第一章: 月明かりの檻
艶やかな黒髪のボブヘア。湿気を帯びた重い風が、それにまとわりつく。
すり減ったキャンバス地のスニーカーで苔むした石段を踏みしめる。微かな泥の音。
色白で儚げな体躯を包むのは、古風でくすんだ群青色のワンピース。
結衣の焦点の合わない黒い瞳。もはや光はない。
東京の喧騒に摩耗し尽くした、底の抜けた器。
祖母が遺した山深い神社。錆びた鳥居を抜ける。
夏の強い夕立。それが容赦なく地面を叩き始めた。
雨の匂いに混じる、古い鉄の血なまぐさい臭気。鼻腔を撫でる不穏。
手水舎の影。視界の端で揺れる何か。
病的なまでに透き通る白い肌。
月光を編み込んだような銀色の長髪が、水気を帯びて静かに滴る。
古びた純白の狩衣を無造作に着崩した長身の青年。そこに佇んでいる。
爬虫類を思わせる金色の三白眼。それが結衣を縫い止めた。
水無月「我が社に、何用だ。人間」
古風で尊大な響き。
喉の奥がカラカラに乾く。
声の主が纏う、凍てつくような冷気。
結衣「私は……」
言葉を紡ぐより早く。水無月の足元から伸びた一条の水流。
生き物のように石畳を這い上がる。
それは瞬く間に結衣の足首を絡め取り、強引に膝を折らせた。
両膝を打ち据える、冷たい石の感触。
濡れた足音。顎を鷲掴みにされる。氷のように冷たい指先。
親指の腹が、結衣の震える唇を無理やり抉じ開け、口腔へと滑り込む。
結衣「んっ……」
唾液と混じり合う、冷たく甘い湧水の味。
痺れるような冷感。首筋から鎖骨へと這い下りる。
近づく水無月の顔。結衣の首筋に顔を埋める。深く息を吸い込む音。
水無月「甘い匂い。空っぽの魂の底で、腐りかけて発酵した……極上の供物だ」
「……ひっ」
水無月の舌が、首の動脈を這うように舐め上げる。
未曾有の快感。背筋を電撃のように貫く。
全身の産毛が逆立ち、足の指が痙攣するように縮こまった。
圧倒的なノスタルジー。決して逆らえない力。
もう現世には帰れない。
美しくも恐ろしい予感。脳髄を白く焼き尽くしていく。
◇◇◇
第二章: 氷の蛇と陽だまり
流行りの「田舎スローライフ」。そんなものは名目だけ。
陽が落ちると、生活は一変する。
薄暗い本殿。古風な白い襦袢一枚の姿。結衣は畳に這いつくばる。
水無月「信仰を取り戻す儀式であるな。耐えろ」
指一本触れない水無月。ただ縁側に腰を下ろし、金色の瞳を細めている。
しかし結衣の体は、見えざる手に蹂躙され続けていた。
襦袢の裾から潜り込んだ冷たく滑らかな「水流」。意思を持つ蛇。
太ももの内側を這い上がり、柔らかな秘所の入り口を執拗に弄る。
結衣「あぁっ……やめ……おかしく、なる……」
ドクン、ドクン。
敏感な花芽を、氷の粒が弾くように責め立てる。
熱く濡れた洞窟の最奥まで水が侵入し、内壁を乱暴にかき回す。
絶頂の直前で引く水流。波のように再び寄せる、寸止めの地獄。
翌日の昼下がり。
けたたましいバイクの排気音。境内の静寂を引き裂く。
蒼太「結衣! 様子見に来たぞ。元気にしてたか?」
日に焼けた健康的な肌。力仕事で鍛えられたがっしりした体つき。
農作業用のつなぎを着た蒼太が、太陽のような眩しさで笑う。
結衣「蒼太……ありがとう、わざわざ」
「ありがとう」と口にしながら、自らの太ももを爪が白くなるほど強くつねる結衣。
縁側で麦茶を差し出す。氷の触れ合う乾いた音。
顔面は蒼白に染まり、膝は小刻みに震えている。
蒼太「無理すんなよ。俺がついてるからさ」
優しく微笑みかける蒼太。その真っ直ぐな瞳の前。
結衣の衣服の下では暴虐が繰り広げられていた。
足元から這い上がる、水無月の気配。
見えない水玉。襦袢の奥で濡れそぼつ花弁を容赦なく弾き、擦り上げる。
(だめ、蒼太の前で……声が……!)
