第一章: 既読スルーの公開処刑と酸素剥奪
天城 陽翔「賛成多数で可決!鳳凛音、君の酸素配給パスは、今日この瞬間から無効だ!」
スマートなブレザーの胸元で、生徒会副会長の金バッジが嫌らしく光る。茶髪マッシュの天城陽翔が、勝ち誇った笑みを浮かべて端末を高く掲げた。
頭上のデジタル掲示板で『追放賛成』の赤い数値が跳ね上がる。ピコン、ピコン、ピコン。教室中に軽박な『いいね』の通知音が鳴り響き、生徒たちの嘲笑がさざ波のように広がった。
鳳 凛音「……わたくしの空気を吸うな、下等生物が。この学園の空調プラントが誰の所有物か、お忘れになりまして?」
銀色がかった黒髪を揺らし、鳳凛音は氷色の瞳で教室中を射抜くように睨みつける。
凛として背筋を伸ばすものの、薄汚れた防塵セーラー服のスカートの下で、彼女の膝はわずかに震えていた。胸元では、首から下げた真鍮製の特注ガスマスクが、まるで処刑台の鎖のように重く揺れる。
水無瀬 雫「ごめんなさい、わたしが空気を読めなかったせいで……っ、ケホッ!凛音ちゃんに防毒マスクを隠されて、息が……っ」
ぶかぶかのカーディガンを着た栗色ボブの水無瀬雫が、わずかコンマ五秒で大きな瞳から大粒の涙をこぼしてみせた。計算し尽くされた角度で陽翔の腕にしがみつき、上目遣いで庇護欲を煽る。
陽翔の鼻腔が、雫の首筋から漂う甘い香りにぴくりと膨らんだ。
天城 陽翔「みんなの総意だからさ、受け入れてよ凛音。今の僕たちには、雫の《聖女の吐息》があれば十分なんだよ」
鳳 凛音「そんな安っぽい香水の匂い、浄化でも何でもありませんわ!陽翔、あなたまで目を曇らせて……っ!」
凛音が唇を噛み締める。鉄の味が口内に広がった。
水無瀬 雫「……凛音ちゃんひどいよぉ。いい加減空気を読んで、さっさと外で腐って死ねばいいのに」
すれ違いざま、雫が涙をピタリと止めて耳元で毒を吐く。そのまま、華奢な見た目からは想像もつかない力で凛音の肩を突き飛ばした。
視界が傾く。
背中からエアロックの鉄床へ叩きつけられた。
肺の中の空気が一気に押し出され、ひゅう、と気管が情けない音を立てる。
嘘よ。わたくしが鳳家の権力を失えば、誰もわたくしを必要としない……っ!
冷たい鉄の感触。凛音は反射的に、左手の薬指に残る醜い火傷の痕を右手で強く握りしめた。かつて陽翔を庇って負ったその傷跡だけが、今の彼女に残された唯一の縋り場所だった。
その時、教室の隅で机に突っ伏していた改造ツナギの少年――狗神朔夜が、無造作な黒髪の奥の三白眼を細めてゆっくりと立ち上がる。
狗神 朔夜「あー、ダル。全員窒息すれば静かになるのに」
誰にも聞こえないほどの低い呟き。朔夜は腰のホルスターから油まみれの巨大パイプレンチを抜き取ると、警報音を上げて閉まりゆくエアロックの隙間へ、迷いなく身を滑り込ませた。
重い鉄扉が完全に閉鎖される直前、朔夜の手元の溶接トーチが唸りを上げる。
バチバチッと青白い火花が散った。
灼熱の金属が溶け合い、外側から非常用レバーが完全に溶接される。清浄な教室と、薄暗い保守通路。二つの世界が物理的に分断された。
第二章: ダクト裏の密室と狂犬の人工呼吸

鳳 凛音「な、何をする気ですの狗神!?わたくしを誰だと……っ、ハァ、ハァッ!」
赤い警告灯が規則正しく明滅する、狭いダクト裏の保守通路。凛音は充満する鉄錆と機械油の匂いにむせ返り、冷たい縞鋼板の床にへたり込んだ。
喉の奥がひりつく。パスの無効化と同時に、彼女の首元の簡易フィルターがロックされ、酸素の供給が完全に断たれていた。
息が、吸えない。見捨てられた。みんなに、陽翔に、世界に……っ!
