月喰ハイツの規約:視聴者参加型除霊

月喰ハイツの規約:視聴者参加型除霊

主な登場人物

八神 響 (Yagami Kyou)
八神 響 (Yagami Kyou)
26歳 / 男性
無精髭に目の下の濃いクマ。安っぽいパーカーに、高性能なウェアラブルカメラを複数装着している。
ミサ (Misa)
ミサ (Misa)
17歳(死亡時) / 女性
少しサイズの大きいセーラー服。首元には赤い痣がある。常に裸足。
権田原 厳造 (Gondawara Genzo)
権田原 厳造 (Gondawara Genzo)
58歳 / 男性
常に完璧にプレスされた古いデザインの警備員制服。白手袋。目は笑っておらず、爬虫類のように瞬きが少ない。
5 5915 文字 読了目安: 約12分
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第1章: 禁忌の生配信

暗闇の中、唯一の光源はスマートフォンの液晶。

画面の隅、ピクチャーインピクチャーの枠内に映る男の顔色は、死人よりも悪い。

伸び放題で脂ぎった黒髪を後ろで縛り上げ、モニターのブルーライトに焼かれ続けた濁った鳶色の瞳。それが神経質に左右へ。

無精髭は顎を覆い、喉仏のあたりまで侵食。着古した黒のパーカー、胸元のロゴプリントはひび割れ、今にも剥落しそうだった。

「聞こえてるか? クソみたいな世界で暇を持て余してるお前ら」

俺、八神響は、ひび割れた唇を歪めてマイクに囁く。

コメント欄を流れる文字の滝。

『きたあああああ』

『オワコン乙』

『ここマジでやばいとこだろ』

『特定した。杉並区の月喰ハイツじゃん』

画面右上の同接数は「3,412」。足りない。全盛期の十分の一にも満たない数字。

喉が鳴る。渇きではない。数字への飢餓だ。

カメラアングルを調整し、背後にそびえる鉄扉を映す。塗装が剥げ、赤錆が浮いたその扉には、奇妙な張り紙。

『規約第一条:午前2時に玄関の覗き穴を見てはならない』

「さて、現在の時刻は……」

腕時計をカメラに見せつける俺。秒針が時を刻む音が、やけに大きく鼓膜を叩く。

一時五十九分五十五秒。

「ショータイムだ」

躊躇なく、鉄扉の魚眼レンズに左目を押し当てた。

まぶたに吸い付く冷たい金属の感触。

レンズの向こう、薄暗い共用廊下には、蛍光灯が一本だけ明滅していた。チカ、チカ、とリズムを刻む光の他には、埃ひとつ舞っていない。

ただの、古い廊下。

「……ほらな。何もありゃしない」

鼻を鳴らし、カメラへ向き直る。「お前らの期待通りにならなくて残念だったな。怪異なんてのは、大抵が集団ヒステリーの産物で――」

言葉が途切れる。

スマホの画面が、真っ赤に染まっていたからだ。

スパムではない。コメント。

『うしろ』

『後ろ見ろ』

『レンズ見ろ』

『いやああああああああああ』

『なんかいるなんかいる』

『目』

心臓が肋骨を内側から蹴り上げる。

背筋に、氷水を流し込まれたような悪寒。

強張る首を無理やり捻じ曲げ、再びドアの方を――いや、覗き穴を見た。

魚眼レンズの向こう側から、覗き返してくる「誰か」。

白目のない、真っ黒な眼球が、レンズいっぱいに広がっている。

「ひっ……!」

パーカーのフードを掴んで後ろへ飛び退く。

尻餅をつくのと同時に、ポケットの中のスマートフォンが響かせる不快なバイブレーション。

通知バナー。発信元は『月喰ハイツ管理組合』。

『規約違反を確認。罰則執行を開始します』

直後、剥がれ落ちる現実のテクスチャ。

目の前にあったはずの鉄扉が、音もなく溶けるように消失。

そこにあるはずの廊下も、階段も、外の世界への出口も消え失せていた。

代わりに広がるのは、上下左右の感覚が麻痺するような、無限に続くコンクリートの壁。

出口がない。

