カイの指先が、古物市の隅で山と積まれたガラクタの中から、羊皮紙に似た奇妙な巻物を引き当てたのは、全くの偶然だった。埃を払うと、インクは掠れていたが、見たこともない星座と、古代文字で記された航路が浮かび上がった。彼の心臓が、探究心という名の古いエンジンに火をつけられたかのように高鳴る。
「リナ、これを見てくれ!」
カイが駆け込んだ先は、オイルの匂いが立ち込めるガレージ。そこでは、彼の幼馴染であり、天才的なパイロット兼メカニックのリナが、愛機である小型飛空艇「シルフィード号」の整備をしていた。
「また変なガラクタを拾ってきたの?」
スパナを片手にリナは呆れた顔をしたが、星図に描かれた三重星系のシンボルを見ると、目を丸くした。「嘘でしょ…これ、伝説の『天空の図書館』の航路図じゃない!」
天空の図書館。かつて宇宙を支配したという古代種族が、その叡智のすべてを遺したとされる、空に浮かぶ伝説の遺跡。多くの冒険家が挑み、誰一人として辿り着けなかった場所。
「危険すぎるわ」リナは言った。「でも…」彼女の瞳は、カイと同じくらい輝いていた。「行かない理由もないわよね!」
二人の冒険は、こうして始まった。シルフィード号は星図が示す未知の宙域へと針路を取り、やがて大気がエメラルドグリーンに輝く惑星「エクリプシア」へと降下した。
眼下に広がるのは、天を突くほど巨大な植物が鬱蒼と茂る原始のジャングル。滝の音と、未知の生物の鳴き声が絶え間なく響く。星図を頼りに低空飛行を続けるが、古代の防衛システムはまだ生きていた。突如、地面から伸びる光のツタがシルフィード号を捕らえようとし、音に反応する機械仕掛けの番人たちが森の奥から現れる。
「カイ、何か手はないの!?」
「この文字…古代の警句だ!『静寂こそが道を開く』…エンジンを切れ!」
リナはカイの言葉を信じ、一瞬の逡巡ののち、シルフィード号のエンジンを停止させた。機体は慣性で滑空し、番人たちのセンサーをかいくぐって、音もなく渓谷の奥深くへと滑り込む。絶体絶命の危機を、カイの知識とリナの操縦技術が切り開いた。
いくつもの罠を乗り越え、彼らがついに辿り着いたのは、巨大な滝の裏側に隠された洞窟だった。その奥へと進むと、空気がふわりと軽くなり、目の前に信じがたい光景が広がった。
重力から解き放たれた巨大な岩塊が、いくつも宙に浮かび、それぞれが壮麗な建造物となっていた。雲海の上に築かれた、巨大な空中都市。それが「天空の図書館」の真の姿だった。
二人はシルフィード号を最も大きな浮遊島に着陸させ、図書館の中心部である巨大なクリスタルの塔へと足を踏み入れた。塔の内部では、無数の光の粒子が渦を巻き、古代の知識が囁きのように空間を満たしていた。
カイが夢中でその光に手を伸ばした、その瞬間。床が激しく振動し、塔の守護者である巨大な石のゴーレムが目を覚ました。その全身には、解除不能とされる古代の封印紋様が赤く輝いている。
「逃げて、カイ!」リナは叫び、シルフィード号の機銃でゴーレムの注意を引く。しかし、ゴーレムの装甲はビクともしない。
絶望的な状況の中、カイの考古学者としての目が、ゴーレムの胸にある紋様だけが、他とは違う配列であることを見抜いた。「リナ!あの胸の紋章だ!そこが制御の起点になってる!」
リナは機体を急旋回させ、ゴーレムの巨腕をギリギリでかわしながら、その懐へと飛び込む。カイは機体のハッチから身を乗り出し、震える手でゴーレムの胸に触れた。古代文字の配列を頭の中で瞬時に組み替え、正しい解を導き出す。指先で紋様をなぞると、ゴーレムの赤い光が青に変わり、やがてその巨体はぴたりと動きを止めた。
静寂が戻った塔の中で、カイは再び光の渦に手を差し伸べた。触れた瞬間、宇宙の創生から未来の可能性まで、膨大な知識の奔流が彼の意識に流れ込んでくる。全てを理解することも、持ち帰ることも不可能だ。だが、彼はその膨大な叡智の中から、小さな光のかけら――未知のエネルギー理論が記された水晶――を一つだけ、そっとポケットにしまった。
「カイ、夜が明けるわ」
リナの声に振り返ると、エクリプシアの地平線が黄金色に染まり始めていた。
「すごいものを見てしまったな」カイは、まだ興奮で震える声で言った。
「そうでしょ?」リナは悪戯っぽく笑う。「だから冒険はやめられないのよ。さあ、帰りましょう。次の冒険が、私たちを待ってるわ」
朝日を浴びて輝くシルフィード号は、天空の図書館を後に、再び大空へと舞い上がった。カイの胸には、手に入れた古代の叡智と、これから始まるであろう無限の冒険へのワクワクとした期待感が、力強く脈打っていた。
天空の図書館と忘れられた星図
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