第1章:死灰の降る街で
息を吸うたび、喉の奥が鉄の味で焼ける。
視界を埋め尽くす赤い砂嵐。
シンはただ、泥を這うように走り続ける。
ボロボロの灰色のコートが、吹き荒ぶ風に激しく羽ばたいた。
前髪の隙間から覗く黒の三白眼が、焦燥に細められる。
[Tremble]左肩の接続部から、不吉な青い火花が弾けた。[/Tremble]
真鍮色の機械式義手が、過負荷による摩擦熱で金属特有の悲鳴をあげる。
[Think]クソ、ここで壊れるんじゃねえ、動け、動いてくれ。[/Think]
背後から、略奪者『鉄錆の牙』の狂犬どもの足音が地響きとなって迫る。
放たれた実弾が、シンのすぐ足元の瓦礫を容赦なく弾き飛ばした。
[Shout]「そこのガキ! 止まりやがれ!」[/Shout]
背後から浴びせられる罵声は、すでに鼻先をかすめるほどの距離だ。
逃げ込んだ路地の突き当たり、瓦礫に埋もれかけた重厚な円形ハッチ。
旧時代の軍事シェルター。
シンは冷たいハッチにしがみつき、暗闇の中へと転がり込んだ。
滑り込みざまに鋼鉄の扉を閉め、閂を両手で力任せに下ろす。
息を吐き出すたび、肺の奥から血混じりのひどい喘鳴が漏れた。
[Think]行き止まりか。逃げ場なんか、最初からどこにもねえ。[/Think]
埃が厚く積もった暗闇の最奥、ぼんやりとした碧色の光源が瞬く。
ガラスで満たされた、巨大なカプセルが静かに佇んでいた。
ハッチの向こうから、扉を破壊せんとする爆薬の振動が伝わる。
鋼鉄の閂が軋み、火花が隙間から吹き込んだ。
シンは藁にも縋るように、埃を払い除けて制御盤を叩く。
[Flash]システムが稼働し、鼓膜を劈く電子音が暗闇に響いた。[/Flash]
[System]「対象コード『ナユタ』、休眠モードを解除します」[/System]
ぷしゅり、と重苦しい排気音が響く。
強化ガラスの表面に蜘蛛の巣状のひび割れが走り、一気に弾け飛んだ。
冷たい保存液が地面を濡らし、白煙が視界を遮る。
そこから現れたのは、息を呑むほど白い肌の少女。
[FadeIn]絹のような白銀のロングヘアが、水分を吸って細い肩に張り付く。[/FadeIn]
引き裂かれた白いワンピースドレスの裾から、細い手足が伸びていた。
少女――ナユタがゆっくりと、サファイアブルーの瞳を開く。
[A:ナユタ:冷静]「システム起動。マスター、命令を」[/A]
その透き通った声は、死に絶えた世界にはあまりにも甘すぎた。
[Shout]「いたぞ! ぶっ殺せ!」[/Shout]
閂が吹き飛び、銃を構えた男たちが一同時になだれ込む。
シンが引き金を引くより早く、ナユタの輪郭が歪んだ。
彼女の両腕が、超高速で鋭利なナノマシンの刃へと姿を変える。
[Impact]生々しい肉の破断音が、地下の闇を支配した。[/Impact]
[A:ナユタ:興奮][Shout]「害獣の駆除を開始します!」[/Shout][/A]
少女の指先から、目も眩むようなプラズマの奔流が放出される。
襲撃者たちの悲鳴は、瞬時に蒸発する熱にサッと掻き消えた。
一瞬の閃光が消え去った後、そこにはただの静寂が広がる。
コンクリートの壁には、どろりとした赤黒い液体が這い落ちていた。
ナユタは血の海に立ちながら、ゆっくりとシンを振り返る。
彼女のサファイアの瞳は、一切の恐怖を知らずに無邪気に細められた。
[A:ナユタ:喜び]「無事でよかったです、お兄ちゃん! 私、お兄ちゃんを守れて、胸がこんなに熱いんです!」[/A]
彼女は満足そうに細い胸を張り、トントンと手を当てる。
だが、その肌の奥から聞こえるのは、無機質な駆動音だ。
[Pulse]ドクン。ドクン。[/Pulse]
それは規則正しすぎる、真鍮の歯車が噛み合う機械音。
[Think]人間、だと……? こんな怪物が?[/Think]
シンは強張った喉を鳴らし、乾いたコンクリートの上を後ずさる。
