第1章:泥濘の玉座

雨が、すべてを黒く塗り潰していく。
灰色のコンクリートに叩きつけられる水滴の音。それに混じり、鈍く肉の潰れる音が響き渡っていた。
錆びた鉄の匂い。生ぬるい血の味が、口内を満たす。
[A:赤城 斗真:怒り][Shout]「立てよ、零! テメェ、こんなもんじゃねえだろ!」[/Shout][/A]
[Impact]ゴシャッ。[/Impact]
振り下ろされた鉄パイプが、黒い学ランの肩口を容赦なく打ち砕く。
派手に着崩したブレザー。雨に濡れて額にへばりつく、金髪のオールバック。
赤城斗真の耳を飾る無数のピアスが、街灯の僅かな光を反射して冷たく光る。
[A:灰原 零:冷静]「……俺には関係ない。勝手にしろ」[/A]
返り血と泥で汚れ、所々が破れた黒い学ラン。
無造作に伸びた黒髪の隙間から覗くのは、光を失った鋭い三白眼だ。
灰原零は肋骨が軋む音を聞きながら、ただ無機質に空を見上げていた。
痛覚はとうの昔に遮断している。肉体が削り取られていく感覚だけが、遠い対岸の出来事のように認識の端を掠める。
結末は同じ。自分が動けば、誰かが壊れる。
過去に見殺しにした者たちの幻影。それらが雨音に紛れ、耳元で囁き続けている。
[A:赤城 斗真:狂気][Tremble]「テメェが王座を捨てたせいだぜ! テッペンは俺だ……俺なんだよ! だから俺が、生徒会長からの勅命でテメェを……ッ!」[/Tremble][/A]
ピクリ。
零の指先が、痙攣した。
[Flash]――生徒会長からの、勅命?[/Flash]
狂ったように笑いながら、斗真が最後の一撃を振り上げる。
脳天を砕こうと迫る、鋼鉄の軌道。
しかし、その凶器が零の頭に届くことはなかった。
[Impact]ガッシィィィンッ![/Impact]
[A:赤城 斗真:驚き]「……は?」[/A]
斗真の喉から、間の抜けた声が漏れる。
零の右手が、振り下ろされた鉄パイプを素手で鷲掴みにしていた。
手のひらの肉が裂ける。鮮血が雨水とともに滴り落ちる。
だが、零の目はもう、虚無の底にはいなかった。
三白眼の奥底。ドス黒い殺意の火が、業火となって燃え上がっている。
第2章:野獣の帰還

[A:灰原 零:怒り][Shout]「誰の、勅命だって……?」[/Shout][/A]
[Impact]ゴキァッ![/Impact]
鉄パイプを握り潰さんばかりの力で引き寄せる。体勢の崩れた斗真の顔面に、零の硬質な額が叩き込まれた。
鼻柱が砕ける、生々しい感触。
巨体が後ろにたたらを踏む。
[A:赤城 斗真:恐怖][Shout]「ガァッ!? テメェ……ッ!」[/Shout][/A]
[A:灰原 零:狂気]「舐めてんのかよ」[/A]
封印していた錠前が、吹き飛ぶ。
理性の奥底に沈めていた、血と暴力の記憶。
かつてこの学園を力のみで平定した、圧倒的な喧嘩殺法。
零の身体が低い弾道で跳躍する。水しぶきを上げ、斗真の懐に潜り込んだ。
防御すら捨てる。肉を切らせて骨を断つ、剥き出しの殺意。
[Pulse]ドゴォォォンッ![/Pulse]
渾身の右アッパーが、斗真の顎を正確に撃ち抜く。
脳を揺らされた巨体が宙に浮き、そのまま重力に引かれて落下した。
零は容赦なくその胸ぐらを掴む。コンクリートの床へ、顔面から叩きつけた。
泥水と血飛沫。凄惨な花火のように舞い散る。
[A:赤城 斗真:絶望][Blur]「ごはッ……が……あ……」[/Blur][/A]
もはや言葉にならない血反吐を吐き、かつての右腕だった男が泥濘に沈む。
荒い息を吐きながら、零は血濡れた拳を見下ろした。
雨が傷口を打ち据える。だが、胸の奥で暴れ回るドス黒い熱は、冷めることを知らない。
その時。
パチ、パチ、パチ、パチ。
[FadeIn]雨音を切り裂くように。ゆっくりと、優雅な拍手の音が屋上に響き渡った。[/FadeIn]
第3章:純白の蜘蛛

