第1章:奈落の底、泥濘と血の契約

鼓膜を突き破る風切り音。
肌を焼く硫黄の刺激臭。肺を侵食する濃密な瘴気。
真っ逆さまに落下しながら、アルスは自身の灰色の髪が乱暴に視界を打ち据えるのを感じていた。
光を喪った三白眼が、遠ざかる頭上の小さな穴を静かに見つめる。
背から胸を貫く傷口。そこから溢れ出た生温かい液体が、虚空へと散っていく。
ボロボロの黒い外套は風に煽られ、千切れた旗のようにバタバタと暴れていた。
[Think]……ああ、やはりこうなったか。[/Think]
薄れゆく意識の淵。網膜に焼き付いているのは、数分前の凄惨な光景だ。
金髪碧眼。白銀の鎧に身を包んだ男の、醜く歪んだ笑み。
[A:レオン:狂気][Whisper]「お前の存在が目障りなんだよ、アルス。僕の世界に、神を騙る底辺は必要ない」[/Whisper][/A]
[Flash]聖剣が肉を裂き、骨を砕く生々しい感触。[/Flash]
首元に刻まれた隷属の呪印が、今もなお火箸を押し当てられたように激痛を放っている。
世界を救うための旅。それは、極限の自己愛と傲慢さによって泥に塗れた。
[Impact]激突。[/Impact]
全身の骨が軋む音。アルスの体は、冷たい泥水の中に深々と叩きつけられた。
口内に広がる強烈な鉄の味。腐敗したヘドロの臭い。
指先一つ動かない。視界の端が、急速に黒く欠け始めている。
[Blur]このまま、暗い泥の中で朽ちる。僕を捨てた世界に、明日を迎える資格はない。[/Blur]
泥に顔を沈め、息絶えようとしたその時。
硬質な音が耳を打った。
ジャラリ、と重い鎖が擦れ合う音。
淀んだ空気を切り裂くように、甘く、それでいて底知れぬ狂気を孕んだ声が降ってくる。
[A:リリス:冷静]「……あら。随分と不格好な落ち方ですね」[/A]
泥水を這うように視線を上げる。
そこにいたのは、常軌を逸した美貌の少女だった。
青白い肌。月光を編み込んだような銀色の長髪。
そして、鮮血のように赤い瞳がアルスを見下ろしている。
破れ果てた漆黒のドレス。その背中には、無惨にもがれた片翼の痕が痛々しく残る。
首には極太の鎖が繋がり、奈落の岩肌へと彼女を縫い付けていた。
[A:リリス:愛情][Whisper]「私を解放して。代わりにあなたの復讐、私が全部叶えてあげる」[/Whisper][/A]
赤い瞳が、アルスの輪郭を舐め回すように捉える。
背後に這い寄る巨大な影。奈落の最下層を支配する、肉塊のようにおぞましい魔獣が二人に迫っていた。
腐肉の臭いが鼻腔を刺す。猶予はない。
[A:アルス:冷静]「……いいだろう。僕の世界を、お前の力で壊してくれ」[/A]
アルスは血まみれの指先を微かに動かし、自身の血を泥水に垂らす。
彼にしか見えない、森羅万象を構成する青白い魔力式が空間に浮かび上がった。
デバフ・支援術の極致。すなわち、神殺しの力。
[Magic]《因果律逆転・封印解除》[/Magic]
[Flash]空間がパリンと音を立てて砕け散る。[/Flash]
リリスを縛っていた鎖が、砂のように崩れ落ちた。
解放された圧倒的な魔力の奔流。それは、奈落の瘴気を一瞬にして彼方へ吹き飛ばす。
[A:リリス:狂気]「あはっ……! さあ、私達を邪魔するゴミは、全部お掃除してあげますね!」[/A]
銀髪が踊る。リリスの細い腕が振られると同時、空間そのものに亀裂が走った。
[Shout]「ギィャアアアッ!」[/Shout]
鼓膜を破る断末魔。迫り来る巨大な魔獣の肉体が内側から弾け飛び、紅い雨となって降り注ぐ。
