泥濘に咲く徒花 ~闇医者と殺し屋の異常な共依存~

泥濘に咲く徒花 ~闇医者と殺し屋の異常な共依存~

主な登場人物

鳴海 伊織
鳴海 伊織
32歳 / 男性
血返りしたボロボロの白衣、くたびれた黒シャツ、無精髭、希望を失った死んだような三白眼
玲
19歳 / 女性
ショートカットの黒髪、虚ろなオッドアイ(右が黒、左が琥珀)、黒いタクティカルウェアに無数の血滲む包帯
九条 朔夜
九条 朔夜
32歳 / 男性
仕立ての良いスリーピーススーツ、知的な銀縁眼鏡、常に浮かべる冷酷でサディスティックな微笑

相関図

相関図
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降りしきる雨が、トタン屋根を無情に叩き続ける。

錆びた鉄と泥水の臭気が立ち込める地下の闇診療所。剥き出しのコンクリート壁に囲まれた空間で、マッチを擦る鋭い音が響く。

チリ、と赤熱する火種。

鳴海伊織は、肺の底まで安い煙草の煙を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出した。

くたびれた黒シャツの上に羽織った白衣は、幾重にも重なった血返りの跡でどす黒く変色し、ボロボロに擦り切れている。無精髭に覆われた顎を撫でる彼の手は酷く冷たく、その三白眼は一切の光を宿していない。

[Think]今日も、腐った泥水みたいな一日だ。[/Think]

不意に、立て付けの悪い鉄扉が甲高い摩擦音を立てて開いた。

生温かい血の匂いが、一気に冷気を塗り潰す。

[A:玲:絶望]「……たす、け……て……」[/A]

どさりと、床に肉塊が崩れ落ちる。

黒いタクティカルウェアは鋭利な刃物でズタズタに引き裂かれ、腹部からは赤黒い内臓が泥まみれの床に溢れ出しかけていた。

ショートカットの黒髪が、脂汗と血で額に張り付いている。

虚ろに揺れるオッドアイ――右目は深淵のような黒、左目は濁った琥珀色――が、すがるように伊織の足元を見上げた。

[A:鳴海 伊織:冷静]「……ここをどこだと思ってる。ゴミ捨て場じゃねぇぞ」[/A]

気怠げに言い放ちながらも、伊織は吸いかけの煙草を床に落とし、靴底で踏み躙る。

[Pulse]ドクン、ドクン。[/Pulse]

瀕死の命が発する微弱な脈動。他者にすがりつかれ、必要とされる瞬間。その麻薬のような重みが、伊織の干からびた脳髄を満たしていく。

[A:鳴海 伊織:怒り]「おい、内臓引きずって俺の床を汚すな。……チッ、運ぶぞ」[/A]

錆びたストレッチャーに少女を放り投げ、無影灯の強烈な光を浴びせた。

眩しすぎる光に伊織は目を細める。

麻酔もろくに効かない劣悪な環境。だが、メスを握る伊織の指先は、狂気的なまでの精度で動き始めた。切開、縫合、止血。肉を裂き、命を繋ぎ止める神業。

返り血が彼の頬に飛び散り、三白眼の奥に歪な熱が灯る。

[A:鳴海 伊織:冷静]「俺の許可なく勝手に死ぬな。……お前がいなくなったら、俺は困る」[/A]

Scene Image
◇◇◇

[Sensual]

地下の湿気が絡みつく深夜。診療所の片隅で、刃を研ぐ微かな金属音がリズミカルに響いている。

玲は膝を抱え、コンクリートの床に座り込んでいた。タクティカルウェアの下に巻かれた無数の血滲む包帯など、気にする素振りさえない。

黒髪から覗く琥珀色の瞳が、手元のナイフにこびりついた血糊を丁寧に拭き取る。

[A:玲:愛情]「[Whisper]先生の煙草の匂い……好き。ずっと、嗅いでいたい[/Whisper]」[/A]

作業台に腰掛ける伊織の背中に、玲がすり寄る。

彼女の小さな手が、伊織のくたびれた黒シャツの裾をぎゅっと握りしめた。

伊織は深くため息をつくと、薬品の染み付いた冷たい手で玲の黒髪を乱雑に撫でる。

[A:鳴海 伊織:照れ]「……勝手にしろ。だが、傷が開いたら次こそ腹を割いて内臓を捨てるぞ」[/A]