「おい、冗談だろ……? ドアが……ねえぞ……!」

這いつくばったまま後退る俺。指先が掴む、湿った畳の感触。

加速するコメント欄。跳ね上がる同接数。

『1万突破』

『ガチ? CG?』

『やばいってこれ』

『通報した』

呼吸は浅く、速く。酸素を求めて喘ぐ肺。

これは演出じゃない。俺の「嘘」が、本物の「異常」に食い破られた瞬間。

第2章: 異常な日常

閉鎖空間での時間は、ねっとりとした油のような流れ。

窓の外は塗りつぶされた黒一色。スマホの電波は、配信アプリ以外すべて圏外。

部屋の隅で膝を抱えていたが、不意に、壁のシミだと思っていた場所が「開いた」。

現れたのは、人間離れした造形の少女。

陽の光を一度も浴びたことがないような蒼白の肌。少しサイズの大きいセーラー服は、時代遅れのデザインで、裾が擦り切れている。

彼女の足元を見て、息を呑む。裸足。爪先は泥と血で汚れ、かかとはひび割れていた。

そして首元。何かに締め上げられたような赤黒い索溝が、ネックレスのように巻き付いている。

「……息を止めて」

鈴を転がすような、しかしひどく掠れた声。

彼女、ミサは俺の口を冷たい掌で塞ぐ。

「廊下で管理人とすれ違う時は、呼吸をしてはいけないの。規約第十三条だから」

ドス、ドス、ドス。

部屋の外――いや、かつて廊下だった空間を、何かが歩いていく気配。

重たい革靴の足音が響く。そして、ジャリ、ジャリという、何かを引きずる音。

心臓は破裂寸前。ミサの手のひらは氷のように冷たく、その感触だけが現実を繋ぎ止めていた。

遠ざかる足音。手を離すミサ。

「……貴方、新しい入居者さん?」

どこか焦点が合っていない瞳。常に誰かの顔色を窺うように、視線が宙を彷徨う。

「俺は八神。……ここは一体なんなんだ」

「月喰ハイツ。規約を守れば、住ませてもらえる場所」

ミサは床に落ちていた赤いチラシを拾い上げた。スーパーの特売チラシのような見た目だが、印刷されている文字は意味不明な羅列。

「これ、食べなきゃ。火曜日は赤い紙を食べる日だから」

彼女はそれを破り、口に運ぼうとする。

「よせ!」

反射的に彼女の手首を掴む俺。

「紙なんて食えるかよ! 頭おかしいのか?」

「……でも、規約だから。食べないと、痛いことされるから」

小刻みに震えだすミサの体。学習性無力感。虐待を受けた子供特有の反応。

俺の中で走る計算。

この異常な状況。そして、この少女。

これだ。「撮れ高」だ。

カメラを彼女に向けた。

「いいか、よく聞け。紙は食わない。その代わり、俺がもっと面白いもんを見せてやる」

リュックからカロリーメイトを取り出し、包装を剥く。

「ほら、食ってみろ。これも『黄色い長方形』だ。規約の解釈なんて、ねじ曲げちまえばいい」

おずおずとそれを受け取り、小さく齧るミサ。

微かに見開かれる目。

「……あまい」

「だろ?」

ニヤリと笑い、コメント欄を見る。

『スパチャえぐいことになってる』

『少女保護しろ』

『この配信者、頭の回転は速いな』

同接、三万。

脳内で溢れ出すドーパミン。承認欲求が、恐怖を麻痺させていく。俺は天才。この狂ったマンションさえも、俺のステージに変えてやる。

だが、ミサはカロリーメイトを握りしめたまま、怯えた目で天井を見上げていた。

「……調子に乗ると、『あいつ』に見つかるよ」

第3章: 裏切りの定義

「どういうことだ……」

壁に貼られたマンションの配置図を睨みつける俺。

これまでの数時間、俺とミサは「鏡を見たら裏返す」「エレベーターには後ろ向きに乗る」といった理不尽なルールを、屁理屈と度胸でクリアしてきた。

視聴者は五万を超え、俺は完全に場の支配者気取り。

「このマンションの怪異は、過去の住人の怨念が集合したものだ。だから、その因果を解き明かせば……」

得意げに解説を始めた、その時。

ガツン!

