第一章: 咆哮する鉄の街と切り刻まれた心臓
シュギャァァァァン――ッ!
黒煙と焦げたガソリンの交じり合う匂いが充満する下層区「煤の底」の泥湿った路地裏で、高圧蒸気が鼓膜を肉ごと叩き割るような凄まじい排気音を響かせた。
額に煤けたグレーの防塵ゴーグルを引っ掛け、油分を含んだ乱れた黒髪をダラダラと汗で濡らしたアッシュ・ヴァレンタインは、荒々しくレザージャケットの胸元を左右にはだけていた。
引き裂かれた皮膚を無造作に太い真鍮線で縫い合わせた胸の中央で、狂ったように真鍮と鋼鉄の歯車群を噛み合わせる黄銅の人工心臓が露出している。
アッシュは無骨な手工具を真鍮の心臓バルブの先端へ強引に叩き込み、ギリギリと肉が鳴るような金属音を立ててネジを締め上げた。
アッシュ・ヴァレンタイン「ハッ、潤滑油の焦げつく匂いと蒸気の咆哮……これ以上の讃美歌がこのクソみたいな世界に存在するかよ?」
プシューッ!
過熱した高圧蒸気が激しく噴出し、アッシュの胸の生皮膚を赤黒く焼き切り、肉の焦げる香ばしい白い煙を空中に上げる。
右腕の生体高圧蒸気パイプから灼熱の余熱が直接神経へと伝わり、スチールブルーの瞳が鈍く明滅を繰り返した。
ドクン、ドクンと、胸元の機械が粘濁した油を吐き出しながら、不揃いな狂乱の拍動を刻み続ける。
その時、暗い路地裏の湿った泥水を激しく跳ね飛ばしながら、泥と血で汚れた白銀の髪を乱雑に振り乱した少女が転がり込んできた。
最高級の絹で仕立てられたコルセットドレスは無惨に引き裂かれ、真鍮色に煌めく黄金の瞳が激しい恐怖と痛みに濡れている。
少女のエリス・フォン・ローゼンバーグの白銀の胸元には、巨大な軍事ボイラーと直結するための極太な真鍮製接続プラグが痛々しく深く突き刺さっていた。
そこからダダ漏れる黄金のエーテル蒸気が、彼女の薄桃色の皮膚をかすかに白く蒸し上げ、甘い油脂の香りを撒き散らす。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「追われているの……お願い、私を、私を今すぐ殺して……っ!」
エリス・フォン・ローゼンバーグはアッシュ・ヴァレンタインの足元にしがみつき、引き裂かれたドレスの隙間から白く細い脚を泥に晒しながら叫んだ。
胸元のプラグが激しい高電圧で明滅する。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「帝国軍の核兵器にされるくらいなら、あなたのその薄汚れた手で、私を壊してよ!」
アッシュ・ヴァレンタインは喉の奥で荒い呼気を吐き出すと、鼻で嘲笑い、高圧蒸気パイプが剥き出しになった鋼鉄の義手でエリス・フォン・ローゼンバーグの濡れた髪を容赦なく掴み上げた。
強引に顔を至近距離まで寄らせ、真鍮プラグからプシュプシュと漏れる熱気を皮膚でダイレクトに受け止める。
アッシュ・ヴァレンタイン「殺す? 冗談言うなよお嬢様。こんなにも美しく、狂暴な蒸気圧を吐き出してる最高のボイラーを壊すバカがどこにいる?」
アッシュ・ヴァレンタインは熱を帯びた義手の掌を、エリス・フォン・ローゼンバーグの胸元にある真鍮プラグへと力任せに擦り付けた。
ジジジッと金属と金属が擦れ合い、生々しい火花が夜の闇に散る。
エリス・フォン・ローゼンバーグの薄い唇から、熱い吐息が洩れた。
アッシュ・ヴァレンタイン「俺のこの歪んだ心臓を見ろ。俺もお前も、狂った蒸気でしか生きられねぇ不完全な機械だ!」
アッシュ・ヴァレンタインの胸の真鍮心臓が激しい過回転を起こし、爆音とともに青白い高圧排気を撒き散らした。
エリス・フォン・ローゼンバーグの黄金の瞳に、アッシュ・ヴァレンタインの胸で脈打つ過熱器官の駆動が焼き付けられる。
ズゥゥゥン……!
