第一章: 星の落ちる深淵
[Think]空は、落ちていく死の海だ。[/Think]
頭上にひしめく鋼鉄の都市。足元に広がるのは、底なしの虚無。
ルカは煤けた革のつなぎの襟を立て、風鳴りが木霊する最下層の鉄骨にしゃがみこむ。額にずらした分厚い飛行ゴーグルが、明滅するネオンの光を鈍く反射する。灰色のボサボサ髪が突風に煽られ、視界を遮る。
眼下の深淵を覗き込む琥珀色の瞳。その奥で、無数の流星が音もなく真下へと吸い込まれていく。
冷たい雨の飛沫。鼻を突く、錆びた鉄の強烈な臭気。
息を吸い込んだ瞬間。
足元の虚空から、眩い光が弾けた。
流星群とは逆の軌道。重力の法則を完全に無視し、下から上へと真っ直ぐに「落ちてくる」白い影。
[Impact]ドンッ![/Impact]
鉄の網目状の足場に激突する寸前、ルカは身を乗り出し、その細い体を受け止める。関節が不吉な音を立てて軋んだ。
腕の中にいるのは、透き通るような銀髪の少女。鳥籠の世界には存在しない、未知の軽くて白い繊維で織られたワンピース。逆巻く風にふわりと揺れる。
[A:ルカ:驚き]「嘘だろ……空から落ちて、いや、登ってきたのか?」[/A]
きつく閉じられていた彼女のまぶたが、ゆっくりと持ち上がる。空色の瞳が、揺らぐネオンの光を捉えて細かく震えた。
[A:シエル:恐怖]「ここは……どこ、ですか……?」[/A]
[A:ルカ:冷静]「サカシマの最下層だよ。君、死ぬところだった」[/A]
少女の白い指が、胸元に抱えた透明な石をきつく握りしめている。石から漏れる淡い光の波紋が周囲の空気を震わせるたび、ルカの足裏にかかる重力がふっと軽くなる感覚。
空間の歪み。ルカの肌が総毛立つ。
[A:シエル:悲しみ]「わたし……帰らないと。でも、空が……暗くて、恐ろしくて。どうやって帰れば……」[/A]
小刻みに震える肩。ルカはふと、その視線を頭上へ向ける。
[A:ルカ:冷静]「君の帰る場所は、あの偽りの天殻の向こう側なのかい?」[/A]
足元の深い闇の奥――星々を飲み込む巨大な黒い天蓋。
自分には何もできない。そう言い聞かせて生きてきた。無力な下層のクズ。だが、腕の中に残る彼女の確かな重みと、雨粒を弾く白い肌の質感が、ルカの奥底で凍りついていた何かを熱く溶かしていく。
[A:ルカ:興奮]「どうせ俺なんか、って言うのはもうやめた。俺が、君を本当の空に帰してやる」[/A]
その直後。
遥か頭上の空中庭園から、教団の鐘の音が地鳴りのように響き渡った。
[Tremble]ゴーン……ゴーン……[/Tremble]
[A:ルカ:恐怖]「不味いな。教団の連中が嗅ぎつけた」[/A]
静かなる異端狩りの始まりを告げる、重苦しい死の旋律。ルカは少女の手を強く引き、入り組んだパイプの迷宮へと駆け出す。

第二章: 浮遊する緑の廃墟
鼻腔を満たす、長年放置された機械油と甘い花の匂い。
旧工業区の暗がり。巨大な歯車が剥き出しになった格納庫の奥で、火花が激しく散っている。
[A:バト:喜び]「ハッ! 飛空挺を直せじゃと? このガラクタの山で正気か、若僧!」[/A]
無数の傷跡が刻まれた太い腕。油まみれのコートを羽織った筋骨隆々の老人、バトが豪快に笑い飛ばす。右眼に埋め込まれた精密なレンズ義眼が、ジジジと音を立ててルカとシエルを舐め回すようにスキャンした。
[A:ルカ:冷静]「あんたなら出来るって聞いたんだ。この子を、下にある天殻まで連れて行きたい」[/A]
[A:バト:冷静]「若僧、空の恐ろしさと美しさを教えてやろう。あれは命を喰らう魔境じゃ。だが……その目。昔の馬鹿な仲間を思い出すわい」[/A]
バトの太い指がコンソールを乱暴に叩き、古のエンジンが重低音とともに産声を上げる。
[Pulse]ドォォォン……![/Pulse]
シエルの持つ透明な石が機関と共鳴し、船体にかかる重力を相殺していく。
船が最下層のドックを抜け、反転した空へとダイブする。眼下に広がるのは、重力の異常で空中に静止した巨大な浮遊群島。