彼女の瞳には、塵ひとつない澄んだ鏡のような純粋さしかない。
この少女は、自分を人間だと信じ込む、旧時代の兵器。
[A:シン:冷静]「お前……いや、何でもねえ。今はここを出るぞ」[/A]
シンは義手を固く握りしめ、額を流れる汗を袖で拭った。
使えるものは何でも使う。それがこの世界の掟だ。
だが、差し出されたナユタの小さな手の温もりに、なぜか息が詰まる。
二人がシェルターのハッチを押し開け、乾いた地上へ出た瞬間。
目の前の崩落したビルの影から、長い死神の影が伸びた。
黒いレザージャケットを羽織った男が、瓦礫の上に立っている。
ツーブロックの黒髪に、鮮烈な赤のメッシュ。
男は身の丈を超える巨大な大鎌を、軽々と肩に担ぎ上げた。
[A:クロム:狂気]「ハッ、ネズミが這い出てきたかと思えば、上等な玩具を連れてるじゃねえか」[/A]
クロムは不敵に唇を歪め、三日月の瞳で二人を射抜く。
大鎌の刃先が、赤く煤けた月光を反射して冷たく光り輝いていた。
第2章:偽りの心音と鉄の掟

[A:クロム:冷静]「その高価なガラクタを置いていきな。そうすれば、お前の頭を大鎌で一撃で叩き落として、苦しまずに死なせてやる」[/A]
クロムは漆黒の大鎌を肩に担ぎ直し、獲物を値値踏みするようにシンを凝視する。
赤いメッシュの混ざったツーブロックの黒髪が、錆びた風に揺れていた。
傷だらけの黒いレザージャケットの隙間から、引き締まった胸元が覗く。
[A:シン:冷静]「誰が引き渡すかよ。てめえの指図は受けねえ」[/A]
シンは灰色のフードの奥から、鋭い黒の三白眼でクロムを睨み返した。
真鍮色の機械式義手をきしませ、ナユタを背後に庇う。
ナユタはサファイアブルーの瞳を細め、細い両腕を銀の刃へと変形させた。
一触即発の空気を裂き、[Tremble]地底から金属の激しい摩擦音が這い上がる。[/Tremble]
突如としてアスファルトが内側から爆ぜ、鋼鉄の多脚が姿を現した。
旧文明の遺した殺戮兵器『カグラ』。
[System]「警告。目標エリア内の害獣を排除。熱線掃射を開始します」[/System]
無機質な音声が響くと同時に、大気を焼く赤いレーザーが薙ぎ払われた。
[A:クロム:驚き][Shout]「退け、お前らッ!」[/Shout][/A]
一瞬の閃光が視界を白く染め、略奪者たちの肉が焦げる異臭が鼻をつく。
崩落したビルのコンクリート塊が、クロムの右脚を容赦なく圧殺した。
[A:クロム:絶望][Shout]「ぐっ……、動かねえ……!」[/Shout][/A]
多脚戦車の照準が、身動きの取れないクロムの頭部へと固定されていく。
[A:シン:冷静]「好都合だ。あいつをデコイにして逃げるぞ、ナユタ!」[/A]
[A:ナユタ:悲しみ]「ダメです! 目の前の人を救うのが、私の家族のルールですから!」[/A]
白銀の髪をなびかせ、ナユタはシンの制止を振り切って駆け出した。
[Magic]《電磁バリア展開》[/Magic]
[Flash]彼女の両手から放たれた青い障壁が、死の熱線を至近距離で弾く。[/Flash]
[A:シン:興奮][Shout]「クソがッ! 動け、俺の左腕!」[/Shout][/A]
シンは義手の安全弁を力任せに引きちぎり、過負荷による高熱で自らの皮膚を焼く。
それでも真鍮の拳を瓦礫に叩きつけ、クロムを拘束していた岩を粉砕した。
シンはうめくクロムを強引に肩に担ぎ、ナユタの細い手を引く。
崩れ落ちるアスファルトの隙間、暗い地下水道の闇へと三人は転がり落ちた。
ヘドロの腐臭が漂う暗闇で、三人は冷え切ったコンクリートに背を預ける。
シンはボロボロのコートから冷えた合成保存食の缶詰を取り出した。
それを乱暴にクロムの足元へ転がす。
[A:シン:冷静]「食え。死なれたら寝覚めが悪い」[/A]