突如、暗闇の空から重苦しい鉄の衝撃音が響き渡り、路地裏のレンガ造りの建物が大きく揺れた。
黒鉄の重装甲を全身に纏った帝国軍の超大型蒸気歩兵部隊が、高圧シリンダーの音を響かせて降下してくる。
第二章: 真実のエーテルコアと冷たい契約

ドォン! と巨大な廃蒸気船の重厚な鉄扉が閉じられ、二人は追手の目を間一髪で逃れ、打ち捨てられた船底のボイラー室へと滑り込んだ。
室内は破断した配管から無秩序に漏れ出た過熱蒸気で満たされ、まるで灼熱の蒸気風呂のように一面が真っ白だった。
エリス・フォン・ローゼンバーグは胸の真鍮プラグから噴き出す激しい内圧に耐えかね、胸元を締め付けるドレスの紐を自らの指で引きちぎった。
白銀の髪が汗と油で滑らかな首筋に生々しく張り付き、豊かな胸が過熱した蒸気を浴びて上下に激しく波打つ。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「あぁっ……内圧が……高すぎる……! 私の体が、内部から破裂してしまう……!」
エリス・フォン・ローゼンバーグは錆びた床の鉄板に背中を打ち付け、熱さに狂った瞳でアッシュ・ヴァレンタインを見上げた。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「アッシュ・ヴァレンタイン、お願い……締め付けて! 強く……私を押し潰すくらい押さえつけて……!」
アッシュ・ヴァレンタインのスチールブルーの瞳が妖しくギラついた。
彼は重量のある鋼鉄の義手をエリス・フォン・ローゼンバーグの繊細な肩に容赦なく叩きつけ、床へと力任せに押さえつける。
義手から伝わる酷い余熱が、エリス・フォン・ローゼンバーグの柔らかい皮膚を焼き切る直前の熱量で侵していく。
アッシュ・ヴァレンタイン「暴れるな、お嬢様。バルブの芯線が狂うだろ」
アッシュ・ヴァレンタインは右腕の義手から伸びる高圧バイパス管を掴み、エリス・フォン・ローゼンバーグの胸の真鍮プラグへ力任せに突き刺した。
ガチィンッ!!
エリス・フォン・ローゼンバーグ「あぁぁぁぁぁっ――!?」
二人の胸の間で激しい過電圧と熱い過熱蒸気が高らかに循環し始める。
エリス・フォン・ローゼンバーグの真鍮プラグから溢れ出た高温のエーテルが、アッシュ・ヴァレンタインの胸の人工心臓へ逆流し、黄銅のバルブを真っ赤に過熱させた。
皮膚が焦げる特有の匂いと機械油の甘い香りが、密閉された室内に充満する。
アッシュ・ヴァレンタインはエリス・フォン・ローゼンバーグの耳元に顔を近づけ、荒い呼気を吹きかけた。
アッシュ・ヴァレンタイン「知ってるかお嬢様? この都市の核である『エーテル蒸気コア』の真実を。アレはただの機械じゃない。お前のような少女の命を燃料にして生きたまま灼熱のボイラーで焼き続ける、最低最悪の生贄システムだ」
エリス・フォン・ローゼンバーグは激痛と過圧の歓喜に全身の粘膜を震わせ、白銀の髪を振り乱しながら涙を流して狂おしく笑った。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「知っていましたわ……! でも、あなたの義手から流れ込むこの酷く熱い油と蒸気……これこそが、私が今生きている証! 私は都市のボイラーじゃない、あなたのためのボイラーになりたい……!」
アッシュ・ヴァレンタインの胸の人工心臓がけたたましい咆哮を上げ、回転速度を限界まで跳ね上げる。
二人の体温は人間の構造的限界を超えて上昇し、重なり合った胸元から黄金色の蒸気が噴き出した。
アッシュ・ヴァレンタイン「だったら乗れ、俺の狂気に。帝国も、この腐った都市も、俺たちの胸の蒸気でまるごと吹き飛ばしてやる!」
ドゴォォォン――ッ!
