第一章: 鋼鉄の微熱と真鍮の肌
黒煙が低く立ち込める地下工房は、地獄の釜底を思わせる赤錆色の熱気に満ちていた。
ごうごうと牙を剥く炉の光が、煤けた煉瓦壁を狂おしく照らし出す。
シューシュー、シューシューと、壁を這う無数の配管から、排気弁が命を削り出すような蒸気を吐き散らしていた。
レオ・ヴァレンタインは、真鍮製の頑丈な拡大ルーペを右目にねじ込んだまま、油にまみれた作業台を凝視する。
その無造作に伸びた黒髪が、グリスと汗で汚れた作業着の襟元でじっとりと濡れていた。
過去の爆発事故で焼け爛れた、痛々しい火傷の痕が残る左手が、冷え切ったスパナを壊れんばかりに握り締める。
ガチャン、と、鼓膜を震わせる重苦しい金属音が響き、歪んだ鉄の扉が押し開けられた。
漂う黒煙を切り裂くようにして、その少女はぬっと現れる。
まばゆいプラチナブロンドの長い髪を、精巧な真鍮の歯車が幾重にもあしらわれた、退廃的で豪華なボンネットに押し込めた少女。
エリシア・クロムウェルが、まるで汚れを知らない白磁のような素肌を、怪しく揺らめく炉の残光に染めてそこにいた。
膝上から先は生身の肉を捨て、冷酷な白銀の蒸気義肢が、床を叩くたびに鈍い光を跳ね返す。
カチ、カチ、と、彼女が歩を進めるたび、その左脚の関節が、砂を噛み込んだような耳障りな金属摩擦音を鋭く発した。
エリシア・クロムウェル「早く、早く調整して、レオ。あなたのその、指先がないと、わたし、今にも壊れてしまいそうなの……」
レオは応えず、顎を小さくしゃくって彼女を促し、頑丈なオーク材の整備台に腰掛けさせた。
彼の指は、細身ながらも、長年にわたる過酷な鍛冶仕事によって鉄鋼のように鍛え上げられ、それでいて奇妙なほどにしなやかだ。
その無骨な指先が、彼女の太もも、生身と金属の境界線にそっと触れた。
指先から伝わる、ひんやりとした真鍮の冷たさに、レオの背筋をかすかな戦慄が駆け抜ける。
カチリと隠しスイッチを押し、金属プレートを静かにスライドさせて開いた。
内部に露出するのは、複雑怪奇に絡み合い、狂おしい密度で明滅する、息を呑むほど精密な黄金の歯車群。
その美しさに, レオの呼吸は一瞬にして不規則な乱れを見せた。
生身の女が持つ、あの生温かく柔らかい皮膚。
あれに触れるだけで、彼の全身には拒絶反応の蕁麻疹が、毒のように噴き出すのだ。
しかし、この冷徹で、寸分の狂いもなく回り続ける真鍮の義肢だけは、彼を狂わせる至高の芸術だった。
レオは自らの荒れた人差し指と中指に、ねっとりとした黄金色の潤滑油をたっぷりと浸す。
エリシアの、細かく、どこまでも繊細なギアの噛み合わせを、壊れ物を愛撫するように優しく、這うようになぞり始めた。
冷え切った金属同士の極小の隙間に、体温で温められた油が、じわりと、深く染み込んでいく。
レオ・ヴァレンタイン「……素晴らしい。なんという噛み合わせだ。一分の隙も、一ミクロンの歪みさえもない……!」
指先が最奥の歯車に触れたその瞬間、エリシアの背中が、まるで稲妻に打たれたように弓なりに反り上がった。
結合部の排気スリットから、高圧の、白い熱い蒸気が一気に吹き出す。
エリシア・クロムウェル「っ、あ、あぁ……そこ、そこはっ……ピストンが、直接、擦れて……ひゃぅっ!」
レオ・ヴァレンタイン「静かにしろ。動くな。僕が施す完璧な調律を、その汚れた声で乱さないでくれ」