[A:玲:喜び]「[Whisper]うん……先生が、そうしたいなら、して[/Whisper]」[/A]

熱を帯びた甘い声。伊織の手のひらに頬をすり寄せる玲の体温は、彼にとって存在意義そのものに成り果てていた。

他者に依存されなければ呼吸すらできない男。

男を満たす道具であることに至上の価値を見出す少女。

暗く狭い泥濘の中で、二人の根は複雑に絡み合い、腐臭を放つ徒花を咲かせている。

[/Sensual]

だが、そのぬるま湯は唐突に沸騰する。

鉄扉の向こうから、重厚な革靴の足音が響いた。

同時に、泥水のような空間に場違いなほど優雅な旋律――ワーグナーの鼻歌――が流れ込んでくる。

[A:九条 朔夜:冷静]「素晴らしい。実に感動的な共依存ですね」[/A]

[Impact]爆音。[/Impact]

鉄扉が吹き飛び、数人の武装した黒服がなだれ込む。

その中央を歩いてきたのは、仕立ての良いスリーピーススーツを着こなした男だった。

知的な銀縁眼鏡の奥で、冷酷でサディスティックな微笑が貼り付いている。

九条朔夜。

[A:鳴海 伊織:怒り]「……九条。どのツラ下げて来やがった」[/A]

伊織の奥歯が軋む。こめかみに青筋が這う。

過去の亡霊。自分の人生を破滅させた元親友。

[A:九条 朔夜:喜び]「おや、ご挨拶ですね。私の愛犬が粗相をしたと聞いて、引き取りに来てあげたのですよ」[/A]

九条の視線が、伊織の背後に隠れる玲を舐め回すように捉えた。

[A:九条 朔夜:冷静]「ゴミはゴミらしく、泥の中で這いつくばって死になさい。そう教えたはずですが?」[/A]

[A:玲:怒り]「[Tremble]……私を、捨てた、くせに……[/Tremble]」[/A]

玲がナイフを逆手に構える。

その殺気を鼻で笑い、九条は高級なワインでも転がすように舌なめずりをした。

[A:九条 朔夜:狂気]「そうそう、鳴海。あなたに一つ、素敵な真実をプレゼントしましょう」[/A]

九条は眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。

[A:九条 朔夜:狂気]「あなたが裏社会に墜ちる原因となった、あの忌まわしい医療事故。……実は、私が細工したんですよ。あなたのその眩しすぎる才能が、どうにも吐き気を催すほど目障りでしてね」[/A]

[Impact]空気が、凍りつく。[/Impact]

[Flash]パキン、と。[/Flash]

伊織の中で、何かが決定的に砕け散った。

「人を救えば、自分の罪は消える」

その自己欺瞞の土台が、根底から粉砕される。

伊織の三白眼が見開かれ、喉の奥から凄惨な嗚咽が漏れた。

[A:鳴海 伊織:絶望]「[Glitch]お、げぇッ……!![/Glitch]」[/A]

胃袋が裏返る。

コンクリートの床に四つん這いになり、伊織は黄色い胃液をぶちまけた。

酸っぱい悪臭が広がる。視界が明滅し、指先が痙攣する。

崩れ落ちる伊織を見下ろし、九条は腹の底から楽しそうに笑う。

[A:九条 朔夜:喜び]「ああ、最高ですね! その絶望に歪んだ顔! たまりません!」[/A]

黒服たちが一斉に銃口を向ける。

だが、彼らの指が引き金を引くより早く、黒い影が床を蹴っていた。

玲だ。

[A:玲:狂気]「[Shout]先生の邪魔をする奴は、全部私が壊してあげるッ!![/Shout]」[/A]

痛覚の遮断。未だ癒えきらぬ傷口から鮮血を撒き散らしながら、玲は完全に気配を消して黒服の懐へ潜り込んだ。

銀閃が走る。

動脈から噴き出した血が、天井を朱に染め上げる。

[A:玲:怒り]「[Magic]《頸動脈切断》[/Magic]」[/A]

熱い血飛沫を浴びながら玲は振り返り、嘔吐して動けない伊織の首根っこを掴んで裏口へと引きずり込む。

[A:九条 朔夜:冷静]「……逃げなさい。どちらかが息絶えるまで、このゲームは終わりませんよ」[/A]