結衣「んんっ……!」
麦茶のグラスを取り落としそうになる。
必死に奥歯を噛み締める。だが、水流の蛇は蜜壺の最奥を鋭く突いた。
蒼太「結衣? どうした、顔赤いぞ」
「なんでも……ないです……ただ、少し……」
蒼太の心配そうな顔を見つめる。結衣の瞳孔は限界まで開いていた。
理性がドロドロに融解する。恥辱と背徳感。
それが快感の波を何倍にも膨れ上がらせていく。
♥弾けるような絶頂。声なき悲鳴とともに結衣の体を貫いた。
縁側の影。水無月の金色の瞳が冷酷な優越感に歪む。
◇◇◇
第三章: 境界の融解
白夜「おやおや、悲惨だねぇ。お嬢さん」
鳥居の上から降ってくる、軽薄な声。
金髪のショートヘアに丸眼鏡。黒い書生絣を粋に着こなした青年。
キセルの煙を夜風に吐き出す。
その頭頂部。隠しきれない狐の耳がピンと立っている。
白夜「あの蛇に溺れれば、お前はもう人間でいられない。骨まで食われちまうよ?」
白夜と名乗る狐の眷属。歪んだ笑みを浮かべる。
結衣はその言葉に答えない。ただ虚ろな目で宙を見つめている。
彼女の肌から漂い始める、すでに人間離れした甘い芳香。
その異変。蒼太が見逃すはずがない。
蒼太「結衣、荷物をまとめろ! ここはおかしい。お前、どんどん変になってる!」
強引に腕を掴まれる。汗と土の匂い。真っ当な人間の、生きている熱。
結衣「離して……私は、ここを離れられないんです」
蒼太「俺と一緒に帰ろう! 東京じゃなくてもいい、俺が一生お前を……!」
「触らないで!!」
木魂する結衣の絶叫。蒼太が息を呑み、手を離す。
その時。
結衣の背後。薄暗い本殿の奥。
水無月の肉体がノイズのように乱れた。
透明に、透けている。
水無月「……チッ」
存在を忘れられた神。限界を迎えていた。
輪郭が水に溶けるようにぼやける。今にも消滅しそうに揺らぐ。
彼を現世に繋ぎ止める方法は一つ。
結衣が自らの「命の蜜と情念」を完全に捧げること。
魂ごと彼の贄、すなわち伴侶となること。
喉元に刃を突きつける、選択の時。
◇◇◇
第四章: 奈落への投身
蒼太「結衣……嘘だろ……」
夕暮れの境内。蒼太の弱々しい声が落ちる。
差し出された「真っ当な人間の幸せ」。光に満ちた未来。
結衣「ごめんなさい、蒼太。……さようなら」
泣きながら、いや、口元を醜く歪めて嗤いながら背を向ける。
重い木の扉を押し開ける。結衣は薄暗い本殿の闇へと足を踏み入れた。
そこには、水無月。月明かりを浴びながら今にも消え入りそうに膝をついている。
白磁の肌に入る亀裂。銀色の髪が空気に溶けかけている。
自らの手で帯を解く結衣。響く衣擦れの音。
真っ白な襦袢が冷たい床に滑り落ちる。
あらわになった色白の裸身。夜気に震える。
結衣「私が、どうにかしなきゃいけないんです」
消えゆく水無月にしなだれかかる結衣。
その冷たい身体を、力強く抱きしめる。
結衣「私を全部、食べてください。骨の髄まで、一滴も残さず」
冷酷な神の目から、大粒の雫が零れ落ちた。
水無月「人間風情が……! 私を、私を置いていくな……!」
赤子のように結衣の胸にすがりつく水無月。
狂おしい力で、彼女の細い背中を掻きむしる。
粉々に砕け散る傲慢な仮面。剥き出しになる孤独の恐怖。
「大丈夫……私が、ずっと満たしてあげますから」
結衣の微笑み。母性すら孕んだ狂気。
支配されているのはどちらか。
この哀れな神を、彼女の歪んだ愛で飼い慣らしているのか。
黒々と口を開く、逃れられない相互依存の深淵。
◇◇◇
第五章: 月光水槽
夏の夜空を焦がす無数の蛍。
降り注ぐ月光。本殿を水底の神殿のように青く染め上げる。
圧倒的な光の渦の中、融け合う二つの魂。
《神降の儀》
水無月「結衣……お前の熱……お前の匂い……すべて私のものだ」
水無月の冷たく熱を帯びた神の楔。結衣の濡れそぼつ洞窟の最奥を容赦なく抉り抜く。
結衣「あぁっ! もっと、もっと奥まで……私を壊して!」
パンッ、パンッ
肉と肉がぶつかり合う水音。静寂の夜に反響する。
混じり合う汗と甘露。むせ返るような甘い芳香が本殿を満たす。
結衣の肌に絡みつく、水無月の長い銀髪。
冷たさと熱さが細胞レベルで交錯する。
弓なりに反る背中。足の指が痙攣を繰り返す。
完全に決壊する、理性の防波堤。
社会的なしがらみも、人間としての矜持も。
すべてがドロドロに溶け、快楽の奔流に押し流される。
水無月「永遠に、お前を逃がさない」
水無月の奥底から湧き上がる生命の源。結衣の最奥で、白き熱となって爆発する。
白目の剥き出しになるほどの極限のカタルシス。
冷たい神気と体液が混じり合う。
結衣の血管を駆け巡り、人間の血を別のものへと作り変えていく。
一つに重なる二人の絶叫。夜空へ吸い込まれていった。
翌朝。
朝靄の中、息を切らして神社に駆けつける蒼太。
蒼太「結衣! 結衣!!」
しかし、本殿に彼女の姿はない。
ただ、冷たい石畳の上に残された、美しく澄んだ水たまりが一つ。
そしてその傍ら。季節外れの真っ白な彼岸花が、枯れることなく静かに揺れている。
蒼太「あ……ああぁっ……!!」
膝から力が抜ける。冷たい石畳に崩れ落ちる蒼太。
喉の奥で詰まった嗚咽。泥にまみれた地に吸い込まれる。
水底の神殿。
永遠の快楽と歪んだ愛。
人間としての生を喪失した結衣は、神の腕の中でただ美しく狂った微笑みを浮かべている。
ここに完遂された、背徳の神隠し。