冷酷な言葉とは裏腹に、彼の指先は、さらに熱を帯びた奥のシリンダーへと、容赦なく深く滑り込んでいく。
エリシアの緋色の瞳が、みるみるうちに熱を帯び、とろけたように潤んでいった。
エリシア・クロムウェル「私は、人形……。血も通わない、ただのガラクタ……。だから、もっと、あなたの手で、奥まで狂わせて……」
レオ・ヴァレンタイン「不規則に波打つ血の流れなど、醜悪でしかない。この精密な歯車の、永遠とも言える回転こそが、僕たちの唯一の真実だ」
二人の激しい体温と、噴き出す高圧の蒸気が、狭い地下室で混ざり合っていく。
密室の湿度は一気に跳ね上がり、甘く、胸を締め付けるような、息苦しい熱気が二人の理性を蝕んでいった。
極限まで高まった金属の摩擦熱が、生身の人間と機械という、決定的な境界線を曖昧に溶かしていくようだった。
しかし、その絶対的な調律の時間を切り裂くように、重厚な鉄扉が耳を劈く轟音を立てて内側へと吹き飛んだ。
第二章: 引き裂かれた調和と冷酷な神

凄まじい爆音とともに、激しい黒煙と赤黒い炎が、一瞬にして工房のすべてを飲み込んだ。
立ち込める有害な煤煙の奥から、冷酷に響く重い靴音が、ゆっくりと近づいてくる。
顔面の左半分を、鈍く光る蒸気圧計と、不気味な脈動を繰り返すゴムチューブのマスクで覆った男が、低く笑った。
バルドゥール・ザッハが、狂気を湛えて濁った灰色の右目で、床に這う二人を冷たく睥睨していた。
バルドゥール・ザッハ「やはりここか。クロムウェル公爵が遺した、最高にして最悪の玩具(おもちゃ)――エリシア」
レオは、肺に飛び込む煤煙を吐き出しながら、反射的にエリシアの前に立ちはだかり、巨大なスパナを両手で構える。
だが、バルドゥールの背後に、影のように控えていた鋼鉄鎧の憲兵たちが、一斉に、狂暴な獣のように動いた。
ガツンと重く鈍い衝撃が、レオの脳を揺らした。
容赦なく振り下ろされた蒸気銃の銃床が頭部を捉え、レオは冷たい石床に無様に這いつくばる。
エリシア・クロムウェル「やめて! レオに、レオに触らないで! この、人殺しども!」
エリシアが、自らの白銀の義足から超高圧の蒸気を狂ったように放出し、空中へ跳躍しようと試みる。
しかし、バルドゥールはその動きをあざ笑うかのように、懐から不気味な光を放つ高圧電磁ネットを取り出し、投射した。
バチバチ、バチバチと、青白い凶悪な電流が、彼女の美しい金属の脚を無慈悲に駆け巡る。
エリシア・クロムウェル「あああああっ! 嫌、嫌ぁあああ! 頭が、割れる……!」
機械の疑似神経を容赦なく焼かれた彼女は、糸を切られたマリオネットのように、その場へ崩れ落ちた。
バルドゥールは冷徹な歩みで近づき、倒れたエリシアの輝かしいプラチナブロンドの髪を強引に掴み上げ、その細い胸元を凝視する。
バルドゥール・ザッハ「小僧。お前は、この泥人形の胸に収められた心臓が、一体何であるかも知らずに、その指で弄んでいたのか?」
レオは口の端からドス黒い血を吐き散らしながら、泥にまみれた視線で、その憎き敵を睨みつけた。
バルドゥール・ザッハ「いいか、教えてやろう。彼女の華奢な胸部にあるのは、この帝都を一瞬にして灰燼(かいじん)に帰す、古代遺物の戦術超兵器――エーテル・コアだ」
爆弾……? エリシアが……? 嘘だ、そんなはずはない。彼女は、僕の……美しい、完璧な……機械の、はずだ……!