冷たい宣告が、逃げゆく二人の背中に突き刺さった。

Scene Image
◇◇◇

冷たい雨が、容赦なく二人の血と泥を洗い流していく。

屋根すらない雑居ビルの屋上。

伊織は苔生したコンクリート壁に背を預け、虚ろな目で泥水のように苦いブラックコーヒーを喉に流し込んでいた。

[A:鳴海 伊織:冷静]「……お前、俺の足手まといになる気か」[/A]

[A:玲:悲しみ]「[Whisper]……ううん。先生の、重荷にはならない[/Whisper]」[/A]

玲は琥珀色の瞳を伏せ、自らの指先にこびりついた血糊をじっと見つめる。

その直後。

伊織の意識が、唐突に深い霧に包まれ始めた。

視界が歪む。手からブリキのマグカップが滑り落ち、鈍い音を立てて転がった。

[A:鳴海 伊織:驚き]「[Blur]お前……コーヒーに、何を……[/Blur]」[/A]

[A:玲:愛情]「ごめんね、先生。私が全部、終わらせてくるから」[/A]

崩れ落ちる伊織の身体を、玲がそっと抱きとめる。

冷たいコンクリートの上に彼を寝かせ、玲はその頬に額を押し当てた。

[A:玲:決意「[Whisper]先生が汚れる必要はない。ゴミ掃除は、私の役目だもの[/Whisper]」[/A]

[Sensual]

玲の震える唇が、伊織の冷たい唇に触れる。

血と泥と、薄い珈琲の味がした。

「……ずっと、一緒にいたかったな」

眠りに落ちていく伊織の鼓動を全身で感じ取りながら、玲は甘く、狂おしい執着を噛み締める。

彼を生かすためなら、この命がここで尽きようと構わない。

自己犠牲という名の、最も美しく歪んだ愛情の証明。

[/Sensual]

伊織の完全に閉じた瞼を見届けた後、玲は立ち上がる。

手にしたナイフの柄を強く握り直すと、冷たい雨の降る闇の中へと姿を消した。

Scene Image
◇◇◇

激しい雨音が、九条の拠点である廃工場の静寂を打ち消す。

工場の中心に置かれた革張りのソファで、九条は優雅に足を組み、グラスの赤ワインを揺らしていた。

足元には、彼を守るための完全武装した傭兵たちが十数人、周囲を警戒している。

[A:九条 朔夜:冷静]「……遅いですね。狂犬は飼い主の下へ真っ先に戻るものですが」[/A]

その言葉を嘲笑うかのように。

工場の天窓から、黒い影が雨と共に降り注いだ。

[Flash]ガシャンッ!![/Flash]

ガラスの破片が降り注ぐ中、着地と同時に玲が動く。

一切の無駄がない、純粋な殺戮のステップ。

[A:玲:狂気]「[Shout]死ねェッ!![/Shout]」[/A]

[A:傭兵A:驚き]「なっ、上から……ぎゃあッ!」[/A]

[Impact]鮮血の軌跡。[/Impact]

傭兵たちの反撃の隙すら与えず、玲のナイフが喉を、眼球を、心臓を的確に穿つ。

銃弾が彼女の肩や太ももを掠めるが、痛覚などとうに麻痺していた。

「先生のため」という呪いだけが、彼女を最強の殺戮兵器として駆動させている。

だが。

最後の一人を切り伏せ、息も絶え絶えに九条の眼前に迫った玲の腹部に、唐突に鈍い衝撃が走った。

[A:玲:絶望]「がっ……は……っ」[/A]

[A:九条 朔夜:冷静]「……残念。もう少し楽しませてくれると期待していたのですが」[/A]

九条の手には、煙を上げる細身の拳銃。

腹部を撃ち抜かれた玲は、崩れ落ちるように膝をつき、大量の血を吐き出す。

九条は立ち上がり、冷酷な眼差しで彼女を見下ろした。

[A:九条 朔夜:喜び]「鳴海はどうしました? 逃げたのですか? あの男は結局、自分一人では何もできない出来損ないだ」[/A]

[A:玲:怒り]「……先生を、愚弄……するな……っ」[/A]

玲が最後の力を振り絞り、這いつくばるようにしてナイフを振り上げる。

だが、その手首を九条が革靴の底で無慈悲に踏み砕いた。

[Shout]ボキィッ![/Shout]

