第一章 同接12人の壁剥がし
『あー、つまんね』
『いつまで壁見てんだよ』
『画面暗い。もっと派手な魔法撃てないの?』
『登録解除しました』
スマホの画面を流れるコメントは、今日も辛辣だった。
ダンジョン配信アプリ『D-Live』。
その片隅で、俺、御子柴レンの配信枠は過疎り続けている。
現在の視聴者数、12人。
そのうち半数は、俺のアンチだ。
「はいはい、文句言わない。今、重要な査定中だから」
俺は薄暗い洞窟の壁に張り付き、ヘッドライトで石材の継ぎ目を照らす。
右目にはめたコンタクト型デバイス――ユニークスキル***鑑定眼***が、青白いAR情報を網膜に投影していた。
対象:古代地下神殿の化粧板
材質:魔力含有石灰岩
市場価値:32,000円 / m2
「……よし、確定」
俺は腰のツールベルトからバールのようなもの――特注の超硬タングステンプライバーを引き抜いた。
『は?』
『武器じゃないのそれ』
『モンスター来てるぞ後ろ!』
背後から、グギャアア! という濁った咆哮。
ゴブリン・ソルジャーだ。
錆びた剣を振り上げ、俺の後頭部を狙っている。
「うるさいな、今、金脈掘ってんだよ!」
俺は振り返りもせず、左手でゴブリンの顔面を鷲掴みにした。
そのまま壁に叩きつける。
ダンッ! と鈍い音が響き、ゴブリンが白目を剥いて気絶した。
「ふぅ……。で、こいつの装備は……」
俺は気絶したゴブリンの腰巻きを剥ぎ取る。
『うわ、汚ねぇ!』
『ドロップアイテムじゃなくて、装備剥ぐのかよ』
『貧乏くさいw』
「お前ら分かってないな。この腰巻き、素材は『人面蚕の糸』だぞ? ドロップする魔石なんて一個500円だが、この布は加工業者に持ち込めば3万円になる」
俺は手際よく腰巻きをジップロックに密閉し、リュックへ放り込んだ。
そして再び、壁に向き直る。
ガッ、バキィッ!!
プライバーを隙間にねじ込み、強引に化粧板を剥がした。
厚さ五センチの石板が、ゴトリと足元に落ちる。
『壁剥がしたwww』
『ダンジョン破壊罪だろこれ』
『運営に通報しました』
「バカ言え。ダンジョン法第3条、『探索者はダンジョン内のあらゆる資源の採取権を持つ』。壁も資源だ。これ一枚で今日の飯代と家賃が浮く」
俺はFランク探索者だ。
強力な魔法も、剣技もない。
あるのは、あらゆる物品の「換金率」を見抜く目と、原価計算への異常な執着だけ。
俺にとってダンジョンは冒険の場ではない。
ただの『解体現場』だ。
第二章 赤字垂れ流しの聖女
重たい石板を背負い、さらに奥へと進む。
目指すはB3階層、『旧王の広間』。
あそこのシャンデリアに使われているクリスタルが、最近の半導体不足で高騰しているらしい。
その時だった。
「きゃあああっ! いやぁっ!」
悲鳴が響いた。
通路の先、開けた広場で派手な閃光が弾ける。
「フレア・バーストォォッ!!」
轟音と共に、オークの群れが吹き飛んだ。
炎の中から現れたのは、フリフリのついた白いバトルドレスを纏った少女。
大手配信事務所所属のアイドル探索者、天道アリスだ。
彼女の周囲には、高価そうな自律撮影ドローンが三機も浮いている。
『うおおおアリスちゃーん!』
『神回確定』
『スパチャ投げます! ¥10,000』
俺のスマホでさえ、彼女の配信の通知が来ていた。
同接数、15万人。
桁が違う。
しかし、俺の***鑑定眼***が見ていたのは、彼女の可愛らしい顔ではない。
彼女の周囲に散らばる「経費」だ。
(……高級マナポーションの空き瓶が3本。一本5万円だから計15万円。今の魔法で消費した魔触媒の宝石が20万円。装備の耐久値減少による修繕積立金が推定8万円……)
対して、彼女が今倒したオーク3体のドロップ品は。
(オークの牙、肉。合わせて市場価格1万2千円)
「……大赤字じゃねえか」
思わず声が出た。
アリスが肩で息をしながら、こちらを睨む。
「な、なによ! 人が命がけで戦ってるのに!」
「いや、命は助かっても財布が死んでるぞ。その戦い方じゃ、スパチャの手数料引いたら利益率マイナスだろ」
「うっ……! そ、それは……事務所が経費持ってくれるからいいのよ!」
「事務所契約? 搾取されてるな。その契約書、あとで俺に見せてみろ。違法条項を鑑定してやる」
俺は呆れながら、吹き飛んだオークの死体に歩み寄った。
そして、焦げた鎧の隙間にプライバーを差し込む。
「ちょ、ちょっと! 私の獲物に何してるの!?」
「肉と牙はお前のものだ。俺は、このオークが隠し持ってる『金歯』を頂く」
「金歯ぁ!?」
俺は強引にオークの顎をこじ開け、奥歯に埋め込まれた純金のインプラントを引き抜いた。
「ダンジョン産のオークは知能が高いからな。たまに人間から奪った金品を体内に隠してる。これはインゴット換算で……ふむ、7万円だ」
『マジかよwww』
『アリスの魔法一発分より高いじゃん』
『この守銭奴、目がガチだ』
『アリスちゃん引いてるぞw』
俺の配信枠のコメントが、少しだけ加速した。
「7万……!? うそ、私の今日の稼ぎより多い……」
