『破滅の鐘は、黄金の音色』~悪役令嬢は先物取引で王国を買収する~

『破滅の鐘は、黄金の音色』~悪役令嬢は先物取引で王国を買収する~

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第一章 暴落のシンフォニー

「――全部、売り払いなさい」

王都の中央広場に新設された『王立証券取引所』。

その貴賓席から見下ろす景色は、地獄絵図そのものだった。

扇で口元を隠した私の冷徹な一言が、魔導拡声器を通じてフロアへ落ちる。

その瞬間、巨大な魔石掲示板(ティッカー)の数字が、血のような赤色に染まって滑り落ちた。

「う、嘘だ! エリス嬢、待ってくれ!」

「これ以上『魔導鉄道株』を売らないでくれ!」

「紙屑になる! 俺の領地が、権利書がぁぁッ!」

悲鳴。怒号。そして絶望の沈黙。

汗と埃、そして羊皮紙の乾いた匂いが充満する空間で、着飾った貴族たちが次々と膝をつく。

彼らが「絶対に値上がりする」と信じて疑わなかった株券が、今、ただの焚き付け用の紙へと変わっていく。

私は手元の冷めた紅茶を一口啜った。

渋い。

けれど、前世のウォール街で飲んだ泥水のようなコーヒーよりは、幾分マシだ。

「エリス・フォン・ローゼンバーグ! 貴様、何をしているか分かっているのか!」

背後の扉が乱暴に開かれ、怒り狂った青年が飛び込んできた。

この国の第一王子、アレクセイ。

かつて私の婚約者であり、つい三日前に「真実の愛」とやらを見つけて私を断罪しようとした男だ。

私はゆっくりと振り返り、扇をパチリと閉じる。

「あら、殿下。ご機嫌麗しゅう。……いえ、今は『元・殿下』とお呼びした方がよろしいかしら?」

「ふざけるな! 市場が崩壊している! 魔導鉄道計画は王家の威信をかけた事業だぞ! それを貴様が空売り(ショート)を仕掛けたせいで……!」

「訂正させていただきますわ」

私は優雅に椅子から立ち上がり、カツカツとヒールを鳴らして彼に歩み寄る。

「私が崩壊させたのではありません。最初から価値などなかったのです。実態のない計画、横領された資金、粉飾された決算……私がしたのは、その『膿』に針を刺しただけ」

アレクセイが言葉を詰まらせる。

その美しい顔が、恐怖で歪んでいくのを見るのは、実に良い気分だ。

「それに、殿下。貴方たちがキャッキャと『真実の愛』ごっこに興じている間に、私はこの国の国債の過半数を取得いたしました」

「な……?」

「つまり、この国のオーナーは今、私ということです」

第二章 悪女の算盤

「国債の……過半数だと……?」

アレクセイはよろめき、壁に手をついた。

理解が追いついていないようだ。

無理もない。この世界にはまだ『金融工学』という概念がない。

剣と魔法で解決できない暴力が、数字には存在するのだ。

「簡単なことですわ。貴方のお父上、国王陛下は浪費家でいらっしゃる。戦争、祝祭、そして愛人への貢ぎ物……。資金が足りなくなるたびに、王家は『国債』を発行し、未来の税収を担保に借金を重ねてきました」

