潤みを帯びて切なく揺れている。
[A:ルミナ:悲しみ]「嘘です。あなたは私を見るたび、迷子のように怯えた顔をする」[/A]
親指が、アルトの目の下にできた濃い隈を優しくなぞる。
触れ合う肌と肌。二人の間で、微弱な星の毒がひどく甘い香りを放ちながら中和されていく。
[A:ルミナ:絶望]「もう、私を助けないでください。あなたが壊れていくのを見るのは、私が死ぬより……ずっと痛いんです」[/A]
[/Sensual]
彼女の唇が震え、透明な雫が膝へとこぼれ落ちた。
「己の命は世界を救うための道具だ」と信じ込んでいるルミナにとって、誰かが自分のために身を削り破滅していく姿を見せられることは、何よりも耐え難い苦痛なのだ。
唇を強く噛みしめ、アルトは視線を凍てつく湖面へと逃がした。
彼女を愛した理由の半分以上は、すでに記憶の彼方へと消え去ってしまった。今の彼に残っているのは、ただ『彼女を失う恐怖』という焼け焦げた執着のみである。
[A:アルト:愛情]「君がどう思おうと、俺は勝手にする。君の世界に俺がいなくても」[/A]
アルトは立ち上がり、彼女に背を向けた。
限界を超え、ひび割れんばかりに軋む脳髄。それでも、この命を使い切るまで彼は時計の針を巻き戻すだろう。
去り行く背中へ、ルミナが悲痛な声を上げようとしたその瞬間。
[Impact]空間が、凄まじい轟音と共に引き裂かれた。[/Impact]
湖畔の対岸。
空間の亀裂から、黒曜石の鎧を纏った男が静かに歩み出てきた。
右半身の結晶を不気味に明滅させながら、カシウスがゆっくりと剛剣を抜く。

第四章: 砕け散る秒針
白夜の空が、おぞましい真紅に染め上げられる。
広大な荒野と化した湖畔の跡地で、二つの影が激突した。
幾度となく剣戟が火花を散らし、凄まじい衝撃波が大地に無数のクレーターを穿っていく。
[A:カシウス:怒り]「なぜ理解しない! 生への執着が悲劇を生む! 彼女を星の永遠に導くことこそが、救済なのだ!」[/A]
カシウスの狂おしい吼え声。無数の星の結晶が鋭利な槍と化し、アルトへと降り注ぐ。
灰色のコートを引き裂かれながらも、泥に塗れ、地を這うようにして必死に刃を避けた。息をするたび、濃い血の味が喉の奥で泡立っている。
後方では、ルミナが己を犠牲にして星と同化する儀式を始めようとしていた。
足元から眩い光の陣が展開し、清楚な修道服が次々と無機質な星の結晶へと変換されていく。
[A:ルミナ:悲しみ]「アルトさん、逃げて! もう、これで終わらせます!」[/A]
[Pulse]ドクン、ドクン、ドクン[/Pulse]
胸の奥底で、死の警鐘が鳴り響く。
これ以上時間を巻き戻せば、自我の完全なる崩壊は免れない。
『ルミナ』という名前の意味すらも消滅し、ただの意志なき肉塊へと成り果ててしまう。
だが、それでも。
[A:アルト:狂気]「ふざけるな……。誰が、手放すかよッ!」[/A]
[Shout]俺の命で足りるなら、全部持ってけェェッ!![/Shout]
アルトは一切の防戦を捨てた。全速力で踏み込み、カシウスの懐へと飛び込む。
相手の目に浮かぶ驚愕。
ガラ空きとなったアルトの胸のど真ん中へ、黒曜石の凶刃が深々と吸い込まれた。
[Flash]閃光。[/Flash]
[Impact]肉を裂き、骨を砕く生々しい音。[/Impact]
[A:アルト:絶望]「ごふっ……!」[/A]
口から大量の赤が溢れ出す。それでもアルトは、自身を貫いたカシウスの腕を死に物狂いで掴み取った。刃がさらに深く食い込む。命の灯火が、急速に燃え尽きようとしていた。
遠くから、空気を引き裂くようなルミナの絶叫が届く。
[A:ルミナ:絶望]「アァァァアルトォォォッ!!」[/A]
暗青色の瞳が、ゆっくりと焦点を失っていく。
固く握りしめていたはずの銀の懐中時計が手からこぼれ落ち、無残な音を立てて砕け散った。
白夜の空が、永遠の黒に塗り潰されていく。

第五章: 最後の夜明け
意識の暗い底。
絶対的な闇の中で、アルトはただ一つの残骸を強く抱きしめていた。
もはや顔も、声も、出会った記憶すら思い出せない。ただ、『彼女を救う』という原初の祈りだけが、温かい光の粒となって掌に残されていた。
[System]条件を満たしました。特異能力《クロノス・リヴァーサル》が昇華されます[/System]
それは、単に時間を巻き戻す術ではない。
失われた記憶と、削り取られた命の連なりを、世界そのものへ紡ぎ合わせる究極の奇跡。
[Magic]《ステラ・リンケージ》[/Magic]
[FadeIn]アルトの胸の中心から、圧倒的な光の奔流が爆発した。[/FadeIn]
その光は黒く染まった空を真っ二つに裂き、降り注ぐ星の毒を眩い黄金へと変えていく。
己の胸を貫く刃越しにカシウスへと光が伝播し、彼の右半身を覆っていた狂気の結晶が、春の雪解けのように崩れ落ちていった。
[A:カシウス:驚き]「あぁ……そうか。お前は、私を越えたのだな……」[/A]
狂気を失った男の顔には、安らかな色が浮かんでいた。彼は静かに微笑み、光の粒子となって朝焼けの空へと溶けていく。
致死の星屑は完全に浄化され、世界に澄み切った本当の青空が広がり始めていた。
吹き抜ける朝の空気が、優しい花の香りを運んでくる。
[A:アルト:驚き]「…………」[/A]
気がつけば、柔らかな草の上に仰向けで倒れていた。
致命傷だったはずの胸の傷はない。だが、頭の中は完全に空白だった。
自分が誰なのか。なぜここにいるのか。何も分からない。
ただ朝日の心地よい暖かさだけが、少年の頬を優しく撫でていた。
視界の端。誰かが近づいてくる気配がする。
ゆっくりと身を起こす。そこには、透き通るような銀髪の少女が立っていた。
彼女の体を覆っていた忌まわしい結晶は完全に消え去り、白い修道服が朝の風に揺れている。
紫水晶の瞳から、大粒の涙が次々と溢れ落ちた。
彼女は震える足で近づき、その場に崩れ落ちるように膝をつく。そして両手で、少年の手をそっと包み込んだ。
それは、ひどく温かかった。
記憶のない少年は、不思議そうに首を傾げる。
だが胸の奥底で、懐かしくて泣きたくなるような温かな鼓動が跳ねた。
[A:ルミナ:愛情]「……初めまして」[/A]
少女は、花が綻ぶような、世界で一番美しい笑顔を向けた。
[A:ルミナ:喜び]「私の名前は、ルミナです。あなたに、ずっと会いたかった」[/A]
新しい風が、二人の間を吹き抜ける。
忘却の星屑が消えた空の下。最後の夜明けが、静かに世界を包み込んでいった。