僕の胃袋こそが、君の永遠の聖域

僕の胃袋こそが、君の永遠の聖域

主な登場人物

レン
レン
17歳 / 男性
常に返り血で薄汚れた白衣を羽織っている。瞳孔が開きっぱなしの虚ろな黒目。痩せ型だが、腹部だけが異様に膨らんでいることがある。
エリーゼ
エリーゼ
16歳 / 女性
純白の聖職衣、黄金の髪、宝石のような青い瞳。肌は陶器のように白く、人間離れした美しさを持つ。
ゴウキ
ゴウキ
18歳 / 男性
傷だらけのフルプレートアーマー。短く刈り込んだ赤髪。巨躯だが、顔つきは子犬のように従順。

相関図

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0 41 4994 文字 読了目安: 約10分
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第一章: 咀嚼する愛


世界は、腐った果実のように静まり返っていた。


風が止んでいる。鳥の声も、羽ばたきひとつない。ただ、鼻腔を焼き焦がすような鉄錆と内臓の臭気だけが、ねっとりと大気に張り付く。

瓦礫の山。かつて王都と呼ばれた場所は、巨大な魔獣の胃袋の中身をぶちまけたような惨状を晒していた。


その中心。彼は、そこにいた。


レン。

垢じみて黄ばんだ白衣を羽織り、痩せぎすな体躯を猫背に丸めている。だが、その腹部だけが異様な質量を持って膨れ上がり、時折、胎動のように波打つ。

限界まで開ききった瞳孔。光のない虚ろな黒目が、足元の「それ」を見下ろしていた。


聖女、エリーゼ。


いや、かつてエリーゼだった肉塊。

陽光を浴びて輝いていた黄金の巻き髪は泥と脂にまみれ、白磁のような肌は食い荒らされ、美しい肢体は赤黒いミンチへと変わり果てていた。魔獣の群れは去った。残されたのは、食い散らかされた「食べ残し」だけ。


レンは膝をつく。

表情に悲嘆も絶望もない。あるのは、聖遺物を拝むような、とろけるような恍惚。



震える指先。彼が拾い上げたのは、千切れ飛んだエリーゼの「左腕」だった。

まだ温かい。断面から垂れる鮮血が、レンの白衣に新たな薔薇を咲かせる。


レン「あぁ……エリーゼ。君は、こんなに温かいんだね」


頬ずり。冷え切った自分の頬に、死肉の熱を移すように。

そして、彼は口を大きく開けた。

人間の顎関節の可動域を超えそうなほどに、あんぐりと。


ガブリ。


湿った破砕音が廃墟に響く。

橈骨(とうこつ)が砕ける音。筋繊維が引きちぎられる音。

レンは咀嚼する。愛しい人の指を、手のひらを、手首を。

喉仏が大きく上下し、ゴクリ、という嚥下音が静寂を犯す。


(鉄の味。脂の甘み。そして、君の記憶の奔流)


