第一章: 聖母の喉元に光る針
ノア(前世「動くなよ、シスター。あんたのその綺麗な喉笛、俺のピッキングツールで内側からロックしてやろうか?」
湿り気を帯びた地下の石壁へ、漆黒の修道服に身を包むシスター・マリアを背後から乱暴に押し付ける。
カビと冷たい土の匂いが充満する暗がりの中、彼女の肩が小さく跳ねた。
シスター・マリア(前世「なっ……ノア!? あなた、なぜこの地下最奥の金庫室に……それに、その口調は……!」
無造作に垂れ下がった黒髪の下で、光を一切反射しない深い紫の瞳を細める。
白い麻のシャツの袖口から音もなく滑り出た極細の銀の針金が、脈打つ彼女の白い頸動脈を冷たく撫で上げた。
ノア(前世「いつも通りの無邪気な孤児を演じてほしかったか? 『シスター、お祈りの時間ですね』ってな」
氷のように冷え切ったマリアの指先から真鍮の鍵束を強引に奪い取り、石畳の床へ無造作に放り投げる。
チャリン、と乾いた金属音が密室に反響した。
マリアは唇を噛み締め、視線を床の鍵へと走らせる。
シスター・マリア(前世「返して! あと三十分でバルカス卿が孤児院を差し押さえに来るのよ! この特級魔導金庫を開けて資金を作らなければ、子供たちが……!」
必死さを装う声の奥に混じる、わずかな呼吸の乱れ。
俺は背中に密着させた彼女の肋骨の動きから、その微細な綻びを正確に読み取っていた。
ノア(前世「嘘をつくなよ。あんたの脈拍、今ので跳ね上がったぜ」
針金の鋭利な先端を、禁欲的に固く閉じられた修道服の襟元へと執拗に滑り込ませる。
冷たい金属が熱い肌に触れた瞬間、マリアの息が詰まった。
シスター・マリア(前世「くっ……! やめなさい、ノア……っ!」
氷の碧眼が揺れている。たまらねえな、この聖母の仮面が剥がれる瞬間は。
耳元へ唇を寄せ、甘い毒を流し込むように囁く。
ノア(前世「この金庫の中身は金じゃねえ。十二年前にあんたが処刑した伝説の怪盗――つまり、俺の遺品(しんぞう)だろ? 『隻眼のイヴ」
空気が凍りつく。
次の刹那、修道服の袖が翻り、銀の十字架ナイフが暗闇に閃いた。
風を切る音すら置き去りにする神速の斬撃。
冷たい切っ先が俺の首筋の皮膚を浅く裂き、生温かい血が一筋、鎖骨へと伝い落ちる。
シスター・マリア(前世「……なぜ、その名を。小僧、お前いったい何者だ……っ!」
殺気を孕んだ碧眼が俺を射抜いた、まさにその時だった。
階段の上から、石段を踏みしめる重苦しい軍靴の足音と、粘着質な笑い声が地下室全体へと響き渡る。
第二章: 二重の密室と処刑人の秘密

ガルド・フォン・バルカス「ひゃっはっは! 愛だの祈りだので借金が返せるのかね、シスター・マリア!」
脂ぎった金髪を撫でつけ、太い指に嵌めた宝石だらけの指輪を下品に光らせながら、肥満体の男――バルカスが武装した傭兵たちを伴って降りてくる。
鼻を突く安っぽい香水の匂いが、地下の冷気を汚した。
ガルド・フォン・バルカス「零時前だが、待ちきれなくてねぇ! その特級金庫ごと魔導爆弾で吹き飛ばして、教会の裏財産をいただこうか!」
マリアの瞳から殺気が消え、瞬時に聖女の仮面が貼り付く。
彼女はナイフを袖へ収めると、俺の小さな身体を背後に隠すようにして一歩前へ出た。
小刻みに震える彼女の指先が、俺のシャツの裾をわずかに掠める。
シスター・マリア(前世「……お待ちください、バルカス卿。金庫の鍵と私の身体を差し出します。ですから、この子と孤児院には手を出さないで……!」
ガルド・フォン・バルカス「ほう、清廉な聖女様が豚にひれ伏すか! だが金庫も貴様も両方いただくぞ!」
バルカスが醜悪に口角を吊り上げ、黄金のステッキを振り上げる。
自己犠牲に酔うマリアの背中を見て、俺の胸の奥でどす黒い苛立ちが爆ぜた。
俺はマリアの細い手首を乱暴に掴み、力任せに背後へと引き戻す。
ノア(前世「誰の獲物に手ぇ出してんだ、豚野郎」
バルカスの懐へ一瞬だけ視線を走らせた直後、俺は壁面の赤い緊急レバーを思い切り蹴り飛ばした。
ガシャアァン!!
