第一章: 宣告と鉄屑
斑鳩 剛「おい律!テメェの造ったこのガラクタ、明日の夜明けまでに全部スクラップ工場へ叩き込まれるぞ!」
蝶番の歪んだ鉄扉が蹴破られた瞬間、鼻腔を刺す錆と酸性雨の湿気が狭隘な作業場へ一気になだれ込む。粗悪なオイルの薄膜が浮く水たまりを剛の安全靴が無造作に踏み荒らし、跳ねた泥水が律の使い古された作業着の裾を黒く染めた。
鳴神 律「知ってるよ剛。さっき工導院から赤紙が届いた。僕みたいな落第生が、許可証もなしに心臓部を組んでるんだ。当然の報いだろ」
青白い火花を散らす半田ごてから、細い鉛の煙が天井の換気扇へ吸い込まれていく。脂で束になった黒髪の隙間から覗く三白眼は、手元の基板に落ちる自らの手の震えをただ無機質に見つめるだけだ。乾いた唇を舌先で舐め、律は焦げた抵抗器をピンセットで弾き飛ばした。
斑鳩 剛「テメェ、何でそんな冷めたツラしてやがる!」
鳴神 律「現実を計算しただけさ。僕の技術なんて兄さんの足元にも及ばない。鳴神の名を汚すゴミ箱だ」
吐き捨てられた卑屈な呟きに呼応するように、剛の血管の浮き出た太い腕が振り下ろされる。轟音とともに作業台の天板が真っ二つに裂け、散乱した真鍮の小ネジが床の泥濘へ跳ね飛んだ。金属の硬い跳躍音が、狭い工房の壁に幾重にも反響する。
斑鳩 剛「ふざけんな!俺のこの右腕、誰が繋ぎ直したと思ってやがる!エリート共が匙を投げた腕を、テメェは三日三晩不眠不休で繋ぎ止めたじゃねぇか!」
剛が喉を裂くように怒鳴り散らし、義肢と肉の接合部に残る引き攣った手術痕を、律の目の前に突きつける。皮下で軋むチタン合金の継ぎ目からは、律が夜を徹して調整した滑らかな油圧の駆動音が微かに漏れていた。
鳴神 律「どうせ僕の造るものなんて、誰の役にも立たないガラクタだよ……」
律は視線をそらし、指先に滲む火傷の痕を強く擦り合わせた。冷えた泥水が染み込んだ布靴の中で、足の指が硬直する。そのとき、雨音を切り裂く硬質な軍靴の足音が背後の闇から響き、湿った空気を凍りつかせた。
狭間 葵「みっともない諍いはやめなさい。執行猶予は明朝六時。鳴神律、あなたの『零式』のコアは禁制規格に抵触しています」
群青色の工導院制服の裾を翻し、少女が泥を踏み越えて現れる。雨粒を弾く銀縁眼鏡の奥、琥珀色の瞳は氷のように冷徹だ。彼女の指先が挟み持つ紙片には、容赦のない朱色の封印印が押されていた。
斑鳩 剛「除籍上等だクソ女!律の魂を奪う気なら、その澄ました眼鏡ごと粉砕してやる!」
剛が歯を剥き出し、右腕のシリンダーから過剰な蒸気を噴出させながら一歩踏み出す。だが葵は眉一つ動かさず、胸ポケットから引き抜いた撤去命令書を律の胸元へ無造作に叩きつけた。
狭間 葵「校則第十八条に基づき排除します。……斑鳩、足元を見なさい」
湿った床に落ちた命令書の裏面。そこには、葵の端正な筆跡とは異なる殴り書きで、工導院最深部に位置する高圧溶解炉の非常解錠コードが走り書きされていた。
第二章: 背信の炉と青い嘘

斑鳩 剛「おい律、早くしろ!この熱気、あと十分で俺の皮膚ごと焼き爛れるぞ!」
深深度炉の扉が開かれた瞬間、網膜を灼く朱色の熱波が二人を包み込んだ。剛の赤茶色の短髪から滝のような汗が顎を伝い、床板の鉄格子へ落ちる傍らからジュッと蒸発していく。剥き出しの太い両腕が、白熱する重量百キロの主骨格を直接抱え込んでいた。
鳴神 律「剛、何でこんな無茶を!工導院の最奥炉だぞ、見つかれば君は一生投獄だ!」
斑鳩 剛「泣き言を吐くな!テメェの理想の硬度にするにゃ、この炉の火しかねぇんだろ!」
律は火傷痕の残る両手で大型の鍛造トングを握り締め、白熱する特殊合金の塊を深紅の炉心へ沈めた。焦げ付く防熱服の異臭。網膜が痛烈に灼かれ、汗が目に入って視界が滲む。
鳴神 律「……ごめん、剛。僕はずっと君を利用してたんだ。兄さんに勝てない劣等感を埋めるために、僕を頼る君の頑丈さに甘えてた!君は僕を肯定する都合のいい鏡だったんだ!」
張り詰めた律の喉から、長年押し殺してきた醜悪なエゴが吐瀉物のように零れ落ちる。声は情けなく上擦り、息が肺腑を焦がす。だが剛は、鼻梁に走る古傷を歪め、灼熱の熱風の中で猛獣のように歯を剥き出しにした。