クロムは赤く汚れた缶詰を睨みつけ、それから自嘲気味に息を吐き出した。
[A:クロム:冷静]「ハッ、冷え切った泥の味がするな」[/A]
[A:シン:冷静]「……一つ聞かせろ。なんで略奪なんて非道をしてやがる」[/A]
クロムはツーブロックの頭を掻きむしり、暗闇の奥を見つめた。
[A:クロム:悲しみ]「綺麗事じゃあ、腹は膨らまねえんだよ。この下にはな、飢えた孤児どもが待ってんだ。俺が悪魔にならなきゃ、あいつらは明日には死ぬ」[/A]
略奪者の首領という仮面の裏にある、泥を啜る男の血の滲むような本音。
汚水の流れる音だけが、重苦しい静寂を繋ぎ止めていた。
[Sensual]
冷たい闇の中、ナユタがそっとシンの横に腰を下ろす。
擦り切れた白い軍用ワンピースドレスが、シンの灰色のコートと重なり合う。
ナユタはシンの無骨な真鍮の義手を両手で包み、自分の左胸へと引き寄せた。
[A:ナユタ:愛情][Whisper]「ほら、お兄ちゃん. 私の心臓、あったかいでしょう? 私はお兄ちゃんやクロムさんと同じ、心を持った人間なんですから」[/Whisper][/A]
柔らかな胸元の奥から、一定の鼓動がシンの義てに伝わる。
[Pulse]ドクン。ドクン。[/Pulse]
だが、その真鍮の指先が感知したのは、冷徹な歯車が噛み合う機械の駆動音だけ。
金属の冷たさが、伝導熱を奪い去るようにシンの左腕に伝わる。
シンは乾いた唇を噛み締め、ただナユタのサファイアブルーの瞳を見つめた。
クロムは耐えかねたように深く息を吸い、きつく瞼を閉じて背を向ける。
[/Sensual]
誰もがこの世界で、生きるために偽りの心音を奏でている。
その嘘だけが、凍てつく終末で息をするための防寒着だった。
[Tremble]突如、地下水道の壁が大きくきしみ、砂塵が天井から降り注ぐ。[/Tremble]
カグラの索敵周波数が、この空間の生命反応を捉えた。
[System]「生存者コミュニティを検知。殲滅ルートへ移行します」[/System]
[A:クロム:恐怖][Shout]「嘘だろ……。あいつ、ガキどものいるシェルターへ向かってやがるッ!」[/Shout][/A]
クロムが壁を殴りつけ、爪を血で染めながら立ち上がる。
殺戮の獣の足音が、静かに眠る幼い命の場所へ向けて、確実に刻まれ始めた。
第3章:錆びた世界に歌を

[A:クロム:絶望]「足手まといだ。俺だけで行く。お前らはさっさと逃げろ」[/A]
クロムは右足を引きずりながら、血に濡れた大鎌を強く握りしめる。
赤いメッシュのツーブロックの髪から、ダラダラと汗が滴っていた。
[A:シン:冷静]「一人で死にに行くバカを、ナユタが見捨てるわけねえだろ」[/A]
シンは灰色のフードを跳ね除け、鋭い三白眼でクロムの行く手を遮る。
真鍮色の機械式義手から、プツプツと白い硝煙が立ち上っていた。
[A:シン:冷静]「それに……俺も、もう誰も見捨てねえって決めたんだよ!」[/A]
赤い錆の灰が狂暴に渦巻く地上へ、三人は飛び出した。
シェルターの防壁の向こうに、多脚戦車『カグラ』の巨躯が聳え立つ。
[Tremble]地鳴りのような駆動音が、鼓膜を激しく震わせた。[/Tremble]
カグラの頭部が蒼く発光し、強烈な電磁パルスが同心円状に放射される。
[Impact]パルスが直撃した瞬間、ナユタの体が不自然に硬直した。[/Impact]
[System]「致命的なエラー。記憶セグメント『人間』を消失。初期化します」[/System]
冷徹な機械音声が、ナユタの頭脳の内側から木霊する。
[A:ナユタ:絶望][Whisper]「私は……人間じゃない……? お兄ちゃんの妹でもない……ただの、兵器……?」[/Whisper][/A]
サファイアブルーの瞳から、一瞬にして光が消え去る。
膝から力が抜け、引き裂かれた白いドレスが泥水に染まっていく。