鼓膜を破る轟音。
天井から極太の鉄格子がギロチンのように落下し、石畳を砕いて俺とマリアの二人だけを金庫前の狭い空間へと完全に隔離した。
ガルド・フォン・バルカス「なっ、貴様、防衛機構を作動させたな!? ええい、鉄格子の外に魔導爆弾を仕掛けろ! 五分後に金庫の扉ごと木っ端微塵にしてくれるわ!」
赤黒い警告灯が狂ったように回転を始め、死を告げるカウントダウンの機械音が無機質に鳴り響く。
逃げ場のない密室。
マリアが鉄格子に縋り付き、血の気の引いた顔で振り返った。
シスター・マリア(前世「ノア、なんてことを……! ここは袋小路よ、二人とも吹き飛んでしまう!」
ノア(前世「五分ありゃ十分だ。俺の指からは、どんな錠前も逃げられねえよ」
俺は背後に聳える特級魔導金庫の九十九連ダイヤルへ左手を添え、同時に右手でマリアの修道服の胸元を掴むと、躊躇なく引き裂いた。
布が裂ける乾いた音が響き、ボタンが弾け飛ぶ。
シスター・マリア(前世「きゃあっ!? な、何をするの……っ!」
胸を強く締め付ける白いサラシの上、華奢な鎖骨のすぐ下に刻まれた『鍵穴型の古い火傷痕』が赤い警告灯に照らし出される。
ひきつれた肉の凹凸へ、俺は親指の腹を押し当て、執拗にその輪郭をなぞった。
マリアの膝から力が抜け、その身体が俺の腕の中へと崩れ落ちる。
シスター・マリア(前世「あぁっ……! そこは、触るな……っ!」
ノア(前世「答えろよ、イヴ。なぜ俺を殺したあの日、お前は自分の胸に俺の紋章(鍵穴)を焼き付けた?」
黒のヴェールが滑り落ち、月光のような銀色の髪が乱れ広がる。
見開かれた碧眼から大粒の涙が溢れ出し、火照った頬を伝って落ちた。
シスター・マリア(前世「だって……教皇庁の命令で、あなたを処刑するしかなかった……! だから私は、自分の魔力核(いのち)の半分を削って、あなたの魂を転生させる禁術を使ったのよ……!」
息が止まる。
……なんだと? 俺を罠にはめて殺したんじゃなく、生かしただと……?
彼女は震える手で俺の頬を掴み、狂おしいほどの執着を滲ませた瞳で俺を睨みつけた。
シスター・マリア(前世「あなたをもう一度、私の手で捕まえるために生かしたのよ、クロウ……っ!」
警告。爆破まで残り六十秒。最終ロック:生体心拍認証・未解除。
第三章: 絶頂のピッキング・シンフォニー

無機質な音声が、甘美な告白を無慈悲に切り裂く。
ノア(前世「生体心拍認証だと……? おいマリア、この金庫の最終ロック、あんたの心臓と連動してんのか!?」
マリアは荒い息を吐きながら、胸元の傷跡を隠すように腕を交差させた。
シスター・マリア(前世「ええ……私の心拍数が『毎分百八十』に達した状態でなければ、最後のピンは外れない仕掛けよ……! 普段の私なら心拍を自在に操れるのに、あなたの前では狂ってしまって……!」
鉄格子の向こう側では、設置された魔導爆弾の魔力炉が赤く膨れ上がり、バルカスが下卑た笑い声を張り上げている。
ガルド・フォン・バルカス「ぎゃはは! 残り五十秒だ! せいぜいガキと抱き合ってミンチになるがいい!」
俺は口角を凶暴に吊り上げ、鉄格子の外の豚を一瞥した。
ノア(前世「耳を塞いどけよ、豚野郎。今から最高の音楽(シンフォニー)を聴かせてやる」
左手のピッキングツールを金庫の複雑な鍵穴へと深く突き立て、目にも留まらぬ神速で内部の魔導ピンを弾き始める。
それと同時に、右手でマリアの白いうなじを強引に引き寄せ、鎖骨に刻まれた鍵穴の火傷痕へ熱い唇を押し当てた。
シスター・マリア(前世「ひゃうっ……!? だ、駄目っ、ノア、今は十二歳の身体なのに……っ!」
拒絶の言葉とは裏腹に、彼女の熱い吐息が俺の首筋にかかり、修道服の下の肌が粟立つ。
ノア(前世「黙れ、俺の指は十二年前からずっとお前の鍵穴を覚えてる。ほら、耳の裏も弱かったよな?」
金庫のピンを弾く左手の動きと完全にシンクロさせながら、右手の指先で彼女の耳裏をリズミカルにタッピングし、濡れた舌先で火傷痕の中心を執拗に抉る。
ドクン、ドクン、ドクン!
密着した胸元から、彼女の心臓が早鐘を打ち始める振動がダイレクトに伝わってきた。
シスター・マリア(前世「あぁっ、そこを抉るな……っ! 神よ、どうかこの穢れた私をお許しください……んぁあっ♥」
祈りの言葉が甘い嬌声へと溶けていく。
カチャリ、カチャリと精巧な錠前が外れていく硬質な金属音と、マリアの乱れ切った吐息が地下室で重なり合い、淫靡な旋律を奏でる。
いいぞ、脈が跳ね上がってきた。百五十、百六十、百七十……!
