2401回目の恋人へ:愛の脳外科手術

2401回目の恋人へ:愛の脳外科手術

主な登場人物

相馬 レン (Souma Ren)
相馬 レン (Souma Ren)
22歳 / 男性
清潔感のある白シャツ、整った黒髪。しかし瞳の奥が濁っており、常に相手を値踏みするような視線。手には常にメモ帳を持っている。
一ノ瀬 美月 (Ichinose Mitsuki)
一ノ瀬 美月 (Ichinose Mitsuki)
21歳 / 女性
ふんわりとした茶髪のボブカット。パステルカラーのワンピースやニットなど、清楚で可愛らしい服装。
御子柴 (Mikoshiba)
御子柴 (Mikoshiba)
不詳(外見は20代後半) / 男性
季節外れの黒いロングコート。片目に眼帯をしており、常に薄ら笑いを浮かべている。肌が病的に白い。

相関図

相関図
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6 4748 文字 読了目安: 約9分
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第一章: リセット・ボタンとしての愛

指先に残る感触。それは驚くほど柔らかく、そして温かい。

親指の下で、喉仏が小さく跳ねる。生物としての、最後の抵抗。

[A:相馬 レン:愛情]「ごめんね、美月。今の会話、選択肢を間違えたから」[/A]

清潔なリネンの香りがする白シャツ。その袖をまくり、僕は慈しむように彼女の首を絞める。

曇りのない黒髪、整いすぎた容姿。しかしその瞳の奥、ヘドロのように濁った光が常に相手を値踏みしている。

[A:一ノ瀬 美月:恐怖]「あ……が、れ……ん……?」[/A]

赤黒く鬱血していく、彼女の美しい顔。

酸素を求める必死の喘鳴。涙で濡れた瞳が、理解不能な事態に揺らぐ。

ふんわりとした茶髪のボブカットが、もがく拍子に乱れ散る。いつもなら似合うと褒めちぎるパステルカラーのワンピース、今や見るも無惨なシワだらけ。

[Think]脈拍、低下。瞳孔、散大。意識喪失まであと三秒。[/Think]

なぜ殺すのか?

理由など、些末なこと。今日の昼食、パスタの塩加減が僅かに狂っていた。あるいは夕暮れ時の散歩、予報外の雨に打たれた。

違う。そんな不確定要素、僕の「理想の一日」には不要な異物。

[A:相馬 レン:冷静]「大丈夫だよ。次はもっと上手くやる。君が最高の笑顔で一日を終えるまで、僕は何度でもやり直すから」[/A]

[Sound]ゴクリ。[/Sound]

嫌な音。美月の身体から、糸が切れたように力が抜ける。

人形のようにダラリと垂れ下がる腕。

愛おしい。死してなお、彼女は僕の所有物だ。

[System]Game Over. Resetting...[/System]

懐から取り出したメモ帳に、無機質な文字を走らせる。

『No. 2400。死因:窒息。失敗要因:会話イベントでの選択ミス(Bルートへの分岐失敗)』

[A:相馬 レン:冷静]「……さあ、二千四百一回目の朝を始めようか」[/A]

世界がノイズに包まれ、崩落していく。

視界が暗転する直前、死んだはずの美月の指先、ピクリと動いた気がした。

……いや、気のせいだ。死体に意思などない。

完璧なシナリオに、バグなど許されないのだから。

◇◇◇

第二章: 攻略チャートの上の恋人

鳥のさえずり。午前七時ちょうど。

カーテンの隙間から差し込む陽光、その入射角まで計算通り。

隣で眠る美月の寝息、規則正しいリズム。

[A:相馬 レン:喜び]「おはよう、美月。いい天気だね」[/A]

彼女が目を開ける〇・五秒前、それが声かけの最適解。彼女が「おはよう」と言おうとして口を開くタイミング、そこへ唇を重ねる。

[Sensual]

柔らかな唇の感触。シーツ越しに伝わる彼女の体温、甘いフローラルの香り。

まるで砂糖菓子のような、完璧な口づけ。

彼女の頬が紅潮し、吐息が熱を帯びる。その反応速度、肌の色味、すべてが過去二千四百回のデータと完全に合致する。

[/Sensual]

[A:一ノ瀬 美月:照れ]「もう……レンくんったら、朝から」[/A]

