第一章: 剥奪の執行台
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「――おい、私の身体に何を撃ち込んだ……ッ!? 骨が軋み、筋肉が縮んでいく……っ、声が、出ない……っ!?」
大理石の床に膝を打ちつけた衝撃で、脳震盪のような鈍痛が頭蓋を揺らす。アルディスの誇りであった純白の式典用軍服が、内側から膨らむ柔らかな肉の圧力に耐えかねて悲鳴を上げ、音を立てて裂け散った。
透き通るような白銀の長髪が床に広がり、乱れた風に弄ばれる。首元に刻まれた青黒い呪印が、まるで生き物のように不気味な脈動を刻み、灼熱の鉛を流し込まれたような痛痒を撒き散らしていた。
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「おほほほ! なんて見苦しくも可愛らしい声かしら、元・機関長殿! あなたが誇った浮遊炉同調用の剛力はもうどこにもありませんわ!」
豪奢な黄金色の縦ロール髪を揺らし、エレオノーラは恍惚に目を細めながら、真紅のドレスの裾をこれ見よがしに踏み鳴らす。高飛車な笑い声が、冷たい大理石の列柱に反響して耳腔を突き刺す。
ユーリ・ヴァルハイト「ふふ、エレオノーラ様、ご覧ください。かつて私を見下していた冷血卿が、今や我々の足元で腰を抜かしたただの雌犬だ」
黒銀の総司令官軍服を着込んだユーリが、細い琥珀がかった黒目をねっとりと歪め、喉の奥で下卑た嘲笑を漏らした。かつては忠実な部下として伏せられていたその瞳の奥に、淀んだ劣等感と肥大化した征服欲が爛々とぎらついている。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ユーリ……貴様、副官の分際で謀ったな……っ! この都市の炉心を安定させられるのは私の魂魄同調だけだぞ!」
吸い込まれそうな冷たい紫水晶の瞳が、侮蔑と激痛による涙を滲ませながら二人を射抜く。だが、喉から漏れ出る声はかつての重厚なバリトンではなく、鈴を転がすような高くて甲高い、無力な少女のそれに成り果てていた。
ユーリ・ヴァルハイト「残念でしたね、アルディス。《反転の牝性鎖》は対象の性別を不可逆的に作り変え、男尊の天空法廷から発言権を永久に剥奪する。炉心の管理権はすでに私が引き継ぎました」
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ふざけるな……っ! 私の計算が、私の都市が……あ、熱い、身体の芯が、燃えるように疼いて……っ」
背骨の節々が再構築される激痛、骨盤が外側へときしみながら押し広げられる異様な感覚。胸元に宿った新たな双丘がドレスの布地を押し上げ、尖った先端が擦れるたび、意志に反して甘い痺れが下腹部を貫く。
ユーリ・ヴァルハイト「無駄ですよ。女に堕ちた貴方に残された道は、下層のゴミ捨て場へ飛び降りるか、私の愛玩奴隷として足元に這いつくばるかの二つに一つです」
ユーリの革靴が、アルディスの顎先をねめ回すように擦り上げる。見下ろす瞳に宿る汚らわしい劣情が、肌を粟立たせる。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「この私が、貴様などに……っ! 誰が這いつくばるものか……ッ! 私は、アルディス・フォン・ゼニスだ……っ!」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「強がりを! その哀れな元天才令嬢を雲海の底、スラムの外郭へ蹴落としなさい! 天空都市に無力な女の機関長など不要ですわ!」
無慈悲な靴底が肋骨を打ち据え、浮遊感を伴って視界が天地を逆転させる。
白い華奢な肉体は、手すりを越えて漆黒の気流渦巻く奈落の雲海へ放り出された。
――下層の猛毒エーテルが、肌を焼く。いや、違う。肌を刺すこの激痛の正体は毒ではない。この脈動、この周波数は……世界の炉心律動そのもの……!?