残り十秒。
マリアの瞳が潤み、酸素を求めるように赤い唇が半開きになる。
ノア(前世「泣くなよ、俺の処刑人。お前の奥底、全部俺が暴いてやる……!」
緩んだサラシの隙間から、汗ばんだ豊かな胸の谷間へと指を深く滑り込ませ、最も敏感に充血した傷跡の芯を爪先で強く弾いた。
マリアの背中が弓なりに反り返り、視界が火花を散らすように明滅する。
シスター・マリア(前世「ああぁぁっ♥ クロウ、好きっ、愛してるぅっ……!!」
心拍数一八〇到達。爆破まで残り一秒。
左手の手首を極限まで捻り、最後のピンをねじ伏せる。
ガチィィン!!
脳髄を揺さぶる快音。
ノア(前世「いい音が鳴ったぜ。お前の奥底、もうロックは外れてる」
何重もの魔導障壁が砕け散り、重厚な金庫の扉が轟音と共に開け放たれた。
第四章: 共犯者たちの夜明け
ガルド・フォン・バルカス「なっ、開いただと!? だがもう遅い、爆発しろぉっ!」
バルカスが狂乱して叫んだ瞬間、開け放たれた金庫の内部に刻まれていた古代の魔法陣が、目を灼くほど青白く発光した。
《逆転移トラップ・起動》
空間が歪み、鉄格子の外でカウントゼロを迎えた魔導爆弾が消失する。
次の瞬間、それはバルカスたちの足元へと寸分の狂いもなく転移していた。
ガルド・フォン・バルカス「ひっ、ひぃぃぃっ!? なぜ爆弾がこっちに――ぎゃあああっ!!」
ドゴォォォン!!
凄まじい爆炎と衝撃波が地下通路を吹き抜け、鉄格子のこちら側にいる俺たちの髪を激しく揺らす。
肉が焦げる臭いと黒煙が充満する中、傭兵たちとバルカスはボロ雑巾のように壁へと叩きつけられ、ズルズルと床へ滑り落ちた。
俺は咳き込むことすらなく、開いた金庫の奥へと足を踏み入れ、そこに鎮座していた『漆黒の怪盗仮面』と一冊の革張りの帳簿を無造作に拾い上げる。
ノア(前世「ご苦労さん、バルカス。この金庫の防衛機構は、正しい手順で開けると外の異物を吹き飛ばす仕組みでな」
黒焦げになり、全身を痙攣させながら、バルカスが血走った目を俺の手元へと向けた。
ガルド・フォン・バルカス「う、うぐぐ……! そ、その帳簿は……まさか、十二年前に怪盗クロウに盗まれた、我が一族と教皇庁の裏帳簿……!?」
乱れた呼吸を整えながら立ち上がったマリアが、冷酷な処刑人の目に戻り、鉄格子の向こうの豚を見下ろす。
シスター・マリア(前世「ええ。私が十二年間、ここで守り抜いていたあなたの破滅の証拠よ」
俺はさらに、自分の半ズボンのポケットから一枚の羊皮紙を抜き出し、指先でヒラヒラと振ってみせた。
ノア(前世「ついでにこいつもな。さっき鉄格子を閉める瞬間、あんたの懐からスリ取って印章を偽造しておいた『バルカス全財産の孤児院への譲渡契約書』だ」
手首を引き戻すあの一瞬の交錯で、すべては終わっていた。
ガルド・フォン・バルカス「ば、馬鹿な……いつの間に……! お、終わりだぁぁ……っ!」
白目を剥いて口から泡を吹き、完全に意識を失ったバルカスなど一瞥もせず、俺は十二年ぶりに『漆黒の仮面』を自らの顔へと当てた。
肌に吸い付くような魔導具の感触が、失われていた前世の魔力を血管の隅々まで呼び覚ましていく。
視線を落とせば、引き裂かれた修道服から白い肌を覗かせたままのマリアが、まだ余韻に震える膝を床につき、熱に浮かされたような碧眼で俺を見上げていた。
俺は歩み寄り、十二歳の小さな指先で、跪く元・処刑人の細い顎を傲慢にクイと持ち上げる。
荒い吐息が混じり合う距離。
ノア(前世「さあ、処刑人のお姉さん。俺をもう一度捕まえてみろよ。ただし――今度はお前のベッドの上でな」
マリアの喉が小さく鳴り、その唇が歓喜と背徳に歪んでいく。
彼女は俺の手首に自らの指を絡め、鎖骨の傷跡を俺の指先へと擦り寄せた。
シスター・マリア(前世「ええ、喜んで……私の愛しい大怪盗様♥」
聖母の仮面を完全に捨て去った処刑人が恍惚と微笑む。
俺たちは硝煙の匂いが漂う地下室で互いの唇を深く重ね、誰にも暴けない十二年越しの『共犯契約』に、最後の鍵を閉めた。