太古の遺跡を覆い尽くす、発光する青い苔。滝は水飛沫を真上へと散らし、光の粒となって霧散していく。
[A:シエル:喜び]「綺麗……本当の空は、もっとずっと優しかったはずです」[/A]
シエルが甲板の縁に立ち、目を閉じて透き通るような声を響かせる。
[Magic]《星萌ゆる風の唄》[/Magic]
彼女の歌声に呼応し、朽ちた甲板の木板から淡く光る古代植物の芽が一斉に吹き出す。花々が狂い咲き、風に乗って咽せ返るような甘い香りが船を包み込んだ。
ルカはゴーグル越しに、無邪気に笑うシエルの横顔を見つめる。胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、心地よい痛み。
[A:ルカ:照れ]「すごいな……君の力、魔法みたいだ」[/A]
だが、その美しい光景を無残に切り裂くように、上空の雲海が真っ黒に染まる。
幾何学的な陣形を組んだ教団の黒い飛空艦隊。艦首に立つのは、黒い軍服に銀の意匠を纏う男。冷徹な三白眼。風に微動だにしないオールバックの黒髪。純白の手袋が、無造作に振り下ろされた。
[A:グラディウス:怒り]「秩序なき自由など、ただの暴落に過ぎん。異端者どもを即座に排除しろ」[/A]

第三章: 侵蝕される境界線
[Shout]ドッガァァァン!![/Shout]
船首が吹き飛び、燃え盛る木片が甲板に降り注ぐ。
強烈な熱波が肌を焼き、焦げた木材の臭気が肺を焼く。
[A:バト:怒り]「グラディウス……! 十年前の亡霊が、またワシから奪う気か!」[/A]
バトが舵輪を狂ったように回すが、黒い艦隊からの砲撃は雨あられと降り注ぐ。
甲板に降り立ったグラディウスの姿は、空間そのものを歪めていた。
[A:グラディウス:冷静]「あの石を渡せ。鳥籠こそが、愚かな人類を破滅から救う唯一の楽園である」[/A]
[Magic]《重力崩壊:グラビティ・ゼロ》[/Magic]
グラディウスの白い手袋が空気を掴む。瞬間、シエルの足元の重力が何十倍にも跳ね上がった。
[A:シエル:恐怖]「きゃあっ!」[/A]
膝から崩れ落ち、甲板に叩きつけられるシエル。
ルカの脳内で、警鐘が鳴り響く。このままでは彼女が潰される。彼女が連れ去られる。
見捨てられることの恐怖。失うことへの強烈な怯え。
[Think]守る。絶対に、俺が。[/Think]
ルカは懐から、機関部から引き抜いた漆黒の『重力石』を取り出す。空間を削り取る禁忌の鉱石。
躊躇いはない。ルカは革のつなぎの胸元を引き裂き、自らの心臓の直上、生身の肉体にその石を深々と突き立てた。
[Pulse]ドクンッ!![/Pulse]
[Impact]ガァァァァッ!![/Impact]
口の中に広がる、ドロリとした血の鉄の味。肉が焼け焦げ、骨が軋む不快な音。
[A:ルカ:狂気]「ぐ、あああああぁぁぁッ!!」[/A]
石がルカの血液を燃料として赤い光を放ち、圧倒的な重力の波紋が広がる。グラディウスの作り出した重力場が相殺され、強烈な衝撃波となって黒い軍服を吹き飛ばした。
[A:グラディウス:驚き]「己の存在を触媒にするとは……狂気である!」[/A]
グラディウスが舌打ちをし、黒い軍艦へと後退していく。
静寂が戻った甲板。荒い息を吐きながら膝をつくルカに、シエルが駆け寄る。
[Sensual]
[A:シエル:愛情]「ルカ! 大丈夫ですか!? 無茶をして……」[/A]
シエルの柔らかい手が、ルカの血と汗に塗れた頬を包み込む。彼女の銀髪からこぼれる甘い香りと、荒い息遣いの温かさ。
ルカは震える手を伸ばし、彼女の白い指にそっと触れようとした。
だが。
ルカの指先は、陽炎のように微かに揺らぎ、シエルの手を無残にも「すり抜け」ていた。
[A:ルカ:冷静]「……平気だよ。少し、疲れただけだ」[/A]
代償。存在そのものが、世界から削り取られ始めている。
ルカは血の混じった唾を飲み込み、震える手をゆっくりと下ろす。
[/Sensual]
シエルはルカの異変に気づかないまま、安堵の笑みを浮かべて夜空を見上げた。