羞恥に頬を染め、ベッドから起き上がる彼女。

キッチンへ向かう背中を見つめ、脳内のタイマーを起動する。

三、二、一。

[A:一ノ瀬 美月:驚き]「あっ!」[/A]

[Flash]ガシャーン![/Flash]

という音は、しない。

彼女がマグカップを滑らせる直前、僕の手は既にそこにあった。

空中でカップを掴み取り、一滴のコーヒーもこぼさずにテーブルへ。

[A:相馬 レン:愛情]「危ないよ。手、滑った?」[/A]

[A:一ノ瀬 美月:喜び]「す、すごい! レンくん、エスパーみたい!」[/A]

[Think]エスパー? 違うな。これはただのパターン認識だ。[/Think]

ここで右足を軸にして振り返り、冷蔵庫を開けるまでの所要時間、四秒。

次に欲しがるのはミルクではなく、低脂肪乳。

彼女が口を開く前、僕は無言でパックを差し出す。

[A:一ノ瀬 美月:愛情]「えっ、どうしてわかったの? レンくんといると、本当に幸せ! なんでもお見通しなんだもん」[/A]

無邪気な笑顔。

最高画質の静止画として保存したいくらいに、美しい。

だが、僕の心は凪いでいた。

これはゲーム。彼女は難易度の高いヒロインであり、僕はその攻略チャートをなぞっているに過ぎない。

彼女の自由意志。

そんな不確定なもの、バグの温床でしかない。僕が管理し、剪定し、導いてやる必要がある。

[A:御子柴:喜び]「おや、退屈そうな顔をしていますねえ」[/A]

空間が歪む。季節外れの黒いロングコートを纏った男――御子柴が、壁にもたれて立っていた。

眼帯をした左目以外の右目が、爬虫類のように細められている。

[A:相馬 レン:冷静]「邪魔だ、御子柴。今はイベント進行中だ」[/A]

[A:御子柴:喜び]「完璧な日常。予定調和の愛。……ですが、気をつけて給え。玩具(おもちゃ)だって、使い込めばガタが来る」[/A]

霧散する御子柴の姿。

不吉な予言など聞き流せばいい。

今日の夜、僕は「完璧なプロポーズ」を行う。

過去二千三百九十九回の失敗データを元に構築された、断られるはずのない絶対のシナリオ。

エンディングは、既に確定しているのだ。

◇◇◇

第三章: 蓄積された死の記憶

夜景の見えるレストラン。

キャンドルの揺らめきが、グラスに注がれた赤ワインに映り込む。

一ミクロンの狂いもなく計算されたタイミング。

ウェイターが去り、周囲の喧騒がふと途切れる瞬間。

ここだ。

[A:相馬 レン:冷静]「美月。君に出会ってから、僕の世界は色を変えた」[/A]

紡がれる、用意した言葉。声のトーン、視線の角度、まばたきの回数まで完璧に制御して。

ポケットの中の指輪ケースに触れる。

彼女は感動で涙を流し、頷くはずだ。

チャート通りなら、ここで彼女は左手を口元に当てて――。

[Tremble]カチャ……カチャカチャ……[/Tremble]

異音。

美月の手が激しく震え、ナイフとフォークが皿にぶつかり不協和音を奏でる。

顔色は蒼白。まるで幽霊でも見たかのように、瞳孔が開いている。

[A:相馬 レン:驚き]「美月? どうしたの、気分でも」[/A]

[A:一ノ瀬 美月:恐怖]「ち……ちが……う……」[/A]

荒い呼吸。

過呼吸? いや、これは――パニック発作。

想定外だ。今日の彼女のバイタルは正常だったはず。

[A:相馬 レン:驚き]「大丈夫だよ、僕がついてる。水を」[/A]

[A:一ノ瀬 美月:狂気]「近寄らないで!!」[/A]

[Shout]絶叫[/Shout]。

レストラン中の視線が突き刺さる。

椅子を蹴倒して立ち上がった美月は、テーブルの上のステーキナイフを逆手に握りしめた。

その切っ先、あろうことか僕に向けられている。

[A:一ノ瀬 美月:絶望]「覚えてない……何も覚えてないのに……! あなたが近づくと、首が熱いの! 息ができなくなるの! 身体中が痛くて、怖くて、あなたが私を殺す夢ばかり見る!」[/A]

[Impact]記憶の残存[/Impact]。

タイムリープの影響を受けないはずの肉体が、二千四百回分の「死の苦痛」を記憶していた?