鈍い衝撃と共に、激しく揺れる視界。

ウェアラブルカメラのレンズが割れる音。

床に転がる体。後頭部に走る熱い痛み。

「……え?」

見上げると、鉄パイプを握りしめて立つミサ。

さっきまでの怯えた表情は消え失せている。いや、怯えてはいる。だが、その対象は俺ではない。

「ごめんなさい……八神さん」

震える声。しかし、そこにある明確な殺意。

「私が助かるには、生贄が必要なの。……規約、第九十九条。代わりの入居者を差し出せば、特赦が与えられる」

「は……? お前、何を」

観音開きになる壁。ぬらりと現れる長身の影。

権田原厳造。このマンションの管理人。

完璧にプレスされた昭和初期の警備員制服。手には白手袋。爬虫類めいた瞬きの少ない目。俺を見下ろす冷徹な視線。

「第五条、および第二十四条違反ですね。処理します」

事務的な声。感情の色は一切ない。まるでゴミの分別について語るような口調。

「おいミサ! 俺たちは協力してただろ!? 視聴者だって見てるんだぞ!」

俺は叫ぶ。だが、ミサは首を横に振った。

「見てないよ」

彼女は俺のスマホを拾い上げ、カメラのレンズを指先で押し潰す。

「ここの配信は、外には届いてるけど……私たちが『見せるもの』しか映らないの。私が貴方を襲ったところは、回線不良でブラックアウトしてるはず」

ミサは最初から、被害者じゃなかった。

このシステムの一部。新しい獲物を油断させ、沼に引きずり込むための撒き餌。

「嘘だろ……」

最大の武器である「配信」。それが、彼女の手のひらの上で踊らされていただけだったとは。

「連れて行きなさい」

権田原が指を鳴らす。

床が抜け、重力に従い落下する体。

「うわああああああああああ!!」

暗闇の底、熱気と硫黄の臭いが立ち込める地下ボイラー室へと、俺は吸い込まれていった。

第4章: バズの逆利用

熱い。焼けるような皮膚。

地下ボイラー室は、無数のパイプが血管のように張り巡らされた処刑場。

パイプの継ぎ目からは蒸気が噴き出し、床には白骨化した何者かの残骸。

片足は既に挫いている。激痛で止まらない脂汗。

だが、思考は冷え切っていた。

恐怖? 絶望? そんなものは通り越した。

あるのは、煮えたぎるような怒りだけ。

ミサへの恨みじゃない。俺を「コンテンツ」として消費し、使い捨てにしようとする、このマンションのシステムそのものへの怒り。

「ナメやがって……」

靴下の中に隠していた、予備の小型通信端末を取り出す。

メインのスマホは奪われたが、こいつはまだ生きている。映像は送れないが、音声だけならいける。

電源オン。

マイクにかじりつく。

「……おい、聞こえるか。八神だ」

スピーカーから聞こえる、ノイズ交じりのコメント読み上げ音声。

『生きてた!』『画面真っ暗だけど声だけする』『どうなったん?』

「あらすじを話してる時間はねえ。今から俺がお前らに命令する。これはゲームだ。俺の命を懸けた、最高のエンターテインメント」

ボイラー室の壁に刻まれた、微かな文字を指でなぞる。前の犠牲者が残したメモ。

『管理人の弱点は、外部からの認識』

「特定班、仕事の時間だ。今すぐ『月喰ハイツ』の住所をGoogleマップで検索しろ。ストリートビューで外観を確認しろ」

コメントが走る。『特定済み』『杉並区〇〇―〇〇』

「よし。次はWikipediaだ。このマンションの項目を作れ。内容はこうだ。『管理人の権田原厳造は、過去に入居者を殺害し、その死体をボイラー室に隠蔽した』。ソースは俺のこの配信だ!」

声は枯れ、叫びになっていた。

「オカルト板の住人! 『月喰ハイツ攻略Wiki』を立ち上げろ! そこに『ボイラー室の配管を破壊すれば管理人は力を失う』と書き込め! 嘘でもいい、数千人がそれを信じれば、それがこのクソみたいな空間の『新しい真実』になるんだよ!」