口元を血で真っ赤に染めながら、彼は恍惚と微笑んだ。



レン「大丈夫だよ。痛かったね、怖かったね。でももう平気さ」


膨れ上がった腹部を愛おしげに撫でる。

胃袋の底で、エリーゼの魔力が溶け出し、彼の血肉へと還元されていく感覚。脳髄にスパークする既視感。


レン「僕が食べてあげる。君の痛みも、死も、運命も全部。僕の胃袋の中で、君は永遠に生きるんだ」



《捕食対象:聖女エリーゼ(左腕)》を確認。

固有スキル【聖女の加護】および【時間遡行(不完全)】を抽出。

……条件達成。

セーブポイントへ回帰します。



視界の歪曲。

世界が液状化し、レンの意識は暗黒の渦へと吸い込まれていく。

最後に彼が目にしたのは、自身の吐瀉物まみれの口元と、そこから覗く幸福な笑みだけだった。


◇◇◇


第二章: 英雄という名の捕食者


小鳥のさえずりが鼓膜を叩く。

鼻先をくすぐるのは、若草の青い匂いと、朝食のシチューの香り。


巻き戻った。


二度目の世界。

レンは焚き火の前に座り、木のスプーンで器をかき混ぜていた。

腹部の膨らみは消えている。だが、胃袋の奥底に残る「満腹感」だけが、ここが続きの世界であることを告げていた。


ゴウキ「おうレン! 早起きだな。また俺たちの武器を手入れしてくれてたのか?」


ドスン、と大地を揺らして現れたのは、巨漢の戦士ゴウキ。

傷だらけのフルプレートアーマーに、刈り込んだ赤髪。熊のような体躯だが、レンに向ける眼差しは主人を待つ大型犬のように従順そのもの。


レン「おはよう、ゴウキ。……うん、君の剣は刃こぼれが多いからね。念入りに直しておいたよ」


ゴウキ「へへッ、すまねぇな! お前がいりゃあ百人力だぜ。回復だけじゃなくて武器の手入れまで……お前こそ本当の聖人だよ」


肩をバシバシと叩くゴウキ。

レンは、にこりと微笑み返した。

その瞳の奥。「この肉厚な筋肉は、煮込めばさぞ良い出汁が出るだろう」

そんな品定めをされていることなど、ゴウキは知る由もない。


(前回の記憶だと、今日の午後、斥候のトーマスが魔獣に襲われて死ぬ)