[A:シエル:喜び]「もうすぐですね。天殻を抜けたら……一緒に本当の空を、見ましょうね」[/A]
ルカの琥珀色の瞳が、激しく揺らぐ。
約束に応える声は、喉の奥で詰まり、音にはならなかった。

第四章: 砕け散る天殻
眼前に立ちはだかるのは、世界の果て。
重力の底に蓋をする巨大な黒い壁、天殻。
そして、その手前の空間を埋め尽くすほどの、教団の巨大艦隊。
[A:グラディウス:絶望]「撃て! 奴らをあの壁に触れさせるな! 鳥籠が壊れれば、世界は再び暴落の海に沈むのだ!」[/A]
十字砲火の嵐。炎と爆音の只中、バトが血まみれの顔で舵輪に食らいつく。
[A:バト:興奮]「止まらんぞ! ワシの船は、二度と空を恐れん! 行けえええええっ、若僧ぉぉぉ!!」[/A]
[Impact]ガガガガガッ!![/Impact]
バトの船が敵艦の腹に激突し、凄まじい火柱が上がる。血路が開いた。
ルカの胸に埋まった重力石が、限界を超えて赤黒く明滅する。全身の毛細血管が光の筋となって浮かび上がり、皮膚がガラスのようにパラパラと剥がれ落ちていく。
極度の熱。魂を燃やす感覚。
[A:ルカ:狂気]「おおおおおおおっ!!」[/A]
ルカの体が浮き上がり、暴風の中心となる。
すべてを飲み込む重力嵐が巻き起こり、敵艦隊の強固な装甲を紙切れのように歪め、無慈悲に引き裂いていく。
グラディウスが血走った目を剥き、剣を振りかざしてルカへと跳躍する。
[A:グラディウス:怒り]「なぜ理解しない! ここが楽園なのだ! 秩序を壊すなぁぁぁ!」[/A]
[A:ルカ:冷静]「自由のない楽園なんて、ただのゴミ箱だよ!」[/A]
[Flash]ピカァァァッ!![/Flash]
ルカの放つ極大のエネルギー波が、グラディウスの体を飲み込み、そのまま背後の巨大な天殻へと直撃する。
空気が割れるような轟音。
黒い壁の表面に亀裂が走り、蜘蛛の巣のように広がっていく。
[Tremble]パリンッ……![/Tremble]
境界が、砕け散った。
降り注ぐ黒い欠片の向こうから、目を灼くような強烈な光が射し込む。
初めて見る、本物の太陽の光。
冷たい死の海ではなく、果てしなく広がる緑の平原と、吸い込まれるような青い空だった。

第五章: 逆さまの空の向こう
清冽な風。青草を揺らす音。
鳥籠を抜けた先の「外の世界」。土の匂いと太陽の熱が、肌を優しく撫でる。
柔らかい草の上に不時着した船の残骸。その傍らで、シエルは膝をつき、必死に手を伸ばしていた。
[A:シエル:悲しみ]「ルカ……嘘、ですよね? お願い、目を開けてください……!」[/A]
彼女の腕の中にいるはずのルカの体は、すでに胸から下が光の粒子となって風に溶け出し、半透明に透けきっている。
触れようとするシエルの指先が、空を切る。
[A:ルカ:冷静]「泣かないでよ、シエル。君のせいじゃない。俺が、自分で選んだんだ」[/A]
ルカは薄れゆく腕を必死に持ち上げ、額の飛行ゴーグルを外す。それを、透明な石と共に草の上にそっと置く。
見捨てられるのが怖かった。
自分には何の価値もないと思っていた。
けれど今、目の前で泣きじゃくる少女の顔を見ていると、不思議なくらい胸の中が温かい。
[A:ルカ:愛情]「君が自由になれたから……俺はもう、一人じゃないんだ」[/A]
琥珀色の瞳が、最後に一度だけ優しく細められる。
[FadeIn]さらり、と。[/FadeIn]
微かな風の音だけを残し。
ルカの体は無数の光の粒となって、高く、高く、本物の空へと舞い上がっていった。
[Shout]「ルカァァァァァッ!!」[/Shout]
果てしない平原に、シエルの悲痛な叫びが木霊する。
どれだけの時間が過ぎたのか。
涙の跡がこびりついた頬を風が撫でる。シエルはゆっくりと立ち上がった。
足元には、煤けた飛行ゴーグルと、かすかに温もりを残す透明な石。
[A:シエル:愛情]「……行きます。あなたが、開いてくれた空だから」[/A]
ゴーグルを胸にきつく抱きしめ、彼女は振り返ることなく歩き出す。
見上げる青空は、どこまでも高く。
そして果てしなく澄み渡っていた。