冷たい風が、ボロボロに擦り切れた黒い外套の裾をバタバタと叩きつける。
足元には、光さえも飲み込むような底なしの深淵が口を開けていた。
魔界の最深部、奈落。その断崖の縁で、アレンは乾いた息を吐く。
生気の一切を感じさせない、死んだ魚のように濁った黒目。青白い首筋には、数え切れないほどの古い傷跡がミミズ腫れのように這い回っている。
[A:ザイード:冷静]「もうお前の役目は終わりだ、ゴミ屑。お前のような無能は、俺たち『光の使徒』の輝かしい伝説に泥を塗るだけの存在だ。ここで死ね」[/A]
ザイードの冷酷な宣告とともに、その分厚い鋼のブーツがアレンの鳩尾に深く食い込んだ。
[Impact]ドゴォッ![/Impact]
肺から残りの空気がすべて絞り出される。
アレンの身体はあっけなく宙を舞い、絶対的な暗黒が口を開ける奈落へと放り出された。
[A:エルナ:嘲笑]「ふふっ、本当に目障りでしたわ。あなたのその気味の悪い目も、呪われたような傷跡も。さようなら、無能な盾役(タンク)さん」[/A]
崖の上から見下ろす金髪の聖女、エルナの歪んだ笑い声が、ヒュオオオという風切り音とともに遠ざかっていく。
[Blur]視界が黒く塗り潰されていく。[/Blur]
彼らをかばい、数え切れないほどの魔物の牙をその身に受けてきた結果がこれだ。利用されるだけ利用され、最後はゴミのように捨てられた。
[Think]ああ……俺の人生は、いつもこうだ。奪われ、傷つけられ、そして最後には捨てられる。[/Think]
裏切りの絶望すら抱く気力もなく、アレンはただ終わりの衝撃を待って目を閉じた。

[Glitch]……ピチャッ。[/Glitch]
冷たい水滴が頬を打つ感覚で、アレンは意識を取り戻した。
全身の骨が砕け、肉が泥のように潰れているのがわかる。息をするだけで肺から血の泡が吹き出し、激痛が脳髄を焼き焦がす。
[A:アレン:絶望]「……あ……がっ……」[/A]
[FadeIn]「かわいそうに。酷く傷ついているのね」[/FadeIn]
暗闇の中、鈴の音のように透き通った声が響いた。
重い瞼をこじ開けると、そこに『それ』はいた。
月明かりすらない奈落の底で、自ら青白い光を放つ透き通るような肌。漆黒の双角と、蝙蝠のような巨大な翼。そして、血のように赤い瞳。
神話に語られる上位魔族。名を、リリスといった。
[A:リリス:愛情]「裏切られたの? 捨てられたの? ……ふふ、私と同じね。ねえ、あなたのその黒く濁った瞳、絶望の匂い……たまらなく愛おしいわ」[/A]
リリスは這いつくばるアレンの傍らに身を屈め、砕けた彼の手の甲を優しく撫でた。
[Sensual]
「痛いでしょう? 苦しいでしょう? ……私が、半分背負ってあげる」
リリスの赤い唇が、アレンの首筋の傷口にそっと押し当てられる。
[Pulse]ドクンッ!![/Pulse]
鋭い牙が肉を裂き、彼女の熱い血がアレンの体内に流れ込んでいく。
「ああっ……!」
アレンの喉から、苦悶とも快楽ともつかない声が漏れた。砕けた骨が強引に繋がり、千切れた筋肉が魔力によって爆発的に再生していく。それと同時に、アレンの感じていた激痛が、リリスの表情にも甘く苦しげに共有される。
「んっ……ああ、凄まじい痛み……! でも、これで私たちは一つよ。あなたの痛みは私の痛み。私の力は、あなたの力」
[A:リリス:興奮]「さあ、誓って? 私と共にこの狂おしい痛みを分け合い、あの愚か者どもに復讐すると」[/A]
[/Sensual]
アレンの濁りきっていた黒目に、どす黒い炎のような生気が宿る。
自分を虐げてきた世界への、純粋で絶対的な殺意。