「あアアアアッ!!」

[A:九条 朔夜:狂気]「うるさいですね。あなたはここで、這いつくばって死――」[/A]

言葉は、突如背後から放たれた銃声によって遮られた。

[Impact]ダァンッ!![/Impact]

九条の肩が弾け、彼の手から拳銃が滑り落ちる。

「……なに?」

驚愕に目を見開く九条の視線の先。

工場の入り口に、全身ズブ濡れの男が立っていた。

右手に、黒光りする大型のリボルバーを構えて。

[A:鳴海 伊織:怒り]「……言ったはずだ、九条。俺のモノに勝手に触るなと」[/A]

[A:玲:驚き]「せん……せい……? なんで……薬、飲ませたのに……」[/A]

伊織は荒い息を吐きながら、血だまりの中に倒れる玲を一瞥する。

[Think]俺が、こいつの浅はかな手口に気づかないわけがねぇだろうが。[/Think]

伊織の目は完全に据わり、三白眼の奥底にどす黒い狂気の炎が燃え盛っていた。

[A:九条 朔夜:怒り]「鳴海ィッ!! 貴様、自ら死にに来たか!!」[/A]

九条が落ちた拳銃を拾おうと手を伸ばす。

だが、伊織の方が早かった。

[A:鳴海 伊織:狂気]「地獄へ落ちろ、元親友」[/A]

[Impact]ダァンッ!! ダァンッ!![/Impact]

銃弾が九条の胸部と頭部を正確に撃ち抜く。

銀縁眼鏡が砕け散り、九条の身体は糸の切れた操り人形のように後方へ吹き飛んだ。

静寂が戻った廃工場。

伊織は銃を投げ捨て、血の海に沈む玲の元へ歩み寄る。

[A:鳴海 伊織:冷静]「……馬鹿野郎が。勝手に死に急ぐなと言っただろうが」[/A]

伊織は玲の体を抱き起こし、手早く止血処置を始める。

その手は震え、ボロボロの白衣はさらに赤く染まっていく。

[Sensual]

[A:玲:愛情]「[Whisper]……先生……怒ってる……?[/Whisper]」[/A]

玲は微弱な息を吐きながら、血塗れの手で伊織の顔に触れる。

[A:鳴海 伊織:愛情]「当たり前だ。お前がいなくなったら……誰が俺を満たしてくれるんだ」[/A]

[A:玲:喜び]「……ふふっ……私、先生の役に……立てた?」[/A]

「ああ、最高だ。お前は俺の最高の道具だ」

伊織は玲の額に自らの額を押し当て、泥と血にまみれた彼女の唇を深く、執拗に塞いだ。

理性の欠片もない、互いの傷と痛みを舐め合うような濃厚な口付け。

「……ずっと、そばにいてやる。だから……勝手に死ぬな」

[/Sensual]

雨が上がり、工場の隙間から薄明かりが差し込む。

死体の山の中、血だまりで抱き合う二人の姿。

それは決して美しいものではなかったが、この暗く冷たい世界で、二人だけが理解できる狂気的な幸福の完成図であった。

――泥濘に咲く徒花は、毒をすすりながら、なおも妖しく狂い咲く。

クライマックスの情景

【物語の考察】

本作の根底にあるのは、「自己犠牲」という美しい言葉に潜むエゴと狂気である。伊織は「人を救う」ことで自身の罪を雪ごうとし、玲は「伊織の道具」となることで自己の存在価値を確立しようとする。両者の行動は一見利他的だが、実のところ他者を利用して己の空洞を満たす共依存関係にすぎない。九条によって自己欺瞞が打ち砕かれたとき、伊織が最後に選んだ行動は「ただ一人の人間を取り戻す」という、極めて利己的で純粋な願いだった。

【メタファーの解説】

タイトルの「徒花」は、真っ当な世界では生きられない二人の運命と、実を結ぶことのない異常な愛情を象徴している。また、玲の「オッドアイ」は彼女の内に混在する純粋な愛と冷酷な狂気を示し、伊織が嗜む「安い煙草」や「苦いコーヒー」は、生への気怠さと自らを罰し続ける自傷行為のメタファーとして機能している。結末における血の海での抱擁は、社会的には完全なバッドエンドでありながら、二人の魂が永遠に結ばれた究極のカタルシスでもあるのだ。

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