熱い血しぶきを浴びながら、二人は奈落の泥濘の中で狂気的な契約を交わした。
第2章:抗えない熱と歪んだ安らぎ

終わりの見えない暗闇。
地獄のような瘴気の底を、二人は血まみれになりながら踏破していた。
迫り来る異形の怪物たち。アルスが理を書き換えて無力化し、リリスが物理法則を無視して粉砕する。
舞い散る臓物と腐肉の雨。彼らは互いの呼吸だけを道標としていた。
休息の時。岩陰でパチパチとはぜる小さな焚き火。
燃える骨の微かな明かりが、二人の輪郭を柔らかく照らし出す。
アルスはリリスが泥水から抽出した、泥のように苦いコーヒーを喉に流し込んだ。
[Sensual]
[A:リリス:愛情][Whisper]「アルス様……今日も、とても素敵でした」[/Whisper][/A]
リリスが背後から抱き着き、青白い腕をアルスの首に回す。
冷たい肌の感触。血の匂い。
彼女の濡れた唇が、アルスの首元にある醜い隷属の傷跡にそっと触れた。
[Pulse]トクン、トクン。[/Pulse]
傷跡をなぞる舌先の熱が、アルスの背筋に甘い痺れを走らせる。
他者からの接触を極度に嫌う彼が、この少女の体温だけは拒絶できなかった。
[A:アルス:冷静]「……やめろ。傷が開く」[/A]
[A:リリス:照れ][Whisper]「ふふ、アルス様が私を拒絶するはずないって、知っていますよ」[/Whisper][/A]
銀色の髪から香る、鉄と硝煙の入り混じった残り香。
アルスは振り返り、リリスの背中にあるもがれた片翼の痕を無骨な指で撫でる。
ひどく欠損したその痕跡をなぞると、彼女は甘い吐息を漏らし、瞳をトロンと潤ませた。
[A:リリス:興奮][Whisper]「あっ……アルス様の手……もっと、深く……」[/Whisper][/A]
彼女の細い指がアルスの黒い外套を掴み、さらに強く引き寄せる。
互いの欠落を埋め合わせるような、歪で狂気的な共依存。
この奈落の底で、彼らだけが世界のすべてだった。
[/Sensual]
微かな温もりを分かち合う一方で、アルスの三白眼の奥には氷のような冷徹さが宿っている。
偽りの英雄に平伏す、地上という名の巨大な虚構。
それを徹底的に解体し、奪い尽くすための算段が、彼の脳内で冷酷に組み上げられていた。
[A:アルス:冷静]「地上に戻る。そして、あの男のすべてを書き換える」[/A]
[A:リリス:喜び]「はい、アルス様。あなたを傷つけた世界ごと、私が壊してあげます」[/A]
第3章:反逆の剣、地獄からの帰還

地上へと通じる巨大な門。
青銅の扉の前には、一人の大男が立ち塞がっていた。
背丈をゆうに超える無骨な大剣。傷だらけの黒い軽鎧。無精髭に覆われた顔に刻まれた、大きな切り傷。
[A:ガウェイン:怒り]「……ここから先へは通さねえ。俺の死に場所は、この扉の前だ」[/A]
地を這うような野太い声。
元聖騎士ガウェイン。かつてレオンの不正を暴こうとし、逆に反逆者の汚名を着せられ全てを失った男。
彼の目には、権力者への激しい嫌悪と、己の無力さに対する深い絶望が沈殿している。
[A:アルス:冷静]「死に場所を探している割には、随分と剣が重いな」[/A]
[A:ガウェイン:怒り][Shout]「黙れっ!」[/Shout][/A]
大剣が空を裂く。
[Tremble]岩盤を砕き、空気を震わせる一撃必殺の重剣術。[/Tremble]
しかし、その剣閃がアルスに届く直前。空中の魔力波長が、歪にねじ曲がった。
[Magic]《質量逆転・衝撃拡散》[/Magic]
鋼の刃が触れた瞬間、大剣に込められた莫大な運動エネルギーが霧散する。