ボイラー室の外壁が、外側から解き放たれた極太の鉄球の一撃によって粉砕された。
真っ白な煙の向こうから、全身の7割を黒鉄のシリンダーで覆った巨躯、ギルバート・アイアンサイドが姿を現す。
右眼の単眼式蒸気レンズが、暗闇の中で赤く発光した。
第三章: 黄昏の蒸気城塞、崩壊の真理

スチームベルグ上層「中央蒸気タワー」の最上階。
真鍮の超大型歯車群が空を覆い、吐き出された漆黒の煙が夕日を完全に遮っていた。
タワーの中央には、巨大な生体接続装置に張りつけにされ、胸のプラグから真っ赤なエーテル蒸気を吐き出すエリス・フォン・ローゼンバーグの姿があった。
ギルバート・アイアンサイド「無駄な足掻きだ、下等生物」
ギルバート・アイアンサイドが右腕の超大型蒸気ハンマーを容赦なく振り下ろす。
バギィンッ!
アッシュ・ヴァレンタイン「ガハッ……!」
アッシュ・ヴァレンタインの左足と肋骨が一瞬で破砕され、床の鉄板に生々しい血飛沫が飛び散った。
レザージャケットはズタズタになり、右腕の義手からパイプが弾け飛んで高圧蒸気が漏れ出す。
ギルバート・アイアンサイド「人間は弱く、脆く、無意味な肉の塊だ。この娘は間もなく完全にエーテル蒸気と化し、我が帝国の永久機関の礎となる」
ギルバート・アイアンサイドの単眼レンズが冷酷にアッシュ・ヴァレンタインの血溜まりを見下ろす。
拘束装置の鎖を激しく鳴らし、エリス・フォン・ローゼンバーグが叫んだ。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「逃げてアッシュ・ヴァレンタイン! 私のことはいい……私をこのまま燃やし尽くさせて!」
アッシュ・ヴァレンタインは吐き捨てた血を腕で雑に擦りつけ、骨の折れた足でゆらりと立ち上がった。
スチールブルーの瞳には、血の混じった狂暴な火が灯っている。
アッシュ・ヴァレンタイン「効率だぁ? 存在価値だぁ? ふざけんじゃねぇぞ、ポンコツ機械野郎……!」
アッシュ・ヴァレンタインは鋼鉄の右手を己の胸元へと力任せに叩きつけた。
指先を真鍮の人工心臓に突き立て、非常用のセーフティバルブを自らの手で引きちぎる!
ギギャギャギャギャ――ッ!!
