第一章: 逆行する雨粒と泥棒の始まり
アスファルトから立ち昇る熱気。錆びた鉄の臭気が、雨の匂いと混じって鼻腔を焼く。
人気のない鄙びた無人駅のホーム。気怠げに柱へ寄りかかる、灰原朔。
少し長めの黒髪から滴る雨水が、現代風の黒を基調としたシックなシャツの襟元を濡らす。
目元に深い影を落とす三白眼。じっと前方の一点だけを穿つ。
視線の先。淡いパステルブルーのワンピースを着た白石涼音が、琥珀色の瞳を揺らしている。
吹き込む夏風にふわりと舞う、肩までの柔らかい栗毛。
彼女の目の前には、清潔感のあるスーツを少しだけ着崩した桐谷透。
雨音を切り裂くように涼音を捉える、真っ直ぐな意志を宿す黒瞳。
桐谷 透「俺が一生かけて、涼音を幸せにするよ」
膝をつき、透が差し出した銀色のリング。
わずかに上下する、涼音の白い喉仏。
両手で口元を覆い、彼女の双眸から零れ落ちる大粒の雫。
白石 涼音「……はい。私でよければ……っ」
その瞬間、朔の奥歯が砕けそうなほど強く噛み合わされた。
掌に握り込んだアンティークの懐中時計。
骨ばった指の腹に食い込む、鋭利な歯車。
口の中に広がる、鉄の味がした血液の鈍い甘み。
不快な耳鳴りとなって脳内を反響する、心臓の拍動。
灰原 朔「……冗談じゃない」
彼女の隣に立つのは、俺だ。
底知れぬ吐き気を催させる、透の太陽のような正義感。
親指の爪で、懐中時計の竜頭を力任せに押し込む。
ドクン、と。
脈を打つ、世界。
直後、落ちていたはずの雨粒が、重力に逆らって空へと昇り始めた。
灰原 朔「奪い取ってやる。お前のすべてを」
狂った文字盤の逆回転。
フィルムを巻き戻すように急速にブレていく、夕立に煙るホームの風景。
灰色の視界の中で、異常なほど鮮明に焼き付いていたのは、涼音の柔らかな輪郭だけ。
運命の歯車を泥で塗り潰す。終わりのない泥棒の時間が、今、幕を開ける。
◇◇◇
第二章: 寸止めの毒とひび割れる日常
冷たい雨が、容赦なく舗装路を叩きつける。
計算通りに動く、朔。
巧妙に水没させた透の携帯電話。取引先への連絡を遅延させる。
些細な綻びが、正義感の強い男の足を会社に縛り付ける。
待ち合わせのカフェの軒下。
透を信じ、ただ一人で待ち続ける涼音の肩。小刻みに震えている。
肌に張り付く濡れたブラウス。透けた素肌の質感が、朔の瞳孔を極限まで収縮させる。
音を立てずに近づき、彼女の頭上に差し出す黒い傘。
白石 涼音「……え? 朔、くん……?」
灰原 朔「透なら来ない。仕事のトラブルだ」
大きく見開かれ、やがて光を失ってうつむく琥珀色の瞳。
頬を伝う雫。
ゆっくりと手を伸ばし、凍りつくように冷たい彼女の指先に触れる、朔。
灰原 朔「ほら、君は俺の指先一つで、こんなにも泣きそうな顔をする」
親指の腹で拭う、涼音の目尻に浮かぶ涙。
触れた肌から伝わる微かな熱。
互いの吐息が混じり合う距離まで近づく、朔の顔。
湿った雨の匂いに混ざり合う、涼音の髪から香る甘いシャンプーの匂い。
白石 涼音「だ、だめ……朔くん、近……っ」
灰原 朔「透は君を泣かせた。……俺なら、そんな顔させない」
唇が触れるか触れないかの、寸止めの距離。
涼音のうなじを、ゆっくりと這う朔の鼻先。
♥ビクン、と。[/Heart]
大きく跳ねる、涼音の細い肩。
朔の胸板を弱々しく押す、抗おうとする両手。
だが、その指先に力はこもっていない。
白石 涼音「……あ……っ、だめ、私には……透が……」