私は机の上に積み上げられた、分厚い羊皮紙の束を指先でなぞる。

「貴族たちは、王家の権威を信じてそれを買い支えてきた。けれど、私は知ってしまったのです。王家の金庫にはもう、担保となる金貨が一枚も残っていないことを」

「だ、だからといって、市場をパニックに陥れる必要がどこにある!」

「買い叩くためです」

私はニッコリと微笑んだ。

毒花のように美しく、と社交界で評されたその笑みを。

「正常な価格では、国を丸ごと買うなんて不可能ですもの。だから暴落(クラッシュ)が必要だったのです。皆が恐怖に駆られ、二束三文で国債を投げ売りする瞬間が」

前世、私は機関投資家として生きていた。

画面上の数字が人の命を左右する世界。

過労で倒れ、気づけばこの乙女ゲームのような世界に転生していた。

だが、この国の経済は腐っていた。

ヒロインとの恋愛イベントにうつつを抜かす王子、利権に群がる貴族、そして技術革新を拒む教会。

このままでは、隣国の軍事侵攻を待たずして、ハイパーインフレで国が滅ぶ。

だから、私が殺すことにした。

この国の経済を一度殺し、私が蘇生させる。

「エリス、お前……そこまでして、私への復讐がしたかったのか? 婚約破棄されたことが、それほどまでに……」

アレクセイが悲痛な面持ちで私を見る。

とんだ勘違いだ。

「復讐? いいえ、ビジネスです」

私は冷淡に言い放つ。

「貴方との婚約破棄は、むしろ好材料(ポジティブ・サプライズ)でしたわ。王家との繋がりが切れれば、インサイダー取引の疑いをかけられずに済みますから」

「き、貴様……!」

「さて、そろそろ『底』ですわね」

私は窓の外、掲示板を見やる。

数字の下落が止まった。

市場が死んだのだ。

「買い戻し(カバー)を入れます。執事のセバスチャン、合図を」

控えていた老執事が、恭しく礼をして懐から信号弾を取り出した。

第三章 女王の再建計画

パァンッ!

乾いた音が王都の空に響き、緑色の魔法光が弾ける。

それを合図に、私が事前に配置していた別働隊――平民出身の商人たちが、紙屑同然になった国債と優良株を猛烈な勢いで買い占め始めた。

掲示板の数字が、今度は緑色に輝きながら反転上昇を始める。

「な、何が起きている……?」

「『強制決済』ですわ。私は暴落前に高値で売り抜け、底値で買い戻した。その差額、莫大な利益が私の手元に残ります。そして、その利益で王家の借金をすべて肩代わりしました」

私は机の引き出しから、一枚の羊皮紙を取り出す。

そこには、玉座の譲渡契約書が記されていた。

もちろん、法的な効力を持たせるため、裏で法務大臣も買収済みだ。

「アレクセイ殿下。いえ、アレクセイ様」

私は彼に歩み寄り、その胸に契約書を押し付ける。

「貴方には二つの選択肢があります。一つは、借金の保証人として、隣国の鉱山で一生ツルハシを振るうこと」

「なっ……!」

「もう一つは、私の『秘書』として働くこと。給与は出来高制、残業代はなし。ただし、貴方がヒロインの聖女様とイチャついている間に放置していた公務を、死ぬ気で処理していただきます」

アレクセイの顔から血の気が引いていく。

彼は震える手で契約書を握りしめた。

「……公務を、すれば……国は、民は守れるのか?」

「ええ。私が経営する限り、この国は世界一の経済大国になります。貴族の既得権益ではなく、実力主義の株式会社としてね」

彼はしばらく俯いていたが、やがて力なく頷いた。

「……分かった。契約しよう、エリス社長」

「よろしい」

私は満足げに頷き、窓の外へ視線を戻す。

混乱は収束しつつあった。

新しい秩序が、今、産声を上げたのだ。

その時、ふわりと風が吹き込み、私の金色の髪を揺らした。

前世では感じられなかった、勝利の香り。

「さあ、忙しくなりますわよ。まずは教会の免税特権の廃止と、ポーション製造の独占禁止法違反の摘発からです」

私はかつての婚約者、今はただの部下となった男に背を向け、高らかに宣言した。

悪役令嬢は、剣も魔法も使わない。

ただ、圧倒的な『資本』の力で、世界を平らげるのだ。

AI物語分析

【主な登場人物】

  • エリス・フォン・ローゼンバーグ: 主人公。前世はウォール街のアルゴリズムトレーダー。愛想はないが、経済の健全化こそが民を救うと信じている。「金は血液、滞れば死ぬ」が信条。
  • アレクセイ王子: ヒロイン(聖女)に現を抜かし、国政を疎かにしていた王子。根は悪人ではないが、経済音痴。エリスによって現実(借金)を突きつけられる。

【考察】

  • 剣と魔法対、資本主義: 本作は、個人の武力が支配するファンタジー世界に、「経済力」という現代最強の魔法を持ち込む物語である。エリスの行う「空売り」は、旧体制(王家・貴族の信用)の破壊と、新体制(資本による統治)への移行を象徴している。
  • 「悪役」の定義: 一般民衆から見れば、市場を混乱させたエリスは一時的に「悪」に見えるかもしれない。しかし、腐敗した傷口を荒療治で切除する彼女の行動は、長期的には救世主のそれである。ここには「良薬は口に苦し」というテーマが内包されている。
  • 愛と契約: 婚約破棄から始まるが、最終的に二人は「雇用契約」という、より強固でドライな関係で結ばれる。感情に流されない関係性こそが、国家運営には必要であるというアンチテーゼとなっている。
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