第一章: 神の密室と爪研ぎ台
ベルゼ・シャノワール「身の程を弁えなさい、下等な二本足! 制限時間は三十分ですわ!」
純白の神官ローブが金糸の軌跡を描いて翻る。逆立った白銀の猫耳から、ぴんと張り詰めた殺気が漏れていた。
ぎちり、と革の首輪が喉笛を締め上げる。気道を圧迫する確かな痛みに、蓮は薄く口角を持ち上げた。
真城 蓮「おいおい、首を絞めるな神様。呼吸困難じゃ名推理も披露できないぜ」
煤けた黒トレンチコートの襟元を無造作に正し、煤煙の匂いを纏う指先で革帯を緩める。
乱れた漆黒の前髪の隙間から覗く三白眼が、血のような赤ワインと泡に塗れた黄金の絨毯を射抜いた。
ベルゼ・シャノワール「至高の太陽王が泡を吹いて倒れたこの密室で、よくも減らず口を! 犯人を暴けねば全身を爪研ぎ台にして細切れですわ!」
苛立ちに任せて打ち振られる純白の尾が、大理石の床をピシリと叩く。だが、その先端は微かに震えていた。
真城 蓮「喉の奥が小さく鳴ってるぜ、ベルゼ監察官。怒りじゃねえ……恐怖の周波数だ」
革靴の踵を一歩踏み出し、間合いをゼロに詰める。蓮の骨張った指先が、白磁の如き滑らかな顎下へと滑り込んだ。
ベルゼ・シャノワール「なっ……二本足の汚い指で、わたくしに触れ……ひゃ、あ……んんっ!?」
《至高の顎下撫で》
親指の腹が頸動脈の窪みを捉え、絶妙な角度と速度で神経の束を押し上げる。
猫族の急所を的確に抉る律動。喉の奥から、自制を裏切る甘い痙攣がせり上がる。
ベルゼ・シャノワール「ふ、あぁ……っ、腰が……抜けて……視界が、ちかちか、痺れ……っ♥」
背筋を駆け抜ける未知の痺れに膝の力が抜け、ベルゼの細い身体が蓮の胸元へと崩れ落ちる。
抗おうと伸ばされた鉤爪が、トレンチコートの生地を情けなく引っ掻くだけに終わった。
真城 蓮「喉の奥に引っかかった黄金の長毛……現場の至高神の毛並みと完全に一致する。お前、さっきまでここにいたな?」
荒い息を吐きながら冷たい床に頽れたベルゼは、涙を滲ませたオパールの瞳を吊り上げた。
青ざめた唇を噛み締め、乱れた息の隙間から絞り出すように声を絞る。
ベルゼ・シャノワール「わたくしではない! 現場の鍵は……あの毒婦ネフェルの毛で塞がれていたのですわ!」
第二章: 高いところから落とす者

ネフェル・ルミナス「ふふ、可愛い二本足。そこから落ちたらどんな音がするのかニャ?」
雲上回廊の冷徹な風が吹き抜ける欄干。闇に溶ける黒シルクのドレスを妖艶に揺らし、黒猫耳の少女が細い煙草を燻らす。
灰が紫煙と共に虚空へと散る。その双眸は、眼下に広がる底知れぬ雲海を愉悦の色で見つめていた。
真城 蓮「毒薬の調合者、ネフェル神官だな。太陽王を暗殺した動機を聞かせてもらおうか」
乾いた風にコートを靡かせ、蓮は静かに間合いを詰める。足音を殺した歩法が、滑らかな床に微かな影を落とす。
ネフェル・ルミナス「動機? そんな大層なものじゃないニャ。猫はね、高いところにある秩序を床に叩き落として割るのが大好きなのさ!」
紫の魔力マニキュアが塗られた鋭角の爪先が、空気を裂いて蓮の頸動脈へ一閃する。
不可視の刃と化した爪風が、蓮の頬の産毛を断ち切る刹那。
ベルゼ・シャノワール「蓮、避けなさい! 《天空光線》ッ!」
真城 蓮「必要ない」
低く呟いた蓮は身じろぎ一つせず、トレンチコートの内ポケットから鈍色に光る金属筒を抜き放った。
親指でスイッチを押し込む。カチリ、と静寂を切り裂く乾いた金属音。
虚空の白壁を音もなく走る、鮮血の如き一点の赤。
ネフェル・ルミナス「にゃっ!? あ、赤い……光……っ!? 捕まえなきゃ……あ、ああっ!!」
獰猛な笑みを浮かべていたネフェルの琥珀色の瞳孔が、真円へと限界まで見開かれた。
理性を焼き尽くす原初の狩猟本能。身体が勝手に宙を舞い、光の軌跡を追って跳躍する。
ドゴォン、と無様な激突音と共に欄干へ激突した黒衣の体が、床へと無様に転がり落ちた。