唇を落とす代わりに。熱を帯びた吐息で、朔は彼女の耳たぶの裏を執拗に撫で回す。
ゾクゾクと震え上がる涼音の背筋。
罪悪感と、抗いようのない危うい熱。
雨音に掻き消されていく、溶け出す理性の音。
彼女の瞳の奥に芽生えた、小さな依存の種。
やがてそれは致命的な毒となり、透との日常を侵食していく。
◇◇◇
第三章: 背信の食卓と崩壊する前提
透のマンションの一室。
テーブルに並べられた豪勢な手料理と、三つのグラス。
ささやかな昇進祝いのパーティ。
だが、空気はどこかひび割れていた。
桐谷 透「いやぁ、悪いな朔! お前まで来てくれるなんて」
屈託のない笑顔でビールをあおる透。
その隣で、ぎこちなく視線を泳がせる涼音。
滑稽な男だ。自分の婚約者が、毎晩シャワーを浴びながら誰の顔を思い浮かべて己の蜜壺を慰めているかも知らずに。
桐谷 透「あ、ちょっと氷持ってくるわ。キッチンに……」
灰原 朔「俺が行くよ。涼音、手伝ってくれないか」
透の返事を待つ前に、立ち上がる朔。
暗いキッチン。斜めに床を区切る、リビングからの光。
冷蔵庫の前に立った涼音の背後。音もなく忍び寄る影。
ドンッ、と。
強引に、涼音の細い身体を冷蔵庫の扉に押し付ける。
白石 涼音「ひっ……!? なに、を……っ」
灰原 朔「知ってるよ。君も、時間を繰り返しているんだろう? 透を事故から救うために」
硬直する、涼音の背中。
灰原 朔「でも、もう無駄だ。俺がすべてを狂わせた。君の知る未来は、もうどこにもない」
背後から回り込む朔の手。パステルカラーのブラウスの裾から、生温かい掌が滑り込む。
滑らかな素肌を撫で上げ、薄着越しに硬く張り詰めた花芯を的確に弾く。
白石 涼音「……あっ! ぁ……っ、だめ、透が見てる……お願い、それ以上は……っ」
灰原 朔「声を出したら、あいつに聞こえるぞ。君の、こんな淫らな声が」
耳元で紡がれる、甘く粘着質な言葉責め。
涼音の弱い部分を、朔の器用な指先が執拗に弄り倒す。
太ももの内側をなぞる、冷たい指の感触。零れ落ちる透明な雫。
恐怖と背徳感が、彼女の脳内で極彩色のスパークを散らす。
ドクン、ドクン、ドクン。
白石 涼音「ぁ……っ、んんっ……! はぁっ、あ、あぁ……っ!」
♥ビクン、ビクンと激しく痙攣する涼音の身体。[/Heart]
声を殺したまま、限界を迎えた彼女の膝が崩れ落ちる。
薄暗いキッチンに充満する、熱い汗と甘い蜜の匂い。
桐谷 透「おーい、氷まだか?」
リビングから覗き込んだ透の顔が、引きつる。
荒い息を吐き、頬を真っ赤に染めて床にへたり込む涼音。
その傍らで、どこか気怠げに見下ろす朔。
涼音の首筋に残された、はっきりとした朔の熱。
音を立てて崩壊していく、完璧だったはずの前提。
◇◇◇
第四章: 支配の完成と世界の代償
空が、割れた。
巨大なガラスにヒビが入るような絶音。街を包み込む。
夏の空に走る、不気味な赤紫色の亀裂。
極彩色の光の粒子となってポロポロと崩れ落ちる、見慣れたビル群。
時間の改変と、歪んだ情欲の代償。
ついに訪れた、世界の限界。
桐谷 透「なんなんだよ、これは……! 朔、お前一体なにをした!?」
崩壊を始めた交差点の真ん中。
虚しく宙に溶ける、透の悲痛な叫び。
その視線の先。
崩れゆく世界を背に、朔と涼音は堅く抱き合っていた。
灰原 朔「透。お前の正義なんて、この亀裂一つ塞げない。滑稽だな」
朔の腕の中にすっぽりと収まり、虚ろな琥珀色の瞳で透を見つめる涼音。