[A:アレン:狂気]「ああ……誓おう。俺たちの痛みを、奴らにも……骨の髄まで味わわせてやる」[/A]

一ヶ月後。地上にある光の王都は、血の海と化していた。
[Shout]「ぎゃああああああっ!!」[/Shout]
[Shout]「ひぃっ、化け物だ! 誰か、助け……っ!」[/Shout]
王城の玉座の間。
かつてアレンを見下ろしたザイードとエルナは、今や絶望に顔を歪め、大理石の床を這いずり回っていた。
彼らの誇っていた近衛騎士団は、すでに肉片と化して周囲に散乱している。
[A:ザイード:恐怖]「ば、馬鹿な……! 貴様、なぜ生きている!? しかもその力は……魔族の力じゃねェか!!」[/A]
[A:アレン:冷静]「お前らが俺を突き落としたんだろ? おかげで、最高の『相棒』に出会えたよ」[/A]
アレンは片手で巨大な漆黒の大剣を引きずりながら、ゆっくりと歩み寄る。その背中には、彼と魔力パスで繋がったリリスが妖艶に微笑みながら張り付いていた。
アレンの体に刻まれた傷が痛むたび、リリスもまた甘い吐息を漏らして彼に頬ずりをする。
[A:リリス:喜び]「ねえアレン、あいつらよ。私たちを傷つけた、悪い奴ら」[/A]
[A:エルナ:絶望]「ひっ……! 嫌、こっちに来ないで! 私は聖女なのよ、光の神に愛された……っ!」[/A]
[Impact]ズドォッ!![/Impact]
アレンの大剣が容赦なく振り下ろされ、エルナの両足を膝から下ごと綺麗に粉砕した。
[A:エルナ:狂気]「ぎぃやあああああああああっ!! あ、足! 私の美しい足がぁぁっ!!」[/A]
[A:ザイード:激怒]「エルナ!! き、貴様ァァァ!!」[/A]
激昂したザイードが聖剣を振りかざし、アレンの背後から斬りかかる。
聖なる刃がアレンの肩に深く食い込み、鮮血が噴き出した。
[Pulse]ドクンッ![/Pulse]
「……っ!」
アレンが顔をしかめると同時に、背中のリリスも「ああっ……!」と甘く痛みに震える声を上げる。
[A:アレン:興奮]「痛いか、リリス」[/A]
[A:リリス:愛情]「ええ、痛いわアレン……。でも、あなたが感じている痛みだと思うと、狂おしいほど愛おしいの……っ!」[/A]
その異常な光景に、ザイードは完全に戦意を喪失した。
剣を刺されたままのアレンが、ゆっくりと振り返る。その目には、もはや人間としての感情は一片たりとも残っていなかった。
[A:アレン:狂気]「さて……。俺たちが味わった奈落の底の痛み、今度はお前らが味わう番だ」[/A]
アレンは自身の肩に刺さったザイードの剣を素手で掴むと、そのまま強引に引き抜き、ザイードの右腕を肩から斜めに叩き斬った。
[A:ザイード:絶望]「がぁあああああっ!? 腕、俺の腕ェェ!!」[/A]
[Sensual]
血の雨が降り注ぐ玉座の間。
四肢を次々と切断され、生きたまま肉を削ぎ落とされるザイードとエルナの絶叫が響き渡る。
アレンは返り血を浴びながら、ただ機械的に、しかし確実に二人の肉体を破壊し続けた。
敵の血を浴びるたび、自身も傷を負うたび、背中のリリスがアレンの首筋に甘く口付けを落とす。
「はぁ……っ、アレン、もっと……。もっと私たちの痛みを、この世界に刻み込みましょう?」
「ああ、リリス……。俺のすべては、お前のものだ」
[/Sensual]
絶命すら許されず、ただ激痛の中で泣き叫ぶ元勇者と聖女。
その凄惨な地獄の中心で、復讐を遂げた青年と美しき魔族は、血だまりの中で狂おしいほど深く、甘く、互いの唇を重ね合わせていた。
彼らだけの『愛』と『痛み』を分かち合うために。