レンの視線は森の奥へ。

救わなければならない。

死なせてはならない。

魔獣なんかに、彼らの尊い肉体を「無駄食い」させてたまるか。


レン「……トーマス君、ちょっといいかな? 健康診断の時間だよ」


◇◇◇


数時間後。

森の暗がりで、レンは袖口を拭っていた。

足元には何も「ない」。

ただ、地面が少し掘り返された跡があるだけ。


レン「ごめんね、トーマス君。魔獣に噛み殺される痛みより、麻酔で眠っている間に僕と一つになる方が幸せだよね?」


一瞬だけ土気色に変色するレンの肌。

【隠密】と【弓術】。トーマスのスキルが、レンの体内にインストールされた証だ。

仲間が一人減った。だが、レンの能力は底上げされた。


ゴウキ「おいレン! トーマスがいねぇぞ! 探しに行こうぜ!」


慌てふためくゴウキ。レンは慈悲深い聖母のような顔で近づき、そっと手を握った。


レン「大丈夫だよ、ゴウキ。彼は……僕と一緒にいる。ずっと、ここにいるから」


自分の胸をトントンと叩く。

その言葉の真意を、ゴウキは「心の中にいる」という詩的な表現だと受け取ったのだろう。感極まったように鼻をすすり、レンの手を握り返す。


ゴウキ「ううッ……お前って奴は……! 俺は一生、お前についていくぜ!」


違う。

物理的に、胃袋の中にいるのだ。

レンの腹部が、ぐくりと鳴った。消化が進んでいる。

彼の優しさは、家畜を太らせる飼い主のそれに過ぎない。全ては、最愛のエリーゼを救うための栄養摂取。


そう信じていた。

あの瞬間までは。


◇◇◇


第三章: 聖女の黒い内臓


王都、大聖堂。

ステンドグラスから降り注ぐ極彩色の光が、血溜まりを美しく照らし出している。


レンは立っていた。

背後には、ゴウキを含む仲間たちが倒れている。彼らはまだ生きているが、動けない。レンが魔獣の群れを単独で殲滅し、彼らを守り切ったからだ。

体内に取り込んだ数多の仲間のスキル――剛力、魔術、敏捷性。それらをフル動員し、レンはついに運命の日へ到達した。


レン「エリーゼ! 助けに来たよ! もう大丈夫、僕が来たから……!」


祭壇の最奥。

純白の聖職衣を纏ったエリーゼが、ゆっくりと振り返る。

宝石のような青い瞳。陶器のような肌。

レンが焦がれ、食らい、時間を超えてまで求めた美貌。


しかし、彼女の唇から紡がれたのは、感謝の言葉ではなかった。


エリーゼ「……本当に、しつこい虫ですわね」


冷徹な響き。

温度のない視線が、レンをゴミを見るように射抜く。


レン「え……?」


エリーゼ「あなた、気持ち悪いのよ。ずっと見てたわ。仲間を『食べて』力をつけて、私のために尽くすその姿……吐き気がするほど滑稽でしたわ」


指を鳴らすエリーゼ。

瞬間、大聖堂の床から黒い瘴気が噴き出した。

それは魔獣の気配そのもの。いや、彼女自身が「発生源」だったのだ。


彼女こそが、世界を滅ぼす元凶。

人々を絶望させ、その負の感情を糧にする邪教の巫女。


エリーゼ「私は神になるの。そのためには絶望が必要なのよ。あなたが救えば救うほど、彼らが再び絶望した時の味は格別……でも、もう飽きたわ」


かざされる右手。

神聖魔法とは名ばかりの、魂を強制剥離する呪法が発動する。


バシュッ!


レン「がはッ……!?」


レンの口から吐き出される、どす黒い霧。

トーマスの魂、これまで取り込んできた名もなき村人たちの魂、そして――レンの中で安らいでいたはずの「彼ら」が、悲鳴を上げながら霧散していく。


エリーゼ「あらあら、せっかく溜め込んだ貯金が空っぽね。ただの薄汚い治癒術師に戻って、無様に死になさい」


床に這いつくばるレン。

力が抜けていく。積み上げた犠牲が、愛が、献身が、彼女の嘲笑一つで否定される。

彼女を守るために、人間であることを捨てたのに。

彼女を愛するために、禁忌を犯したのに。


レン「どう、して……僕は、ただ君を……」


エリーゼ「愛? そんな汚らわしい感情、私に向けないで。あなたのような汚物が触れていい体じゃないのよ」


純白の靴が、レンの手を踏みつけた。

グリグリと踵をねじ込む。骨が軋む音。


エリーゼ「死になさい、ストーカー」


レンの瞳から、光が消えた。

同時に、何か決定的な「タガ」が外れる音が、彼の脳内で弾けた。


◇◇◇


第四章: 肉の聖域


痛みが遠のく。

倫理が崩落する。


レンは、踏みつけられた自分の手を見つめていた。

彼女は僕を愛していない。

彼女は僕を拒絶している。

彼女の心は、僕を受け入れない。


(なら、心なんていらないじゃないか)


結論は、稲妻のようにシンプルだった。

愛してくれないなら、愛しかできないように作り変えればいい。

拒絶するなら、拒絶できない姿にするだけだ。

心が邪魔なら、肉体だけを愛せばいい。


レン「……あは」


漏れ出る乾いた笑い声。


レン「あはは、あははははははは!! そうだね、君の言う通りだ! 僕は間違っていたよ、エリーゼ!」


膨張を始めるレンの体。

剥離されかけた魂の残滓を、無理やり自身の細胞核に縫い付ける。

さらに、背後で倒れていたゴウキへ視線を這わせた。


レン「ゴウキ! 君は言ったよね! 一生僕についてくるって!」


ゴウキ「レ、レン……? お前、体が……何を……」


レン「今だよ! 約束を果たす時だ! 君のその強靭な肉体、僕に頂戴!!」


グチャアアアアッ!!


