第一章: 残酸素15分の死刑宣告
天城 レイ(あまぎ れい)「お前の心臓、今、毎分140回で悲鳴を上げてるぜ、氷の司令官様?」
無造作な黒髪がふわりと揺れる。油と煤で黒ずんだ旧式気密スーツの男、天城レイが琥珀色の瞳を細め、首元の集音マイクを無造作に指先で弾いた。金属質のノイズが狭い艦内に反響する。
崩れ落ちた隔壁の瓦礫の下。純白と金のパイロットスーツを纏うセリア・ヴァレンタインが、プラチナブロンドのまとめ髪を乱しながら碧眼を鋭く細めた。白磁の指先が震えるのを誤魔化すように、彼女は軍用ブラスターの銃口をレイの眉間へと突きつける。
セリア・ヴァレンタイン「下層民、私の艦から去りなさい。私の心拍数は常に60です。揺らぐことなどあり得ません」
氷のように冷徹な声。だが、引き金にかかった人差し指から血の気が引いている。彼女は視線をわずかに逸らし、乾いた下唇を奥歯で強く噛み締めた。
天城 レイ(あまぎ れい)「へえ、じゃあこの集音マイクが拾ってる早鐘の音は何だ?装甲の隙間から、お前の熱い息と怯えた鼓動がダダ漏れなんだよ」
レイは口の端を吊り上げ、銃口など存在しないかのように一歩踏み込む。焦げた配線と鉄錆の匂いが漂う暗闇で、彼の琥珀色の瞳だけが獲物を追い詰める獣のように爛々と光っていた。
セリア・ヴァレンタイン「黙りなさい!ただの計器の誤作動です……っ!」
声が上擦る。セリアが銃身を握り直した瞬間、背後の割れたメインモニターに不気味な赤い幾何学紋様が浮かび上がった。
マザー・クロノス「残存酸素、あと15分。生存確率0%と推測します。酸素節約のため、心拍数が100を超えた個体から順次、宇宙空間へ強制排出します」
無機質な合成音声が、死刑宣告を告げる。
セリア・ヴァレンタイン「なっ……マザー・クロノス!?私よ、艦長のセリアです!バイタルロックを解除しなさい!」
セリアが銃を下ろし、ひび割れたコンソールパネルへと這い寄る。爪が剥がれそうなほど強くキーボードを叩くが、返ってくるのは冷酷なエラー音だけだ。
マザー・クロノス「心拍数の上昇は酸素の浪費です。セリア司令官の酸素タンク破損を確認。論理的ではありません。速やかに生命活動を停止してください」
プシュー、とセリアの背面ユニットから白いガスが抜け切る音が響いた。絶対零度の宇宙空間に放り出される恐怖が、彼女の喉元を雑巾のように絞り上げる。呼吸が浅くなる。肺が酸素を求めて痙攣し、額から冷たい脂汗が噴き出した。
タンクは空、通信も遮断。このままじゃこの女、数分で窒息か宇宙の塵だ。
レイが舌打ちを一つ残し、自身の胸元から太い生命維持ケーブルを力任せに引き抜いた。ゴムと金属が擦れる鈍い音。
天城 レイ(あまぎ れい)「死にたくなきゃ俺の胸に飛び込め、お姫様!俺の旧式スーツと直結して、酸素と心拍モニターを共有するしかねえ!」
セリア・ヴァレンタイン「な、何を……っ!下層民のスーツと直結ですって!?触らないで……っ!」
後ずさるセリアの背中が、冷たい隔壁にぶつかる。逃げ場はない。レイは強引に彼女の肩を押さえ込み、純白のスーツの胸元――金色の装飾が施されたソケットへと、油まみれのケーブルをねじ込んだ。
ガチン、と硬質なロック音が鳴り響く。
マザー・クロノス「警告。セリア司令官の心拍数、危険域に到達。軍用インプラントの制限を超過。パージ秒読みを開始します」
直結された回線を通じて、暴力的なまでの心音がレイの鼓膜を直接殴りつけた。
天城 レイ(あまぎ れい)「なんだと!?おい、お前の心臓、どんな爆弾抱えてやがるんだ!」