馬鹿な。脳のリセットは完全なはずだ。

だが、彼女の首筋には、僕が今日「無かったこと」にしたはずの絞殺痕のような赤い痣が、うっすらと浮き上がっている。

[A:一ノ瀬 美月:悲しみ]「あなたは誰……? 私の大好きなレンくんはどこ? あなたは……あなたは、笑顔で私を殺し続ける悪魔よ!」[/A]

床に落ちる涙。

それは感動の涙ではない。生存本能が絞り出した、拒絶の雫。

前提が崩れる音がした。

「愛している」という変数が、「殺される」という定数に上書きされている。

[A:相馬 レン:冷静]「……バグだ」[/A]

僕の口から漏れたのは、謝罪でも愛の言葉でもない。

冷え切った思考が、目の前の愛しい女性を「修理が必要な欠陥品」として再定義する。

話し合いでは解決しない。

リセットしても、この「肉体の記憶」は消えない。

ならば。

[A:相馬 レン:狂気]「物理的なフォーマットが必要だね」[/A]

僕はメモ帳を閉じた。

穏やかな彼氏の仮面が剥がれ落ち、その下から無機質な怪物が顔を覗かせる。

◇◇◇

第四章: 愛という名の外科手術

雨。

横殴りの豪雨が、廃ビルのコンクリートを叩きつける。

泥と錆の臭いが充満する空間。

美月は逃げ込んだ部屋の隅、濡れた仔犬のように震えていた。

パステルカラーのワンピースは泥にまみれ、膝からは血が流れている。

[A:一ノ瀬 美月:恐怖]「いや……来ないで、来ないでぇぇぇ!!」[/A]

[Sound]コツ、コツ、コツ。[/Sound]

近づく足音。

僕は懐中電灯の光を彼女の顔に向けた。

眩しさに顔をしかめる彼女。その恐怖に歪んだ表情すら、ゾクゾクするほど愛おしい。

[A:相馬 レン:愛情]「どうして逃げるんだい? 外は危ないよ。風邪をひいてしまう」[/A]

[A:一ノ瀬 美月:絶望]「あんたなんか……死ねばいい!!」[/A]

投げつけられた煉瓦の欠片が、僕の額をかすめる。

血が流れ、目に入った。

痛い。だが、それ以上に愉快だ。

抵抗イベント。レア演出。

だが、これ以上はシナリオ進行の妨げになる。

[A:相馬 レン:冷静]「痛いじゃないか、美月。……お仕置きが必要かな」[/A]

[Flash]ドンッ![/Flash]

彼女の細い手首を掴み、壁に押し付ける。

雷鳴にかき消される悲鳴。

暴れる身体。爪が僕の腕に食い込む。

生物としての必死の抵抗。しかし、力の差は歴然だ。

[A:御子柴:冷静]「おやおや、愛する人を力尽くで? それが君の『純愛』ですか?」[/A]

虚空から響く御子柴の声。

無視だ。

ポケットから注射器を取り出す。

中身は鎮静剤ではない。彼女の脳内物質を調整し、記憶野に干渉するための混合薬液。

時間を戻すのではなく、彼女自身を「作り変える」ための劇薬。

[A:一ノ瀬 美月:恐怖]「やだ、やだやだ! レンくん、助けて! 怖いよぉぉ!」[/A]

僕に向かって助けを求めている。

目の前にいる僕が元凶だというのに。

混乱しているんだね。可哀想に。すぐに楽にしてあげる。

[A:相馬 レン:愛情]「安心して。悪い部分は全部、僕が切り取ってあげるから」[/A]

[Sensual]

太い注射針、彼女の白い首筋に突き刺さる。

ビクン、と彼女の体が大きく跳ねた。

注入される液体。血管を巡る異物感。

彼女の瞳から光が失われていく。抵抗する力が抜け、僕の胸に崩れ落ちる。

その重み。体温。すべてが僕の手の中にある。

[/Sensual]

[A:一ノ瀬 美月:狂気]「あ……う……」[/A]