斑鳩 剛「だから何だってんだよ!そんな下らねぇ理屈で俺がここにいると思ってんのか!」
剛の右腕の人工筋肉が限界を超えて膨張し、過熱した装甲が赤黒く光を放つ。痛みに耐える男の奥歯がギリと音を立てて砕けかけた。
斑鳩 剛「俺の魂のネジを巻けるのは、世界中でテメェの汚ねぇ指先だけだ!」
青藍の輝き。
臨界点に達した合金が青白く澄んだ燐光を放ち、二人の手によって業火の炉心から一気に引き抜かれた。冷却液の槽へ叩き込まれた瞬間、白い蒸気が爆発的に噴き上がり、天井の換気孔を震わせる。
侵入者検知。第四区画を封鎖、警邏人形を配備。
無機質な警告音声がサイレンとともに鳴り響く。重金属の足音が四方から床板を軋ませ、通路の角から漆黒の銃口が一斉に姿を現す。退路は完全に塞がれていた。
狭間 葵「そこまでです、警邏隊」
制服の裾を黒い油と泥で濡らした葵が、抜いた魔導警棒を両手で構え、遮断扉の真ん中に立ちはだかる。
第三章: 魂魄の過負荷

狭間 葵「校則第百二条、現場検証の優先権を行使します!二人とも、三十秒で『零式』を起動しなさい!」
葵が警棒の切っ先を警邏隊の指揮官へ突きつけると同時に、重機関銃の乾いた発射音が通路を震わせた。
斑鳩 剛「律ゥ!俺の背中は絶対に破らせねぇ!テメェの魂を動かせぇぇぇ!」
剛が工房から担いできた歪な増加装甲を掲げ、最前線へ身を投じる。無数の徹甲弾が鉄板を殴打し、激しい火花が夜気とオイルの霧を引き裂いた。弾丸の衝撃が骨を軋ませ、剛の足元が数センチ後退する。
鳴神 律「接続!バイパス全開放……動け、動いてくれ僕らの結晶ッ!」
律は黒い導電性ペーストを素手に擦りつけ、心臓部のカバーを力任せに剥ぎ取った。
剥き出しの高圧端子へ、生身の右手を躊躇なくねじ込む。
皮膚がジュッと音を立てて焦げる悪臭。暴力的な脈動が神経網を逆流し、指の腱を狂ったように跳ねさせる。
激痛に喉が詰まり、視界が白濁の閃光で明滅する。激しい痙攣の合間、律の唇から歓喜に近い喘ぎが漏れ出た。
鳴神 律「誰のためでもない、僕と剛の証明ッ!」
黄金の燐光。
真鍮の双眸が昏く開眼し、重低音の駆動パルスが床の泥濘を同心円状に波打たせる。
斑鳩 剛「よっしゃあッ、ぶち破れェ!」
剛の生身混じりの右腕と、零式の機鋼巨腕が完全に同期し、空間を圧搾する一撃を放つ。
破壊の咆哮。
正面の防弾シールドごと、警邏人形の隊列が通路の壁面へ叩きつけられ、粉塵の嵐が吹き荒れた。
突風が雨雲を引き裂き、泥の上に鉛色の静寂が落ちる。
狭間 葵「……呆れた出力。完全に規定違反よ」
葵の吐息が白く揺れる。力尽きた律と剛は、冷え切った泥水の中へ背中から崩れ落ちた。
第四章: 朝焼けの残り香
鳴神 律「……冷たいよ、剛」
包帯を幾重にも巻かれた律の右頬へ、水滴のついた冷えた缶コーヒーの底が無造作に押し当てられる。
斑鳩 剛「熱暴走したテメェの頭を冷やすにゃ丁度いいだろ」
トタン屋根の隙間から立ち上るオイルの蒸気の向こう、濁った東の空が赤銅色に白み始めていた。街の輪郭が朝の光に洗われ、冷えた風が律の乾いた喉を撫でる。
鳴神 律「たった一分でコアが焼き切れた。僕の最高傑作は、また鉄屑だ」
視線を逸らし、律は自らの焦げ付いた掌を握り直す。
斑鳩 剛「最高の一分間だったぜ。あんな綺麗な唸り声、初めて聞いた」
剛は缶のプルタブを親指で弾き開け、一気に半分を喉へ流し込んだ。
鳴神 律「僕、もう兄さんと比べるのをやめる。君のための機械を作るよ」
斑鳩 剛「おう。俺が全部ぶっ壊してやるから、何千回でも作り直せ」
地上から、丸めた処分決定通知書を手にした葵が見上げ、冷淡な声音を投げつける。
狭間 葵「無駄口はそこまでです。本部は暴走事故として処理しました。処分は工房の現状維持です」
眼鏡のブリッジを押し上げ、葵は視線を僅かに斜め下へと落とした。
狭間 葵「……私の分のコーヒーは?」
斑鳩 剛「ねぇよ、自分で買ってこい!」
鳴神 律「剛、葵さんにそんな言い方しないの!」
苦くて、甘くて、微かに鉄の味がする。
擦り傷だらけの拳と、焦げ跡の残る掌。差し伸べられた二つの拳が、朝焼けの光の中で強く合わさった。骨の軋みと皮膚の温もりが、確かな明日を刻んでいた。