第一章 完璧な廃棄物
「先生、本当に元通りになるんでしょうか」
小刻みに震える老人の手。その指先はリウマチで節くれ立ち、枯れ木のようだった。
私はカルテに視線を落としたまま、冷めたコーヒーを啜る。
「元通り、ではありませんよ。それ以上になります」
「それ以上……?」
「ええ。あなたのその使い古された指は、廃棄します。代わりに、あなたのDNAから培養した『新品』が生えてくる。赤子の肌のような、完全な指がね」
私は引き出しから、銀色の注射器を取り出した。
中には蛍光グリーンの液体が満たされている。
「リ・ジェネシス液。我がクリニックが誇る、神の雫です」
老人は唾を飲み込んだ。
ピアニストとしての再起をかけた、全財産をはたいての治療だ。
私は躊躇なく、老人の指の付け根に針を突き立てた。
「痛みはありません。ただ、少し……むず痒いですよ」
数秒後。
ボロリ、と。
老人の指が、根元から落ちた。
「ひっ!」
悲鳴を上げる老人。
だが、切断面から血は出ていない。
代わりに、桃色の肉芽が猛烈な勢いで盛り上がり、骨を形成し、神経を繋ぎ、皮膚を覆っていく。
わずか三分。
そこには、白く透き通るような、美しい指があった。
「おお……動く。動くぞ!」
老人は涙を流して喜んでいる。
私は床に落ちた『古い指』をトングでつまみ上げ、バイオハザードボックスへと放り込んだ。
ゴミを見るような目で。
「完璧だ。次の方を」
第二章 模造品の憂鬱
診察終了後。深夜の院内は、独特の薬品臭に包まれる。
私は洗面台の鏡に向かい、自分の顔を点検した。
「……目尻にシワ。許せないな」
メスを取り出し、自分の顔に刃を当てる。
躊躇はない。
ザクリ。
皮膚を削ぎ落とし、即座にリ・ジェネシス液を塗布する。
瞬く間に肌は再生し、二十代の頃のような張りを取り戻した。
私は、牧賢人。
この再生医療技術の開発者であり、最大の利用者だ。
歯、眼球、内臓、四肢。
私の体の九割は、すでに『作り直された新品』だった。
古い自分を捨て、常にアップデートし続ける。
これこそが、生物としての進化だ。
その時。
床下から、重低音が響いた。
ズズズ……、ゴリ……。
地下の廃棄物処理施設からだ。
「また詰まったか。旧式の焼却炉め」
私は舌打ちをし、白衣を翻して地下への階段を降りた。
このクリニックの地下には、患者たちから切り落とされた『不要な部位』が集められるタンクがある。
本来なら、強力な酸で溶かされ、下水へと流されるはずだ。
だが、最近どうも調子が悪い。
地下室の重い扉を開ける。
鼻を突くのは、腐敗臭ではなく……甘ったるい、花の香りのような匂いだった。
「なんだ、この匂いは」
懐中電灯を向け、巨大なガラス張りのタンクを覗き込む。
私は息を飲んだ。
そこにあるはずの「肉塊」が、ない。
酸の海も、ない。
あるのは、うごめく、巨大な「何か」だった。
第三章 オリジナルの逆襲
それは、万華鏡のような悪夢だった。
無数の指が編み込まれて作った『腕』。
大量の歯が敷き詰められた『皮膚』。
数百の眼球が、一斉に私を見つめている。
「な……」
タンクのガラスに、ビシリと亀裂が入った。
『イタ……イ……』
声が聞こえた。
耳ではなく、脳に直接響くような粘着質な声。
『サムイ……クライ……』
ガラスが砕け散る。
濁流のように溢れ出したのは、患者たちの四肢だけではない。
見覚えのある右腕。
見覚えのある左脚。
そして、見覚えのある、削ぎ落とされた顔の皮膚。
私が捨ててきた、私自身の『パーツ』たちだ。
それらは融合し、歪な人型を形成していた。
「ありえない。細胞は死滅しているはずだ!」
私は後ずさり、尻餅をついた。
肉の怪物が、私の目の前で口を開く。
その口は、かつて私が抜いた虫歯で構成されていた。
『オマエガ、ニセモノ』
怪物は、私と同じ声で笑った。
『ワタシタチコソガ、ホンモノ。オマエハ、タダノ、ツギハギ』
「やめろ! 私は牧賢人だ! 完全な人間だ!」
『ソウ。ダカラ、モドソウ。ヒトツニ』
無数の手が、私の足首を掴んだ。
その力は凄まじく、抵抗など無意味だった。
「やめろ、やめろぉぉぉ!」
引きずり込まれる。
肉の壁の中に。
温かい。
酷く、懐かしい。
私の「新品」の腕が、怪物の一部へと溶けていく。
意識が混濁する中で、私は理解した。
テセウスの船。
部品を全て入れ替えた時、残された「古い部品」が集まって船を作ったら、どちらが本物なのか。
視界が肉で埋め尽くされる。
最後に見たのは、私の捨てた「古い眼球」が、慈愛に満ちた瞳で私を見下ろしている光景だった。
『オカエリ』
私は、私という廃棄物の中に、完全に嚥下された。