焦点の合わない瞳で、彼女は虚空を見つめていた。

人格というOS、シャットダウンされる音を聞いた気がした。

[Think]修正パッチ。適用完了。[/Think]

これでいい。

拒絶も、恐怖も、過去の痛みも、すべて消去すればいい。

君はただ、僕を愛するためだけに存在すればいいのだから。

◇◇◇

第五章: 永遠に完成した幸福

[FadeIn]真っ白な部屋。[/FadeIn]

窓からは柔らかな陽光が降り注ぎ、埃がキラキラと舞っている。

薬品のツンとした臭いが微かに残るリビング、彼女はソファに座っていた。

[A:相馬 レン:喜び]「美月、新しいコーヒーを淹れたよ」[/A]

差し出されたマグカップ。

美月はゆっくりと顔を上げた。

かつてのような快活さはない。ボブカットの髪は伸び放題、目はガラス玉のように光を反射するだけ。

口元からは、一筋の涎が垂れている。

[A:一ノ瀬 美月:狂気]「あ……れん……くん……」[/A]

カップを受け取ろうとする指に力が入らず、取り落とす。

[Sound]バシャッ。[/Sound]

熱いコーヒーが彼女の太ももにかかる。

だが、彼女は悲鳴を上げない。熱さを感じていないのか、それとも反応する回路が焼き切れているのか。

ただ、ニコニコと。

不気味なほど穏やかに、僕に微笑みかけている。

[A:一ノ瀬 美月:愛情]「しあ……わせ……」[/A]

[Impact]完成だ。[/Impact]

これこそが、不確定要素のない完璧な美月。

文句も言わず、逃げ出さず、僕の言葉を全て肯定するだけの存在。

会話の選択肢を間違えることもない。

料理を失敗することもない。

ただここにいて、僕に愛されるためだけの人形。

[A:相馬 レン:喜び]「ああ……やっと、本当の幸せになれたね」[/A]

僕は膝をつき、彼女の濡れたスカートも気にせず抱きしめた。

目頭が熱い。涙が溢れてくる。

二千四百回の苦難を乗り越え、僕はついにトゥルーエンドに到達したのだ。

[A:御子柴:喜び]「素晴らしい。これぞ愛の極致。……知性こそが、苦しみの根源だったわけですねえ」[/A]

部屋の隅で拍手をする御子柴の姿、もう目に入らない。

腕の中の美月が、壊れたレコードのように繰り返す。

[A:一ノ瀬 美月:狂気]「れんくん……すき……れんくん……すき……」[/A]

その言葉に魂はこもっていない。

だが、それがどうしたというのか。

彼女は今、世界で一番幸せそうな笑顔で笑っている。

その笑顔が永遠に続くなら、彼女の心が死んでいても関係ない。

[Sensual]

彼女の涎を指で拭い、その唇に深く口づけをした。

反応はない。ただ温かい肉の塊があるだけだ。

けれど、この温もりこそが僕の求めた全て。

[/Sensual]

窓の外、世界が終わったかのように静かな青空が広がっていた。

僕たちの幸せな時間は、もう二度とリセットされることはない。

地獄という名の楽園。二人きりの、永遠。

[A:相馬 レン:喜び]「愛しているよ、美月」[/A]

彼女の虚ろな瞳に映る僕は、今までで一番、狂ったように笑っていた。

クライマックスの情景

【物語の考察:愛という名の編集作業】

本作の主人公レンにとって、愛とは「受容」ではなく「編集」である。彼は恋人である美月を、自分の理想通りに動くNPC(ノンプレイヤーキャラクター)としてしか認識していない。リセット能力は、気に入らない展開を書き換えるための編集ツールに過ぎないのだ。

【メタファーの解説:バグと人間性】

物語の転換点となる美月の「記憶の残存」は、システム上のバグとして扱われるが、物語的には「人間性の叫び」のメタファーである。完全に管理されたシナリオ(支配)に対し、予測不可能なエラー(感情や生理的嫌悪)こそが人間である証拠。レンが最終的に行った「物理フォーマット(ロボトミー)」は、彼女からその人間性を物理的に切除し、完全にバグのない「モノ」へと堕とす行為であり、皮肉にもそれが彼にとっての「トゥルーエンド」となる。

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