かつて透に向けられていたはずの愛情は、微塵もない。
あるのは、朔が与える背徳の快楽への絶対的な依存。そして屈服。
白石 涼音「……朔くん……苦しいの……もっと、私に……っ」
自ら朔の胸元にすり寄り、細い腕で彼の首にすがりつく涼音。
衆人環視の――いや、崩壊してゆく世界の中。
透の目の前で。涼音は朔の首筋に唇を這わせ、貪るようにその体臭を吸い込んだ。
桐谷 透「涼音……嘘だろ? 俺たちの、約束は……!」
灰原 朔「聞こえないのか? 彼女は俺の熱なしでは、もう息もできないんだよ」
涼音の豊かな膨らみを、無造作に揉みしだく朔の手。
♥「ああっ……! もっと、めちゃくちゃにして……っ!」[/Heart]
交差点に響き渡る、涼音の甘く淫らな嬌声。
膝から力が抜け、アスファルトに崩れ落ちる透。
声にならずに漏れる、喉の奥で詰まった嗚咽。
奪われる側の完全なる絶望。
略奪を完了した朔の唇の端が、三日月のように歪み上がる。
すべてが光に飲まれる、終わりの直前。
◇◇◇
第五章: 光の奔流と永遠の共犯者
圧倒的な白い光に飲み込まれていく、視界のすべて。
狂乱の吹雪となって降り注ぐ、星屑のような光の粒子。
音も、重力も、倫理さえも消え去った虚無の空間。
桐谷 透「さくぅぅぅっ……!! 涼音ぇぇぇっ!!」
最後に残された親友の絶叫。
一瞬のノイズとなって、完全に光の彼方へと消滅する。
この宇宙から完全に消え去った、透という存在。
崩壊する大地の欠片の上。朔は涼音を強く抱きしめていた。
光を乱反射する彼女の栗毛。琥珀色の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れる。
白石 涼音「……透……消えちゃった……私の、せいで……っ」
灰原 朔「君を救うためなら、世界なんてどうでもいい」
彼女の頬を濡らす涙を、冷たい指先で掬い取る朔。
親友を犠牲にし、世界を壊してまで手に入れた歪みきった救済。
狂気的な執着が、ついに一つの終着点へと到達する。
白石 涼音「……狂ってる。朔くんも、私も……全部……っ」
涙を流しながらも自ら背伸びをし、朔の唇を求める涼音。
激しく、互いの魂を食い破るような口付け。
舌と舌が絡み合い、銀色の糸が光を帯びて切断される。
灰原 朔「ああ。これで君は、永遠に俺だけのものだ」
彼女の濡れそぼった柔らかな洞窟へと導かれる、朔の熱く硬い楔。
引き裂かれる衣服。剥き出しになった肌と肌が激しくぶつかり合う。
パンッ、パンッと、粘つく肉の打つ音が虚無の空間に響き渡る。
終わる世界で唯一の証明。それは互いの沸騰する体温だけ。
白石 涼音「ああぁっ! 壊れる、真っ白になる……! もっと私を壊して……朔くぅぅんっ!!」
弓なりに反る背中。縮こまる涼音の足の指。
白目を剥くほどの圧倒的な快楽が、彼女の罪悪感を完全に焼き尽くす。
最奥を容赦なく突き上げられるたび、涎が唇の端からだらしなく垂れ落ちた。
灰原 朔「一緒に堕ちよう、涼音。この光の底まで」
爆発するような、理性が弾け飛ぶ絶頂。
涼音の深い奥底へと、深く、熱く注ぎ込まれる朔の白き熱。
痙攣が止まらない肉体を抱きすくめながら、朔は狂ったように哄笑した。
閉ざされた永遠の共犯関係。
極彩色の光の中で溶け合っていく、美しくも痛切な喪失感。
何もない世界。いつまでもいつまでも、二人の乱れた吐息だけが静かに響き続けている。