体勢を崩したガウェインの眼前で、アルスの低い声が響いた。
[A:アルス:冷静]「レオンに奪われた正義。それを抱えたまま泥をすする気か」[/A]
[A:ガウェイン:驚き]「な、お前……なぜその名を……!」[/A]
[A:アルス:冷静]「僕も同じだ。あの男に、存在を否定された。……お前の憎悪、僕が正しく使ってやる」[/A]
アルスの瞳の奥にある、底知れぬ狂気。そして冷たい炎。
ガウェインは圧倒的な力の差だけでなく、その目に宿る反逆の意志に縫い留められた。
権力に媚びず、ただひたすらに理不尽を塗りつぶそうとする男の姿。
膝を突き、ガウェインはゆっくりと大剣を地に置いた。
トラウマに縛られていた彼の胸の奥で、燻っていた熱い血が再び滾り始める。
[A:ガウェイン:冷静]「……地獄の底まで付き合ってやるよ、大将」[/A]
門が重々しい音を立てて開く。
冷たい風が、三人の髪を揺らした。
最強の反逆軍団が、ついに光射す地上へと牙を剥く。
第4章:虚飾の神託と狂気への序曲

地上に出た途端、生ぬるい風が頬を撫でる。
だが、その景色は彼らの知るものではなかった。
突如として、空全体が血のようなドス黒い赤に染まり上がる。
[Flash]ピィン、という耳障りな高周波の音が世界を覆い尽くした。[/Flash]
空中の雲をスクリーンにし、巨大なホログラムが投影される。
白銀の鎧を纏った、自信に満ちた端正な顔立ち。勇者レオンの姿だ。
[A:レオン:興奮][Shout]「聞け、愚かな民衆よ! 奈落から這い出た魔王の眷属が、この世界を滅ぼそうとしている!」[/Shout][/A]
[System]警告:神聖防衛システム起動。対象を世界最強の災厄に指定。[/System]
王国の秘宝が暴走し、空を埋め尽くすほどの魔法陣が展開される。
レオンは自身の無能を隠蔽するため、システムの法則を書き換え、アルスたちに全責任を押し付けたのだ。
周囲を取り囲むのは、かつてアルスが支援術で守り抜いた民衆や、共に戦った騎士たちの数万の軍勢。
無数の矛先が一斉に彼らへ向けられ、殺意が渦を巻く。
[A:レオン:狂気][Shout]「世界を滅ぼす悪魔め! 僕の名において、ここでお前たちを討ち取る!」[/Shout][/A]
憎悪と恐怖に満ちた視線が、無数に突き刺さる。
空からは雨のように火球と矢の束が降り注ぎ、逃げ場はどこにもない。
絶対的な死の包囲網。理不尽な世界のルールが、三人の上にのしかかる。
[Impact]だが、アルスは笑った。[/Impact]
肩を揺らし、喉の奥から這い出るような、低く歪んだ笑い声。
ボロボロの外套をはためかせ、光の無い三白眼が赤く染まった空を仰ぐ。
[A:アルス:狂気]「世界が僕を否定するなら……世界の法則ごと、全部書き換えてやる」[/A]
第5章:理の反転、蹂躙のパレード

無数の火炎と鋼鉄が、三人へ向けて殺到する。
着弾の直前、リリスが一歩前へ踏み出した。
銀髪が舞い上がり、赤い瞳が爛々と輝く。
[A:リリス:狂気]「アルス様の世界を汚すゴミは、私が全部お掃除してあげますね」[/A]
[Pulse]ドクンッ。[/Pulse]
リリスの体から、底なしの魔力が黒い波紋となって周囲に広がる。
アルスは彼女の背中に手を当て、その莫大な魔力を触媒にして空間の法則を解体し始めた。
[System]解析完了。魔法陣の構成式を逆転。質量兵器の軌道を書き換えます。[/System]
[Magic]《森羅万象・真理反転》[/Magic]
[Flash]世界から、音が消えた。[/Flash]