指先が氷のように冷たくなり、視界の端が黒く滲み始める。自尊心という名のメッキが剥がれ落ち、孤独への恐怖が喉元までせり上がってきた。
狗神 朔夜「うるさいですよ、お嬢様。そんなに空気を無駄遣いしたら、死んじゃうでしょ」
カツン、と安全靴の音を響かせ、朔夜が凛音の前に跪く。赤い警告灯が、彼の首元で揺れるドッグタグと、痛々しい気管切開の縫合痕を生々しく照らし出した。
オイルの染み込んだ作業用のゴツい指先が、小刻みに震える凛音の顎を強引に掴み上げる。逃げることすら許さない、万力のような力強さ。
鳳 凛音「や、やめ……っ、近づかないで……!」
弱々しく胸を押す凛音の手首を、朔夜は片手で造作もなく束ね、頭上のダクトパイプへと押し付けた。
狗神 朔夜「血中酸素飽和度、低下。……あなたの肺は俺のものですよ、凛音様」
低く掠れた声。朔夜は無造作に凛音の防毒マスクを剥ぎ取ると、酸素を求めてパクパクと荒く開閉する彼女の唇を、自らの唇で直接塞いだ。
生温かい二酸化炭素と新鮮な酸素が、粘膜の擦れ合う水音と共に凛音の気管へ押し込まれた。
鳳 凛音「んっ、ふ、ぁ……っ!はぁ、あぁ……っ♥」
肺胞の一つ一つが熱く膨張し、酸欠で霞んでいた視界がチカチカと激しく明滅する。
圧倒的な生命の奔流。朔夜の舌先が歯列を割り開き、唾液ごと空気を流し込んでくるたび、凛音の背筋を甘美な痙攣が駆け上がった。
気位の高い令嬢の仮面が、音を立てて崩れ落ちる。凛音は拘束された手首を振り解き、朔夜の汚れたツナギの胸倉に必死にしがみついた。自分から首を伸ばし、彼の舌先から漏れる吐息を浅ましく啜り取る。
鳳 凛音「ねぇ吸わせて……っ、もっとちょうだい、朔夜ぁ……っ!わたくしを見捨てないでぇ……っ♥」
プライドも恥じらいも全てかなぐり捨て、幼児のように泣き縋る。少しでも唇が離れそうになると、パニックを起こしたように朔夜の首筋に白い腕を絡め、自ら深い口づけをせがんだ。
自分の吐息なしでは生きられないほどに堕ちた高嶺の花を見下ろし、朔夜は三白眼を愉悦に歪めて微笑む。そして、凛音の唇を吸い上げながら、片手で懐から赤錆びた『中央空調マスターバルブ』を取り出した。
狗神 朔夜「あの教室に流れてる綺麗な空気、実はお嬢様のパスじゃなくて、俺が裏で直結してた違法パイプなんですよね。……これ、閉めたらあいつらどうなると思います?」
第三章: 逆転のバルブ閉鎖と聖女の化けの皮

朔夜が足元のパイプレンチを拾い上げ、壁の配管に直結されたマスターバルブへ噛み合わせる。
ギギギッ、と金属が悲鳴を上げた。鍛え上げられた腕の筋肉が盛り上がり、バルブが九十度、強引にひねり潰される。
瞬間、エアロックの強化ガラスの向こう側で、教室の巨大換気扇がガタガタと震えながら逆回転を始めた。通気口から、外気の猛毒を含んだ赤い汚染霧が、濁流となって教室へ噴き出す。
天城 陽翔「え……?なんで息が苦しいの!?雫、君の異能で空気を浄化してくれよ!」
喉を掻きむしりながら後ずさる陽翔に、雫は涙目のぶりっ子ポーズをかなぐり捨て、鬼のような形相で怒鳴り散らした。
水無瀬 雫「無理に決まってるでしょ!?あれはただの幻覚アロマよ!あんたが凛音のパスを奪えば鳳家のプラントが手に入るって言ったんじゃない!ケホッ、ゲホッ!」
天城 陽翔「はあ!?ふざけんなよこのクソ女!お前の異能を信じて婚約破棄したんだぞ!」