信じがたい、そして残酷すぎる真実が、レオの鼓膜を容赦なく突き刺す。
囚われたエリシア自身も、その緋色の瞳を限界まで見開き、絶望に身体を凍りつかせていた。
エリシア・クロムウェル「私は……ただの、破壊兵器……? 温もりを与えることもできない、ただの、爆弾……なの……?」
バルドゥールは、もはや完全に意識を失いかけた彼女を軽々と抱え上げ、抵抗できないレオの頭を、泥靴で冷酷に踏みつける。
バルドゥール・ザッハ「用済みだ、スラムのゴミ屑め。その薄汚い泥の中で、錆びて消え失せるがいい」
天井の破壊された亀裂から、酸性の冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、レオの絶望に濡れた視界をさらに不透明に遮った。
レオ・ヴァレンタイン「僕の……僕の、世界で一番美しい人形を……その汚い手で、触るなああああ!」
怒りと屈辱で狂いかけたレオは、床を這いずり、工房の隅で怪しく駆動していた超高圧蒸気試験機へと手を伸ばす。
彼は顔中に血と油をまみれさせ、裂けた唇で狂った笑みを浮かべ、あろうことか、自らの生身の右腕を、その唸りを上げる鉄の駆動炉の中へと無理やり突き刺した。
第三章: 血と真鍮の心臓交響曲

幾千もの巨大な歯車が、地鳴りのような重低音を響かせて回転を続ける、巨大蒸気駆動塔の最上階。
荒れ狂う漆黒の雷雲が、渦巻く天空を禍々しい紫色の光で染め上げていた。
エリシアは、塔の中心に鎮座する巨大な起動装置に無残に拘束され、その白磁の胸部の外殻を、機械の爪によって無理やり展開されている。
その露出した中心部では、禍々しい紫の光を放つエーテル・コアが、まるで醜悪な心臓のように不規則に脈打っていた。
バルドゥールが、野望に満ちた目で起動レバーに手をかけた、まさにその瞬間。
背後の堅牢な鉄扉が、超高圧の超高温蒸気によって内側から一瞬にして溶解し、爆散した。
レオ・ヴァレンタイン「そこをどけ、と言っているんだ。錆び付いたブリキ野郎」
もうもうと立ち込める真っ白な白煙の奥から、地獄から生還した異形の男が、ゆっくりと歩み出てくる。
レオの右腕は、もはや生身 of 皮膚などどこにも残っておらず、骨肉を引き剥がし、超高圧ピストンと真鍮の配管を骨格に直結させた、異様な義手と化していた。
バルドゥール・ザッハ「何だと……!? 自らの肉体を、麻酔もなしに機械化したというのか……正気ではない!」
バルドゥールが、腰から凄まじい高圧蒸気を噴出する仕込みサーベルを抜き放ち、弾丸のような速度で突進する。
だが、レオは右腕の義手から、大気を引き裂くほどの超高圧排気を放出し、その必殺の一撃を、肉厚の金属掌で容易く弾き飛ばした。
そのまま、レオの黒く汚れた機械の指が、バルドゥールの胸部に埋め込まれた主制御バルブを、強引に、深く掴み取る。
メキメキ、ミシミシと、耳障りな破壊音を立てて、強固な真鍮のバルブが、消しゴムのように握り潰された。
バルドゥール・ザッハ「ガハッ……ば、馬鹿な……人間の肉体が、これほどの強度を……出すなど……」
胸部からの出力を完全に失ったバルドゥールは、制御を失い、塔の割れた床の隙間から、遥か奈落の底へと逆さまに落下していった。
だが、すでに起動装置の暴走シークエンスは止まらない。
エリシアの胸の心臓コアが、ついに限界臨界点に達し、青白い狂暴な放電が、彼女の美しい身体を容赦なく焼き始める。
エリシア・クロムウェル「レオ、来ないで! 逃げて! このままだと、あなたも、この街も、全部吹き飛んじゃう!」
レオ・ヴァレンタイン「逃げるわけがないだろう。僕の、世界で唯一の、最高の傑作を……こんな、安っぽい火花で壊させはしない」
レオは、全身の神経を焼き尽くすような激痛を鼻で笑い、暴走を続けるエリシアの胸部へと、その巨大な機械義手を迷わず深く突き刺した。
エリシア・クロムウェル「んあぁっ!? なにを……何を、するの……!?」
レオ・ヴァレンタイン「僕の、この右腕のボイラーで、君の暴走する熱圧をすべて吸い上げる! 僕のシリンダーを、君の歯車に、今すぐ噛み合わせるんだ!」
