潔癖症の掃除屋は、神話級エラーを「拭き掃除」する

潔癖症の掃除屋は、神話級エラーを「拭き掃除」する

0 58 3148 文字 読了目安: 約6分
文字サイズ:
表示モード:
自動スクロール:

第一章 汚れを見過ごせない男


「あのさ、そこ。邪魔」


俺、神城レン(かみしろ れん)は、眉間に皺を寄せてそう吐き捨てた。


視線の先にいるのは、全身から腐臭を漂わせる体長三メートルの巨人。

世間では『オーガ・ロード』とか呼ばれているらしい。


「グルァアアア!」


巨人が咆哮する。

唾液が飛んだ。


俺の頬に。

ピチャリ、と。


「……あ?」


思考が、凍りつく。

俺の手には、業務用の高機能モップ。

背中には、借金五百万の代わりに押し付けられた、自律型配信ドローン『ナビちゃん』が浮遊している。


『あーっと! 視聴者の皆様! 神城選手、いきなりボスの体液を浴びたァ! これは精神的ダメージが大きいか!?』


ドローンから脳天気な合成音声が響く。

空中に投影されたホログラムのコメント欄が、猛烈な勢いで流れた。


:うわ汚ねぇww

:初配信でこれは草

:Dランク探索者じゃ瞬殺だろ

:いや、こいつ掃除屋だぞ? 武器モップだし

:終わったな。南無


俺は震える手で、ポケットから除菌ウェットティッシュを取り出した。


頬を拭く。

一度じゃ足りない。

二度、三度。


皮膚が擦り切れるほど拭って、それでも許せなくて、俺は巨人を睨み上げた。


「お前……自分が何したか、わかってんのか?」


「ガァ?」


巨人が首を傾げる。

その薄汚い足が、ダンジョンの美しい大理石の床(俺がさっき磨いたばかりだ)を踏み荒らしている。


許せない。

生理的に、遺伝子レベルで、魂の底から。


「そこは土足厳禁だ」


俺はモップを構えた。


「消毒(クリーニング)、開始する」


第二章 世界のバグを修正します


『おいおい! 突っ込んだぞ!』

『死ぬ死ぬ死ぬ!』


ナビちゃんが騒ぐ中、俺は無造作に歩み寄った。

オーガ・ロードが丸太のような腕を振り上げる。


風圧だけで人が死にそうな一撃。

だが、俺にはそれが見えない。


俺の目には、あれは『腕』じゃない。

空間に付着した、巨大な『黒カビ』にしか見えていない。


「汚い」


一言。

俺はモップを、カビの根元――奴の肘関節あたりに滑らせた。


スッ。


手応えはない。

ホワイトボードの文字を消すように、軽い動作。


次の瞬間。


ズンッ!!


オーガ・ロードの右腕が、肘から先ごと『消失』した。


切断されたのではない。

最初からそこに何もなかったかのように、空間ごと白く磨き上げられている。


「ギ……ギャ……?」


巨人が遅れて絶叫した。

断面からは血も出ない。ただ、無機質なポリゴンのような光が漏れているだけだ。


:は????

:え、今なにが起きた?

:CG? ラグ?

:腕消えたぞ

:モップで撫でただけだよな?


『えええええ!? 視聴者数急増! 現在一万人突破! 神城さん、今のどうやったんですか!?』


「どうやったもなにも」


俺はバケツの水でモップを濯(すす)ぐ。

水が黒く濁る。


「頑固な汚れだったから、強めに擦っただけだ」


俺にとっては、このダンジョンの魔物たちはすべて『エラーデータ』であり『汚れ』だ。


俺の特異体質――『概念清掃(コンセプチュアル・クリーニング)』。

対象を汚れと認識すれば、物理法則を無視して拭き取れる。


俺は再びモップを構える。


「次は胴体だ。油汚れが酷そうだな」


オーガ・ロードが後ずさった。

食物連鎖の頂点に立つ怪物が、ただの清掃員に怯えている。


「逃げても無駄だ。俺は、部屋の隅の埃を見逃したことがない」


俺は一歩踏み込む。


縮地? いや、違う。

俺と奴との間の『距離』という概念が邪魔だったから、それもついでに拭き取ったのだ。


ゼロ距離。


「さあ、綺麗になろうか」


モップが一閃。


巨人の胴体が、頭部が、存在そのものが。

まるで濡れた雑巾で拭かれた窓ガラスのように、透明になって消えていく。


後には、ピカピカに磨かれた床だけが残った。


第三章 神話級の汚れ


『同接五万人!? トレンド一位!? ちょっとレンさん、とんでもないことになってますよ!』


「うるさいな。まだ掃除の途中だ」


俺は眉をひそめた。

オーガを処理したことで、ダンジョンの奥から嫌な気配が漂ってきたからだ。


空気が澱んでいる。

換気が悪い。


ズズズズズ……。


床が割れ、漆黒の闇が噴き出す。

現れたのは、五つの首を持つドラゴン。


ダンジョン最深部の主、『深淵龍(アビス・ドラゴン)』。

国家戦力級の化け物だ。


:うわああああああ! 深淵龍だ!!

:逃げろ! これはマジでヤバい!

