第一章: 翠の墓標と雪の少女
夜風が運ぶのは、鉄錆と甘腐った花粉の匂い。
剥き出しの鉄骨に背を預け、リオは荒い息を吐き出す。煤に塗れた焦茶色の前髪の奥。三白眼気味の深い琥珀色の瞳が、夜空を満たす発光性の胞子を虚無的に映していた。継ぎ接ぎだらけの探索服はボロボロで、首元から左腕にかけて不気味な薄緑色の蔦のような痣が、脈打つように這い上がっている。
緑華病。
進行すれば肉体が植物と化し、意識を貪られる不治の呪い。
肺の奥でチリリと火花が散るような痛みが爆ぜる。
激しく咳き込み、口の端から垂れる鉄の味を手の甲で乱暴に拭った。
[A:リオ:冷静]「……俺に構うな。どうせ長くは生きられない」[/A]
[Think]どうせ一人で朽ちるだけだ。誰かと関わるなんてごめんだ。[/Think]
眼下には、かつて第七廃棄街と呼ばれた廃墟。今は翠の海に呑まれ、完全に息絶えている。
遺跡の深部、立ち入り禁止の『旧文明植物園』。
そこだけが、異常なほどの静寂に包まれていた。
絡みつく茨を軍用ナイフで断ち切り、リオはドーム状の温室へ足を踏み入れる。
月光がステンドグラス越しに降り注ぐ中央。
巨大な水晶の鞘のようなカプセル。
霜に覆われたガラスを素手でこする。
息を呑む音。静寂。
透き通るような白磁の肌。空色を溶かしたような長い銀髪が、水中のようにたゆたう。旧文明の純白のワンピースを纏う少女が、そこで静かに眠っている。
プシュゥゥ、と冷気が噴き出す。
[FadeIn]ゆっくりと、長い睫毛が震える。[/FadeIn]
見開かれた瞳は、胸が締め付けられるほどに澄み切った青色。
[A:アイリス:驚き]「……あなたは、誰でしょうか」[/A]
鈴が転がるような、透き通る声。
凍りついていたリオの時間が、微かな音を立てて軋み始める。
[A:リオ:照れ]「……ただの、死に損ないだ」[/A]
視線を逸らし、小さく息を吐く。
[A:アイリス:喜び]「ふふ、不思議です。あなたの瞳の奥には、とても温かい火が灯っている」[/A]
[Sensual]
彼女が白い指先を伸ばし、リオの左腕の痣に触れる。
ヒヤリとした陶器のような冷たさ。だが次の瞬間、凍えるような指先から柔らかな光が溢れ、硬化しつつあった皮膚に微かなぬくもりが浸透していく。
[A:リオ:驚き]「なっ……お前、一体……」[/A]
[/Sensual]
痛みが、スーッと引いていく。
だが、温室の床が突如として地鳴りを上げた。
[Tremble]地中から、無数の巨大な棘付き蔓が天井を突き破り、二人に襲いかかる。[/Tremble]
[A:リオ:怒り]「チィッ!」[/A]
腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、リオは少女の盾となった。

第二章: 炎の記憶と鋼の守護者
[A:ガロウ:怒り]「甘ったれたこと言ってんじゃねえぞ、クソガキ!」[/A]
[Shout]轟音![/Shout]
火薬の爆発音と共に、迫り来る植物獣の頭部が吹き飛ぶ。
緑の体液を撒き散らし、巨大な質量が地に伏した。
硝煙の立ち込める中、無精髭に無数の傷痕を刻んだ男が進み出る。分厚い革のロングコート。背中には身の丈ほどもある巨大な旧式ライフルが鈍く光る。
[A:リオ:驚き]「ガロウ……なんでアンタがここに」[/A]
[A:ガロウ:冷静]「希望なんてのは、破滅を美味くするための味付けにすぎねえんだよ。お前が勝手に死ぬのは勝手だがな、俺の目の届く範囲で死なせる気はねえ」[/A]