怒号と咳き込む音が交錯する教室。その頭上、天井のスピーカーから無機質な電子音が響き渡り、阿鼻叫喚を冷酷に貫いた。
『不正な多数決による管理者の変更を検知。これより該当区画を【汚染廃棄物】として完全パージします』
天城 陽翔「パージ……!?待てよ、僕の親は評議会の役員だぞ!?おい開けろ!凛音!そこにいるんだろ!」
赤い霧が視界を埋める中、陽翔が強化ガラスにへばりつく。スマートだった茶髪は汗と鼻水でぐしゃぐしゃに乱れ、狂ったように窓を叩き続けた。指の爪が剥がれ、ガラス面にどす黒い血がべっとりと塗りたくられる。
天城 陽翔「ごめんなさい凛音様!『いいね』を取り消す!全部雫に騙されただけなんだ、開けてくれぇっ!」
水無瀬 雫「いやぁっ!わたしだけ助けて、凛音ちゃぁん!ぎゃっ、陽翔、なにす……っ、首、放して……っ!」
背後から陽翔が雫の髪を掴んで引き倒し、その細い首に両手を食い込ませた。
天城 陽翔「お前の肺にまだ空気が残ってるだろぉっ!よこせ、僕によこせよぉっ!」
血走った目で涎を垂らし、陽翔は床に押し倒した雫の口を無理やりこじ開け、わずかな酸素を奪い合うようにむさぼりつく。クラスメイトたちも次々と床に倒れ込み、互いの胸倉を掴み合って醜く転がり回る。
その地獄絵図のすぐ目の前で、凛音は乱れた呼吸を整えながら、壁のインターホンのスイッチに白い指をかけた。
第四章: 美味しい空気の独占契約
鳳 凛音「みんなのため、でしたわよね?なら、仲良くみんなで同じ空気を吸い尽くして果てなさいな」
氷の笑みを浮かべたまま、凛音はインターホンの配線を指先でブチリと引きちぎる。
火花が散り、通信が途絶えた。分厚い防音ガラスの向こうで、口から白い泡を吹いて痙攣する陽翔と雫の醜悪な罵り合いが、完全な無音へと変わる。まるで出来の悪いサイレント映画を見ているかのようだった。
凛音は左手の薬指を撫で、そこにあった過去の未練を完全に拭い去るように、冷酷に視線を切った。
鳳 凛音「狗神……いいえ、朔夜。わたくしの肺は、もうあなたの汚い息でしか満たされなくなってしまったわ。責任、取ってくださる?」
熱っぽい瞳で振り返り、凛音は自らの首元から垂れる特注ガスマスクの連結チューブを手に取る。それを、朔夜の首元に埋め込まれた気管アダプターへと、カチリと音を立てて繋ぎ合わせた。
二人の呼吸器が、一本の黒い管で完全に直結される。
狗神 朔夜「ええ、お嬢様。世界の空気が全部腐っても、俺があなたを生かし続けますよ」
ガラン、とパイプレンチが鉄床に転がり、乾いた金属音が通路に反響した。
朔夜は凛音の細い腰を片腕で乱暴なまでに抱き寄せ、アダプターの吸気弁を全開にする。そのまま、彼女の濡れた唇に噛みつくように深く口づけた。
鳳 凛音「んぅ……っ、はぁ、朔夜、もっと……っ、わたくしの肺の奥まで、あなたでいっぱいにして……っ♥」
チューブを通じて循環する熱い吐息と、直接唇から流し込まれる濃厚な酸素。過剰なまでの生命の共有に、凛音の全身が甘い痺れに支配され、爪先がピンと伸びる。
背後では、曇った強化ガラスに押し付けられていた陽翔の血まみれの手形が、ズルリと赤い筋を引いて下へ滑り落ちていった。
死と腐敗に満ちた世界から遮断された、二人だけの箱庭。薄暗い通路には、一つのチューブで繋がれたお嬢様と狂犬の、甘く乱れた呼吸音だけがいつまでも規則正しく脈打っていた。