ネットの集合知を利用した、現実改変。

閉鎖された怪異のルールは、外部からの圧倒的な観測によって揺らぐはず。

『Wiki作った』

『編集完了』

『Twitterトレンド入りしたぞ』

『拡散祭りじゃああああ』

揺れ始めるボイラー室。

強固だったコンクリートの壁に、入っていくヒビ。

「ざまあみろ……! 俺一人じゃ非力でも、数万人の悪意ある野次馬が集まれば、お前らの『規約』なんて紙屑だ!」

パイプをもぎ取り、鉄の棒として構える。

「さあ、クライマックスだ。派手に行こうぜ」

第5章: 規約改定

轟音。崩落するボイラー室の天井。

瓦礫の隙間から差し込む、現実世界のサーチライト。赤と青のパトランプの光が、地下の闇を切り裂いた。

「確保ー! 確保ー!」

「中に誰かいるぞ!」

機動隊の声。そして、それを遥かに上回る野次馬たちの怒号。

数千人の人間がマンションを取り囲み、スマホのカメラを向けている。その無数の視線が、怪異の「閉鎖性」を物理的にレイプしていた。

「馬鹿な……私の城が……秩序が……!」

瓦礫の山の上に立つ権田原。

自慢の制服は埃まみれになり、白手袋は泥に汚れている。頭を抱え、半狂乱で叫ぶ。

「規約違反だ! 全員、退去しろ! ここは私の国だ!」

「もうお前の国じゃねえよ」

足を引きずりながら、権田原の前に立つ。

右目は潰れ、血が流れていた。激痛で視界は半分しかない。だが、残った左目は爛々と輝いていたはず。

「ここはもう、インターネットの植民地だ」

懐から取り出す、一枚の紙。

それは、ミサが持っていた赤いチラシの裏に、俺が血で書いた『退去届』。

「八神響、一身上の都合により退去する。……敷金は返せよ、クソ野郎!」

退去届を権田原の顔面に叩きつけた。

その瞬間、ノイズのように乱れる権田原の体。

「あ、あ、あああああああ!!!」

社会的な制裁と、霊的な暴走の板挟み。存在自体がバグを起こして弾け飛ぶ。黒い霧となって霧散する管理人。

崩れゆくマンションの中で、立ち尽くすミサを見つけた。

呆然と、消滅した管理人の方を見ている。

「……どうして? どうして戻ってきたの?」

「動画のオチをつけるためだ」

ミサの手を取る。氷のように冷たいが、感じる微かな脈動。

「行くぞ。外の世界はクソだが、ここよりはマシだ」

「でも、私は……」

「うるせえ! 規約は変わったんだよ!」

彼女の手を強引に引く。崩落する壁の向こう、眩い光の中への疾走。

***

エピローグ。

「はい、どうもー! 八神です!」

画面の中の俺は、右目に黒い眼帯。

あの日以来、右目の視力は戻っていない。代償としては安いもん。

背景は、小奇麗な新しいスタジオ。

同接数は二十万を超えている。完全復活、いや、それ以上。

「今日の企画はこれ。『あなたの街の変な校則、論破しに行ってみた』!」

爆速で流れるコメント欄。

ニヤリと笑い、カメラを指差す。

「理不尽なルールがあるなら呼んでくれ。俺たちがぶっ壊しに行くからな」

『俺たち?』

『誰かいる?』

画面の端、スタジオの機材の影に映り込む、セーラー服の少女。

その姿は半透明で、足はない。

だが、ミサは以前のような怯えた顔ではなく、俺の方を見て、ほんの少しだけ悪戯っぽく微笑んでいた。

「じゃあな、お前ら! チャンネル登録よろしく!」

配信終了のボタンを押す。

暗転したモニターに、眼帯の男と幽霊の少女が並んで映っていた。

俺たちは、共犯者になったのだ。

クライマックスの情景

AI物語分析

【現代の「呪い」と「バズ」】

本作の核となるのは、古来からの閉鎖的な「怪異のルール(規約)」と、現代の開放的な「インターネットの暴力性(バズ)」の対比である。管理人は旧態依然とした理不尽な権力のメタファーであり、八神が駆使する「Wikiの編集」や「特定班」は、事実をねじ曲げてでも現実を上書きする現代社会の集団心理を象徴している。怪異が「観測されることで存在を確定する」ならば、数万人の視聴者による「誤った観測(デマ)」もまた、怪異にとっては致命的な毒となり得るのだ。

【共犯関係の救済】

八神とミサの関係は、典型的な救済者と被害者ではない。ミサは八神を罠にかけ、八神はミサを動画のネタとして消費しようとした。しかし、互いに「システム(規約/配信数字)」の奴隷であった二人が、そのシステムを逆手に取って脱出する過程で、歪ながらも対等な「共犯者」としての絆が芽生える。右目を失った八神と、成仏できずに留まるミサ。二人の欠落は、互いの存在によってのみ埋め合わせることが可能なのだ。

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あなたのアイデアをAIに与えて、この物語の続きや、もしもの展開を創作してみましょう。

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