男はひしゃげた葉巻に火をつけ、深く紫煙を吐き出す。
焚き火の爆ぜる音。
旧文明のガラクタから拾った鍋で、甘い缶詰を煮込む。
オレンジ色の火が、アイリスの銀髪を柔らかく照らし出していた。
[A:アイリス:喜び]「あたたかい……ですね。リオの作るスープの匂い、ひだまりみたいで好きです」[/A]
[A:リオ:照れ]「……ただの保存食の寄せ集めだ。さっさと食え」[/A]
ぶっきらぼうに金属のカップを押し付ける。
だが、再びリオの顔が苦痛に歪んだ。
[Pulse]ドクン、と首元の痣が脈打つ。[/Pulse]
[A:リオ:絶望]「ぐっ……!」[/A]
背中を丸め、呼吸が浅くなる。喉の奥から込み上げる緑の呪い。
[Sensual]
すかさずアイリスが寄り添い、細い腕でリオの背中を抱きしめる。
彼女の鼓動が、背中越しに伝わってくる。その柔らかさと確かな温もりが、心の最奥にこびりついた氷を静かに溶かしていく。
[A:リオ:照れ]「……勝手にしろ」[/A]
拒絶する言葉とは裏腹に、リオの身体から力が抜ける。
[/Sensual]
だが、平和な時間は長く続かない。
[Flash]空が、赤く染まる。[/Flash]
大地そのものが脈打ち、森全体が巨大なうねりとなって牙を剥き始めた。

第三章: 零れ落ちる青の破片
鬱蒼と生い茂る森の深部。
一本の太い茨が、獲物を狙う蛇のように行く手を阻む。
アイリスが静かに一歩前へ出た。
細い指先が茨に触れた瞬間、まばゆい浄化の光が炸裂し、植物は無数の光子となって虚空に消える。
だが、その直後。
ふわり。
アイリスの銀髪から、淡く発光する青い花弁が零れ落ちた。
[A:リオ:驚き]「おい、今のは……」[/A]
花弁が地面に触れ、霧散する。
同時に、アイリスの瞳から一瞬だけ光が失われた。
[A:アイリス:悲しみ]「……不思議ですね。さっきまで、あなたが直してくれた時計の秒針の音を覚えていたはずなのに。今はもう、聞こえない」[/A]
[Tremble]リオの指先が、激しく痙攣する。[/Tremble]
彼女が森の暴走を鎮め世界を浄化するたび、代償としてリオとの記憶が物理的に欠落していく。
[A:リオ:怒り]「ふざけるな! じゃあなんだ、このまま進めば、お前は俺のことすら……!」[/A]
過去のフラッシュバック。
妹の手が冷たくなり、無情な緑に呑まれていった記憶。
視界が激しく明滅し、呼吸が乱れる。
[A:リオ:絶望]「やめろ……もう力を使うな! 俺のことはいい、頼むから!」[/A]
[Sensual]
縋り付くように彼女の肩を掴む。
アイリスは優しく微笑み、リオの頬に両手を添えた。
親指で、彼の目尻に浮かんだ雫を拭う。
[A:アイリス:愛情]「泣かないでください。私は道具として生まれました。でも……あなたが、私に心をくれた。私が初めて愛した世界を、あなたを、守りたいのです」[/A]
[/Sensual]
彼女の頬を伝う一筋の涙。それは水晶のようにきらめき、虚空に溶ける。
[Impact]彼女は人間になり、愛を知ったがゆえに、世界から消えることを恐れ始めている。[/Impact]
致命的な矛盾が、二人の魂を引き裂く。
その時、脳内に無機質な声が直接響き渡った。
[A:セラフィム:冷静]『還りなさい。痛みも悲しみもない、緑の揺りかごへ』[/A]
足元の石畳が、爆発するように砕け散る。

第四章: 星の裁定と自己犠牲
[Glitch]『愚かなる者たちよ。不合理なノイズを、星から消去します』[/Glitch]