[A:白銀 枢:愛情]「素晴らしい。やはりあなたは、そうであらねば」[/A]
暗闇の屋上に、異質な色彩が降り立った。
染み一つない純白のセーラー服。
腰まで届く艶やかな銀髪が、風に揺れて冷たい光を放っている。
白銀枢。
この狂った学園の頂点に君臨する、生徒会長。
その整った顔に浮かぶのは、狂気を孕んだ赤い瞳と、甘く歪んだ微笑み。
雨のただ中にありながら、彼女の周囲だけが別世界のように汚れを弾き返している。
[A:灰原 零:驚き]「枢……お前、どういうことだ。これは」[/A]
[A:白銀 枢:冷静]「ふふっ。簡単なことですわ。あなたのその美しい『野獣』の顔を、もう一度見たかった。ただそれだけですわ」[/A]
枢の細く白い指先が、胸元から小さな黒いリモコンを取り出す。
同時に、足元に倒れ伏す斗真の首元。無骨な金属の首輪が、赤いランプを点滅させた。
[A:灰原 零:恐怖][Tremble]「お前……斗真に何を仕掛けた」[/Tremble][/A]
[A:白銀 枢:狂気]「彼の承認欲求を、少しだけ刺激して差し上げたのです。『零を殺せば、あなたが王よ』と。すべてはあなたのために……眠れる王を呼び覚ますための、ささやかな舞台装置にすぎません」[/A]
[Impact]ぞくりと、背筋を這い上がる圧倒的な悪寒。[/Impact]
斗真の裏切り。
血に塗れたこの死闘。
過去への決別さえも。
すべては、この銀髪の少女が手のひらで弄ぶ、盤上の遊戯に過ぎなかった。
[A:白銀 枢:愛情]「さあ、その男の息の根を止めて、私の隣へ戻ってきてくださいな。ボタン一つで、彼のおつむは綺麗に吹き飛びますわ」[/A]
第4章:狂気への戴冠
[A:灰原 零:怒り][Shout]「ふざけんなァァァッ!!」[/Shout][/A]
[Sensual]
咆哮と共に、零の身体が弾けた。
瞬きする間もなく枢との距離を詰める。その細く白い首を、血まみれの両手で締め上げた。
白鳥のような首筋に、真っ赤な手形がべっとりとこびりつく。
少しでも力を込めれば、容易く折れてしまうほどの脆い命。
[A:白銀 枢:興奮][Whisper]「ああっ……零、あなたの手……とても熱い……」[/Whisper][/A]
酸素を奪われているというのに、枢の赤い瞳は恍惚に潤んでいた。
頬を朱に染め、締め上げられる苦痛すらも極上の快楽として味わい尽くすように、甘い吐息を漏らす。
だが、その右手に握られたリモコンだけは、決して手放さない。
親指は、起爆ボタンの上に添えられたままだ。
[A:灰原 零:絶望][Shout]「死ね……ッ! 今すぐ死ね!」[/Shout][/A]
[A:白銀 枢:愛情][Pulse]「いいですよ……あなたが私を殺すなら、それは最高の愛の形。でも、その瞬間……彼も弾けますわ。あなたがまた、見殺しにするのですね」[/Pulse][/A]
[Flash]過去の記憶が、網膜を焼き切るようにフラッシュバックする。[/Flash]
自分に関わったせいで、壊れていった者たちの顔。
手に伝わる枢の脈動。
泥の中で痙攣する、かつての親友の呼吸音。
天秤にかけられた命と、逃れられない理不尽な運命。
[Impact]無力だった。圧倒的な狂気の前では、己の拳など何の役にも立たない。[/Impact]
[Think]……俺の、負けだ。[/Think]
ギリリと、奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばる。だが、零の腕からゆっくりと力が抜け落ちていく。
重力に引かれるまま、コンクリートの床へ両膝を落とした。
雨水と血に塗れた顔をうなだれ、自ら檻の中へと足を踏み入れる。
[A:灰原 零:絶望]「……分かった。俺の負けだ。……何でもする」[/A]
[A:白銀 枢:狂気]「ふふっ……ふふふふっ!」[/A]
歓喜の産声のような、甘く狂った笑い声が屋上に降り注ぐ。
枢は静かに膝を折り、屈服した零の顔を両手で優しく包み込んだ。
泥と血にまみれた黒髪を撫で、光を失った三白眼を愛おしそうに見つめる。
そして、零の血塗られた頬に、ひんやりとした唇を落とした。
[A:白銀 枢:愛情][Whisper]「おかえりなさい、私の王様」[/Whisper][/A]
鉄の匂いと、甘い紅茶の香りが混ざり合う。
土砂降りの雨の中、二人だけの歪んだ支配の幕が、静かに上がった。
[/Sensual]