レンの背中から飛び出す、無数の触手めいた肉の管。それがゴウキに突き刺さる。

咀嚼などという生ぬるいプロセスではない。直接吸収。融合。


ゴウキ「ぎゃあああああ!! レン! レンんんんん!!」


レン「痛くないよ、すぐ終わるよ。君は僕の中で英雄になるんだ」


ゴウキの巨体が、レンの背肉に飲み込まれていく。

鎧ごと、骨ごと、悲鳴ごと。

メリメリと音を立てて巨大化するレンの体躯。2メートル、3メートル。

人の形を捨て、異形の「肉の壁」へと変貌していく。


エリーゼ「な、なに……? 何よそれ……! 気持ち悪い! 近寄らないで!!」


後ずさるエリーゼ。

彼女の顔から余裕が消え、初めて「恐怖」の色が浮かぶ。

その表情。

その、ゾクゾクするような怯え顔。


レン「ああ、やっと僕を見てくれたね。エリーゼ」


巨大な肉塊となったレンの中心。そこから、上半身だけのレンが生えている。

彼は恍惚と両手を広げ、逃げ惑う聖女へとにじり寄った。



肉の触手が、大聖堂の出口を塞ぐ。

壁も、床も、天井も、すべてレンの肉で覆われていく。

ここはもう、神の家ではない。レンという名の、生きた内臓の中だ。



レン「もう逃げられないよ。世界が君を許さなくても、僕だけは君を『管理』してあげる」


さあ、永遠の愛(ほかく)を始めよう。


◇◇◇


第五章: 誰も死なない地獄


世界は静寂に包まれていた。

かつて大聖堂だった場所には、今や脈動する巨大な肉のドームが鎮座している。

外の世界が魔獣によって滅びようと、疫病が蔓延しようと、この中だけは無菌の楽園だ。


ドームの中心。

肉の玉座に、レンは座っていた。

いや、彼自身が玉座であり、城であり、世界そのもの。


彼の腹部には、一人の少女が「埋まって」いた。

エリーゼ。

ただし、彼女にはもう手足がない。

四肢の切断面はレンの血管と直接接続され、栄養が強制的に送り込まれている。

彼女は生かされている。死ぬことも、逃げることも、自害することさえ許されない。



レン「今日のスープだよ、エリーゼ。……ああ、口は開けなくていい。直接送るから」


レンは自身の指先を、自分の腹部に埋まったエリーゼの頬に這わせる。

エリーゼの瞳は焦点が合わず、ただ涙だけを流し続けている。

彼女の喉からは声帯が取り払われているため、罵倒も呪詛も聞こえない。ただ、コキュ、コキュと、栄養液が管を通る音だけがする。


レンは、彼女の金の髪を優しく梳く。

その髪の一本一本が、レンの神経と繋がっている。彼女が感じる絶望、屈辱、そして微かな快楽すらも、すべてレンへと共有される。



レン「ゴウキも喜んでいるよ。ねぇ、聞こえるかい?」


レンの背中の肉が盛り上がり、ゴウキの顔が浮かび上がる。

その目は白濁し、口は笑ったまま固定されている。


レン「みんな一緒だ。誰も死なない。誰も傷つかない。僕というゆりかごの中で、ずっと、ずーっと一緒だ」


外の世界で、風が吹き荒れる音がする。

だが、この肉の壁の中は温かい。

37度前後の生体温度。羊水のような湿り気。


レンは、腹部のエリーゼの額にキスを落とした。

彼女の瞳から溢れた涙を舐め取る。

しょっぱい。けれど、最高に甘美な味だ。


(ああ、なんて幸せなんだろう)


彼は満面の笑みで、虚空に向かってつぶやいた。


レン「これが、僕たちのハッピーエンドだね」


脈動音が、永遠の子守唄のように響き続けていた。


クライマックスの情景

【物語の考察】

本作は、典型的な「勇者と聖女」の物語構造を、カニバリズム(食人)というタブーを通じて反転させたアンチテーゼである。主人公レンの行為は一見グロテスクだが、それは「他者との同一化願望」という愛の極致のメタファーとして機能している。仲間を食べる行為は、彼らを「永遠に失わない」ための手段であり、独占欲の物理的具現化だ。

【メタファーの解説】

最終章における「肉の聖域(ドーム)」は、レンの歪んだ母性の象徴である。彼はエリーゼを胎内に取り込むことで、役割を逆転させ「産む性」としての側面を獲得している。外部からの干渉を一切遮断したその空間は、誰も傷つかない楽園であると同時に、変化も成長も許されない「死の世界」と同義だ。エリーゼの手足が奪われているのは、彼女の自立性(歩行=人生の進行)を完全に剥奪し、レンというシステムの一部としてのみ生存を許す究極の束縛を表している。

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