真城 蓮「神猫宮の暗部も、レーザーポインターの前じゃただの仔猫だな」
埃にまみれ、額を押さえながらネフェルは嘲笑を漏らす。その唇の端から、一筋の紅い血が伝い落ちていた。
ネフェル・ルミナス「あははっ……残念だね探偵さん。太陽王は毒で死んだんじゃない。最初から『生きてすらいなかった』のさ!」
第三章: 剥がされた毛皮の神像

ベルゼ・シャノワール「な、何を言っているのですの……!?」
回廊を駆け上がってきたベルゼの声が、驚愕で上擦る。信じ難い言葉を拒絶するように白銀の耳が伏せられた。
蓮は答えず、金色の天蓋付きタワーへと大股で歩み寄る。鎮座する巨大な神の抜け殻を見下ろした。
ベルゼ・シャノワール「不敬ですわ! 至高神の肉体に触れるなど……!」
制止の叫びを無視し、蓮の荒くれた手が黄金の毛皮の腹部を乱暴に掴む。
ギリ、と引き裂くような摩擦音を立て、隠されていた金属のジッパーが一気に引き下げられた。
精密時計機構: ぜんまい損壊率100%
開帳された腹腔から転がり出たのは、無機質な真鍮の歯車と、異様な芳香を放つ大量の乾燥またたびだった。
真城 蓮「中身はからくり人形と高級またたび綿。これが天上界を統べる絶対神の正体だ」
冷酷な事実が、豪奢な神殿の静寂を暴力的に叩き割る。
ネフェル・ルミナス「元老院が下僕を縛るために作った操り人形。壊したかったのに、先を越されたよ」
起き上がったネフェルが、冷めた眼差しで散らばる残骸を見つめ、忌々しそうに吐き捨てる。
だが、蓮の冷徹な三白眼は、既に別の標的を捉えていた。
真城 蓮「機械の主ぜんまいを爪で引きちぎった真犯人は……ベルゼ、お前だ」
ベルゼ・シャノワール「ち、違……わたくしは、ただ……ッ!」
ベルゼの顔面から血の気が完全に失せる。後退る足が縺れ、豪奢なローブの裾を踏みそうになる。
真城 蓮「偽りの神に祈りを捧げ続ける日々に耐えかねたんだろ。爪の隙間に残る真鍮の削り屑が証拠だ」
蓮が指し示したベルゼのマニキュアの根元には、微かな金色の金属粉がこびりついていた。
誤魔化しようのない物的証拠。少女の唇が激しく打ち震え、やがて歪んだ絶望へと崩壊していく。
ベルゼ・シャノワール「人間風情が……わたくしたちの神聖な支配を、どうしてくれるのですの!?」
第四章: 二本足の完璧な調教
真城 蓮「神がいなくなったなら、新しい飼い主が必要だな」
蓮は首元に残っていた革のチョーカーを自らの手で引き千切り、床へと投げ捨てた。
無数の引っ掻き傷が刻まれた逞しい両腕を、迷える仔猫たちへ向けて静かに広げる。
真城 蓮「おいでお前たち、極上のブラッシングの時間だ」
蓮の指先が、空気を震わせて滑り出す。左手でベルゼの顎下を、右手でネフェルの耳裏を同時に深々と捉えた。
毛並みの流れ、神経の密集地、体温の集まる急所。その全てを知り尽くした職人技の如き運指。
ベルゼ・シャノワール「ひゃ、あぁっ……!? そ、そこ、強く揉まれると……全身の、力が、抜けて……っ♥」
ネフェル・ルミナス「ん、んぁっ……あ……っ! 嘘、指先の熱だけで……芯まで、蕩けちゃう……っ♥」
激しい電気信号が二人の細い背骨を駆け抜ける。視界が点滅し、思考の全てが快楽の波に呑み込まれた。
かつて天上界に君臨した高貴な二対の猫耳が、濡れたように伏せられ、蓮の無骨な指に擦り寄る。
広大な大理石の神殿を震わせる、重なり合った二重の喉鳴らし。
真城 蓮「事件を運んでこい。最高の指先で支配してやるよ」
二人の少女は蓮の両足に身を寄せ、すがるようにその革靴へと額を擦り付けた。
矜持も、神性も、偽りの権威も、全ては男の指先一つによって心地よい隷属へと書き換えられた。
ベルゼ・シャノワール「……はい、ご主人様……ずっと、撫でて……くださいますこと……」
ネフェル・ルミナス「もうどこにも行かないニャ……全部、あなたの好きにして……」
天上界を支配したのは神猫。だがその猫を跪かせたのは、一本のブラシを持つ下僕の指先だった。