次の瞬間。降り注いでいた数万の矢と魔法陣の業火が、空中でピタリと静止する。
そして、その矛先を百八十度反転させ、討伐軍へと降り注いだ。
[Shout]「な、なんだこれは!? ぎゃあああっ!!」[/Shout]
肉が焼け焦げる異臭。地面が崩落する轟音。
混乱する陣形のど真ん中へ、漆黒の残像が突っ込む。
ガウェインだ。
[A:ガウェイン:怒り][Shout]「どきな、有象無象が!!」[/Shout][/A]
巨大な大剣が薙ぎ払われるたび、重武装の騎士たちが紙切れのように吹き飛び、血の霧となって散っていく。
アルスの絶対的な支援術が、ガウェインの肉体を限界を超えて強化し、敵の防御力をゼロへと変換していた。
[A:アルス:冷静]「そこだ、ガウェイン。左翼の指揮官を潰せ。リリス、上空の魔力源を消し去れ」[/A]
[A:リリス:愛情]「はいっ、アルス様!」[/A]
たった三人。
たった三人で、数万の軍勢を正面から蹂躙していく。
血の泥土を踏みしめるたび、彼らの足跡には無惨な骸の山だけが残された。
空を赤く染めていた魔法陣は次々と砕け散る。
ホログラムのノイズ越しに、王城の最奥で震え上がるレオンの惨めな背中が露わになっていた。
第6章:簒奪と執着、あるいは新たな神殺し
ステンドグラスが粉々に砕け散る。
王城の玉座の間に、冷たい風が吹き込んだ。
赤い絨毯はすでに血の海と化し、無数の近衛兵が物言わぬ肉塊へと成り果てている。
部屋の最奥。
白銀の鎧をガチャガチャと鳴らしながら、レオンが後ずさっていた。
彼の顔から、かつての傲慢な笑みは完全に消え失せている。
[A:レオン:恐怖][Tremble]「ひ、ヒィッ……! くるな、来るなあっ! 僕は選ばれた勇者だぞ!」[/Tremble][/A]
甲高くヒステリックな声。
レオンは震える両手で聖剣を掲げ、残されたすべての魔力を振り絞る。
だが、アルスはゆっくりと歩を進め、黒い外套を血に染めながら冷徹に見下ろした。
[A:アルス:冷静]「お前の力など、最初から何の価値もない」[/A]
[Magic]《存在法則・剥奪》[/Magic]
[Glitch]ガガガガッ……![/Glitch]
空間が激しくノイズを立てる。
レオンの握る聖剣が、まるで砂で作られていたかのように、サラサラと指の間から崩れ去った。
[A:レオン:絶望][Shout]「あああっ!? ぼ、僕の聖剣が……僕の力がぁぁっ!」[/Shout][/A]
それだけではない。
アルスの力が、世界中に広がる「レオンへの称賛の記憶」を次々と書き換え、消去していく。
彼が築き上げた名誉。勇者としての証。そのすべてが、不可逆的に滑り落ちていく。
[A:アルス:冷静]「お前はもう、何者でもない」[/A]
膝から崩れ落ちたレオンは、幼児のように床を転げ回り、涎を垂らして泣き喚き始めた。
自身の無能さを強制的に直視させられ、精神が完全に崩壊したのだ。
その無様な姿に一瞥すらくれず、アルスは血まみれの玉座に静かに腰を下ろした。
[A:ガウェイン:冷静]「……終わったな、大将」[/A]
[A:リリス:愛情][Whisper]「アルス様の世界が、ついに完成しましたね……」[/Whisper][/A]
大剣を肩に担いだガウェインと、銀髪を血に染めたリリスが、アルスの足元に恭しく跪く。
冷たい玉座の上で、アルスは自身の首元にある傷跡をゆっくりとなぞった。
[A:アルス:狂気]「さあ。次はどの神を殺しに行こうか」[/A]
狂気と喜悦に満ちた笑い声が、崩壊した王城の奥深くへと響き渡る。
泥と血にまみれた反逆の物語は、ここから新たな地獄を紡ぎ始める。