空を覆い尽くすほどの巨大な人型の植物。
瞳があるべき場所には、大輪の青い百合が咲き誇る。
星の意志、セラフィム。
圧倒的な緑の津波が、全方位から殺到する。
[A:ガロウ:狂気]「死に損ないのジジイの命が、いくらかの足しにはなるだろ!!」[/A]
ガロウが前に躍り出る。
愛用のライフルを構え、自らの命を削るような限界の連射。
だが、無数の蔦が彼の胴体を容赦なく貫いた。
[Shout]ゴフッ……![/Shout]
口から大量の血が噴き出す。鉄の匂いが空気を支配する。
[A:リオ:絶望]「ガロウッ!!」[/A]
[A:ガロウ:愛情]「行け、バカ野郎……! 俺のような……後悔は、するな……っ」[/A]
血に染まった歯を見せて笑い、男は巨大な緑に呑まれる。
限界を超えた胞子嵐が世界を覆う。
息をするだけで肺が焼け焦げるような破滅の只中。
[Sensual]
アイリスがリオを突き飛ばす。
同時に、地面から這い出た太い麻痺の蔓がリオの手足を拘束する。
[A:リオ:怒り]「アイリス!? 何してんだ、離せ!!」[/A]
もがくリオを見下ろし、アイリスの身体が足元から巨大な樹木へと変異していく。
雪のような肌が樹皮へ変わり、空色の髪が光の枝葉となって広がっていく。
[A:アイリス:愛情]「リオ……ごめんなさい。忘れてしまっても、私の魂はあなたと共に」[/A]
[A:リオ:狂気]「やめろぉぉぉ!! 俺を置いていくな!!」[/A]
[/Sensual]
喉が裂けるほどの叫び。
だが、アイリスの姿は圧倒的な浄化の光の中に溶け、完全にその輪郭を失おうとしていた。

第五章: 翠海に沈む、きみの呼吸
[Flash]白。圧倒的な白。[/Flash]
光の奔流が、星を覆い尽くす。
舞い散る無数の記憶の花弁。
リオは歯を食いしばる。
身体に巣食う緑華病の進行を、自らの意志で強制的に早める。
[Pulse]ドクンッ、ドクンッ![/Pulse]
激痛で視界が真っ赤に染まる。全身の毛細血管から血が噴き出し、左腕の蔦が暴走して皮膚を突き破る。
[A:リオ:狂気]「アアアアアアアッ!!」[/A]
その植物化の力で麻痺を無効化し、拘束する蔓を引きちぎる。
肉を削ぎ、骨がきしむ音。
血と緑の体液を引きずりながら、光に溶けゆくアイリスの根元へと這い進む。
[A:セラフィム:驚き]『理解、不能。自己を破壊してまで、何故……?』[/A]
[A:リオ:愛情]「システムなんかに……分かるかよ」[/A]
息も絶え絶えに、彼女の幹にすがりつく。
[Sensual]
もはやアイリスは人間の形を保っていない。
だが、幹の奥底から、温かい鼓動が伝わってくる。
[Think]俺は、もう二度と……大切なものを失わない。[/Think]
リオは引き戻すことを選ばなかった。
自らの身体を覆う植物の蔦を、アイリスの根に絡みつける。
融合。
二つの命が、境界線を無くして溶け合っていく。
温かいひだまりのような光に包まれ、リオはゆっくりと琥珀色の瞳を閉じた。
[/Sensual]
◇◇◇
——それから、数百年後。
かつて翠海と呼ばれた死の森は、見渡す限りの清らかな草原へと姿を変えていた。
空はどこまでも青く、風は甘い花の香りを運んでくる。
丘の中心。星の息吹を一身に集めるような、一本の巨大な大樹。
その根元の特等席。
優しい木漏れ日の中、二輪の青い花が身を寄せ合うように咲いている。
微風が通り抜けるたび、まるで寄り添い、静かに笑い合っているかのように揺れていた。