第二章: 反転する炉心律動

湿ったヘドロの臭気と重油の匂いが鼻腔を突く。錆びついた廃液パイプの影で、アルディスは荒い呼気を吐き捨てた。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「くっ……はぁ、はぁっ……! 身体が熱くて引き裂かれそうだ……っ。胸が重い……指先が細すぎて、工具すら握れん……っ!」
油膜の浮いた泥水に映る姿を、濡れた瞳で凝視する。透き通るような白磁の素肌、濡れそぼって鎖骨に張り付く銀髪、豊かに自己主張する胸の谷間。どこからどう見ても、無防備で息を呑むほどに美しい深窓の令嬢そのもの。
首元の青黒い呪印が、脈打つたびに過敏極まる神経系を容赦なく責め苛む。下腹の奥底がじくじくと疼き、未知の渇きに震えていた。
待て。何だ、この異常な魔力伝導率は……? 男だった頃、神経系は浮遊炉の拒絶反応に常に悲鳴を上げ、毎秒気絶寸前の激痛を意志の力だけでねじ伏せていたはずだ。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「大気中のエーテルが……まるで母胎に抱かれるように、私の毛穴ひとつひとつから溶け込んでくる……!?」
全身の皮膚が粟立ち、震えが歓喜へと変質していく。暴虐な毒気であるはずの下層エーテルが、まるで渇いた砂に染み込む水のように、細くなった血管を満たしていく。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ふ……ふはっ、あはははは! 傑作だな、エレオノーラ! 天空都市の浮遊炉心は、古代の文献通り『純粋なる処女の魂魄』でしか真の全出力が出せない構造だったのだ!」
白銀の長い髪を手で乱暴に掻き上げ、アルディスは唇の端を歪めて嗤う。泥にまみれた細い指が、狂おしい笑みとともに大気中のエーテルを繊細に手繰り寄せる。
男だった私は力任せに押さえつけていただけに過ぎなかった。声が高くなっただけで、脳の演算速度は跳ね上がっている。この身体の疼きは……魔力飢餓だ。炉心を欲して、全身の神経が啼いている……!
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ユーリ、エレオノーラ……貴様ら二人には到底扱いきれまい。炉心の安全リミッターはあと数刻で臨界を突破する」
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「墜落させるものか。私が、真の支配者としてあの都市をまるごと私の身体に繋ぎ止めてやる……!」
泥に沈んでいた予備端末を引き抜き、泥に汚れた細い指先が鍵盤を叩いた瞬間、頭上の天蓋全域を巨大な重力震動が貫く。
第三章: 神殿炉心の狂宴

青白い破壊的な雷光を撒き散らす超巨大エーテル炉心『ウラノス・コア』の前で、鼓膜を裂く警報音が鳴り響いていた。
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「ひぃぃっ! なぜですの!? なぜ出力が止まりませんのユーリ! このままでは都市ごと地上へ墜落してしまいますわ!!」
引き攣った表情のエレオノーラが、高価なレースを爪で引き裂かんばかりに握りしめ、青ざめた顔で絶叫する。豪奢なドレスの裾は焦げ、煤にまみれていた。
ユーリ・ヴァルハイト「馬鹿な、リミッター解除コマンドが受け付けない……! アルディスめ、あの男は一体どんな術式でこの炉心を抑えていたんだ!?」
操作盤のコンソールを狂ったように叩くユーリの指が、焦燥で激しく震える。炉心の表面を走る紫電が弾け飛び、制御室の隔壁を溶断していく。
火花散る制御壇の階段から、静寂を切り裂く澄んだ靴音が響く。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「おやおや、情けない悲鳴が響いているな。私の愛した美しい機関室を、随分と汚してくれたものだ」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「なっ……その声、まさか……アルディス!? お前、生きて下層から這い上がってきたのですの!?」
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ずいぶん驚いた顔ですこと、エレオノーラ。女に堕ちた私を嘲笑っていた貴女のそのお顔、酷く歪んでいて見苦しくてよ?」
冷酷な艶笑を浮かべ、アルディスは歩みを進める。泥汚れすら神秘的な装飾に見えるほどの美貌と、全身から立ち上る桁外れのエーテル圧が空気を震わせていた。
ユーリ・ヴァルハイト「貴様、その姿……! 冗談だろ、その圧倒的なエーテル圧は何だ!? なぜ炉心の暴走雷撃がお前を避けて通る!?」
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「ユーリ、貴様が私にくれた呪いのおかげだ。この華奢な身体、細い血管、過敏な神経……そのすべてが、ウラノス・コアの波長と完璧に完全調和してしまったのだからな」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「う、嘘よ……そんなの嘘ですわ! 私が元老院の頂点に立つのです! 衛兵、その女を殺しなさい!」