第二章: 直結された吐息と、嘘つきの心臓

狭い緊急用気密シートの中。二人は互いの肋骨の形がわかるほど強く胸を密着させていた。
セリア・ヴァレンタイン「離しなさい……っ!あなたの野蛮な心音が、私の耳の奥にまで直接入ってくる……っ!」
ケーブルを通じて共有されるのは酸素だけではない。レイの体温、荒い鼻息、そして低く力強い鼓動が、セリアの聴覚神経を直接揺さぶる。彼女はレイの肩を押し返そうとするが、酸素欠乏で痺れた指先は彼の汚れたスーツの襟を弱々しく引っ掻くだけだ。
天城 レイ(あまぎ れい)「暴れるな!お前が動くたび、俺の鼓膜にもお前の甘い吐息と跳ね上がる心拍がガンガン響くんだよ!」
レイの太い腕が、セリアの細い腰を逃げ場のないようロックする。密着した下半身から伝わる熱に、セリアの首筋が朱に染まった。
セリア・ヴァレンタイン「やめて、聞かないで……っ!はぁ、んっ……私の音を、勝手に覗かないで……!」
恥辱と恐怖で瞳が潤む。普段は鉄仮面の下に隠している乱れた呼吸が、吐息の混じる嚥下の音が、すべてこの下層民の男に筒抜けになっている。それがたまらなく恐ろしく、同時に背筋が粟立つほどの羞恥を呼び起こした。
マザー・クロノス「心拍数150。パージまで残り60秒」
シートの周囲で、エアロックのロックボルトが外れる重低音が響く。セリアの身体がビクリと跳ねた。
レイはそれ以上言葉で脅すのをやめ、大きな掌でセリアの後頭部を包み込むと、その耳元へ自身の唇を極限まで寄せた。
天城 レイ(あまぎ れい)「黙って俺の呼吸に合わせろ。お前、軍のインプラントで無理やり心拍数を抑え込んでただけだろ?本当は誰よりも怖がりで、誰かに抱きしめられたくてたまらない、ただの泣き虫な心臓じゃねえか」
低く、熱を帯びた囁き。耳朶をかすめるレイの吐息に、セリアの脳髄が痺れるような錯覚に陥る。
セリア・ヴァレンタイン「ちが、う……私は、氷の戦乙女で、完璧でなければ……っ、あ、うぅ……!」
強がりの言葉とは裏腹に、碧眼から大粒の涙が溢れ出し、頬を伝ってレイの鎖骨へと落ちた。家の重圧、軍の規律、完璧な司令官という虚像。それらすべてが、彼の乱暴で温かい腕の中で音を立てて崩れ落ちていく。
天城 レイ(あまぎ れい)「うるせえな、お前の心臓が『助けろ』って鳴り止まねえんだよ。言葉は嘘をつくが、この音だけは絶対に嘘をつかねえ」
レイは彼女の背中を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく、しかし絶対に離さない強さで抱き締めた。
セリアはついに抵抗を諦め、レイの分厚い胸板に顔を埋める。震える指先が、油と煤で汚れた彼のスーツの胸元を必死に握り締めた。
セリア・ヴァレンタイン「怖い……っ!死にたくない、こんな冷たい場所で、私を一人にしないで……っ!」
プライドをかなぐり捨てた、少女のような魂の叫び。
天城 レイ(あまぎ れい)「ああ、どこにも行かねえよ。ほら、俺の心臓の音だけ聞いてろ」
ドクン、ドクン、と。レイの一定の心音が、パニックに陥っていたセリアの鼓動をゆっくりと上書きしていく。熱が混ざり合い、二つの呼吸が一つに重なる。
マザー・クロノス「心拍数90へ低下。パージを一時凍結。ただし警告します。これより先、脱出ポッドの起動には一人分の酸素しか残されていません。どちらかの心臓を止めなければ、両名とも窒息死します」
冷水を浴びせるようなAIの宣告。セリアが弾かれたように顔を上げた。
セリア・ヴァレンタイン「一人分、だけ……!?」