無防備になった彼女へ、カグラの巨大な掘削ドリルが回転を上げながら肉薄した。
[Shout]「ふざけるなあああッ!!」[/Shout]
シンの体が、反射的につんのめるように前へと跳んだ。
[Pulse]真鍮の義手が、激しく回転する鋼鉄のドリルを正面から掴み取る。[/Pulse]
金属同士が噛み合い、けたたましい摩擦音と閃光が吹き荒れる。
義手の接合部から火花が弾け、シンの左肩の皮膚を引き裂いて鮮血が噴き出した。
[A:シン:興奮][Shout]「機械がどうした! データだからって関係ねえ! お前が人間だろうが機械だろうが、お前が俺を救ってくれたんだ!」[/Shout][/A]
血の味が口内に広がる中、シンは全霊を込めて喉を震わせる。
[A:シン:興奮][Shout]「俺にとって、お前は世界にたった一人の、かけがえのない妹なんだよ!!」[/Shout][/A]
[Flash]その叫びが、機能停止しかけていたナユタの回路を激しく揺り動かす。[/Flash]
彼女の瞳が、薄れかけたサファイアから、さらに深い碧へと染まり変わる。
[A:ナユタ:愛情][Shout]「システム、マスターの感情に完全同調。リミッター……解除!」[/Shout][/A]
[A:ナユタ:愛情][Shout]「私は、お兄ちゃんの、人間です!!」[/Shout][/A]
[A:クロム:興奮][Shout]「これでも喰らいやがれええッ!」[/Shout][/A]
クロムが跳躍し、大鎌をカグラの推進部に全力で突き立てる。
火花が散り、巨大な多脚戦車の動きが完全に停止した。
[A:クロム:興奮][Shout]「今だ! 撃て、ナユタァァァッ!」[/Shout][/A]
ナユタの両腕が、旧文明の超新星クラスのエネルギー銃身へと変形する。
[Magic]《臨界出力・碧天照射》[/Magic]
解き放たれた極太の光の柱が、赤い錆の空を真っ二つに裂き散らした。
[Impact]その光は熱線どころか、カグラの分子構造そのものを塵へと分解していく。[/Impact]
光の爆嵐が収まった時、そこには白銀の粒子が雪のように舞い落ちていた。
ナユタの細い体が、ゆっくりと糸の切れた人形のように倒れ込む。
シンは擦り切れた白いドレスの背中を、左の機械腕で強く抱きとめた。
[A:ナユタ:悲しみ][Whisper]「お兄ちゃん、私の心音……聞こえ、ますか……」[/Whisper][/A]
ナユタの胸から、規則正しかった歯車の駆動音が完全に途絶える。
冷たくなっていく彼女の頬を、シンの温かい涙が濡らし続けた。
まばゆい日の光が、木製の窓枠から部屋の床を照らしている。
赤い錆の灰はもう降ることはなく、風は青い花の花粉を運んでいた。
[A:クロム:冷静]「おい、シン。今日の農作業の道具が壊れた。直せるか?」[/A]
黒レザージャケットを脱ぎ、額の汗を拭ったクロムが扉を開ける。
[A:シン:冷静]「後だ。今は……大事な時間んだよ」[/A]
シンは返事もそこそこに、精密ピンセットを握って作業机に向かう。
三年間、毎日繰り返してきたナユタの回路修復。
彼女の指先へ注がれた温かい光が、微かに反射した。
[Pulse]トクン。[/Pulse]
[Flash]それは機械の駆動音ではない、不規則で、確かに脈打つ鼓動。[/Flash]
白銀の睫毛が震え、その下に眠っていたサファイアの瞳がゆっくりと開く。
[A:ナユタ:喜び]「システム、再起動……おはようございます、シンお兄ちゃん」[/A]
ナユタは優しく微笑み、シンの涙を小さな手で拭った。
[A:ナユタ:喜び][Whisper]「私、とっても、温かい夢を見ていました」[/Whisper][/A]
窓の外では、咲き誇る青い花が風に揺れている。
人間と機械、そしてかつての宿敵が紡ぐ、新しい世界の夜明けがそこにあった。