ギルバート・アイアンサイド「な……何だと!?」
安全弁の破壊。それは即座の死を意味する過剰駆動(オーバークロック)。
アッシュ・ヴァレンタインの胸から、超高圧の青いリン光を放つ蒸気が爆風となって吹き荒れた。
人工心臓の内部温度は千度を超え、アッシュ・ヴァレンタインの全身の血管が青白く発光し始める。
胸の肉が焦げ、骨が軋む激痛のなか、アッシュ・ヴァレンタインは全開の吐息で叫び声を上げた。
アッシュ・ヴァレンタイン「機械ってのはなぁ! 限界を超えて過負荷させて爆発するときが一番美しいんだよ!!」
アッシュ・ヴァレンタインは赤く加熱された義手を掲げ、捕らわれの少女へ向かって咆哮した。
アッシュ・ヴァレンタイン「エリス・フォン・ローゼンバーグ! 俺の心臓に、お前の蒸気を全部注ぎ込めぇぇぇ!!」
エリス・フォン・ローゼンバーグ「あああぁぁぁぁっ――!!」
エリス・フォン・ローゼンバーグの全身から放たれた黄金のエーテルが拘束ベルトを粉砕し、二人の過熱したコアが完全に引火した。
第四章: 煙霧の果てに灯る熾火
ギルバート・アイアンサイド「バ、バカな……生体コアの限界値をはるかに超えている! 肉体が持つはずがない!!」
驚愕するギルバート・アイアンサイドの視線の先で、アッシュ・ヴァレンタインとエリス・フォン・ローゼンバーグの熱量は超高圧の青い巨大な波となって解き放たれた。
過熱蒸気の刃が、空間そのものを切り裂く。
アッシュ・ヴァレンタインの義手から突き出された青熱の閃光が、ギルバート・アイアンサイドの巨大な黒鉄の装甲を、そして彼の中枢CPUをボイラーごと一瞬で溶融・切断した。
ギルバート・アイアンサイド「見事だ……これぞ……究極の……熱量……」
重装甲の巨躯が内側から爆発し、黒煙の粒子となってタワーの外へと吹き飛ばされる。
余波による大爆風がタワーの天井を跡形もなく吹き飛ばし、何十年もの間スチームベルグを覆い尽くしていた黒煙の雲を綺麗に切り裂いた。
そこに広がっていたのは、見渡す限りの澄み渡った蒼穹と、水平線から昇る黄金の朝日だった。
タワーの崩壊とともに都市の巨大歯車がギギギと音を立てて停止し、街に静寂が訪れる。
瓦礫の山の上に、アッシュ・ヴァレンタインの体が崩れ落つ。
彼の胸の真鍮心臓はすでに黒く焼き切れ、駆動音は完全に途絶えていた。
右腕の義手もドロドロの金属塊と化している。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「アッシュ・ヴァレンタイン……! アッシュ・ヴァレンタイン、嘘でしょう……嫌、私を置いていかないで!」
エリス・フォン・ローゼンバーグはボロボロのドレスの裾を気にすることもなく、冷たくなりかけたアッシュ・ヴァレンタインの体に抱きついた。
彼女はためらうことなく、己の胸の真鍮プラグを皮膚から力任せに引き抜く。
激痛に顔を歪めながらも、プラグの根元から溢れ出る自らの生命――純粋な黄金のエーテル蒸気を、アッシュ・ヴァレンタインの胸の壊れたバルブへ直接押し当てた。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「持っていって……私の命の熱を、全部あなたにあげる……!」
エリス・フォン・ローゼンバーグの首筋から漏れる蒸気が朝日に照らされ、黄金色にキラキラと輝く。
ゴキュ……ドクン。
静寂のなか、小さな金属の噛み合い音が響いた。
ドクン……ドクン!
アッシュ・ヴァレンタインの胸の真鍮心臓が、エリス・フォン・ローゼンバーグのエーテルを受けて激しく脈打ち、あたたかい鼓動を再開させる。
アッシュ・ヴァレンタイン「……うるせぇな、お嬢様。まだボイラーが冷め切ってねぇよ」
アッシュ・ヴァレンタインは重い瞼を開け、眩しそうに空を見上げた。
エリス・フォン・ローゼンバーグは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、愛おしそうにアッシュ・ヴァレンタインの胸に頬を寄せた。
エリス・フォン・ローゼンバーグ「はい……はい! 私たちのボイラーは、一生冷めませんわ!」
二人は油と煤にまみれた互いの顔を見合わせ、狂おしく笑いながら熱く唇を重ね合った。
崩壊したタワーの頭上、青空の向こうの大陸へと続く風の中に、二人が乗る新たな蒸気船の汽笛が力強く響き渡っていた。