:Sランクパーティでも全滅したやつだぞ

:掃除屋さん! 逃げて!


コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる。

しかし、俺の目には違ったモノが映っていた。


ドラゴンの足元。

そこに落ちている、お菓子のゴミ。


「……誰だ」


俺の声が低くなる。


「誰だ、こんなところにポテチの袋を捨てたのは」


ドラゴンがブレスを吐こうと口を開ける。

その口腔内にも、食べカスのようなヘドロが詰まっている。


不潔だ。

不衛生極まりない。

このダンジョンは管理が行き届いてなさすぎる。


「ブォオオオオオ!」


黒炎が放たれる。

あらゆる物質を腐食させる死の炎。


だが。


「埃が舞うだろ」


俺はモップを回転させ、黒炎を『拭き散らした』。

炎が、ただのインクのように飛び散って消滅する。


:ファッ!?

:ブレスを……拭いた?

:物理法則仕事しろwww

:これもう掃除の域超えてるだろ


「そこを退け。お前の下にゴミがある」


俺はドラゴンに向かって指をさした。


「退かないなら、お前ごと『大掃除(オーバーホール)』する」


俺の殺気――いや、清掃意欲に反応したのか、俺の全身から青白い光が溢れ出す。

それは魔力ではない。

『清潔さ』を強制する、絶対的な秩序の光。


ドラゴンが恐怖で硬直する。

俺は高く跳躍した。


「ハイパワー・洗浄モード」


モップが光の刃と化す。


「消えろ、頑固なカビ野郎ッ!!」


振り下ろされた一撃は、ドラゴンの肉体だけでなく、その背景にあるダンジョンの壁、さらには空間の歪みまでもを一直線に浄化していった。


世界が、白く染まる。


最終章 配信終了(ログアウト)


光が収まると、そこには何もなかった。

ドラゴンも、瓦礫も、不快な臭いも。


あるのは、鏡のように輝く床と、一枚のポテチの袋だけ。


俺はポテチの袋を拾い上げ、携帯用ゴミ袋に入れた。


「ふぅ……。やっと綺麗になった」


額の汗を拭う。

これで今日のノルマは達成だ。


『あ、あの……レンさん……?』


ナビちゃんが震える声で話しかけてくる。


『コメント欄、見てください……』


:神

:これ現実?

:世界を掃除する者

:綺麗すぎて涙出てきた

:スパチャ(投げ銭)×500000


画面が見えないほどのスパチャの嵐。

借金など一瞬で消し飛ぶ額だ。


しかし、俺は溜息をついた。


「画面が文字で埋まってて、汚いな」


俺はドローンのカメラレンズを、指でキュッと拭った。


「配信、切るぞ。レンズの汚れが気になる」


『えっ、ちょ、待っ――』


プツン。


俺は数百万人が見守る配信を、唐突にシャットダウンした。

世界中がパニックになっていることなど知る由もない。


俺にとって大事なのは、名声でも金でもない。


「さて、次はあそこの染みが気になるな」


俺は静寂に包まれたダンジョンで、再びモップを握り直した。


この世界が、完全に『綺麗』になるまで。

俺の掃除は終わらない。

【主な登場人物】

  • 神城レン (Ren Kamishiro): 主人公。極度の潔癖症を持つ借金まみれの清掃員。彼の「掃除」は概念干渉の一種であり、対象を「汚れ」と認識すれば、神であろうと消去(デリート)できる特異点(シンギュラリティ)。本人はただ掃除をしているだけという認識。
  • ナビちゃん (Navi-chan): 借金のカタに貸与された自律型配信ドローンAI。レンの常識外れな行動にツッコミを入れる苦労人ポジション。視聴者の声を代弁する役割を持つ。
  • オーガ・ロード & 深淵龍: 通常の探索者にとっては絶望的な脅威だが、レンの視点フィルターを通すと「生ゴミ」や「頑固なカビ」として描写される不遇なボスたち。

【考察】

  • 「掃除」というメタファー: 本作における「暴力」はすべて「清掃」に置き換えられている。これは、主人公にとってダンジョン攻略が「戦い(熱狂)」ではなく「事務的な処理(日常)」であることを強調し、現代社会における「労働としての英雄行為」を皮肉っている。
  • 視聴者(神)の不在: ストリーミング配信という題材を用いながら、主人公は最終的に「画面が文字で汚い」という理由で視聴者を切り捨てる。これは承認欲求に支配された現代配信文化へのアンチテーゼであり、彼の行動原理が「他者の評価」ではなく「自己の美学」にのみあることを示している。
  • 現実とバグの境界: モンスターが「拭き取られてポリゴン状になる」描写は、この世界そのものが仮想現実、あるいはシミュレーションであることを示唆する伏線である。レンは、システムのバグフィックスを行う「管理者権限」を持った存在なのかもしれない。
あなたのアイデアで「続き」を書こう!

「もしもあの時...」「この後二人は...」
あなたの想像をAIが形にします。

0 / 200
本日、あと...

この作品はいかがでしたか?

毎日のAI創作活動を応援していただけると、今後の開発の励みになります!
よろしければ、運営へチップを送っていただけませんか?

運営へチップを送る
TOPへ戻る