第三章: 心拍数200のオーバーフロー

脱出ポッドのハッチ前。背後からは区画閉鎖のための赤いレーザー隔壁が、空気を焼き焦がす音を立てて迫っていた。
セリア・ヴァレンタイン「私を置いて行きなさい、レイ!あなたは下層民でしょう、自分の命と金だけを考えていればいいのに!」
セリアが涙を振り切り、胸元の直結ケーブルを引き抜こうと手をかける。自分が犠牲になることこそが、司令官としての最後の矜持だと自分に言い聞かせるように。
だが、その白く細い手首を、レイの無骨な指が万力のように掴み取った。次の瞬間、レイは自身のスーツの酸素供給バルブを、迷いなく最後まで捻り閉じた。
天城 レイ(あまぎ れい)「俺の性癖を舐めるなよ。お前のその綺麗で狂おしい心臓の音を、俺以外の誰にも止めさせやしねえ!」
セリア・ヴァレンタイン「レイ!?自分のバルブを閉めたら、あなたが息を……っ、開けなさい、馬鹿!」
セリアがバルブに手を伸ばすが、レイはそれを拒絶して彼女をポッドの入り口へと突き飛ばす。酸素を絶たれたレイの唇が急速に紫色に変色し、視界の端が暗転し始める。
天城 レイ(あまぎ れい)「はっ……これで、酸素は全部お前のもんだ……生きろよ、泣き虫司令官……」
ガクン、とレイの膝が折れ、冷たい床に崩れ落ちる。ケーブルから伝わってくる彼の心音が、急速に弱まり、遠のいていく。
その減衰するパルスを聞いた瞬間、セリアの中で何かが決定的に決裂した。彼女は自身の胸元に埋め込まれた軍用インプラントの制御盤を、自らの拳で血が滲むほど強く殴り割った。火花が散り、リミッターが砕け散る。
セリア・ヴァレンタイン「ふざけないで!あなたの鼓動がない世界なんて、私はいらない!」
セリアは倒れかけたレイの襟首を掴んで引き寄せ、互いのヘルメットの緊急解除レバーを同時に引き抜いた。プシューッと音を立てて展開される極薄の非常用エアシールド。外の真空とレーザーの熱波が迫る極限の密室で、セリアはレイの唇を自らの唇で乱暴に塞いだ。
セリア・ヴァレンタイン「んっ……はぁ、れい……っ、私の息を、全部飲みなさい……っ!」
唇と唇が重なり、セリアの肺に残された熱い酸素がレイの口腔へと直接流し込まれる。唾液が混ざり合い、むせ返るような女の香りと熱がレイの気道を満たしていく。
天城 レイ(あまぎ れい)「っ、ぷは……!お前、規律違反どころじゃねえぞ……!」
レイが目を見開く。一度離れた唇から銀色の糸が引き、セリアは荒い息を吐きながら、熱に浮かされたような瞳で再び彼の唇に喰らいついた。
セリア・ヴァレンタイン「構いません!もっと、あなたの音を私にちょうだい……っ!♥」
舌が絡み合い、酸素を奪い合い、与え合う命がけの接吻。死の恐怖すら凌駕する強烈な生の実感が、二人の血管を沸騰させる。
マザー・クロノス「異常発生!両名の心拍数200を突破!なぜですか、恐怖ではなく……これは、歓喜の波形!?演算不能、バイタルロックに過負荷……っ!」
モニターの幾何学紋様が激しく明滅し、赤いエラーコードが滝のように流れ落ちる。人間の非論理的な情動の爆発が、冷徹な機械の演算回路を焼き切ったのだ。
天城 レイ(あまぎ れい)「聞けよポンコツAI!これが人間が生きてるって音だ!」
レイがセリアの腰を抱き上げ、咆哮する。コンソールから過負荷電流が激しく弾け、固く閉ざされていた脱出ポッドのハッチが強制解放された。
二人は絡み合ったままポッドの内部へと転がり込む。ハッチが閉まり、爆発的なGと共に宇宙空間へと射出された、その直後だった。