「派手な魔法で消し炭にするからドロップ率が下がるんだ。いいか、ダンジョン攻略の基本はPL(損益計算書)だ。Show, Don't Tellならぬ、Profit, Don't Lossだ」
俺はアリスに名刺を渡した。
『ダンジョン清掃・解体・資産コンサルティング 代表:御子柴レン』。
「行くぞ。この先のボス部屋、俺一人じゃ荷物が持ちきれない。手伝えば、利益の10%をやる」
「じゅ、10%!? 少なっ! ……でも」
アリスは自身のドローンに向かって、困ったような笑顔を作った。
「みんな、今日はコラボ配信にするね! この変な人と!」
第三章 ボス部屋はサーバー室
『旧王の広間』への扉は、巨大なミスリル合金製だった。
普通なら、鍵を探してダンジョン内を彷徨うところだ。
「よし、アリス。そこの蝶番(ちょうつがい)をフレア・ランスで焼切れ」
「ええっ!? 鍵は!?」
「鍵を探す時間は人件費の無駄だ。それに、この扉自体が一番の財宝だ。溶かしすぎないように丁寧にやれよ」
アリスが渋々放った熱線が、金属のヒンジを焼き切る。
ズゥゥン……と重苦しい音を立てて、巨大な扉が倒れた。
俺はすぐに扉へ駆け寄り、表面のルーン文字を撫でる。
「素晴らしい。純度98%のミスリル板だ。これ一枚で都内のマンションが買える」
「あんた、本当に魔王倒す気あるの……?」
部屋の中央には、禍々しいオーラを放つ『深淵の魔王』が鎮座していた。
漆黒のローブ、山羊の角、そして手には巨大な鎌。
『出たああああ! 深淵の魔王!』
『アリスちゃん逃げて! 推奨レベルAだぞ!』
『この守銭奴、死んだな』
魔王が鎌を振り上げ、低く唸る。
『愚かな人間どもよ……死をもって償うが……』
「アリス、魔王の足元の床を見ろ」
「え? い、今それどころじゃ!」
「見ろ! あの魔法陣、ただの模様じゃない。あれは『集積回路』だ」
俺の***鑑定眼***が、世界の裏側を暴き出す。
魔王の体、鎌、そして部屋全体。
それらに表示されているのは、HPや攻撃力ではない。
オブジェクト名:ダンジョン・コア・ターミナル
機能:魔力徴収およびモンスター生成
所有権:未設定(管理者不在)
維持費:月額 4,500,000 マナ
「おい魔王! お前、ただの管理人代行だな?」
俺が叫ぶと、魔王の動きがピタリと止まった。
『……貴様、何を』
「このダンジョンの収益構造はおかしい。探索者を殺して得られるマナより、モンスターの生成コストの方が上回っている。つまり、ここはもう経営破綻してるんだよ!」
俺はプライバーを捨て、スマホを取り出した。
D-Liveの投げ銭機能ではなく、ダンジョンの『管理コンソール』へのハッキングを試みる。
もちろん、物理的に。
俺は魔王の座る玉座――その裏にある配線ダクトを引きちぎった。
『ぐああああっ!? 我の、我の魔力供給がぁっ!』
「やっぱりな。この玉座がサーバーだ。魔王、お前はただのホログラム兼セキュリティソフトに過ぎない」
『な、何をする気だ……!』
「M&A(合併・買収)だ」
俺は剥き出しになったケーブルに、自分の魔力を流し込む。
鑑定眼
『管理者権限の譲渡を確認……』
『新オーナー登録:御子柴レン』
部屋の明滅が止まり、魔王の姿がノイズ混じりに揺らいだ。
やがて、魔王は膝をつき――いや、その姿が可愛らしいAIアバターへと変化した。
「システム・オールグリーン。ようこそ、オーナー」
「は……?」
アリスが口をポカンと開けている。
視聴者数は、いつの間にか100万人を超えていた。
第四章 家賃収入という名のエンディング
「さて、と」
俺は玉座に座り、空中に浮かぶウィンドウを操作する。
「まずは無駄なモンスター生成を停止。トラップの維持費もカット。照明はLEDに変更……じゃなくて、発光苔の培養に切り替え」
コスト削減の操作をするたびに、ダンジョンの空気が軽くなっていく。
「あ、あの……レンさん? 魔王は? 世界平和は?」
アリスがおずおずと尋ねる。
「平和になっただろ? 俺がオーナーになったんだから、もう探索者を襲うモンスターは出ない」
俺はニヤリと笑った。
「その代わり、これからは『入場料』を取る」
「えっ」
「それと、壁の素材やドロップ品の持ち出しには『資源税』を課す。配信者には『撮影許可料』も必要だな。アリス、お前が第一号だ。コラボ割引で月額50万円にしてやる」
「あくどい! 悪魔! 魔王よりタチが悪い!」
『wwwwww』
『新しい魔王の誕生である』
『これが見たかったんだよ』
『スパチャ投げます! これ、家賃の足しにして!』
画面を埋め尽くす虹色のスパチャ。
俺は満足げに頷いた。
ダンジョンを攻略する時代は終わった。
これからは、ダンジョンを経営する時代だ。
「さて、次は隣の『灼熱の洞窟』を買収しに行くか。あそこの地熱エネルギー、発電に使えそうだしな」
俺はプライバーを拾い上げ、新たな商談(ダンジョン攻略)へと歩き出した。
背後でアリスが「もう帰りたい~!」と叫ぶ声をBGMにして。