エレオノーラが喚き散らすが、背後の衛兵たちはすでに気圧され、床にへたり込んで身動き一つ取れない。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「無駄だ。すでにこの中枢のセキュリティ権限は、私の指先一本の魔力で書き換えた。……さあ、跪け」
ユーリ・ヴァルハイト「ぐわあああっ!? 重力が……重力制御が狂って……身体が動かない……っ!」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「ひっ、ドレスが破れて……息が、息ができませんわアルディス、助けて、助けてくださいまし!」
見えない巨大な質量が二人の肩にのしかかり、骨がきしむ音を立てて床へ押し潰される。額を床に擦り付け、唾液を垂らしながら喘ぐ姿は、かつての権力者の面影など微塵も残っていない。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「助ける? なぜ私が? ……ああ、心地いい。炉心から流れ込む莫大な魔熱が、私の身体を芯から満たしていく……っ」
アルディスは細い指先を自らの胸元へと滑らせ、甘い吐息を漏らす。暴走していたはずの超巨大炉心が、主を得た忠犬のように青白い光を静め、アルディスの呼吸と完全に同調して脈動を落ち着かせていく。全身を駆け巡る膨大なエネルギーが、敏感な肉体を熱く濡らしていた。
ユーリ・ヴァルハイト「お、お願いだアルディス……! いや、アルディシア様! 悪かった、俺が愚かだった! 命だけは助けてくれ! お前の犬にでも何にでもなるから!」
靴を舐めんばかりに這いずるユーリの額を踏みつけ、アルディスは氷のように冷淡な眼差しで見下ろす。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「犬? ユーリ、お前のような不潔な男を飼う趣味はない。だが――殺しはしない」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「え……?」
エレオノーラの瞳に一瞬、浅ましい安堵の光が宿る。だが次の瞬間、アルディスの口元に浮かんだ無慈悲な笑みが、その淡い希望を粉砕した。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「この炉心を永久安定させるには、生きた人間の魔力バイパスが必要なのだ。貴様ら二人の命と魂を炉心の冷却触媒として永久に接続してやる。一生都市の底で私の足元を冷やし続ける部品となるがいい」
エレオノーラ・ド・ヴァレンティン「い、嫌あああああっ! 触媒なんて嫌ですわ、お父様助けてえええっ!」
ユーリ・ヴァルハイト「ぎゃああああっ、身体が炉心に溶けていく……熱い、熱い助けてくれアルディス――ッ!!」
指先を優雅に一振りすると、二人の四肢に純白の魔力拘束具が食い込み、炉心の深淵へと引きずり込まれていく。肉体がエーテルの光に融解し、魂の絶叫が冷却機構の機械音の中へと消え去った。
第四章: 静謐なる雲上の玉座
最高機関長室の巨大な展望窓から差し込む暁光が、磨き上げられた白銀の長髪をまばゆい黄金色に染め上げていく。
最高級のエーテル耐性シルクで仕立てられた純白と紫のドレスが、かつて軍服を纏っていた華奢で艶やかな肢体を柔らかく包み込んでいた。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「……ふぅ。静かになったものだな」
首元に刻まれた青黒い呪印は、ウラノス・コアと直接接続された絶対的支配者の証として、淡く誇らしげに瞬いている。
結局……呪いを解く手立てなど、最初から存在しなかった。だが、解く必要などどこにある?
細い指先を豊満な胸元に重ねれば、トクン、トクンと、微かで力強い乙女の拍動が掌に伝わる。かつての重圧と苦悶は消え去り、あるのは世界そのものを統べる絶対的な全能感だけだった。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「男としての栄光、元老院での名声、貴族としての誇り……すべては失われた。だが――」
窓の外では、揺らぎを完全に失った天空都市エリュシオンが、蒼穹を切り裂いて純白の航跡を雄大に描いている。
足元の冷たい床下からは、冷却触媒となった二人の生命力が、規則正しく微かなノイズとなって伝わってくる。永久に尽きることのない、哀れな裏切り者たちの贖罪の音色。
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「誰も私を侵すことはできない。私はこの空のすべてを掌握したのだから」
アルディス・フォン・ゼニス(アルディシア)「さあ、新しい運行スケジュールの策定を始めるとしようか。……この、美しく生まれ変わった私の世界のために」
少女の姿をした天空の支配者は、カップから立ち上るミントの湯気に目を細め、机上の羊皮紙へ静かに、そして力強くペンを走らせた。