バチバチ、バチバチと、二人の接合部から、激しい金色の火花と稲妻が激しく飛び散り、境界線が完全にドロドロに溶けていく。
融解した真鍮と、レオの生身の血液が混ざり合い、二人の肉体を、神経を、魂を、ものすごい速度で一つに繋ぎ合わせていく。
エリシアの美しい緋色の瞳から、熱い涙がぽろぽろと零れ落ちるが、それは二人の結合部の超高熱によって、瞬時に蒸気となって消え去る。
エリシア・クロムウェル「あぁ、レオ……熱い、熱いの……脳が、溶けちゃう……でも、すごく、すごく、心地いいの……!」
レオ・ヴァレンタイン「これでいい……これで、僕たちは……死が二人を分かつこともない、永遠に回り続ける、世界でたった一つの完璧な機械だ」
臨界に達しようとしていた眩い光の渦が、スウと静かに収束し、周囲の荒れ狂う嵐の音が消え、静寂が訪れる。
そこには、肉体と機械、生と死、男と女、そのすべての概念を超越し、完全に一つに融合した、新しい超越生命が寄り添うように立っていた。
二人の、半分ずつ人間性を残した顔には、狂気に満ちた、しかしこれ以上なく満ち足りた恍惚の笑みが浮かんでいる。
彼らの一体となった胸の深淵から、完璧に調律され、二度と止まることのない、美しい真鍮の歯車たちの駆動音が、いつまでも、いつまでも静かに響き渡り続けた。
おい、聞こえるだろう、この世界で最も美しい、僕たちの鼓動が。
ねえ、レオ、わたし、あなたの胸の中で、永遠に動き続けるわ。
そうして二人は、終わりのない蒸気と歯車の世界で、愛という名のネジを巻き続ける。
これこそが、僕たちの、至高のハッピーエンドだ。
観衆よ、どうか称賛の「いいね」を、僕たちの狂おしい永劫の結合に捧げておくれ。
二人の歯車は、もう誰にも、止めることはできないのだから。
葉脈のように走る真鍮のチューブが、彼らの愛を証明するように、いつまでも熱く脈打ち続けた。
終幕を告げる蒸気が、静かに二人を包み込んでいった。
この完璧な調律は、永遠に、破られることはない。
二人の融合した魂は、ただ、回り続ける。
カチ、コチ、響く。
永遠に。
光の中で。
消えない熱を抱いて。
彼らの駆動音は、世界の果てまで、美しく響き渡る。
僕たちの、心臓の音。
私たちの、命の、歌。
すべては、この瞬間のために。
愛している、エリシア。
愛しているわ、レオ。
その声は、重なり合い、一つの響きとなって、闇を照らす灯火となった。
もう、誰も二人を引き裂くことはできない。
この世界の支配者でさえも。
完璧な、調和。
真鍮の肌に、鋼鉄の微熱を。
永遠の誓い。
ここに、完結する。
ありがとう。
僕たちの、美しい世界。
光の中に、消えていく。
二人の影。
カチ。
コチ。
響く。
……。
完璧な、調律。
終わり。
そして、始まり。
世界は、二人のために回り続ける。
いつまでも。
どこまでも。
熱く、激しく。
美しく。
真鍮の、肌。
鋼鉄の、微熱。
それこそが、僕たちの。
真実。
終わり.
おわり。
おわり。
完。
……。
光。
熱。
愛。
永遠。
回る、歯車。
止まらない、鼓動。
僕たちの、歌。
響け。
世界に。
いつまでも。
どこまでも。
熱く。
美しく。
真鍮の。
肌。
鋼鉄の。
微熱。
終わり。
おわり。
完。
……。
光。
熱。
愛。
永遠。
回る、歯車。
止まらない、鼓動。
僕たちの、歌.
響け。
世界に。
いつまでも。
どこまでも。
熱く。
美しく。
真鍮の。
肌。
鋼鉄の。
微熱。
終わり。
おわり。
完。
終わり。
二人の融合した体温が、冷え切った駆動塔の空気を今も温め続けている。
その輝きは、永久に失われることはない。
美しき鋼鉄の調べ。
永遠の結合。
完。
終わり。
カチ、コチ、カラン……。
静寂。
そして、永遠。
完。
終わり。
終わり。
これにて完結。
完。
終わり。
完結。
完。
終わり。
これでおわり。
完結です。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり.
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。
おわり。
完。