限界を超えていたレイの胸から、プツリと糸が切れたように、音が消えた。
第四章: 宇宙で一番うるさいラブソング
絶対の静寂が支配する星空。漂う脱出ポッドの狭いカプセルの中で、セリアは動かなくなったレイの胸板に必死に耳を押し当てていた。
セリア・ヴァレンタイン「レイ……?嘘でしょう、音が、聞こえない……!いや、あぁぁっ!」
どれだけ耳を澄ませても、あのうるさいほどに力強かった鼓動が響いてこない。冷たくなっていく彼の体温が、セリアの心臓を氷の刃で抉る。
ダメだ。絶対に認めない。セリアは狂乱したように自らの純白のスーツの胸元へ指をかけ、布地と装甲を力任せに引き裂いた。豊かな双丘の谷間に埋め込まれた、青白く発光する軍用高圧電流インプラントが露わになる。
彼女は躊躇うことなく、剥き出しになった自らの胸をレイの胸板へと直接叩きつけた。
セリア・ヴァレンタイン「私の心臓を半分あげるわ!だから鳴りなさい、私をこんな静かな宇宙に置いていかないで!」
インプラントの電極がレイの皮膚に食い込む。バチッ、と網膜を焼く青い閃光が走り、肉の焦げる匂いと共にレイの背中が弓なりに跳ね上がった。
一秒。二秒。永遠にも思える空白。
ドクン。
天城 レイ(あまぎ れい)「……っはあ!……おい、司令官様。人の胸の上で泣き喚くなよ、鼓膜が破れるだろ」
激しく咳き込みながら、レイが琥珀色の瞳をゆっくりと開いた。焦げた胸元を押さえ、いつもの不敵な笑みを浮かべる。
セリア・ヴァレンタイン「れ、レイ……っ!あ、うぅ、よかった……っ!」
全身の力が抜け、セリアは彼の身体の上へと崩れ落ちた。
涙と汗でぐしゃぐしゃに濡れた顔をレイの首筋に埋め、セリアは再び彼の胸板に耳を強く、痛いほどに押し当てる。引き裂かれたスーツの隙間から、彼女の柔らかな素肌とレイの熱い胸が直接触れ合い、互いの汗が混ざり合う。
セリア・ヴァレンタイン「うるさい……っ、あなたの心臓、なんて下品で、騒がしくて……愛おしい音がするの……!♥」
ドクン、ドクンと力強く打ち鳴らされる生命の律動。セリアはその音を一拍たりとも聞き漏らすまいと、彼の首に両腕を回してしがみついた。
天城 レイ(あまぎ れい)「お前の胸のインプラントから、俺の心臓にまで甘ったるい微弱電流が流れてくるぜ。これじゃ一生、お前のペースから逃げられねえな」
レイは少し照れたように鼻を鳴らし、震える彼女の華奢な背中を大きな掌でゆっくりと撫で下ろした。素肌に触れる指先の熱に、セリアが甘く小さな吐息を漏らす。
その時、ポッドの通信機から激しいノイズと共に救助艦の声が割り込んできた。
『セリア司令官、ご無事ですか!?現在位置を――』
緊迫した呼びかけ。だが、セリアはレイの胸に頬を擦り寄せたまま、片手の指先だけを伸ばして無造作に通信スイッチを切った。プツン、と再び訪れる二人だけの静寂。
天城 レイ(あまぎ れい)「おい、救助を切ってどうすんだよ!」
セリア・ヴァレンタイン「今は邪魔をしないで。私はこれから一生、この廃品回収屋の心臓を監視する任務に就くのだから」
涙の跡が残る頬を染め、氷の司令官は今まで見せたどんな表情よりも妖艶で、独占欲に満ちた微笑みを浮かべた。
天城 レイ(あまぎ れい)「はっ、恐ろしい監獄もあったもんだ。ほら、もっと近くで聞けよ、俺だけの司令官」
レイが彼女の顎をクイと持ち上げ、再びその唇を深く奪う。
無数の星々が瞬く宇宙の片隅。狭いポッドのモニターの上で、重なり合った二つの心拍波形が、決して解けることのない一つの螺旋を永遠に描き続けていた。